アベンジャー・マギア   作:彼岸花ノ丘

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白い軍勢7

「むんっ!」

 

 山の麓から降りたウラヌスは、ばちんっと自分の頬を叩く。

 仲間が見せた気合いを入れるための動きにより、スピカの身体にも軽い衝撃が走る。軽く人間離れした力にちょっとした不気味さを感じなくもないが、しかし今のスピカにとっては丁度良い刺激だ。

 何しろこれから、目の前に広がるレギオンの巣に突入しようと言うのだから。

 

「(いやー、これは流石に比喩でなく人類初の行いなんじゃないかなぁ)」

 

 レギオンの巣に数人で突撃し、女王を打ち倒す。

 スピカは冒険家として必要な知識を身に着けるため、様々な書物を読んできた。それこそ数え切れないほどに。しかし今まで読んだ本の中に、レギオンの群れ……その中枢である『女王』を倒したという記述はない。

 そもそもレギオンに女王がいるという情報自体、人間の想像だ。アリやハチのような、優れた統率性と自分自身の命すら厭わぬ凶暴さから、母親である女王がいると考えられているだけ。もしかするとレギオンという種族自体が、奇怪な思想の持ち主という可能性もある。この場合女王なんておらず、作戦は前提からして破綻している事になる。

 そして何より、レギオンの女王を倒せば無力化出来る、という考え自体が憶測だ。少なくとも人間がレギオンの女王を、公式に倒した事はないのだから。

 

「(頼みの綱は何処かで聞いた御伽噺……勇者が白い虫の軍団に挑み、その軍団の王を征伐して追い返すって感じの)」

 

 嘘か真かもわからぬ御伽噺。レギオンについて紹介する記述の中に、それを見付けた事がある。

 あらすじは、今し方スピカが思っていた事そのまま。勇者が悪い軍団の指導者を倒して町を守りました、めでたしめでたし――――そんな話などいくらでもあるものだが、御伽噺というのは何かしらの『元』がある事も少なくない。

 白い虫の軍勢など、如何にもレギオンの特徴だ。それを勇者が、指導者を倒した事で追い返した。レギオンには女王がいると推測されている点も合わせて考えれば、レギオン退治を語り継いだものと言えよう。これがレギオンの『倒し方』だと、後世に伝えるために。

 ……尤も、勇者と元になった人物の偉業を伝えるため、あれこれ付け足した要素という可能性もあるのだが。というよりその可能性の方が高い。

 つまるところ確信がない。憶測だらけの穴だらけ作戦だ。

 それでも命を賭すのが自分だけなら、スピカとしてはまだ良い。ウラヌスのようにノリノリであるなら、他人が同行するのもご自由にと思う。頼れる戦力なら、自分達が生きるためという名目で無理やり引き込むのも仕方ないだろう。

 しかし、怯えている人間を連れ込むのは流石に気が引ける。戦う力がないなら尚更だ。

 

「あわ、わわ、わ。わわわわ……」

 

 具体的にはガタガタ震えている、フォーマルハウトのような少女を。

 

「……やっぱり、あなたは安全なところに隠れてて。山の鉱山内は人間の活動圏だから、比較的安全な筈。私達が戻らなかったら、交易都市まで逃げて。一人で行くのは大変だけど、方角さえ間違えなければ町に行ける。動物に襲われる心配も、今ならないと思うし」

 

「だ、大丈夫! 私を見くびらないで! それに私、絶対役に立つから!」

 

 スピカの気遣いを、フォーマルハウトは気丈な言葉で跳ね除ける。胸を張り、笑顔まで浮かべた……目がヒクヒクと痙攣し、涙も浮かんでいたが。

 しかし、怯える身体は後退りしない。

 フォーマルハウトは確かめたいのだ。家族が生きているのか、本当に町は助けられるのか。そしてそれをただ眺めているだけなのは嫌だ、と。

 合理的に考えれば、そんな感情的な意見を取り合う必要はない。拒否すればわーわー騒ぐだろうが、首に手刀でも叩き込んで気絶させてしまえば問題解決だ。

 だが、スピカは手どころか口も動かない。

 フォーマルハウトの眼差しの奥に、彼女の『家族』が見えた……気がしたがために。

 

「……ああもう! それなら私が背負うから、絶対、ぜぇーったいに、私から離れない事! 分かった!?」

 

「うん! 任せて!」

 

 フォーマルハウトの元気な返事を聞き、スピカは大きくため息を吐く。自分の押しの弱さに辟易する。

 それでも言った手前、今更撤回する気も起きない。ならばとフォーマルハウトを背負ったスピカは、ロープでぐるぐると自分とフォーマルハウトを巻き、解けないよう結ぶ。これで絶対に大丈夫、とは言えないが、少女の力だけでしがみつくよりはマシだろう。

 それにフォーマルハウトという『相方』を得た事は、不利益ばかりではない。

 人間の目は常に正面を見ている。スピカは普段から後方を気にしているが、それでも見えないのだから正面と比べて警戒が疎かになるのは仕方ない。前方の戦いに集中するとなれば尚更だ。フォーマルハウトが後ろを見てくれるだけで、目の前の戦いに集中出来る。小さなフォーマルハウトの体重は軽く、動きを妨げられるという不利益も小さい。総合的には、悪くない状態だ。

 なんにせよ準備を終えた。後は勢いよく町に突撃するのみ。

 

「……いくよ、ウラヌス!」

 

「おう!」

 

 掛け声を合図にスピカは走り出し、ウラヌスと共にレギオンの巣と化した宝石都市に向かう。

 スピカ達が走り出しても、巣を歩くレギオン達の反応は鈍い。町の住人という餌を大量に手に入れて、狩りの必要性を感じていないのか。

 しかしその緩い反応は、スピカ達と巣の距離が一定以上縮まると一変した。

 

「ピュゥゥイイイイイイイイイイイッ!」

 

 悲鳴と口笛を混ぜ合わせたような、甲高い声が鳴り響く。

 それは巣の上を歩いていたレギオンが上げた鳴き声だった。そして一体のレギオンが鳴くや、今まで暢気に歩いていたレギオン達の動きが変わる。あくまでも見える範囲での話であるが、一斉にレギオン達はスピカの方を振り向いた。

 なんという統率性なのか。

 恐らく今し方鳴いたのは、見張り役のレギオンなのだろう。駆け寄ってくるスピカ達を敵と見たのか獲物と見たのかは分からないが、いずれにせよ『迎撃』が必要だと判断したに違いない。

 そしてその迎撃は、巣の外ではなく内で行うつもりのようだ。何故ならレギオン達はスピカ達を見つつも、向かってくる事はしないのだから。

 

「(有利な場所が分かってんのか、それとも本能か。これじゃあ誰かが囮になって中の奴を外に誘き出し、巣の中を手薄にするって作戦は無理ね……!)」

 

 元より、何万体いるか分からないレギオンの一部を誘い出しても効果は薄いだろうが。もしもぞろぞろと何万も出てきたらやろうと思っていた作戦を、スピカはあっさり切り捨てた。

 それよりも次の作戦を考える。と言ってもここまで来たらやる事は単純だ。

 三人揃って中に突っ込むのみ。

 

「ウラヌス! 逸れないでよ!」

 

「努力しよう!」

 

 最後の確認と、最後の返事を聞いて、二人はレギオンの巣に足を踏み入れた。

 町を埋め尽くすように張り巡らされているのは蜘蛛の糸。スピカ達が走るのは町の道路であるが、上も左右も糸に覆われ、糸の洞窟に入ったような錯覚を覚える。勿論糸を踏まずに前には進めず、スピカは糸の道路を踏み締めていく。

 しかしレギオンの糸は、踏んでも粘り気はなかった。これについては想定内。何故ならレギオンが上を歩いていたのと、レギオンは待ち伏せではなく群れで狩りを行う動物だから。草木の間に巣を作る普通の蜘蛛でも、自分が歩く糸には粘り気がないという。ちゃんと歩くための『足場』を用意しているのだ。レギオン達も糸の上を歩いていたので足場にしているのは確かである。そして待ち伏せ型の狩りではないレギオンにとって、何処かに粘着いた部分があっても移動の邪魔なだけ。ねばねばした糸を出す筈がない。

 そうした情報は書物にはなかったが、スピカは生物の知識と観察から推察。確信はなかったが、確実に当たる予想だとは思っていた。まずは一安心だ。

 だが、ここからが本番である。

 

「ひっ!? 後ろに来てる!? う、後ろと、あと上にも!」

 

 早速フォーマルハウトが役立ってくれた。

 背後からやってくる一体のレギオン。そして見えないが、どうやら頭上の糸を走っている奴もいるらしい。

 しかし追われる事は良い。問題は、その速さだ。

 

「追い付かれそう!?」

 

「あ、当たり前……ん、あれ? そ、そうでもない?」

 

「そうでもないのね! 良し!」

 

 これもまた予想通り。スピカは拳を握り締めながら、笑みを浮かべた。

 レギオンは巨大な節足動物だ。されどその大きさは人間と大差ない程度。しかも八本脚で、脚の生え方は横から突き出したガニ股である。

 狼や鹿は人間よりも速く走る。だがそれは彼等が獣だから、ではない。人間よりも走るのに適した身体の作りをしているからだ。蜘蛛であるレギオンの身体は見たところ走るには不向き。それでも人間並の速さを出せるのは流石『野生動物』と言ったところだが、追い付かれないならどれだけ優秀さを見せても意味がない。

 それに、身体の横幅が人間より大きいのもスピカ達にとっては好都合。

 

「そ、そこの角を曲がってすぐの右側に、狭い路地があるよ! そこを通れば大通りを迂回しないで、町の真ん中に行ける!」

 

「良し!」

 

 フォーマルハウトの助言に従い、スピカ達は角を曲がる。

 言葉通り、曲がってすぐの右手に路地裏への入口が見えた。人一人が通るのがやっとの狭さの道は、()()()()()()()()()()()()

 スピカ達が突入すれば、レギオン達も突っ込んできた……が、その動きは止まった。身体の幅が広過ぎて、路地裏の左右に並ぶ建物と激突したのである。

 恰幅の良さが仇となり、狭い道には入れない。これも遠くから観察して予想していた事だが、実際に確認出来た事で確信に変わった。逃げ回るための手が一つ増えたのはとても有り難い。

 それと、フォーマルハウトのお役立ち具合も想像以上だ。

 

「アンタ、金持ちの娘なのに町の事よく知ってるね! てっきり箱入り娘かと思ってたんだけど!」

 

「ふふん! パパが出張中はよく外で遊んでいたのよ! あ、ここを出たらまた大通りだから気を付けてね!」

 

 宝石都市の詳細な地理を知らないスピカ達にとって、フォーマルハウトの頭の中にある地図は値千金の情報だ。逃げるための道順が分かるのは勿論、行き止まりに行ってしまう可能性をゼロに出来れば生存率は飛躍的に向上する。

 突撃は順調。このまま都市内を歩き回れば、目的の女王、或いは町の人が『保管』されている場所を見付け出すのは簡単に思えてくる。

 とはいえ全てが人間達の思惑通りに進むなら、人間は今頃世界の全てを支配しているだろう。だが現実はそうなっていない。

 野生の生物は、早々人間の思い通りになってくれないものだ。

 

「(上、通っているな……!)」

 

 路地裏を走りながら、スピカが意識を向けたのは頭上。

 路地裏に糸は張られていない。だが路地裏の上に広がる筈の空は、無数の糸に埋め尽くされていた。分厚く束ねられた糸はボコボコと凹み、上を何か――――レギオンが走り抜けているのが分かる。

 レギオンに威圧を掛けている認識はなく、ただ獲物の後を追っているだけだろう。

 だが人間からすれば、極めて強烈な精神的な圧迫だ。住人の中には路地裏に逃げ込んだ人も少なくなかった筈だが、上を走り回るレギオンに恐怖して跳び出した者も少なくなかっただろう。

 そして路地裏から出たところを、上から襲い掛かる。冷静さを失っていたら、まず逃げられない巧妙な作戦だ。

 だが、分かっていればやりようはある。

 

「ウラヌス!」

 

「任せろ!」

 

 路地裏を出た瞬間スピカがその名を呼ぶと、ウラヌスは即座に反応。立ち止まり、上を見据える。

 そこには路地裏の上に張り巡らされた糸から降りてきた、レギオンの姿があった。

 

「ふんっ!」

 

 そのレギオン目掛け、ウラヌスは拳を振り上げる!

 レギオンに翼は生えていない。つまり連中は空を飛べず、空中での身動きは取れない。振り上げられたウラヌスの拳は、恐れなど抱いていないであろうレギオンの顔面に突き刺さった。

 ウラヌスの拳はレギオンの頭部甲殻を砕く。青白い体液が溢れ出し、脳らしき臓物が頭から吹き出した。それでもレギオンはまだ動き、鋭い爪を持った前脚でウラヌスを突き刺そうとする。

 だが、ウラヌスの拳はまだ止まらない。

 突き刺した拳は更に前へと突き出す。与えられた衝撃によりレギオンは空に吹っ飛び、身体を巡る打撃の所為か脚や身体がバラバラと千切れていった。

 そのままレギオンは何処かに消えて、ずどんっという物音が町に響く。墜落したのだろう。

 

「ふむ、こんなものか。これなら千匹来ようとどうにでも出来るな!」

 

「す、凄い……!」

 

 胸を張るウラヌスに、フォーマルハウトは素直に感嘆の言葉を送る。

 確かにウラヌスは凄い。レギオンを片手でぶっ飛ばすなど、比喩でなく人間業ではない。やはりコイツはほぼ猛獣だなと、スピカは思う。実際千匹来ても、ウラヌスならどうにかしてしまう気がした。

 だが、その千匹は一匹ずつ来た時の話。

 そしてレギオンがわざわざ正々堂々と挑んでくれる筈もない。

 

「ピィイイッ!」

 

「ピキィィイイイイイッ!」

 

 甲高い声が町の奥から聞こえてくる。

 振り向けば、遠くからこちらを見ているレギオンがざっと五体はいた。早速数で圧倒しようとしているようだ。そう考えて構えを取るスピカ

 

「だ、駄目!」

 

 だったが、突如フォーマルハウトがその行動を否定する。何故? 抱いた疑問の答えはすぐに分かった。

 背後から迫る、爆音と言うべき『足音』が教えてくれたがために。

 

「(しまった! 挟撃か!)」

 

 正面で鳴き声を上げている連中は囮だったらしい。小賢しい作戦を、とも思うが、自然界にそんな評価は意味を持たない。どんな手を使おうとも、生き延びたものが正しいのだ。

 それはスピカ達にも当て嵌まる。挟撃には驚いたが、気付いてしまえばどうという事もない。戻るのは癪だがもう一度路地裏に逃げ込めば――――

 

「違う! 上!」

 

 その思考を止めたのは、フォーマルハウトの叫び。

 ハッとして上を見た時、スピカの目には何体ものレギオンが路地裏の上に張り巡らせていた糸から跳び出す光景が映った。

 挟撃と思わせて、第三の方向からの攻撃。

 人間染みた高度な作戦に、スピカは驚きから思考が止まった。それはほんの僅かな時間だったが、目の前に危機が迫る状況では致命的。

 もしもフォーマルハウトの言葉がなければ、反応が間に合わずレギオンの群れに潰されていただろう。フォーマルハウトのお陰でそれは避けられたが……しかし咄嗟の指示は出せない。

 スピカとウラヌスは跳んでその場から退避したが、その方向は互いに離れるようだった。

 

「む! これはいかん!」

 

 路地裏側に跳んだスピカの存在に、道路の広い方に跳んだウラヌスが気付く。直ちに戻り合流しようとしてくる。

 

「ウラヌス! 来ないで良い!」

 

 それをスピカが止めた。

 理由は二つ。一つはウラヌスと自分達の間に、レギオンの大群が待ち構えているため。いくらウラヌスとはいえ、大群を叩き潰すには時間が掛かるし、無理をすれば怪我を負いかねない。それは後の事を考えると危険だ。

 もう一つは、これを作戦として活かすため。

 

「私達が囮になる! アンタは女王を探して! 私よりも、アンタがそれをする方が効率が良い!」

 

「いや、流石にそれは危険、おおっと!」

 

 スピカの作戦に意見しようとするウラヌスに、レギオン達が襲い掛かる。

 レギオン達の招集能力と戦略を、スピカは正直なところ侮っていた。まさかこうも早く、そして巧妙に包囲されるのは想定外。恐らく今回のような包囲は、この後何度もやられる。

 ウラヌス単身であれば、包囲網の突破は容易いだろう。しかしスピカの足はウラヌスほど速くない。スピカに合わせていては、ウラヌスは抜け出せる筈の包囲すら抜け出せなくなってしまう。スピカの方も強行突破するような『破壊力』のある道具はなく、それよりも煙幕や悪臭など、相手を翻弄する方が得意である。

 二人揃えば、出来ない事も出来るようになる。だが時には、互いの強みを活かせなくなる時もあるのだ。協力する目的はあくまでもその方が目標を達成しやすくなるから。協力に拘って目標が遠退くなど本末転倒。

 一回二回の包囲なら二人一緒に行動した方が良いと思ったが、それだけでは済みそうにない。ならば今回、最適なのは二手に分かれる事。ウラヌスが正面突破し、スピカが陽動を行う……互いの得意分野で勝負するべきだ。

 

「――――分かった! やり遂げてみせよう!」

 

 スピカの思惑を何処まで理解したかは分からない。しかしウラヌスは快活に返事をし、そして走り出す。スピカ達がいる方とは、逆向きに。

 ……このままウラヌスが逃げ出したら自分達はあの世行きだなと、スピカはふと思う。本来二手に分かれるよう伝える時に浮かぶべき考えなのだが、今までとんと思い付かなかった。我ながらウラヌスを信用し過ぎてないかと、思わなくもない。

 だが、ウラヌスが裏切る姿も想像出来ない。

 だから任せておいて大丈夫だろう。強いて心配すべきは果たしてアイツの頭で女王の居場所を見付けられるかという点だが、それについても問題はあるまい。スピカの論理的思考が導き出した女王の居場所は、子供並に単純な考えで閃いた場所と一致しているのだから。ウラヌスもきっと気付く。

 それよりも今大事なのは。

 

「さぁて、この状況……どうしようかな?」

 

 路地裏の入口と出口と頭上。その全てをレギオンに包囲されたスピカは、今になって打開策を考え始めるのだった。

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