夜、雲一つ無い空に浮かぶ満月の光に照らされた島、その中央付近にある赤煉瓦の家の中。畳の上に敷かれた布団の上で横になった月光は考えていた。隣で眠る征谷の顔を眺めながら、後ろで眠る神風の小さな寝息を聞きながら、窓から差し込む月の光を浴びながら。
(私を、満たす、もの)
空母ヲ級"月光"は、自分から物事を深く考えるということをしない。
月光の生活は初めからずっと征谷と共にあり、そしてそれは比喩表現ではない。何せ月光は一日の内のほとんどの時間を征谷と共に過ごしているのだ。朝も昼も夜も、食べるときも戦うときも、月光は征谷のそばを離れようとはしない。夜寝るときも一緒になって寝ているし、最初の内等は征谷がトイレのために離れようとするときすらついて行こうとしていた。初めのうちは暖かさを求めて、今はそれと同じくらい征谷の近くにいたいという思いから。
家ができて、神風が来てからも夜寝るときは一緒だ。畳の上に布団を二つ敷いて、三人川の字になって寝ている。征谷と密着して寝るヲ級を見て、神風は最初当たり前に苦言を呈したのだが、月光は頑として譲らなかった。普段自分の意見を表に出すどころか、そもそも自分の意見といえるものがあまりなく、言われれば素直に従う月光であるが、征谷から離れることだけはよほどのことが無い限り認めない。
月光が持つ最初の記憶は、征谷とエリアに蘇生されたあの日のこと、ただ冷たさと寂しさを感じて、暖かさを求めていた。ぼんやりとした認識の中にあって、自意識と言えるものが生まれた日が正確にいつだったのかは分からない。しかし月光はそれがどこから、あるいは何故生まれたのかはハッキリと分かっている。
(闇でも、水でもない)
月光は、自分から物事を深く考えるということをしない。かつて己を構成していたものを、失ったからだ。
そもそも深海棲艦とは、水と闇の属性を持っており、闇という巨大な概念の中の一つ、「負の感情」を原動力としている。深海の内より水属性の力によって形作られた器を、負の心の力で満たし、その闇属性の力によって行動を起こす。人より生まれた負の心によって動いている以上、彼女達が人間を襲うことは至極自然なことであった。
しかしそれは奇跡であったのか、あるいは何者かの意図したことであったのか。焔征竜ブラスターによって自らの器を満たす闇の力のすべてを焼き尽くされてしまった月光は、水属性の力を持つ器のみが残された。本来であれば海に溶けていたであろうその器は、水属性の力によって構成されていたが故に、清冽の水霊使いエリアによってよみがえったのである。月光が戦う力を喪失しているのも当然だ。何せ空母として艦載機を飛ばし、戦場を支配する力の根源には闇の力があり、それを月光は失っているのだから。
(月光。月の、光)
月光は、自分から物事を深く考えるということをしない。物事を感じるままに生きているからだ。
それでも今は考えている。神風からされた戦わないのかという質問が、月光に疑問を自覚させた。戦わないこと自体には思うところはない。それは征谷が月光に戦力を求めていないからであり、征谷が望むのであれば、月光は逡巡無く戦場へと足を踏み出すだろう。月光が不思議に思っているのは、自分を自分たらしめていたものを失ったにもかかわらず、今ここにいる自分は何なのかと言うこと。もっと正確に言えば、かつて
(セーヤが、いるから)
月光はごそごそと己の服をまさぐり、一枚のカードを取り出す。征谷も知らない、気づいたときには月光が持っていたもの。そこには日本海軍の戦闘機……と、似たような形をした絵柄をしたモンスターカード、"幻獣機ライテン"があった。
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真っ暗な闇の中、人が見てもどこなのか全くわからない場所。明けの明星と呼ばれる堕天使が、自身の指折りの部下の一人と話していた。
「確かに深海棲艦は水属性の器と闇属性である負の心を持つ。だがそれは、深海棲艦が怒りや憎しみに支配される理由にはならない。奴らは進んで人間を襲うが、しかし負の感情など何ら抱いていない機械的な存在。負の心を燃料にして動く心ない機械……それが深海棲艦だ。だからこそ、月光は面白い。やつはもはや一個の精霊…いや生物として確立している。その身に何を満たしたところで、己の存在が変わりはしないというのに」
そう言ってルシフェルは楽しげに笑う。そんな彼の横に控える暗い赤の翼を持った堕天使が、ルシフェルよりもわかりやすく興奮した様子で口を開いた。
「しかして興味深い構造ですな。水属性の器が航行能力をもたらし、闇属性の力が軍艦としての戦闘力をもたらす。水と闇二つの属性間にあるある種の親和性によって、極めて自然な形で深海棲艦という形態を鋳造している…実に面白い。このような現象、本当にルシフェル様が手を出しておられないので?」
堕天使ユコバック。その堕天使は大きな黒い鎖によって体を×印に縛られていた。否、その筋肉質な体に巻き付いた鎖は何らその堕天使を阻害していないため、縛られているという表現は正しくないかもしれない。
「無論だ、何もしてはいないさ。私のやり方とは違う。それに、逆にした方が堕天使らしいだろう」
「逆ですかな?」
「心ない機械を動力にして負の心を動かせばいい。憎しみそのものの怪物がそれ故に残虐に人を襲う。打ちのめされた人間はより強い憎しみを生み出し、新たな戦いののろしとなる。憎しみ同士がぶつかり合い高め合うことで現出する、現世という名の地獄がな」
「なるほど、確かに堕天使らしい退廃的な堕落した世界ですな!我が輩、震えて参りましたぞ」
そう言って身を震わせるユコバックだが、その口元はわずかにつり上がっている。そんなユコバックを何の感慨もなく一瞥したルシフェルは、また周囲を満たしている闇の外側へと意識を向ける。
「深海棲艦の上位個体は闇を燃料にしているとは思えないほどに凪いでいたがな。純粋という表現がふさわしい水属性の具現、あれは氷水のそれに酷似している。………世界が変われど、運命というものはあるものだな。送り込まれた最初の精霊が、氷水とネフティスとは」
ルシフェルが数奇な巡り合わせに、感慨深い様子で思いをはせる。ことが起こったタイミングで氷水のアクティが巨神龍の元を訪れていたのは全くの偶然だし、ネフティスの巫女プレアもまたそうだ。そして彼女達二人がその場に居合わせなければ、プレアがアクティの手を引いてこの世界にやってくることもなかっただろう。
深海棲艦と多くの類似点を持つ氷水という精霊の中の一人が、偶然に偶然を重ねてこの世界を訪れた。それに気づいたルシフェルは、図らずも「ワクワクを思い出し」ていた。
「ところでよろしいのですかな。月光殿には感づかれているのでは?」
ユコバックがふと思い出したように、唐突にそう言った。
「良い、確かに月光には感づかれていよう。清冽のエリアもあるいは。が、それでも奴らにできることなどない。始まりの部隊はもう目前まで迫っている。港湾棲姫と言ったか、この戦いが、征竜の決闘者にとっての初めての戦いとなるだろう」
「いささか難しい様に思えますが。このままでは、征竜の決闘者は敗北する可能性が高いのでは」
「状況は港湾棲姫が有利と言ったところか……構わない。もしここで命を落とすようであれば、所詮それまで。竜然征谷は征竜の決闘者たり得なかったと言うことだ」
明けの明星は水面の如き揺れる波紋の上に浮かびながら、楽しげに笑みを浮かべた
・幻獣機ライテン
モチーフが日本海軍が太平洋戦争で運用した戦闘機とかいうドンピシャ過ぎて笑った。月光の艦載機が一瞬で決まった瞬間であった。
・ルシフェル
めちゃくちゃ物騒な話をしているが、ここのルシフェルにそう言う趣味はないので、堕天使的な話をしているだけ。最初に姫・鬼を見たときは、こいつら本当に闇属性か?と思った。
・姫と鬼
人を襲う以外の闇要素isどこ?