エル・ファシルから帰還して半月、ヤンは原作通りに二階級昇進して少佐になった。副官のような役割をして仕事をした俺は一階級しか昇進しかしなかったが、これはヤンの英雄性を高めるための政治的判断だと思う。その証明に俺は後日に昇進が内定している。一緒に引き上げてきた全員が同じ処置になるようだ。帰還した当日は、ヤンの官舎にジャーナリストや野次馬が集まっていたらしく、俺の家にヤンが逃げ込んできた。俺も鬼じゃないからな、三日間は匿ってやったよ。俺も、ヤンも彼女いないからな。ラップの野郎、上手くやりやがって……
そんな中で俺は後方基地勤務の辞令を受けた
「前線での適性を見たから、次は後方での適性でも見ようとしているんだろう」
とはキャゼルヌ先輩の発言である。俺もヤンと一緒で地味にシドニー校長に名前覚えられているからな〜。いやだ、いやだ
「で、俺は異動の準備で忙しいんだけどな? 下らない用事だったらぶっ飛ばすぞ」
「やれやれ、恐いね」
慌ただしい準備をしている俺の官舎にやってきたのはヒマしているヤンである
「せっかく来たんだったらちょっと手伝えよ。もしくは要件をさっさと言え」
「わかった、手伝うよ」
俺の言葉にヤンは苦笑しながらも立ち上がるのだった
「で、何のようだ?」
片付けが一段落し、俺は紅茶を入れてソファーに座る。対面のソファーにはヤンがカップを片手に腰掛けていた。
「シュタイナーに尋ねたいことがあるんだ?」
「なんだ? 金と女以外の相談事だったら何でも言ってみろ」
俺の発言にヤンは苦笑すると、再び口を開く
「新しい任務を拝命してね。その任務の内容がちょっと奇妙なんだ」
「へえ。どんな内容だ?」
そう言いながら俺は紅茶を口に含む
「ブルース・アッシュビー元帥が謀殺されたかどうかの真偽を確かめろって命令さ」
だが、ヤンの発言にせっかく口に含んだ紅茶を吹き出してしまった。ヤンも苦笑しながらかかってしまった紅茶を拭き取る。
ブルース・アッシュビー。同盟軍史上最大の人気と尊敬を集める英雄。連戦連勝のまま、最後の戦いにも勝利しながら戦死した歴史上の偉人。「730年マフィア」とも呼ばれる幕僚団を率いて帝国軍を苦しめた
「まあ、ひょっとしたらいずれはおまえが同盟で最大の人気を集めることになるかもしれないけどな」
「よしてくれよ。今後10年は昇進する予定もないんだから、英雄になんかなれないさ。それにその前に……」
「引退するってか? シトレ校長が逃がしてくれたらいいな。あの人、おまえのこと買っていたじゃないか」
「君も人のことは言えないだろ?」
「まあな」
俺が笑いながら言うと、ヤンも笑った
「それで……シュタイナーはどう思う?」
「ふむ……」
ヤンに尋ねられると、俺は考え込む。こういう話しになるってことは、これは外伝の『螺旋迷宮』か。
「謀殺の可能性があるとしたら第二次ティアマト会戦のはずだろ? アッシュビー元帥が謀殺できる余裕があるんだったら、帝国軍があの戦いに負けるとは思えないんだがな」
「僕も同感だ。だが、シュタイナーは前にアッシュビー提督が勝てていたのは帝国・同盟の双方に伸びたスパイ網があったからだって言っていただろ? そのスパイ網を帝国軍が利用してアッシュビー元帥を謀殺したんじゃないかと思ってね」
「馬鹿言え。俺の立てた仮説も、こっちにある情報と、帝国にいたころに調べてみた情報をまとめた上での仮説にすぎんよ。だから信憑性も薄い。わかっていることだろ」
あとは原作知識もあるけどな
「第一、俺がそのスパイ網を使えるんだったら、730年マフィアをまとめて葬っているよ。そうしたら同盟軍の軍部にも大きなダメージを与えられるしな。それに、第二次ティアマト会戦には俺の爺さんが分艦隊司令として参戦していた。爺さんがそのことすら気付かない無能な爺さんだったとは考えたくないしな」
俺の言葉にヤンは全く同感だと言った風情にため息を吐く
「僕もそう思うんだよ。色々な資料を調べてみたけど、どう考えても謀殺には行き着かないんだよ」
「だろうな。仕方ない、資料の根拠になるかはわからんが、俺の記憶と数少ない帝国から持ってきた資料の中で使えそうなのを俺の出発までに纏めてからお前にやるよ」
「悪いね、助かるよ」
「かまわんよ」
そう言って2人で紅茶を飲む。あ、そういえば
「なあ、ヤン。どうせだったら730年マフィア本人に会ってみたらどうだ?」
「本人っていうとアルフレッド・ローザス退役大将かい?」
「その通り」
「……どうやって知り合いになったか聞いても大丈夫かい?」
「俺の持論を証明するような情報を聞けないかどうか聞きに行ってからだな。予想外にローザス提督に気に入られていてな。それ以来、ちょくちょく会っているんだよ」
「相変わらず顔が広いね」
「褒めるなよ」
「照れるなよ」
軽口の応酬を少し済ますと、ヤンは立ち上がる。俺も立ち上がって玄関まで見送っていく
「それじゃあ頑張れよ、探偵さん」
「激励として受け取っておくよ」
俺の皮肉に髪を掻き混ぜながら返すと、ヤンは帰っていくのだった
10月の初頭。俺はヤンと一緒にアルフレッド・ローザス提督の家にむかって歩いていた。実は、俺の新しい任務の出立日も今日なのだが、流石に紹介した手前俺が案内したほうがいいだろうと思ったのである
「10月は黄昏の国。人と光は黄昏のなかを声もなく歩み去る……か」
「知らなかったな。今をときめくエル・ファシルの英雄殿は随分と詩人でいらっしゃる」
「秋だからね。感傷的にもなるさ」
「似合わないキャラ付けは止めとけよ」
「そんなに似合わないかい?」
「ラップだったら絵になるだろうけどな。俺やおまえさんには無理だろ」
「それは残念だ」
言葉ほど残念には思っていないようにしか思えない
「ま、感傷的になるのもわかるがね。こんな綺麗な道だったら恋人と歩きたかった」
「いるのは残念ながら悪友だからね」
ヤンの言葉に2人同時に肩を落とす
「ないものねだりをしてもしょうがない。ほれ、ついたぞ」
「ここかい?」
「庭もちゃんと手入れされていて綺麗だろ?」
「確かにね」
口でヤンに説明しながら、俺はチャイムを鳴らす
『はい、どちら様ですか?』
「シュタイナーです。ローザス提督にお話を伺いたいという歴史学志望の駆け出し軍人を案内してきました」
「人のこと言えないだろ?」
俺の紹介にヤンが小声で突っ込んでくる
『ふふふ、ヘルベルトさんね。今、玄関を開けるわ』
そう言われてからすぐに門扉の鍵が開けられたので、俺とヤンは敷地内へと入っていく。そして玄関の扉が開けられると、そこにはアルフレッド・ローザス提督の孫娘であるミリアム・ローザスだった
「お久しぶりですね、ミリアム嬢。これはお土産です」
「あら、美味しそうなケーキね。ヘルベルトさんも昇進おめでとう」
「ありがとう、と素直に言っていいんですか?」
「いいんじゃないかしら? 人を殺して得た階級じゃなくて、人を生かして得た階級なんだから誇っていいと思うわ」
ミリアム嬢の発言に俺とヤンは同時に苦笑する。相変わらず可愛らしい顔をして厳しいことを言う娘だよ。
そのまま俺とヤンはミリアム嬢に促されてローザス提督の部屋まで案内される。扉が開かれると、椅子にローザス提督が座っているのが見える。俺とヤンは同時に敬礼して挨拶する
「ローザス閣下、お久しぶりです。今回は突然の訪問で申し訳ございません。こちらはヤン・ウェンリー少佐であります」
「ヤン・ウェンリーです。今回は突然の訪問で申し訳ありません」
「私こそ訪ねていただいて光栄だ。私のように半分、世を捨てた者でもエル・ファシルの英雄の名は知っている。ヘルベルトからも君の話しをよく聞いていたよ」
ローザス提督の言葉に、ヤンが何を話したか俺に視線で問いかけてきたが、俺は意識的に無視した。
「しかし、ヘルベルト。君は今日、任務地に出発だったのではないかね?」
「ええ、まあ。実はもう出発しなくちゃ間に合わない可能性もあります」
俺の言葉にローザス提督は苦笑し、ヤンは困ったように頭を掻いた
「すでに宇宙港のほうに荷物を運んであるので御安心を。後はこの体が1つ行けば問題ありません」
「ふむ、そうか。見送りはいるのかね?」
「いないと思いますよ。友人、先輩、後輩全部が仕事だと思いますので」
「見送ってくれる恋人は?」
「いたらローザス提督にはご紹介していますよ」
俺の苦笑しながらの言葉に、ローザス提督は面白そうに笑った
「ミリアム。シュタイナー大尉がご出発のようだ。宇宙港まで行ってお見送りしてきなさい」
「わかったわ」
ローザス提督の言葉に、紅茶を運んできたミリアム嬢が答えた
「良かったわねヘルベルトさん。美人の見送りがついたわよ」
「羨ましい限りだね」
「美人ではあるが、とびっきりのじゃじゃ馬だよ」
ヤンの茶化しに俺が肩を落としながら言うと、ミリアム嬢は不満そうな顔になった
「ヘルベルト、次はゆっくりできる時に来なさい」
「了解しました。それではローザス提督、失礼します」
最後にローザス提督に敬礼をしてから部屋を出る。その際にヤンともアイコンタクトを行なっておく
(頑張れよ)
(ああ、シュタイナーも新天地で頑張りなよ)
(出来る範囲内でな)
俺が部屋から出て行くと慌てた様子でミリアム嬢がついてくるのだった
宇宙港には人が大勢出ていた。俺の乗る便ももうすぐ搭乗開始である
「でも、本当に見送りの人いないのね。友達少ないんじゃないの?」
「狭く深くがモットーでして」
「負け犬の遠吠えみたいよ?」
「失礼な」
ミリアム嬢の言葉に俺は少しだけ憮然とした表情で見る。それを見てミリアム嬢は楽しそうに笑う。ローザス提督の話しだと、幼い頃に両親を亡くし、兄弟もいなかったミリアム嬢は、俺のことを兄だと思っているらしい
「それで? ヘルベルトさんはいつ帰ってこれるの?」
「さあ、ねえ。ひょっとしたらこのままずっと後方勤務の可能性だってありますからね」
俺の発言にミリアム嬢は不満そうな顔になる
「そんな不満そうな顔しないでくださいよ。次は遊びにでも連れていってあげますから」
「……約束よ?」
「もちろんです」
俺の言葉に今度は満足そうに頷く。それと同時に、俺の乗る便の搭乗が開始された
「それじゃあ、ミリアム嬢、お元気で。ローザス提督にもよろしくお伝え下さい」
「わかったわ。ヘルベルトさんも頑張ってね」
そう言って最後に握手をすると、俺は搭乗ゲートに歩を進めるのだった
ヘルベルト・フォン・シュタイナー
亡命者なのに730年マフィアと謎の繋がりがある主人公
ヤン・ウェンリー
悲報:英雄、探偵になる
ミリアム・ローザス
ヘルベルトくんの妹分
ローザス提督
730年マフィア唯一の生き残り。ヘルベルトくんを気に入っている
そんな感じで螺旋迷宮の導入の第二話でした。
ですが主人公のヘルベルトくんは後方勤務なので螺旋迷宮編はこれで終了。
ミリアム・ローザス嬢は個人的に好きなキャラなので今後も出番がある予定です