アベンジャー・マギア   作:彼岸花ノ丘

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勇者4

 時の流れは早いもので、スピカ達が王都に辿り着いてから早くも一月が流れた。

 いや、或いはあまりにも様々な事があったがために、スピカにとっては早いように感じた、と言うべきだろうか。

 まず王国は魔王の存在を公表。国民に冷静な対応を求め、また王国騎士団の総力で対処すると表明した。無論物資の高騰などが現実に起きている以上、不安になるなと言うのも無理な話。人々は困惑したが、されど王国は備蓄していた食糧などを惜しみなく放出。貧困に喘ぐ人々の救援を行い、治安の回復に努めた。

 同時に、魔王討伐のための人手を募集。戦闘に関わる人は勿論、荷運びや建設にも多額の報酬を渡し、職を失った人々に仕事を与えた。人間というのはなんやかんや生来真面目な(或いは刑罰が如何に損であるかを自覚出来る)生物で、仕事を与えられると大きな犯罪などは起こし難くなる。それに賃金があれば食糧や衣服を買い、経済効果が生まれる。これにより治安と経済、二つの回復効果を見込めた。

 高度な経済活動により富んでいた王国は、国民生活改善のための策を次々と繰り出す。効果は覿面で、ギスギスしていた王国の空気はこの一ヶ月で劇的に回復している。

 尤も、三日前にはそれも終わりを迎えたのだが。

 

「……いよいよ、か」

 

「いよいよだなー」

 

 立ちながらぽつりと独りごちたスピカの言葉に、ウラヌスが同意の言葉を返す。独り言が会話になった事に、スピカは少しだけ笑みを綻ばす。

 ただしその顔は、すぐに引き締まったものへと変わったが。

 スピカ達が立っているのは王都内にある大広場。市民の憩いの場として使われていたそこは今、何百という数の天幕が張られ、その間を数え切れないほどの人々が行き来していた。

 一番多く見られるのは、頭から爪先まで銀色の鎧に身を包んだ王国兵士。勲章も何も持たない一般兵士が、何千と歩いている。

 次いで多く見られるのは、一般的な王国市民。ただしその服は王国で一品的な絹(王国では割と安物らしいが、他国では絹というだけで高級品である)ではなく、丈夫な麻で出来たもの。彼等は荷車を手で押したり、或いは麻袋を抱えたり、肉体労働に励んでいる。

 そして三番目が、スピカ達のような冒険家だ。兵でも市民でもない、冒険に適した革製鎧を纏っているので一目で分かるというもの。こちらは何人かで集まって話し合ったり、自分の武器を手入れしたりしていた。

 三者三様、と言いたいが、彼等の顔には共通点がある。誰もが緊張した面持ちをしているのだ。かくいうスピカも表情筋が強張っていると、自覚出来ている。例外なのは隣にいるウラヌス……ニコニコと楽しそうに笑っている……ぐらいだとスピカは思っていた。

 

「よぉ、スピカじゃないか。元気していたか?」

 

 ただ、今この瞬間にもう一人増えたが。

 ハッとして振り返ると、そこには見知った顔がいた。身長百八十セメトはありそうな大男で、屈強な肉体と強面の持ち主の癖に、人当たりの良い朗らかな笑みを浮かべている……

 かつて帝国の首都で出会った、先輩冒険家だ。

 

「えっ。嘘、先輩!? なんでこんなところに!?」

 

「なんでも何も、結婚したから王国に居を移すって前に話したろ」

 

「え、えぇ……そうでしたっけ……?」

 

 あの時の話は適当に聞き流していた、なんて言えずスピカは目を逸らす。尤も、それこそ小さな頃から世話になっているこの大先輩にそれが通じる筈もない。じっとりとした非難の眼差しを向けられ、ますますスピカは顔を逸らすしか出来なくなる。

 大先輩はため息を吐きつつ、その眼差しを瞬きと共に止めた。

 

「……まぁ、良い。それより、お前も此処にいるという事は、あの仕事を受けたのか」

 

 次いで、スピカの仕事について尋ねてくる。

 あの仕事、とは勿論此処で大勢の冒険家達が協力して行う仕事――――魔王退治の事だろう。

 様々な冒険家を集めて、多様な意見を得られるようにした方が良い……スピカがアルタイルに行った助言。あれはちゃんと受け入れられていたらしく、後日、王国から正式に冒険家の募集が行われた。専門や階級は問わず、素行の良さも基本的には求めない。難なら途中で逃げても良い。要求するのはただ一つ。

 魔王と戦い、結果として命を落としても王国は見舞金しか出さないという誓約のみ。

 

「ええ、受けましたよ。前に話したでしょ、私の故郷を焼いたワイバーンの事。アイツがそれです」

 

「……成程。まぁ、気持ちは分かるが、しかしだな」

 

「これだけはいくら先輩の言葉でも受け入れませんよ。それより、先輩こそこんな危険な依頼をなんで受けたのですか。結婚したんでしょう?」

 

 窘めようとする先輩冒険家に対し、逆にスピカは問い詰める。

 こう言うのも難だが、スピカは身寄りのない人間だ。魔王にぐちゃぐちゃに潰されて死んだとしても、そこまで大仰に悲しむ者はいない。

 しかし先輩冒険家は違う。彼は結婚し、子供もいる身だ。今になって思い返せば、確か子供のために王都へ引っ越すと言っていた筈。彼には、彼の死を悲しむ者がいる。それに彼自身も出来れば家族の傍にいたいだろう。

 これから魔王が王都に来るのだから、尚更に。

 

「……魔王討伐作戦。聞いた時には驚いたもんだ」

 

「斥候からの連絡で、今まで王国各地を荒らし回っていた魔王が、突然王都目指して直進したそうですからね。その足止め作戦なんて、正に死にいくようなものです」

 

 魔王が何故当然王都目指して動き出したのか、理由はハッキリしていない。飛行速度自体はゆっくりであり、急いでいない事から、単なる気紛れというのが有力視されている。

 しかし気紛れだからこそ、対応は極めて難しいものとなった。斥候から報告ではゆっくりとした速さでの移動であるが、気紛れ故に突然加速するかも知れない。だからといって国民を避難させても、いきなり進路を変えて、避難先となった別の都市を襲うかも知れない。行動が読めず、判断が極めて難しい。

 それでも王国は、国民の避難を行う事に決めた。

 避難経路は魔王の予想進路と同じ向き。つまり魔王に追われる形での避難となる。無論このままでは、魔王の狙いが王都市民ならばいずれ襲われてしまう。

 そこで王都内に兵や冒険家を展開。魔王の足止め、そして討伐を行うという作戦を始めた。

 今、此処にいる作業員達や冒険家は自主的に残った者達だ。王国は一切強制していない。残る理由は様々で、スピカのような復讐目当ての者もいれば、支払われる報酬目当ての者もいる。

 

「嫁と子供のために命を懸ける。それが男ってもんだ」

 

 そして先輩冒険家のように、家族を守るために残る者もいるのだ。

 

「……今時これが男だーみたいに言われましてもねぇ」

 

「うるせぇ。これが俺の生き様なんだよ、文句あっか」

 

「勿論、ありませんよ」

 

 生き様云々で、スピカが人に言える事などない。普段は人の世から離れて暮らし、仇を見るや一直線。客観的に見れば、いや事情を鑑みても、割と直した方が良い悪癖のようにスピカ自身思う。

 そんなスピカと比べれば、家族のために戦おうという先輩は遥かにまともだ。

 

「それに、俺がいなかった所為で魔王に負けたなんてなったら、夢見が悪いだろう?」

 

 ……しかしこの冗談交じりの思い上がりは、ちゃんと正しておくべきだろうが。

 

「なーに思い上がった事言ってんですか。二級の癖に。そーいう自信満々な意見は一級になってから言ってください」

 

「三級冒険家のお前がそれを言うかね……」

 

「ふふーん。私、この前ワイバーン倒したんですからね!」

 

「は? 嘘だろ? 一級冒険家でも早々相手しないようなワイバーンを!?」

 

 嘘ではないスピカの発言(倒せたのは間違いなくウラヌスの助力のお陰である)に、先輩冒険家は驚きを露わにする。珍しい顔を見られたと、スピカはちょっと上機嫌に。

 

「……ま、まぁ、だからってお前が無理する事はないからな。怖かったら逃げて良いんだ。分かったな?」

 

 そして先輩冒険家の、本当に言いたかった事の説得力が半減してしまったものだから、ますます笑いが込み上がってくる。

 もう我慢も出来なくて、スピカはげらげらと笑ってしまった。先輩冒険家は笑われた事に不満を示すようにそっぽを向いたが、それがまた子供っぽくて、ますますスピカは笑いが抑えられない。

 ――――彼が意図した過程とは異なるだろうが、結果としてはきっと彼の思惑通り、スピカの緊張は解れた。

 だらけている事が良い訳ではないが、ガチガチに強張った身体では力も上手く出せない。何事も程々が一番というもので、今のスピカは正に『一番』良い状態になっている。

 これなら悔いのない戦いが出来る。

 

「(実際問題、此処で悔いが残る戦いをしたらそれこそ後味悪いだろうし)」

 

 王国は、現時点では最強の国家だ。圧倒的な兵力のみならず、装備の質でも世界一と言っても過言ではない。大砲などの兵器の質も、他の国々が使うものより威力・射程共に一味違うと聞く。

 そんな王国が魔王に敗北したなら、どうなるのか?

 もしかすると、世界には王国最強の騎士(アルタイル)よりも強い人間がいるかも知れない。王国軍以上の大部隊や、強い武器や秘密兵器もあるかも知れない。だが世界の覇権を握ってない以上、他の分野で王国に遅れを取っているのは確か。兵士が強くとも武器が貧相では実力を発揮出来ず、兵器があっても人がいなければ使える数に限度があり、人がいても騎士のように強くなければ烏合の衆。兵站や交代要員なども鑑みれば、やはり『最強』は王国という存在だ。王国敗北と共に、人類は魔王への勝機を失う。

 魔王といえども生物なのだから、寿命はあるだろう。特にワイバーンの場合、永遠に成長するからこそ、やがて身体の大きさに食料供給が追い付かなくなる。いくら不条理の塊である魔王でもそこは覆せない。だが、それは果たして何年後の話か? 十年二十年とこの世に留まり、国という国を破壊し尽くせば……

 ……きっと、三百年前の文明もそうして滅びた。今の人類の多くは畑や家畜から得た食糧により養われているが、それらを維持するにも文明の力が必要だ。文明が滅びれば、多くの人々が野山での生活を強いられ、絶滅まではしないにしても、野生動物と同じように大半が死んでいく。再びかつての文明を得る、百年二百年後まで。

 人類の命運を賭けた戦いといっても過言ではない。正直スピカはあまり興味もないし、万が一魔王に人間が滅ぼされたとしてもこれもまた自然の成り行きだと思うが……自分が力を発揮出来なかったのが遠因になって負けたら、流石に死んでも死にきれないだろう。

 

「(私に出来る事を、全力でやる。それしか出来る事はないし、それが出来れば良いんだ)」

 

 覚悟を胸に刻み込むように、スピカは大きく頷く。

 

「魔王の接近を確認! 戦闘員は前に! 非戦闘員は後ろに退避しろ!」

 

 まるでその時を見計らったように、辺りに力強い声が響き渡る。

 見張りをしていた兵士からの報告だ。周りの兵士や冒険家、一般人達がざわめき、動きが更に活発になる。スピカは一瞬身体が強張りそうになるが、息を吐いて余計な力を抜く。

 そしてパンッと音が鳴るぐらい強く自らの頬を叩き、不敵に笑ってみせる。

 傍に立つ先輩冒険家もにやりと笑みを浮かべていた。スピカの隣にいるウラヌスは、何時でも準備万端と言わんばかり。彼女は堂々と胸を張り、闘争心を剥き出しにした笑みを見せてくる。

 自分達の準備は既に出来ている。

 

「それじゃあ、程々に頑張るとするかね」

 

「あら、私達は凄い頑張りますよっ!」

 

「突撃だぁー!」

 

 先輩冒険家の意見を置いてきぼりにして、スピカとウラヌスは走り出した。力強い笑みと共に。

 いよいよ始まる、最後の決戦に向けて……

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