瞬き一つしただけで終わってしまう、あっという間に過ぎ去ってしまいかねない刹那の時間。
その一秒が、すべてを変えた。
日本の宝と呼ばれる天才、吉良涼介。彼のエゴが覚醒し、青い監獄で生き残っていく。そんなお話。
ラスト一秒。
瞬き一つしただけで終わってしまう、あっという間に過ぎ去ってしまいかねない刹那の時間。
その一秒が、すべてを変えた。
勝つか、負けるか。
始まるか、終わるか。
生き残るか、死ぬか。
衝撃に意識が奪われそうな中、選手として、否、ストライカーとしての意地が、身体を突き動かしていた。
――冗談ではない。
本来、ここで表舞台から退場するはずだった彼の物語は終わらない。
日本の宝は砕けない。
◆
全国高校サッカー競技大会、埼玉県大会決勝。
一難高校対松風国王高校の試合。
負ければ敗退、勝てば全国大会出場という大事な一戦。
今思い返せば、ここが全ての始まりだったのかもしれない。
後半戦も終わり、アディショナルタイム残り30秒。スコアは0対1で松風国王がリード。
試合終了が刻一刻と迫る中、ルーズボールを一難高校のフォワード・潔世一に拾われ、松風国王はピンチに陥った。
(うおっ。上手いな、彼)
ボールをキープしたまま敵陣を駆け上がるその姿に、松風国王のエースストライカー・吉良涼介は素直に感心した。
試合中に、と監督に怒られてしまいかねない思考だが、それほど相手の技術はすぐれていた。日本の宝と呼ばれる自分が注目するほどに。
敵ディフェンスに詰められながらもバランスを崩すことなく、さらにシザースフェイントで揺さぶり、一人で突破。瞬く間にGKと一対一の形を作り上げた。
「潔! こっちだ!」
シュートレンジに侵入したその瞬間、もう一人彼と並走していた一難高校の選手が手を挙げる。
――完璧なタイミングだ。
松風国王の選手はキーパーを含めた全員が潔に気を取られ、対応が後手に回っている。
パスを出されてしまえば確実に一点が決まる。
その瞬間を見逃すことなく、潔は視線はゴールを見据えたまま、冷静に横へパスをさばいた。
(よく見えてる!)
そのまま自分で決めても文句はない場面で、決めたくなるシチュエーションで、確実なパス。
ボールは味方の足元に綺麗に収まり、同店のゴールが決まった。
はずだった。
「あっ!?」
「嘘!?」
振り抜かれた右足。
空を裂いて突き進むボール。
キーパーの指先を超えてネットに吸い込まれるはずだったボールは、ポストに嫌われた。
「ラッキー!」
「カウンター!」
松風国王のディフェンスガボールを拾い、カウンターのロングパスを蹴り上げた。
「抜け、吉良!」
「――もちろん」
そのパスを受けたのは、やはり松風国王のエースストライカー・吉良だった。
ワンタッチでボールを受けると、阻むディフェンスの間をドリブルで突破し、右足からミドルシュートが炸裂した。
ボールはあっという間にネットを揺らし、これがトドメの一発となる。
最終スコア0対2。松風国王が全国大会出場を決めた。
「しゃああ!」
「全国だ!」
「勝ったああ!」
全国行きが決まった松風国王の選手たちが吉良を中心に喜びを分かち合う。
歓喜の渦の中心で、共に勝利の余韻を味わいながら、吉良はふとコートの反対側に座り込む一難高校のフォワード、潔の姿を目で追った。
「……惜しかったね」
聞こえないであろう小さな声でそう一人口ずさむ。
決して哀れみや過剰評価ではない。最終局面で自分たちを追い詰めた彼の突破力、土壇場での視野の広さは称賛に値する。
いつか同じチームで戦ってみたいと、そう思わせるほどに。
◆
そのチャンスは意外にも早く訪れた。
全国大会出場を決めた吉良の下に届いた一通の書類。
それは日本フットボール連合からの強化指定選手に指名するという通知だった。
すでに吉良は飛び級でU-18の日本代表選手に選ばれているとはいえ、やはり近しい力量の選手らと力を高め合う環境や機会を与えられることは非常に嬉しい。
断る理由など一切なく、二つ返事で参加する事を決めたのだが。
「あれ? キミ、ひょっとして潔くん? やっぱりそうだ! 俺の事覚えてる?」
「あっ、はい。もちろん! つい最近負けた相手だし」
「よかったー。キミ、サッカーIQ高そうだと思ってたんだよねー」
その会場の入口で、吉良は潔と再会した。
吉良が代表選手という事もあって緊張しているのか、どこか反応がよそよそしい。
しかし二人は同じ高校二年生だ。敬語はやめようと提案すると、潔は人懐っこい笑みを浮かべて頷く。人当たりの良い性格らしい。
知り合いが同じ招集を受けたというのは心強い。
ここから上手くやっていけそうだと、吉良は思っていた。
◆
そんな空気は一人の男によって一蹴された。
その場に300名という多くのストライカーを招集した男の名は絵心甚八。
絵心はここに集った選手たちで『
自分以外の299名を蹴散らし、最後の一人になったものだけが世界一のストライカーになれると。
突然そんなことを言われても納得も理解も出来ない。
吉良をはじめ、全国大会を控えている者も多いために批判の声が殺到した。
その意見を絵心は真っ向から否定する。
現役の日本代表や、代表選手たちを例に挙げて、ワールドカップ優勝していないだろうと。
その現状を変えるために、日本に稀代のストライカーを作り上げるのだと。
他の選手たちを全てふるいにかける蟲毒の監獄。たった一人の英雄を産み出す為に299人を地獄に落とす。
己のゴールを至上とする、真のストライカーを誕生させるのだと。
青い監獄へつながる扉が開かれる。
ストライカーになる覚悟を持つ者だけが進め、と絵心が告げた。
瞬間、吉良の隣に立っていた潔が真っ先に駆け出した。
「潔くん!?」
「チッ。負けてられるか!」
「俺もいく!」
「俺が先だ!」
吉良が戸惑う中、潔の行動につられ、火が付いた選手たちが我先にと扉の先へとびこんでいく。
次から次へと選手たちが地獄へ足を踏み入れる中、吉良もついに青い監獄へ通じる扉をくぐり抜けた。
決して場の空気に流されたわけではない。
絵心の意見を否定するために参加するのだ。そう自分に言い任せ、吉良は青い監獄へ向かって行った。
◆
巨大なホテルのような施設に運ばれ、専用のボディスーツに着替えされられた彼らはそれぞれ施設の部屋に集められた。
12人ごとに割り当てられたその部屋のモニターに絵心が映し出される。
敗者は日本代表に入る権利を失うと語り、早速入寮テスト――“おにごっこ”をこの部屋で始めると宣告した。
制限時間は136秒。ボールに当たったものは鬼となり、タイムアップの瞬間に鬼だったものは強制送還すると。
部屋の中で最下位の者からゲームを始める――吉良や潔のいる部屋では五十嵐という坊主頭の選手が鬼でスタートした。
ほとんど説明が行われていない中、突如として始まったサバイバル。
皆混乱の最中にあったが、ここで落ちるわけにはいかないと必死にボールを擦り付け合う。
「馬鹿げている!」
そんな光景を見て、吉良は声を荒げた。
こんな遊びのようなものでサッカー人生が終わるなどおかしい。
納得できないまま終了の時間が近づいて。
その時が、来た。
毛先が黄色い特徴的な髪、蜂楽がドリブルで吉良へと突っ込んでくる。
長年サッカーをしているとはいえ、真っ向から自分めがけてシュートを放つなど経験のない衝撃に、身体に緊張が走った。
だがみすみす受けるわけにはいかない。
足めがけて放たれたシュートを跳躍してかわし、さらに体に蹴りかかろうとする相手を体をかがめる事で回避する。
残り時間6秒。
まもなく終了というタイミングで、蜂楽が蹴ったボールは誰にぶつかる事もなくふわりと宙に浮かぶ。
ミスキック、と思ったそのボールが。
潔の下へと舞い降りた。
「潔くん……?」
『まさか』
吉良が友達になったばかりの少年の名前を呼ぶ。
直後、潔は利き足である右足を勢いよく振り抜いた。
一閃。
弾丸のごとき加速を伴ったボールは主の狙い通り、正面の敵を、吉良の頭に衝突した。
「――ッ」
ダイレクトシュートが炸裂し、吉良の体に衝撃が走る。
頭に直撃を受けた事で体が支えを失い、背中から倒れ込む。
体全身から力が抜けるような感覚を覚えたその瞬間、
残り一秒という数字が、吉良の目に映った。
「……ふざ、ける、なよ」
負ける。
このままでは終わる。
それを意識すると突如として意識が覚醒する。
納得できるか。
このような形で、終わってなるものか。
ぎりっ、と歯を食いしばる。
ボールを探すべく首を少し上げると、その先でまさに地面にぶつかりそうなボールを、足を痛め、その場でうずくまっている五十嵐の姿を捉えた。
「俺は日本サッカー界の宝だぞ!」
咆哮。
怒りの籠った声が部屋中に響く。
そう叫ぶや否や、倒れる寸前で吉良は右手を地面につき、右手を軸に体を回転。
右足を振り抜き、ボールが五十嵐の体を弾き飛ばした。
時計が0秒、ゲームの終了を告げる。
ボールが点々と床を転がる。
沈黙が空間を支配する中、無情な機械音が響き渡った。
「五十嵐栗夢、OUT」
助かった、そう錯覚していた男が一瞬で絶望に落ちる。
一方で、終わる寸前で生き残った吉良は、もう少しでサッカー人生のすべてが終わっていたという事実に、自分が生き残るために他の選手のサッカー人生を終わらせたという事実に、衝撃を覚えていた。
「……
自分の身に走る感覚を、信じたくなかった。
吉良は今まで築き上げてきた大切な何かが壊れていくような錯覚を感じ取っていた。
それこそが絵心が語っていた『エゴ』の芽生えなのだと、信じたくなかった。
「――自分より強い相手を倒そうとした潔世一、そこからボールを奪い同じく一番強い敵を倒そうとした八楽廻。そして、その狙われた状況下で最後のチャンスをつかみ取った吉良涼介。お前たちのその勝利の執念こそ、俺が求めるストライカーのエゴイズムだ」
だが、絵心はそれを認め、称賛する。
『黙れ』と言いたくなったのに、吉良はその言葉を飲み込んだ。
それが事実であると自分でもわかっていたから。
敗者出る五十嵐が無言で、項垂れたまま部屋を退出する。
11人となったこの部屋で、このメンバーがこの先生活を共にする運命共同体なのだと絵心は告げた。
「……吉良、くん」
全てが終わった後、潔が吉良に歩み寄る。
先に吉良を狙った行動について言及したかったのだろう。
「さっきは、ごめん。急にボールが来て、身体が咄嗟に動いて……」
「いいよ、潔くん」
「えっ」
謝罪を続ける潔の声を遮り、吉良は彼の肩をポンと叩いた。
「それがここでの普通だ。俺も、よくわかった」
謝る必要などない。
自分が生き残るために他者を蹴落とす。それが青い監獄の本質なのだから。
生き残るためには、英雄になるためには、この環境に適応するしかない。
「だから、俺もそのルールに則るよ」
そういって吉良は部屋を去った。
こうして彼らのサッカー人生を大きく変える事になる青い監獄の生活が、始まったのだった。