空っぽの冷蔵庫   作:FuTo6

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朝ごはん

 「何もないねぇ……」

 

 顎に手を当てながら、何時より抑えられた声で呟く。アグネスタキオンは悩んでいた。

 

 

 

 

 

 空腹感で目が覚めた。しばらくぼんやりと天井を眺めた後、何度か目を瞬かせながら上半身を起こし、のそのそとベッドから降りる。あくびをしながら枕元にある携帯を手に取り、時間を確認する。

 

 「五時半……かぁ」

 

 小さく吐き出すように出た言葉と同時に部屋を見渡す。外はまだ朝日が昇り始めたばかりのようでカーテンの隙間から漏れた朝日が部屋をほんの少し照らしており、ルームメートのアグネスデジタルは夢でも見ているのかだらしなく口を開けたまま幸せそうに眠っていた。 

 

 ――とりあえずこの空腹をなんとかしないとねぇ……。

 

 携帯をベッドに放り投げ、廊下にある冷蔵庫を開ける。完全に覚め切ってない脳をたたく冷蔵庫の光に目を細めさせながら中身を確認する……が。

 

 「何もないねぇ……」

 

 冷蔵庫の中には何もなかった。正確には食べたいと思えるものが、である。お茶やスポーツドリンク、ルームメート愛用の眠気覚ましの飲料に加え、ゼリー類、チョコレートなどの甘味物はあれども、腹を満たせるようなものがなかった。それも当然でほんの少し前まで食材をミキサーに入れて飲み干しているようなタキオンに冷凍食品や作り置きのおかずなどがあるはずはなかった。

 

 ――弁当を受け取る時間でもないし、食堂も開いてないしなぁ。

 

 いつもならモルモット兼トレーナーから三食分の弁当を作らせて食べているのだが、受け取る時間には早く、日頃からにぎやかな寮の食堂も今この時間ばかりはまだ静かだった。

 

 ――二度寝をしようにもこの状態ではなぁ……。

 

 溜息を吐きながら、早く食べろと急かしてくる腹の抗議を手でさすり、抑えつけようとするがこの空腹感では眠りにつくことが不可能なのは明白であった。

 

 「いや、待つ必要はないか」

 

 閃いたと言わんばかりに尻尾を逆立たせ、天井を見上げつつ呟く。わざわざ弁当を待つのではなく、今すぐ朝食を作ってもらえばいいのだと。

 

 そうと決まればと寝間着からトレセン学園指定の制服に着替え足早にドアへと向かい、同居人を起こさないよう、静かに閉める。

 

 やっと腹を満たせると思ったからか、あるいはトレーナーのご飯が楽しみなのか小走りでウマ娘の寮からトレーナーの部屋へと向かう。その期待故か、または朝の冷えた空気のせいか弾むような足音が響いていた。

 

 廊下を軽く走りながら外を見るとちらほらと朝練をしているウマ娘たちとそれに付き合うトレーナーの姿があった。

 

 「トレーニング……か」

 

 その光景を一瞥しながら言葉を漏らした。

 アグネスタキオンは周りから見て真面目とは言えず、むしろ問題児と言われるようなウマ娘だった。

 授業や選抜レース、トレーニングには無断で休むことも多々あり、ウマ娘の速度の限界を求めるためにと怪しげな薬を作ったり、強引に実験に協力させたりと問題行動に事欠かない人物だった。

 自らの身体をも使い研究を続けているが、時たま不安がよぎることがあった。自身の速さに対しあまりにも脆い両の足に。ウマ娘の限界を見ることは叶わないのではないか、と。素質ある者のために自らの研究を費やした方がいいのではないか、と。

 だが研究をやめるという発想がないことがアグネスタキオンというウマ娘であり、どんな選択をしようと誰かが発光することに変わりはないのだが。

 

 

 

 

 「おや、もう着いたのかい」

 

 考え込んでいたのか気づけば目的の場所に着いていた。知らず知らずのうちに伏せていた顔を上げ、ドア横にある番号を見て部屋の主を確認する。

 

 「モルモット君、起きてるかい?」

 

 控え目なノックと声だった。部屋の主は寝ているのだろうか、返事はなかった。

 

 「モルモットくーん、私にご飯を作っておくれよー」

 

 すぐに出てこないことにふくれっ面になりながら強めのノックをした。ドアを叩く音からタキオンの不満を感じ取ったのか、慌てたような足音と共にドアが開かれた。

 

 「タキオン、何でこんな時間に?」

 

 トレーナーはこんな時間にタキオンが来たことに意外そうな声を出しつつ出迎えた。その手には料理中だったのか菜箸を持ったままだった。

 

 「まずはおはよう、だよ、モルモット君。 私は今にも空腹で倒れそうなんだよ、だからはやく作ってくれよー」

 

 待ちきれないのか「あぁ」と納得した声を出しかけたトレーナーの背をグイグイと押し、強引に室内に入る。

 

 玄関に踏み入るとほのかに食欲をそそられる砂糖醤油の匂いが流れてきた。すきっ腹の身にこの香りは強烈で思わず出てきたよだれをごくりと飲み込んだ。

 

 「ちょうど作ってる所だから待っててくれ」

 

 「えーー!それは生殺しというものだよ、モルモット君」

 

 「わかった、わかった、さっき作った卵焼きがあるから持って行って」

 

 腕をばたつかせながらの抗議は迫力に欠け、子どもっぽい印象を与えるだけだったが、効果はあったようでウキウキと戦利品を手にしながらタキオンは座布団を敷いてローテーブルに座った。 

 

 まだ一口サイズに切り分けられていない卵焼きを箸で雑に切りつつ口へと運ぶ。が、想像していた味ではなかったようで目をパチクリとさせた。

 

 「これはいつもと違う味付けなのかい?」

 

 「いや、同じだよ」

 

 弁当で食べるよりまだ温かいそれはできたての味で、タキオンにはまったく別のものに感じられた。

 

 「ふぅン……いつもより甘く感じるけどねぇ」

 

 気に入ったのかゆっくりと味わうようにひとつ、ふたつと食べているとふとジューと揚げる音がしていることに気が付いた。それが雨音のようにも聞こえ自然と耳が横になった。しばらく聞き入っていたが、空腹を思い出したのか立ち上がりトレーナーの元へと向かった。

 

 「からあげと……みそ汁かい」

 

 「熱いから気を付けてね」

 

 「わかってるよ、……あっつい!」

 

 煮干しと昆布でだしをとりながらからあげを揚げるトレーナーを尻目に、キッチンペーパーに置いてあったからあげを手づかみでつまみ食いをしようとしたタキオンへの忠告は食欲の前にはあまりに無力だった。

 

 「揚げたてというのはこんなにも熱いのかい!?」

 

 「少し冷ましてから食べないと」

 

 今度は慎重に指先で持ち、息を数回吹きかけてからあげを口の中へと放り込んだ。

 

 「おぉ、肉汁が……あっつい!」

 

 溢れてきた肉汁にやられたのか涙目になりながら舌を出して冷ますさまは学園で見る姿とはかけ離れて幼く見えた。

 

 「何してるの……」

 

 トレーナーの苦笑いとともにでた呆れたような声が照れ臭かったのか、はたまた自らの行動が恥ずかしかったのかそっぽを向いてタキオンは言った。

 

 「熱すぎるのが悪いんだ! なんで食べやすい温度で揚がらないんだ!」

 

 「そんな無茶な……」

 

 そんな不条理なことを言いつつも、味はたしかなものだったのか手はふたつ目のからあげに伸びていた。

 

 「からあげばっかり食べないでね」

 

 「はっふっ、ふぁかったよ」

 

 熱さに口をもごもごさせているタキオンにトレーナーは言った。

 

 「みそ汁ももうすぐできるからごはんよそっておいて」

 

 「えー、私がするのかい」

 

 文句をいいつつも二人分の茶碗を持って炊飯器へと向かう。ふたを開けたとたんに広がる湯気の予想外の熱さに一瞬身を退きながらもごはんをよそう。トレーナーには大盛りに、自分の分にはさらに多く茶碗からこぼれ落ちんばかりによそった。

 

 「それ……俺の分はどっち?」

 

 「少ない方だよ」

 

 「多いけどね」

 

 両手にみそ汁を持って来ながらトレーナーは顔を少しこわばらせながら聞いた。まだ若いとはいえ朝から食べるには多いようだった。

 

 「実験には健康的なモルモットが必要不可欠なんだよ、だからしっかり食べてくれたまえ!」

 

 「タキオンもね」

 

 トレーナーは冷蔵庫からサラダを取り出しながら、答えた。冷蔵庫の中にはタキオンのためにと様々な食材や調味料があった。そこにはウマ娘の栄養管理という側面もあったが、サプリやミキサー食ではなく、おいしいご飯を知ってほしいというトレーナーの想いが多分に含まれていた。

 

 本来一人用の小さな机に二人分のご飯を置いて、座り、手を合わせる。

 

 「いただきます」

 

 トレーナーを見てタキオンはご飯に伸ばしかけた手を慌てて戻し、合わせた。

 

 「いただきます」

 

 トレーナーはごはんとからあげから、タキオンはにんじん多めのみそ汁から口にした。ゆっくりと味わって飲み込む。身体の奥からじんわりと熱が広がる感覚に力を抜きつつ息を吐いた。そこでトレーナーが何かをうかがうように自分を見ていることにタキオンは気が付いた。

 

 「みそ汁もおいしいよ、モルモット君」

 

 「ならよかった」

 

 タキオンの言葉にトレーナーは顔をほころばせながら笑った。

 

トレーナーにとってタキオンは夢を見せてくれる存在でもあったが、同時にひどく心配させられる存在でもあった。

 そもそもトレーナーが弁当を3食、それも毎日作るようになった原因はタキオンの食事に対しての姿勢にあった。食事は栄養を補給するための行為だと言い、サプリメントか食材をミキサーにまとめて放り込んで飲み干すかだった。

 そんなタキオンが面倒くさがらずに食べてくれることがトレーナーにとってとてもうれしいことだった。

 弁当への注文も多く、手間は確かに手間で大変だったが、その苦労すら喜ばしいことだった。

 

 

 

 

 ――温かいご飯というのはこんなにもおいしいものなんだねぇ。

 

 「モルモット君……また作ってもらってもいいだろうか」

 

 一瞬、面倒だ、という考えがよぎったがタキオンはその言葉を口にした。

 

 「もちろん、いつでも作るよ」

 

 「ハハッ! 即答かい、献身的というか従属的というか、面倒だとは思わないのかい?」

 

 「タキオンにはちゃんと食べてもらって、ウマ娘の限界に辿り着いてほしいからね」

 

 その言葉は迷いを洗い流すようだった。このトレーナーは他の誰でもないタキオンに、タキオンと共に可能性の果てを見たがっていた。

 

 「……クッ、クク……アッハッハッハ! わかった、わかったよ、面倒だがきちんと食べようじゃないか!」

 

 次のごはんが楽しみだ、タキオンはそう思いつつあった。

 




読んでいただきありがとうございました。
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