アベンジャー・マギア   作:彼岸花ノ丘

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砂漠巨獣5

「……すまねぇな、年を食うと耳が遠くなる。今、なんつった?」

 

 船長は自分の耳を指先で掻きながら、女傭兵に改めて問う。

 言い回しこそ自分に非があるというものだが……その意味合いは「何寝惚けた事言ってんだこの間抜け。聞かなかった事にしてやるからとっととそのくだらない案を下げろ」だろう。

 スピカは口にこそ出さないが、しかし船長と同じ気持ちだ。女傭兵の意見など考慮に値しない。

 大陸最強種であるバハムートを倒すなんて、自殺行為と呼ぶのもおこがましい発想なのだから。

 

「何度でも言ってやろう。バハムートは此処で倒す」

 

 だが、女傭兵は船長やスピカの発する雰囲気など気にもせず、またも『世迷言』を発する。堂々と、まるで間違っているのはスピカ達の側だと言わんばかりだ。

 スピカは元々人付き合いそのものをあまり好まない。他人との距離を保ち、だからこそ他者から何か言われてもあまり気にならない性格だ。しかしそれでもこんな言い方をされたら少なからず苛立つ。言い争う方が面倒だから何も言わないだけ。

 見た目からして血気盛んな船長においては、口論上等だったらしい。女傭兵の顔に肉薄し、鋭い眼光で睨み付ける。

 

「……さっきは的確な指示を出したみたいだが、あれはまぐれか。バハムートに喧嘩を売るなんて、どんな国でもやらねぇぞ」

 

「奴を野放しには出来ない。見立てが正しければ、極めて危険な存在と化している。それに、うちの国が喧嘩を売ろうとしている『アレ』よりはマシだろう?」

 

「闇雲に刺激すんじゃねぇ。テメェらがアレに喧嘩を売るのは勝手だが、俺等を巻き込むんじゃない。この船に乗った奴等を無事に届ける、それが俺の仕事なんだからな」

 

 船長のキツい物言いの意見に対し、女傭兵は一歩も退かない。

 そんな二人の会話を聞きながら、スピカは思考を巡らせる。ただの傭兵と思っていたが、もしかするとこの女性は……

 

「カペラ、いい加減にしろ! 勝てない勝負をするのはただの間抜けだと――――」

 

「そうだな、確かに勝てない勝負かも知れない。だから見方を変えよう」

 

 船長からの叱責を尻目に、女傭兵……カペラという名前のようだ……は船の後方を指差す。

 

「アイツから本当に逃げ切れると思うのか?」

 

 そして『根本的な疑問』を口にした。

 船長は言葉を失った。ちらりと視線を向けた先に、こちらを追ってくるバハムートの姿があるがために。

 バハムートは一直線にこの船を追ってきている。まだ距離はあるが、着実に詰めてきていた。口論ばかりに時間を費やしていたら、何も出来ないうちに船のケツは大陸最強の突き上げを喰らうだろう。

 逃げ切れるのであれば、戦うなんて選択肢は選ぶ必要がない。カペラが何を言おうと戯言だと聞き流すか、そんなに戦いたいならお前一人でやれと船から捨ててしまえば良い。だが現状、逃げ切れる可能性はあまり高くないだろう。何もしなければ間違いなくやられる。

 殺す(倒す)にしろ距離を稼ぐにしろ、攻撃する必要はあるのだ。カペラの意見に賛同するかどうかというのは、実のところ関係ない。彼女に反発する事自体が、緩慢な自殺行為と言えよう。

 

「……ちっ。必要なものは?」

 

 船長も今の状況は理解している。だからこそ舌打ちの後、すぐに協力の意思を示した。

 カペラからすれば、予想通りの展開なのだろう。彼女は船長の質問に、ほぼ間を置かずに答える。

 

「何はともあれ戦力が必要だ。バハムート相手に人手はいくらあっても足りない。私の『部下』には私から声を掛けるとして……船員以外の、他の乗員も集めてほしい。無理強いはしないが、緊急事態である事を伝えて協力を―――――」

 

「なら、既に集まってる。この二人の娘っ子たけだ」

 

 不意に、船長はスピカの方を指差す。

 二人の娘っ子という、なんとも分かりやすい表現を使われたのに、スピカは一瞬なんの事か分からずに停止。傍にいるウラヌスが首を傾げてから、ハッとして我に返る。

 その時にはもう、カペラはスピカのすぐ傍までやってきていた。

 

「すまない、出来ればあなた達も手を貸してくれないか? あのバハムートから生き残るため、手を打ちたい」

 

「……え、ええ。それなら大丈夫。何もしないでやられるつもりは、私としてもないし」

 

「私はスピカがその気ならなんでも良いぞー。あとアイツは強そうだからな! 戦うならどんとこいだ!」

 

 スピカは平静を装いながら、ウラヌスは喜々としながらカペラの要請を受ける。誰も直接対決なんてしないわよ、と思いスピカが口許を引き攣らせる中、カペラはくすりと笑った。

 尤も、カペラはすぐに強張った表情に戻すのだが。

 

「私は部下に声を掛けてくる。その間、何か作戦を考えてくれ」

 

 カペラはそう言い残すと、この場を後にした。船内にいる『部下』達を呼びに行くのだろう。

 残されたスピカは、ちらりと船長の方を見る。船長もスピカの方を見ていた。

 

「で? 嬢ちゃん、何か良い案はあるか?」

 

 目が合った船長はそう尋ねてくる。

 スピカの答えは、首を横に振る事だった。

 

「作戦って言われてもねぇ。私、バハムートの事なんて本でしか知らないわよ。船長は何か知らないの? 船で行き来してるなら、何回か見た事あるんじゃない?」

 

「見た事はあるが、普通のバハムートは船に近付かん。むしろ逃げるぐらいだ。好奇心旺盛な子供がたまーに並走するぐらいだぞ。そもそも俺は冒険家や漁師じゃねぇんだ。生き物の事なぞ大して知らん」

 

 スピカの問いに、ぶっきらぼうな答えを返す船長。毎日砂漠の生き物を見ていてそれか、とも言いたくなるが、バハムートは大陸最強の生物だ。余程の生き物好きでなければ観察しようなんて思わず、向こうも近付かないなら知りようもない。そして船長は船乗りであり、彼が必要としている知識は『バハムートとの安全な付き合い方』だ。生態や倒し方ではない。

 野生動物と戦った事がなければ、何が危険で何が弱点かなど、答えようもないだろう。危険な生物だらけの世界を練り歩く冒険家と一緒にしてはいけない。だから情報は、スピカの力で引き出さねばならないのだ。

 

「じゃあ、普段の様子が知りたいわ。バハムートって、何時もあんなに目が血走ってるの?」

 

「……いや、あんな目は初めて見た。普段のアイツらはもっとこう……鼻水垂れの子供みたいな、能天気な目をしている」

 

「つまり正気じゃないと」

 

 船長は無言で頷く。スピカは早速その『言葉』から思考を巡らせた。

 獣に理性を求めても無駄である。

 しかしそれは、彼等に理性がないという意味ではない。むしろ人間より余程理性的だとスピカは思う。過剰な自信は持たず、余計な情けも掛けず、そして自分の命を大切にして……復讐なんて微塵も考えない。自称理性的な生物である人間の方が余程『感情的』というものだ。

 そして理性的であるからこそ、不利を悟ればすたこらさっさと逃げていく。

 死なない事こそが大事なのだ。言い換えればどんなに獰猛な獣でも、危険だと思えば人間から全力で逃げていく。「たかが人間如きにぃー」等という台詞は、御伽噺の悪魔ぐらいしか言わないのである。そのため強大な生物に襲われた時、兎に角一発デカいものを喰らわせて驚かせると、案外助かる事も多い。

 ……普通であれば、の話だが。

 

「(正気じゃない、って事は恐らく冷静な判断はしてくれない)」

 

 獣も人間と同じだ。冷静であれば力の差や危険を感じて、(余計な矜持や自尊心を持たない人間よりも遥かに)合理的な判断が行える。

 しかし怒り狂ったり、或いは薬物で狂わされたりした存在は、その冷静な判断を行えない。極度の興奮状態にある人間が矢で目玉を射抜かれても突撃し続けるように、恐慌状態に陥ったネズミが泳げないのに川へと跳び込むようになってしまう。

 あのバハムートが正気でないとすれば、大きな音や光などで脅かす作戦は無駄に終わる可能性が高い。確実に奴の動きを止める方法はただ一つ。

 

「(殺すしかない、という訳か)」

 

 出来るとは到底思えない作戦以外に手がないとは。絶望的状況にスピカは乾いた笑いを漏らす。

 それでも他に手がないのならやるしかない。長めのため息と共に躊躇いの気持ちを吐き出し、スピカは覚悟を決めた。

 

「待たせたな」

 

 まるでその時を見計らったかのように、カペラが甲板へと戻ってきた。

 カペラの後ろにはぞろぞろと、傭兵らしき男達が並ぶ。いずれも屈強な大男ばかり。女はカペラ一人だ。基本力と力のぶつけ合い、そして(昨今ではほぼ見世物であるが)殺し合いを生業とする傭兵は殆どが男なので、男女比に疑問はないが……それがカペラの『部下』となると少々印象が異なる。

 尤も、詮索は後回しの方が良いだろう。スピカは気持ちを切り替え、カペラの部下達を見遣る。人数はざっと三十人。中々の大所帯だ。これだけ人数がいれば色々な事が出来るだろう。

 問題は、何をすべきか、であるが。

 人生の殆どを一人旅に費やし、ここ二〜三ヶ月ようやく二人旅になったばかりのスピカには、大所帯で行う策は中々閃かない。それでもやらねばならない以上、ああだこうだと文句を言っても無意味。

 

「(ま、偶にはみんなで頑張るのも、ありっちゃありよね)」

 

 それより前向きに考えて不適に笑う方が生き残れる事を、スピカは経験的に知っているのだった。

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