チンチンスレイヤー   作:パイの実農家

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(重度ワクチン反応及びエルデンリング研修のため投稿が遅れた。なにか問題ですか? 何も問題はない。毎日小説が投稿されますか? おかしいと思いませんか? あなた。しかし光るなんかや政治的正しさに配慮してへんしゅうチームはケジメされます)


二十話

 

 

 

 §

 

 

 

「依頼を受けた冒険者です」

「ああ、これはこれは! どうぞよろしくお願いいたします」

 

 黒髪のかつらを被り商会の下女に扮した密偵の女は、作業の傍ら冒険者に興味を持つ下働きの女性を装って、少女たちを品定めしていた。

 

 燃えるような赤髪を切りそろえ、きらびやかな緑の瞳を眼鏡の裏に隠した女魔術師。その胸は豊満だった。

 狼の毛のようなブロンドの髪とまばゆい黄金の瞳。ずば抜けて背の高い美女、淫魔術師。その胸は豊満だった。

 白に近い銀の髪を二つ結い(ツインテール)にした狐人(ヴァルポ)の剣士、狐人剣侠。その胸は平坦だった。

 

 美人揃いで素晴らしい、と一言こぼして、密偵扮する下女は荷運びに戻る。

 

 そして彼女が背を向けたのを見て、さっと視線を交わす冒険者たち。

 

「それでは、お邪魔にならないよう控えておきます」

「ご配慮いただいてどうも、こちらが皆様の馬車です」

 

 商会の代表と顔つなぎもそこそこに、三人は馬車の幌に潜り込んだ。

 

「見られてたね」

 

 狐人剣侠が口火を切った。

 

「明らかに堅気じゃないよ。体幹すごいもの」

「私じゃ気づかなかったわ」

「うそだぁ、見てたじゃん」

「ずるしただけよ」彼女は隣で微笑む淫魔を見た。「一人じゃ分からなかったわ」

「ふふーん」

「えーむしろそっちに気付かなかったあたし! どういうからくり?」

「また後で教えたげるー」

 

 やいのやいのと言いながら荷物を置いて、三人は気楽に腰を下ろした。

 

「まあ、御上の方々の目の代わりでしょうね。」

 

 女魔術師は眼鏡を取って拭きながら、のんきに言った。

 

「気にすることないわ。堂々としてればいい」

「それはまあ、そうだけど」

「悪さしてないって証明してくれるんだから、むしろ味方! みたいなー?」

「そういうこと。後は冒険者の本分を果たすだけよ」

 

 至高神の秤にかけてね、と言って、女魔術師は眼鏡にほうと息を吐きかける。

 曇った硝子を乾布で拭きながら、いつものように講釈を垂れた。

 

「そもそもうちの魔神は大神殿のお墨付きなんだから。向こうもそれは分かってるのよ。でも確かめたって証拠だけきちんと残さなきゃいけないのがお役所的な正しさってわけ。第一組合(ギルド)からの要請も考えたら密偵も王室から……待って」

 

 女魔術師ははたと気付いた。

 

「待って……ありえない。そんなわけ……戦闘訓練を積んだ密偵? あんたが褒めるくらいに?」

「うん? うん」

 

 狐人剣侠の首肯に、女魔術師は顔を青くする。

 

「……『国王陛下の(On His Majesty's )秘密の使用人(Secret Service)』」

 

 その言葉に、狐人と淫魔は首を傾げた。

 

(――この狐娘は間違いなく達人の域にいる。それが褒めるくらい? ただの玄人じゃない。……月央。そこまでするの? たかだか確認のためだけに? そんなわけない! 月央は殺しの番号よ? ……辺境に? なら……目的……輸送先は行楽地……私たちの元に来た? ああ、もう、ふざけるな……!)

 

「手も目も耳も足りない……!」

 

 女魔術師は顔をあげて、戦場を前にした時と同じ声色で二人に告げた。

 

「よく聞いて。一度で覚えて。じきにただの護衛依頼じゃなくなる」

 

 険しい顔で外をにらみ、女魔術師は言った。

 

「嵐の中で舞う凧にはなりたくないわ」

 

 

 

 馬車を出て、酒場に集まり、軽食のふりをして密やかに言葉を交わす。

 

「――密偵(スパイ)?」

「そう。それも特級の。国が直接殺しを認めた一握りの密偵、実働部隊の最高階級……『月央』」

 

 時間は僅かだ。女魔術師は端的に言った。

 

「これから来る御者も含めて、誰が聞いててもおかしくない。これから先、他人は全員諜報員だと思って」

 

 昼の酒場は食事処としてごった返している。彼女たちの言葉を聞いている者はいない。いれば二人のどちらかが気づく。

 二人の様子を見た上で、女魔術師は言った。

 

「つまり、この依頼の最中か直後でコトが起こる」

 

 水を一飲み、少女は眼鏡を押し上げた。

 

「それで、ここから先で一番立場が弱いのは誰?」

「……そういうこと。で、どうするの頭目(リーダー)?」

 

 つまり、このままでは疑われるのは自分たちだ。

 彼女は口の端を歪めて、絞り出すように言った。

 

「思惑に乗るしかないでしょ」

「え?」

「ようするに、下女になれって言われてるのよ、私たち」

 

 秘密の使用人の下につく、という女魔術師の言葉に、狐人は首を傾げた。

 

「あー……書類上は混沌の手先って疑われてて、この先でひと悶着あって、だから身の潔白を証明してもらうためにはそのげつおー? の人に証言してもらう他なくて?」

「だからそいつをタダで手伝えって言外に言われてるのよ。あるいは、手伝わざるを得ない状況に持ち込むつもり」

「なーるほど、ハメられたわけね」

 

 彼女の機嫌が急降下していくのが、二人の目にも分かった。

 

「こっちの思惑が分からないような間抜けなら国で引き取った方がいい。そうでないなら役に立つから利用した方がいい。そういうこと」

「あーっあくどーい! 聞きたくなーい!」

 

 くそったれ、と女魔術師は毒づいた。

 

「まあ、引き取りたいんでしょうね、向こうは」

 

 はるか遠く、王都の方角を睨んで、女魔術師は言った。

 

「神経質な御上を持つと、下々の者は大変だわ」

 

 苛立ちを隠さないまま水を飲み干して、女魔術師はため息をついた。

 

「とにかく、まずは当の使用人に接触しなきゃいけないけど……」

「あっそのお肉もらいー」

 

 女魔術師が言い切る前に、淫魔術師が身を乗り出し、目線で彼女を抑えた。

 

「言う前に取らないで」

 

 さりげなさを装って、女魔術師は言った。

 

 見れば、酒場の戸口を商会の下女が開けたところだった。

 そして迷いなく女魔術師の前まで歩み、小首を傾げてみせる。

 

「相席をお願いしても?」

 

 彼女は、殺しの許可証を持つ蛇の名の女密偵は、格好にそぐわない冷酷な微笑みを浮かべた。

 

「……どうぞご自由に」

 

 女魔術師はそれを睨みつけ、吐き捨てた。

 

 

 §

 

 

「今回のご依頼ですが、追加でいくつかお頼み事がございます」

「聞きましょう」

「ああ、その前に」

 

 密偵は視線で女給(ウェイトレス)を呼びつけた。

 その一瞬で、女魔術師は机の下で差し出された手を重ね合わせた。

 淫魔がくすりと微笑むのを感じ、ほんの僅かに目を閉じる。

 

(――大丈夫、私はやれる)

 

混酒(カクテル)は?」

「ございますよ」

北の水で混酒の王様を、(Vodka Martini,)混ぜず、振って(Shaken, not stirred)

「かしこまりました」

 

 久しく感じなかった気がする。

 本当はまだ、季節が一巡もしていないのに。……実家に戻った気分だ。

 女魔術師は張り詰めた心が表情に出ないよう、きゅっと友の手を握りしめた。

 

「失礼ですが、昼餐(ランチ)のおつもりで?」

「型破りな女だと?」

「見た目はかっちりしてらっしゃいますけれど」

 

 密偵は下級使用人らしい薄荷(ミント)色の給仕服をちらりと見て、肩をすくめた。

 

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 

 女魔術師は視線で狐人剣侠を見て、黙ってるようにと合図(サイン)を送る。

 小さく顎を引いた彼女から視線を外し、女魔術師は言葉を続けた。

 

「それで、ご用向きは」

「こちらの事情はお分かりのようですので」

 

 密偵がそこまで言うと、女給が盆に酒を乗せて現れた。

 グラス一杯の透き通った酒を手にとって、女給に一つ目礼。

 それから女魔術師へと言った。

 

「詳しい話をと」

 

 仲間の顔を見るまでもない。去っていく女給を横目に、女魔術師は苦い顔で言った。

 

「随分と準備がよろしいようで、こちらとしても安心いたしました」

「お気になさらず。ちょっとした嗜みですもの」

 

 カクテルを一口なめて、女は言った。

 

「とはいえ、私としては反対です」

 

 女魔術師は面食らったのをなんとか隠したが、まばたきの回数が増えたことを目ざとく見抜かれたことを理解してしまい、内心で舌打ちした。

 

「上の方の思惑には乗りたくないでしょう? 私も、家長の言いつけは破りたいお年頃ですの」

「若々しゅうございますことね」

「でしょう?」

 

 密偵はかつらの黒髪をさっとかき上げて、ほんの一瞬だけ耳を見せた。

 女魔術師はそれを見て――何かを確信して、これまでとは違った、締め付けられるような苦しみを顔に浮かべた。

 

「ご理解いただけました?」

「……ええ、大方は」

 

 震える声を何度も呼吸して整えて、女魔術師はきゅっと目を閉じた。

 知らず握りしめていた手を、別の手が包み込む。

 女魔術師は彼女の手に爪が食い込まないようにと努めて力を抜いて、笑った。

 

「お恥ずかしながら、私も、家長の目からは逃れたい年頃でして」

「それで辺境へ?」

「ええ。そればかりでもないですが」

 

 女密偵は杯をくいっと傾けると、つんとした辛味を舌で味わい、微笑んだ。

 

「賢い選択ではないでしょうね」

「……ええ」

「ですが、勇み足は若い時分にのみ許された魔法ですから」

 

 杯に透かした歪んだ顔を覗き込んで、密偵は酷薄な笑みを色濃くする。

 

「となると、あなた方の扱いは実に難しい」

「そうでしょうか?」

「そうでしょうとも。疑いを晴らし、かつ連行はしない、というのはね」

 

 ここだ――女魔術師は息を吸った。

 

「では分かりやすい功績でそれを買うというのは?」

「それこそ難しい。熟練(プロ)の領分に素人が踏み込もうとは」

「ええ。ですから、冒険者として」

 

 女魔術師は、握り返された手を安心しろとばかりに少し上下に振った。

 

「迷宮に潜り敵の目を掻い潜って宝物を掴むのも、屋敷に忍び込み警備の目を掻い潜って情報を掴むのも、同じ冒険ですわ」

 

 女密偵は杯を空にして、女魔術師の目を見た。

 

都市の冒険(シティ・アドベンチャー)のご依頼に、ちょうどぴったりの一党がいるのですけれど」

 


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