アベンジャー・マギア   作:彼岸花ノ丘

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狂いし魔物
狂いし魔物1


「おおー! 凄いな此処は! いや、此処もか!?」

 

 ウラヌスが元気さいっぱいの、大きな感嘆の声を上げた。

 大勢の人間達が、広々とした道を行き交っている。道の左右には大きな煉瓦造り建物が並び、出店の姿も多く見られた。

 そんな町の賑やかさを見せ付けられれば、『子供』がわいわい騒ぐのは仕方ない。そして今にも走り出しそうなぐらいはしゃぐウラヌスを、普段のスピカであればじっと見つめていただろう。目を離した瞬間、その姿が消えてなくなる事は容易に想像出来たのだから。

 だが、今日のスピカは違う。

 ウラヌスには目もくれず、辺りを見渡すばかり。その眼差しも鋭く、スピカの事をよく知らない人間でも、殺気立っている事が察せられるほどだ。まるで敵地にでもいるかのようだった。

 その態度のお陰、というには些細なものだが、スピカはこの都市の『おかしさ』に気付く。

 

「(性比も、身体付きも、他の町とは全然違う)」

 

 一見して此処は、ただの賑やかな大都市だ。しかし人々の姿をよく観察してみれば、多くの違和感を覚えるだろう。

 まず、男女比がおかしい。宗教的理由で女の外出を禁じていない限り、どんな都市でも男だけでなく女も多く出歩いているものだ。男女比は半々が普通だろう。しかしこの都市では、通行人の殆どが男だ。女もいるにはいるが、ざっと百人に一人ぐらいだろうか。ここまで極端な性比は、これだけで『異常』と言える。

 もう一つおかしな点として、大半の人々が屈強な肉体の持ち主である事。帝都のように発展した都市では、中肉中背または痩せ型の人間が多い。農村や鉱山などでは肉体労働者が多いのに対し、大都市では商人や金貸し、事務などの職が多いからである。ところがこの都市では、目に付く誰もが筋肉隆々の肉体を持っていた。数少ない女の通行人も、殆どが鍛え上げられた肉体の持ち主なのも異様さに拍車を掛けている。

 そして行き交う人々の顔付き。

 笑顔がないとは言わない。だがその表情を浮かべているのは、出店などで客の呼び込みをしている者ばかり。道行く人々は誰もが強張った、緊張感を滲ませた顔付きをしていた。

 他の都市でも、通行人が常にニコニコ笑っているものではない。しかし大抵は普通の顔であるし、親子連れや逢引中の男女などは笑顔だ。友人と話している者、儲け話に鼻下を伸ばす者、怪しい宗教団体……事の善悪は兎も角として、笑顔が見られない事はない。

 なのにこの都市では、その笑顔がとんと見られない。そして笑顔の数がゼロではない事から、それが法などで禁じられたものではなく、人々が『自主的』に笑顔を抑えているのだと分かる。

 数々の違和感。尤も、笑顔の数が少ない事だけは取り立てて気にする事ではないのだが。

 何故なら此処は他国との境界線……砂漠を渡ったスピカ達が訪れたのは、帝国領内最南端の国境都市シアンだからである。

 シアンは国外(王国)との境界線に位置し、普段から外国人の入出国が多い場所だ。野生動物や自然環境の方が遥かに脅威とはいえ、人間に対する警戒を怠って良い理由ではない。食べ物や技術、人材(奴隷)を求めた他国の人間が襲撃してくる事は、歴史上何度も起きている。ここ何十年かは平和なものの、それは今日も平和である証拠とはならない。

 そのためシアンは国境都市であるのと同時に、要塞都市でもある。多数の兵士が常駐し、物々しい雰囲気の漂う都市なのだ。だから人々が緊張した面持ちなのも、幾分かは仕方ないと言えよう。

 ……とはいえ、数年前にスピカが訪れた時は、ここまで緊迫した雰囲気ではなかったと記憶しているのだが。

 

「随分と表情が強張っているな。何か、違和感でも覚えたか?」

 

 そのような印象を抱くスピカに声を掛けてきたのは、共に砂漠を渡った騎士ことカペラ。

 スピカは少し沈黙を挟んだ後、カペラに疑問をぶつけてみる事にした。

 

「うん。昔この町には来た事があるんだけど、あの時より随分……物々しくなったと思って」

 

「成程。この都市はここ二年ほど、帝国が積極的に関わっている。常駐する兵士の数は二倍に増え、彼等の装備を取り扱う店も多く増えた。鉱物や食糧品の搬送も増え、それを狙う野生動物や野盗も多くなっている。それに我々王国騎士団も、傭兵という体ではあるがほぼ常駐しているからな。皆、殺気立つのも仕方あるまい」

 

「……一番の理由は、別にあるでしょ?」

 

 その説明じゃ納得出来ない。遠回しにそう伝えると、カペラは一瞬口を噤む。しかしそのまま黙る事はなく、こくりと頷いてから話し出す。

 

「魔王の活動が、このところ活性化している。その結果として、公国が壊滅した」

 

 語られた理由に、スピカは身体を震わせた。鋭くしていた目付きを、更に細めながら。

 魔王。船の中でカペラから聞いた、恐るべき生物の呼び名だ。そして公国……帝国に次ぐ世界三位の大国の名である。

 

「……壊滅?」

 

「隣国でもある公国の首都、及び匹敵する大都市三つが魔王の攻撃で壊滅的打撃を受けたとの連絡があった。公国に派遣された騎士からの報告だ。現在も抵抗は続いているから、魔王もすぐにはこちらに来ないだろうが……そう長くは持たないだろう」

 

「……あの国も、別に弱くはなかったと思うんだけど」

 

「ああ。高品質の大砲もあるし、兵士の数と練度も悪くない。荒れた土地が多いから、その荒野に揉まれて逞しい身体の持ち主が多いからな……その公国が敗北したんだ。公表はしてなくとも、兵の緊張を民も感じ取っているのだろう」

 

「成程ねぇ」

 

 納得したように、スピカは相槌を打つ。

 その顔に浮かぶのは、笑み。

 待ち望むように、ワクワクするように――――スピカは笑っていた。スピカ自身、自覚すら出来ないうちに。

 スピカの顔を見ながら、カペラは何を思うのか。彼女は言葉に出す事はなく、淡々と、自分の話を続ける。

 

「……我々が魔王と呼ぶ生物が、君の考えている存在と同一かは分からない。だが倒したいという思惑では一致している。協力、してくれるな?」

 

「改めて確認しなくてもいいわよ。その気がなくなったらさっさと言ってるから」

 

「その点には、感謝しよう……さて、そうは言っても、君は魔王について何も知らないだろう」

 

「何もって事は――――」

 

 カペラの物言いに、スピカは反射的に反論しようとした。

 スピカは『仇』である生物をしかと目の当たりにしている。そして話を聞く限り、それが王国騎士団では魔王と呼ばれている存在と同一である可能性が高い。

 だが、本当に同一の存在なのかどうかは、直に対面しなければ分からない事だ。仮に同一だとして……生物学的な情報は何も知らない。確かなのは大きさや見た目ぐらいなものだ。

 何をするつもりでも、知らなければ何も出来やしない。

 カペラの申し出は、実にありがたいものだ。これを感情的に断るのは、後々の自分にとって不利益にしかならないだろう。

 

「……分かった。何処で話してくれるの?」

 

「町の南に、帝国軍の施設がある。そこで魔王について調べている者がいるから、彼等から話を聞こう。ただ……」

 

「ただ?」

 

「効率を考えると君の連れも一緒の方が良いのだが、何処にいるか分かるかね?」

 

 カペラからの問いに、スピカはキョトンとして細めていた目を丸くする。

 直後、その意図に気付き、慌てて辺りを見渡した。

 しかし件の連れ――――ウラヌスの姿は何処にもない。いや、もしかすると近くにいるかも知れないが、行き交う人々が多過ぎて、パッと見ただけではいるのかどうかも判別が出来ない状態だ。

 つまり、逸れた。よりにもよって人が大勢いる大都市で。

 

「あ、あんの馬鹿……!」

 

「いや、すまない。気付いた時にはもう姿が見えなくなっていた。幸い此処は横道もない一本道だ。早々変なところには行くまい」

 

「アンタはアイツの馬鹿さ加減を知らないからそう言えんのよ!」

 

 能天気なカペラの意見を、強い口調でスピカは否定した。実際ウラヌスは無駄に高い身体能力と、無駄に自由な思考の所為で、普通じゃない事を平気でする。一体それらの行動で、どれだけ困らされてきた事か。

 ましてや、魔王について教えてもらえる時だと言うのに。

 ざわざわと胸の中が湧き立つ。頭に熱いものが昇ってくる。眉間がぴくぴくと痙攣するように力が入り、奥歯を噛み締めてしまう。

 

「……ちっ」

 

 言葉に出来ない感情が混ざり合い、出来上がった気持ちが舌打ちという形で出てきた。それからスピカは渋々ウラヌスを探し始める。肩を怒らせ、苛立ちを顔に出しながら。

 ウラヌスがどんな問題行動をしてきても、今までそんな反応などした事がないと、スピカ自身気付かぬままに――――

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