戦没者慰霊祭の翌日、俺とヤンは統合作戦本部にやってきていた。キャゼルヌ先輩からの連絡の後も飲み続けた結果、見事に潰れ、俺の家のリビングで俺とヤンとアッテンボローは雑魚寝していた。ユリアンはこれを見越していたのかヤンの軍服を持ってきており、俺もカリンに叩き起こされて家から追い出された。ヤンとアッテンボローと苦笑しながら地上車に乗り込んで統合作戦本部にやってきたのだ。
アッテンボローは人事部に呼び出されているらしくて途中で別れ、俺とヤンは二人で統合作戦本部長室にやってきていた。
「何を言われると思う?」
「シトレ元帥は私達に無茶振りするのが好きだからね。見当もつかない」
俺の質問にヤンは軍帽を指先で回しながら答えてきた。相変わらず態度の悪い奴である。
そしてようやく順番がやってきたのか、俺とヤンが呼ばれて本部長室に入る。机に座っているのはがっしりとした体格の大柄な黒人男性。シドニー・シトレ元帥である。キャゼルヌ先輩もいた。
「今回はちゃんと呼び出しに応じたようだな」
「命令であれば我々だって来ますよ」
シトレ元帥の言葉にヤンが苦笑しながら答える。それにシトレ元帥は面白そうに笑った。
「ほう。士官学校時代に呼び出した時は屁理屈を並べてこなかったことも多かったが?」
「それは全部ヤン准将のせいですね。ええ、間違いない」
「待った。八割はシュタイナー准将のせいの間違いだ」
シトレ元帥の言葉にお互いに罪をかぶせあう俺とヤン。シトレ元帥は俺たちを見て本当に面白そうに笑った。
「君らは変わらんな。こうして二人を並べてしまえばあの頃のままだ。まぁ、座りたまえ。ヤン少将。シュタイナー少将」
あまりに自然な流れに用意されていたソファーにそのまま座りそうになったが、おかしな点に気づいてヤンと顔を見合わせる。
それを見てシトレ元帥は益々面白そうに笑った。
「君たちは昇進して少将になる」
「敗戦の将ですよ。私たちは」
「宣伝くらいは見ているだろう。第二艦隊と第六艦隊の残党が奮戦して憎き帝国を撃退。ヤン・ウェンリー准将はアスターテの英雄となり、ヘルベルト・フォン・シュタイナー准将は敢闘精神溢れる闘将だそうだ」
シトレ元帥の言葉にげんなりする。俺は敢闘精神溢れる人間じゃない。むしろ戦争を嫌っている人間だ。なにせ前世は平和大国日本出身なのだから。
「そんな二人を昇進させないわけにもいくまい。これも給料の内だと思って諦めて作られた英雄になって欲しい」
シトレ元帥の言葉に俺とヤンは揃って肩を落とした。昇進するということは責任がついて回ることであり、重石が増えるということである。
まぁ、亡命貴族である俺の場合は軍人以外にはろくな仕事につけないわけだが。そう考えると『自由』を謳っておきながら自由が少ない国だとも思う。
「それともう一つ、軍の編成に一部変更が加えられる。第四・第六艦隊の残存部隊に新規の兵力を加えて第十三・第十四艦隊が新設される。ヤン少将が第十三艦隊。シュタイナー少将が第十四艦隊の司令官に任命される」
ヤンの第十三艦隊はまだしも、自分も第十四艦隊の司令官ですかそうですか。
「艦隊司令官は中将を以ってその任にあてるのではありませんか?」
「新艦隊の規模は双方ともに通常のほぼ半分だ。艦艇6400、兵員70万というところだ。そして両艦隊の最初の任務はイゼルローン要塞の攻略ということになる」
シトレ元帥のさらりとした言葉にヤンは絶句している。何せ六回もの攻勢で落とせなかったイゼルローン要塞を新設された半個艦隊。しかも艦隊規模では一個艦隊で落とせと言っているのだ。原作知識がなかったら俺は謹んで辞退して、速やかに辞表を提出するだろう。
「総数では一個艦隊であのイゼルローンを攻略しろとおっしゃるのですか?」
「そうだ」
「可能だとお考えですか?」
「君たちにできなければ他の誰にも不可能だと考えておるよ」
古くからある殺し文句だよなぁ。そう考えながら横目でヤンを見ると何事か考えこんでいた。
「もし君たちが新艦隊を率いてイゼルローン要塞の攻略という偉業を成し遂げれば、ヤン少将に対する好悪の感情はどうあれ、トリューニヒト国防委員長も君達の才幹を認めざるを得んだろう」
この辺りの発言は原作と変わってないかな? 何せこちらの世界に来てから30年近くたっているので細かいところまでは覚えていない。
「そしてシュタイナー少将。君もまたこれを成し遂げれば同盟における亡命者達の地位向上に繋がるだろう」
肩身の狭い思いをしている帝国亡命者のために一肌脱げってか。まぁ、カリンのためにやってあげなきゃいけないことだしなぁ。
俺とヤンは顔を見合わせると疲れたように同時にため息をついた。
「微力を尽くします」
「ヤン少将と共に菲才の身を使わせていただきます」
「そうか。やってくれるか」
俺とヤンの言葉にシトレ元帥は満足の熊で頷いた。
「新艦隊の編成と装備を急がせよう。必要な物資があったらキャゼルヌに言ってくれ。可能なかぎり便宜を図らせる」
シトレ元帥の言葉にキャゼルヌ先輩は頷いた。
「あぁ、それとシュタイナー少将の旗艦には新しい高速戦艦が配備される」
「? 生粋の同盟人であるヤン少将ではなく、亡命軍人の自分にですか?」
亡命軍人は同盟軍でも冷や飯を食わされることが少なくない。だからこそ薔薇の騎士連隊(ローゼン・リッター)のような部隊が結成されるのだ。亡命者の子孫で出世した人物ならロボス元帥もいるが、俺のように亡命した本人が将官まで出世するのは稀だ。
だから新しい艦艇もヤンのほうに優先して配備されると思ったので意外だった。
「その高速戦艦は帝国の最新鋭戦艦の設計図を下地にして開発されたものだ。帝国の設計した戦艦を亡命者に使わせる……まぁ、トリューニヒト国防委員長の皮肉だろうさ。安心したまえ。性能で言えば同盟のどの艦艇より優秀だ」
「安心できる要素がありませんよ」
シトレ元帥の言葉に俺は疲れ切った表情で答えるのだった。
シトレ元帥との会談の後、俺とヤンとキャゼルヌ先輩は士官用ラウンジに来ていた。必要な物資を調達してもらうためだ。
「それで? どんなことを仕掛けようとしているんだ?」
「それは秘密です」
「おいおい。俺にも秘密なのか?」
「こういうのは後で知ったほうが楽しいと思いませんか?」
「なるほど。それもそうだ」
キャゼルヌ先輩の問いかけにヤンが答えると、キャゼルヌ先輩は追求してきた。そこで俺がさらりと告げるとキャゼルヌ先輩は面白そうに笑いながら同意した。
「それで? 何か用意してほしいものはあるか? おまえたちなら袖の下なしで用意してやるぞ」
「う〜ん、そうですねぇ……」
「そのまえにキャゼルヌ先輩。俺が乗ることになる新型戦艦のデータありませんか?」
「おお、そうだった。シトレ元帥から渡すように言われていたんだ」
そう言って受け取った戦艦のデータを見る。
流体理論とエリア・ルールを採用した流線型の艦型でビーム兵器を反射・拡散するシュピーゲル・コーティングを施した表面処理装甲。32目標を同時補足し、そのうち16目標を攻撃することが可能。演算対応速度は従来型の戦艦より70パーセント高速。スパルタニアンの搭載能力は軽空母なみ。そのために自艦だけで全方位傘型防空態勢を形成できる。
……どう考えてもラインハルトの乗るブリュンヒルト型です。本当にありがとうございました。しかも見た目はトップをねらえのエクセリオン。艦名は『エクシール』。ドイツ語で亡命者という意味である。
俺が疲れ切ったようの目頭を押さえていると、ヤンが鹵獲した帝国軍の軍艦と制服を要求していた。原作通りに内部に人を送りこんで乗っ取るつもりらしい。
「シュタイナーは何かあるか?」
「できれば艦隊編成はこのエクシールと同じ高速艦を中心にしてください」
とりあえず俺が目指すのは高速機動艦隊である。戦場から戦場を高速で移動して奇襲して逃げる、それが方針だろう。
俺の言葉にキャゼルヌ先輩は頷いてくれた。
そのタイミングで下の階で騒ぎが起きる。どうやら給仕役の少女が同盟士官にコーヒーをかけてしまったらしい。それに同盟士官が怒ったようだ。
「懐の狭い連中だね」
「全くだ。どれ、ちょっと止めてくるか」
「そうだな。シュタイナーが行けば連中が全員気絶で済ませられるだろう……っと、ちょっと待った」
俺を送り出そうしたキャゼルヌ先輩が逆に止めてくる。久しぶりに白兵戦ができると思った俺は出鼻がくじかれた思いだった。
「なんですか?」
「もっと面白い連中がきた」
キャゼルヌ先輩がそう言って指差した先にいたのは類稀なる美男子を筆頭にした屈強な兵士達。
「薔薇の騎士(ローゼン・リッター)の隊長。ワルター・フォン・シェーンコップにその部下達だ」
「……あぁ、あれが」
カリンの父親か、という言葉は内心に止めておく。これを知っているのはカリン本人を除けば俺だけだ。ヤンには知らせていない。キャゼルヌ先輩は知っているかもしれないが、口は開かなかった。
その後に士官のほうが国防委員長との距離の近さを言い立てたようだが、シェーンコップはそれを鼻で笑うと、給仕が持っていたコーヒーを相手にぶちまけていた。士官のほうもそれに怒って殴りかかろうとしたが、他の士官がローゼン・リッターであることに気づいたらしく。そそくさと退散していった。
「……先輩。追加いいですか?」
「おう。なんだ?」
「薔薇の騎士(ローゼン・リッター)連隊を私の艦隊にください」
ヤンの言葉にキャゼルヌ先輩の驚いた表情が印象的だった。
さて、イゼルローン攻略まで日時がないので急ピッチで艦隊編成をしている。原作通りに第四艦隊の残存部隊であるエドウィン・フィッシャーはヤンに預けた。むしろフィッシャーがいなければヤン艦隊の動きが鈍る可能性がある。ヤンは他にも原作通りにムライ、パトリチェフを幕僚として招いていた。
困ったのは俺の第十四艦隊である。何せ原作で第十四艦隊が結成されるのは同盟の滅亡間近の時である。それが前倒しで結成されたために有能な人がいるかがわからない。
数少ない転生特典である『一度覚えたことは忘れない記憶能力』で原作知識を引っ張り出して名簿と睨めっこしていたら、士官学校の教官の中にチュン・ウー・チェン准将を発見したので第十四艦隊主席幕僚に招き、原作と違って生き残っていたラップ(中佐に昇進)を次席幕僚にした。そして分艦隊指揮官として俺と同じ第六艦隊残党であるラルフ・カールセン准将が来てくれた。正直、原作で豪胆な勇将だったカールセン提督が来てくれるとは思っていなかったので助かった思いである。
キャゼルヌ先輩の尽力もあって艦隊も高速機動編成になり、ラップとカールセン提督に頼んで急ピッチで鍛えてもらっている。俺はヤンと似たような意味で軍人に見えないチェン准将と一緒に様々な書類を整理している。この間は忙しくて家に帰るヒマもなかった。そこでキャゼルヌ先輩に頼んで俺にも優秀な副官をくれと言っておいた。いつのまにかヤンにはフレデリカ・グリーンヒル中尉がいたのに、俺にはいなかったのだ。そのことで文句を言ったら。
『あぁ、すまんすまん。シュタイナーはなんでもそつなくこなすから配属が遅れてしまった。何せヤンは頭以外は役にたたないからな』
と言われて納得してしまった。あいつも今まで見たことないくらいに働いているが、ヤン一人だったら艦隊編成なんかできないだろう。
「……あぁ、チュン准将。そろそろヤン少将と作戦会議の時間だ」
「おっと。もうそんな時間でしたか。やれやれ、ここに配属されてから一息つく間もありませんね」
「申し訳ありませんね。残業代や特別手当もでないのに忙しくさせてしまって」
「なに、仕方ありませんよ。出された命令が命令ですからね」
そう笑いながらパン屋の二代目と揶揄されるチュン准将は朗らかに笑った。俺とヤンに命令された内容はすでに軍部で有名で、「おムツも取れない赤ん坊達が素手でライオンを殴り殺そうとしている」と嘲笑されていたのだ。それを弁護してくれたのが第五艦隊司令官のビュコック提督、第十艦隊司令官のウランフ提督、第十二艦隊のボロディン提督だった。原作ではビュコック提督だけだった気がしたが、そこに名将として知られるウランフ提督とボロディン提督も加わった。それによって高級士官クラブで俺たちを酒の肴にしていた士官達が黙ったというのも同時に知られている。
俺とチェン准将は同時に立ち上がって編成時に統合作戦本部に間借りしている部屋から出る。そして会議室に入るとそこは蛻の空だった。
「少し早かったみたいですね」
「そのようで。まぁ、ヤン達が来るまでノンビリしましょう。最近はずっと忙しかったですし」
「ですね。あぁ、シュタイナー少将。コーヒーいりますか?」
「いただきます」
チュン准将の言葉に肯定すると、チェン准将は和やかに笑いながらコーヒーをいれてくれた。それからしばらく雑談をする。その中でわかったのは、チュン准将はキャゼルヌ先輩と同期だったらしい。新事実である。
「すまない。少し遅くなってしまった」
しばらくするとヤン艦隊の常識人であるムライ准将と一緒にヤンが入室してきた。俺とヤンだけだったら間違いなくしないが、規律に厳しいムライ准将がいるので立ち上がって敬礼する。それに少しばかり不思議そうにしていたヤンだったが、ムライ准将が咳払いしながら敬礼をすると慌てた様子で敬礼してきた。秘密会議というわけではないが、それぞれの艦隊の幹部連中が軒並み忙しいので、司令官と主席幕僚だけでの会議となった。
チュン准将が気を利かせて二人分のコーヒーをいれて作戦会議に入る。
「まぁ、作戦会議と言っても私とシュタイナー少将が一緒に考えていた作戦をムライ准将とチュン准将に聞いて欲しい」
「おまちください、ヤン少将。そのお言葉ではヤン少将とシュタイナー少将は昔から作戦を考えていたようですが?」
ムライ准将の言葉にヤンは軍帽をとって困った様子で髪をかき混ぜる。
「ムライ准将。自分達は第五次イゼルローン攻略戦に参謀として参加していました。その失敗の後に考えた作戦です」
「まさか、自分達がその役割をすることになるとは思っていませんでしたがね」
俺の言葉に苦笑しながらヤンは続ける。
「それで? どのような作戦なんです?」
相変わらずどこかノンビリとした雰囲気を出しながら聞いてくるチュン准将。
「簡単に言うと内部から切り崩す作戦です」
「古来から難攻不落と呼ばれた要塞の多くは、内応した将軍や兵士によって落城しています」
「そうなりますと調略をしかけるということでしょうか?」
ムライ少将の言葉にヤンは苦笑して首を振る。そして俺を見てきた。俺に説明しろということだろう。
「イゼルローン要塞は帝国の要衝です。そのために仲は悪くても帝国に対する忠誠心が高い人物が要塞司令官、駐留艦隊司令官に任じられます。この二人を内応させるのは難しいでしょう」
「そうなると兵士ですか?」
「いえ、兵士の蜂起は期待しないほうがいいでしょう。政治家は帝国の臣民を解放するとか言っていますけど、正直に言うと帝国臣民は別にそれを望んじゃいません」
俺の言葉にムライ准将とチュン准将は驚いた表情になる。
「元々帝国臣民は自由とか権利とかを持って生活しているわけではないんです。帝国臣民が望んでいるのは自分達の身の安全と食料です。それを保証してくれれば帝国だろうが同盟だろうが、どちらでも構わないでしょう」
俺の言葉にムライ准将は難しい表情で考え込み、チュン准将も少し考えていたが、思い直したように口を開いた。
「そうするとどうやって内部から崩すんですか?」
「簡単は話です。いないなら作ればいいんですよ」
「「作る?」」
チュン准将の言葉にヤンが答えるとムライ准将とチェン准将が同時に疑問の声をあげた。
そこから電子ディスプレイを使っての作戦の説明に入る。ちなみに電子ディスプレイの操作は俺が担当する。ヤンが動かすことができないからだ。
「まず、鹵獲した帝国軍巡洋艦に帝国兵に扮した白兵戦部隊に乗り込んでもらい、さも同盟軍から逃げているかのようにみせかけて要塞内に侵入します。その時に艦長役の人物には帝国本土からの重要機密情報を持ってきたという役割を持ってもらい要塞司令官に接触。これを拉致、または無力化した後に要塞システムを掌握。空調システムを弄って睡眠ガスを要塞内に流してもらい、要塞全体を無力化する。その後に艦隊が進駐して要塞を陥落させる」
ヤンの説明に返ってきたのは絶句だった。ムライ准将は常識的な参謀であり、チュン准将も優秀だがどちらかと言えば常識的な部類である。
「それぞれの役割分担は私の第十三艦隊が要塞攻略。シュタイナー少将の第十四艦隊が要塞駐留艦隊の足止めをお願いすることになる」
「……あぁ、なるほど。だからあのような訓練なんですね」
ヤンの言葉にチュン准将がどこか納得がいった感じで頷いた。俺がラップとカールセン提督にお願いした訓練は高速移動訓練の他に相手を釣りだしたり、足止めをするための訓練である。それがチュン准将には不思議だったようだが、納得したのだろう。
「しかし、そうなりますと潜入する部隊は信頼でき、尚且つ白兵戦に長けている部隊に任せなければなりませんが……」
「正直、そこまで豪胆な任務が果たせそうな白兵戦部隊がありませんねぇ」
ムライ准将の難しい顔をした言葉にチェン准将が続けた。
「うん。私もそれには同感だ。だけど、豪胆な部隊には当てがある」
「と、言いますと?」
「ローゼン・リッターだよ」
ヤンの言葉にムライ准将とチュン准将は本当に絶句した。原作知識+ヤンから事前に説明があったので俺はそこまで驚かなかった。
ローゼン・リッターは歴代の隊長が十二名。四名は帝国との戦闘で戦死。二名は将官に出世した後に退役。六名は帝国に再度亡命したという歴史がある。現在のシェーンコップ大佐は十三代目であり、裏切り者になるんじゃないかという噂があった。
「お信じになるのですか?」
「正直に言うと自信がない。だが彼を信用しない限りこの作戦は成功しない。だから信用することが大前提なんだ」
ムライ准将の言葉にヤンは軍用ベレー帽を指先で回しながら言う。
「まぁ、シェーンコップ大佐には私から直接伝えるつもりだ。少なくともそれが筋だろう」
ムライ准将とチュン准将はしばらく黙っていたが、しばらくするとムライ准将はため息をついた。
「これはどちらかと言えば作戦ではなく詭計と言えますな」
「正直に小細工って言っていいんですよ」
「ああ、なるほど。確かにそちらのほうがしっくりくる」
ムライ准将の言葉に俺が笑いながら言うと、チュン准将も笑いながら言ってきた。ムライ准将は1度咳払いをして室内に再度規律を戻らせると言葉を続ける。
「小官にはほかに代替案もありません。ヤン少将、シュタイナー少将のお二人が立てた作戦が一番でしょう。チュン准将はどうですかな?」
「私も特にないですね。まぁ、言われてみれば確かにそれしか方法がなさそうですね。六回の攻略戦が全て正面からの攻撃で失敗したことを考えれば、試してみる価値はあるでしょう」
両艦隊の首席参謀の同意が得られたところで、作戦内部に対する詰め合わせを始める。特に駐留艦隊の扱いに関しては要塞の奪取が完了するまでは足止めが絶対条件だ。要塞奪取後は要塞の主砲である『雷神の槌(トゥールハンマー)』の射程内に誘き寄せて発射。その後は降伏か逃亡かを選ばせるということで一致した。
ヤンとムライ准将には作戦会議室で別れると、チュン准将と二人で歩きながら執務室まで歩く。
「しかし、ヤン少将とシュタイナー少将はすごいですね。以前からあのような作戦を考えていたなんて」
「作戦という作戦は考えていませんでしたよ。ただ、お互いに内部から崩さなきゃいけないという共通認識は持っていたので、今回の任務で作戦内容を煮詰めたんです」
「いやいや、それでも大したもんだ」
そんな会話をチュン准将と会話しながら執務室に入ると一人の女性が待っていた。赤褐色の髪と瞳、小麦色の健康的な色の肌の女性士官。シェーンコップやポプランだったら間違いなくナンパするであろう美女だった。
女性士官は俺とチュン准将に向かって敬礼してくる。
「ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ中尉です。この度ヘルベルト・フォン・シュタイナー少将の副官を拝命しました」
そこで俺の原作知識が蘇る。
フィッツシモンズ中尉ってシェーンコップの愛人でヴァントフリート4=2で戦死したんじゃなかったか?
そのようなことは顔には出さず、こちらも敬礼で返す。
「第十四艦隊司令官になったヘルベルト・フォン・シュタイナー少将です。こちらが首席幕僚のチュン・ウー・チェン准将」
「チュン・ウー・チェン准将です。よろしく」
「他の幹部とも顔合わせさせてあげたいんだけど、残念ながら副司令官のラルフ・カールセン准将と次席幕僚のジャン=ロベール・ラップ中佐は訓練のために宇宙にいる、後日紹介しよう。そして残念なことに仕事が山積みになっている。超過勤務手当も特別手当も出ないけど仕事を手伝って欲しい」
「もちろんです。ですが、仕事が終わった後に何かご褒美があってもいいのではないですか?」
フィッツシモンズ中尉の言葉にチュン准将も楽しそうに笑い声をあげた。こりゃあシェーンコップの愛人だっただけはあって、一癖も二癖もありそうな人物だ。俺は降参するように両手をあげた。
「わかった。チュン准将、カールセン准将、ラップ中佐、フィッツシモンズ中尉にはコニャック一杯でも奢るとしよう」
「コニャック三杯でいかがですか?」
「二杯で勘弁して欲しい」
俺の願いにフィッツシモンズ中尉は楽しそうに笑いながら同意してくれた。それから三人で仕事に入る。原作に描写はなかったが、フィッツシモンズ中尉は優秀だ。キャゼルヌ先輩が紹介してきたこともわかる。
隠れてフィッツシモンズ中尉について調べてみると、確かにヴァンフリート4=2に配属されていたが、病気になって後方へ。その間にヴァンフリート4=2の戦いが起こって難を逃れたらしい。最近まで病気療養のために予備役に入っていたが、正式に軍に戻ることになった時に俺の艦隊の副官になることになったようだ。仕事しながら世間話をするふりをしながらシェーンコップについて聞いてみたが、どうやら口説かれたのが確かだが、本格的に愛人関係に入る前に後方に行ったそうである。シェーンコップの厄ネタはカリンだけで十分なので一安心である。
第十三艦隊、第十四艦隊の準備が終わると結成式を執り行うことになった。もちろん発起人はトリューニヒト国防委員長。本当に余計なことしかしない奴である。第十四艦隊の幹部の顔合わせは事前に済ませていた。チュン准将、カールセン准将、ラップは最初に顔を合わせており、副官となったフィッツシモンズ中尉を紹介するだけで済んだからだ。結成式の前日に第十三艦隊の幹部と第十四艦隊の幹部の顔合わせもした。ヤンから正式に副司令のフィッシャー准将、首席幕僚のムライ准将、次席幕僚のパトリチェフ大佐、ヤンの副官のグリーンヒル中尉を紹介された。驚いたことにグリーンヒル中尉はエル・ファシルの時に俺がいたことを覚えていたようである。
こちらも副司令のカールセン准将、首席幕僚のチュン准将、次席幕僚のラップ中佐、副官のフィッツシモンズ中尉を紹介した。その場にいたシェーンコップはフィッツシモンズ中尉がいたことに気付き、口説こうとしたがムライ准将に咳払いで止められていた。
その時にシェーンコップからヤンとの問答を聞かせられ、俺はどうなのかと尋ねられた。俺の意見はヤンにほとんど同意見である。束の間の平和が欲しい。被保護者に戦争に出てほしくないと正直に告げたらシェーンコップは面白そうに笑いながら去っていった。これは果たして気に入られたのやら……
結成式では我らがトリューニヒト国防委員長が演説していらっしゃる。演説台の横に二つの席が用意されており、片方には俺が座っている。もう片方にはヤンがいるはずなんだが、どうやら遅刻しているようだ。まぁ、俺自身もカリンに起こしてもらえなかったら確実に遅刻していたはずなので強くは言えない。
トリューニヒト国防委員長の演説が終わると、俺の演説になってしまった。あまりやりたくないのだが、これも給料の内だろう。
「あ〜、第十四艦隊の司令官になったヘルベルト・フォン・シュタイナー少将です。名前にフォンという称号が入っている通り私は帝国からの亡命者。まぁ、亡命軍人というやつですね。だからと言って帝国に憎しみを持っているわけではありません。私の任務は一人でも多くの部下を故郷の土地に生きて返してあげることだと思っています。だからまぁ……みんな、頑張って生き残ろう」
俺の演説の直後に第十三艦隊、第十四艦隊の兵士達からは大きな拍手が起こる。それはトリューニヒト国防委員長より大きな拍手だった。それと同時に会場の袖に礼服を着ているヤンが走り込んできたのを見た。俺はそれを見て口の端で笑う。
「どうやら遅刻していた第十三艦隊の司令官が到着したようです。ええ、遅刻したからにはきっとすごい演説を考えてきたんでしょう。みなさん、期待してみてください」
俺の言葉にヤンは困った様子で髪をかきながら演説台に現れる。俺はそれと交代するように自分の席についた。
「え〜と、第十三艦隊司令官のヤン・ウェンリーです。第十四艦隊司令官のシュタイナー少将の言葉に反するようで申し訳ありませんが、そんな壮大な演説は考えていませんでした」
「本当に使えねぇなぁ!」
「性根が真っ黒になってブラックホールレベルの深淵になっているシュタイナー少将の言葉は無視しましょう」
俺とヤンの掛け合いに兵士達からは笑い声が出る。幹部達も笑いをこらえているが、唯一真面目なムライ准将だけは困ったものだとばかりに首を振っていた。
「え〜と……どうもこういうのは……」
ヤンはそこまで言って困ったように髪をかく。
「つまり……祖国のためとか、命を賭けてとかじゃなくて……その……うまい紅茶が飲めるのは生きている間だけだから……みんな、死なないように戦いぬこう」
ヤンの言葉に兵士達は本心からの拍手をしている。どうやら、俺とヤンは兵士達からは話せる司令官として共感を得られたらしい。
宇宙歴796年4月27日。ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊と、ヘルベルト・フォン・シュタイナー率いる第十四艦隊はイゼルローン攻略の途にのぼったのであった。
第十四艦隊幹部
司令官 ヘルベルト・フォン・シュタイナー
副司令官 ラルフ・カールセン
参謀長 チュン・ウー・チェン
副参謀長 ジャン=ロベール・ラップ
司令官副官 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ
そんな感じで第十三、第十四艦隊結成編です。
感想のほうでもシュタイナーくんやラップはヤン艦隊に入るのか新艦隊を作るのか気になっている方がいらっしゃいましたが、新艦隊結成になりました。
オリ主くん以外はできれば原作キャラを使いたいと思ったので原作後半からビュコック提督と一緒に活躍するパン屋の二代目とカールセン提督をピックアップ。そして生き残っていたラップも新艦隊へ。フィッツシモンズ中尉も外伝ででてくるシェーンコップの愛人です。この作品では違っていますけど
シェーンコップの爆弾はカリンだけでいいから!