「んん、ドク、んん……んぅぅ……」
目を覚ました世界の暗さに咄嗟に管制室に時間を聞きかけるもすぐさまつぐむ。常に忙しく観測やナビゲートをしてくれているのに、たかだか時間を聞くためだけに呼び出すのは申し訳なさで憚られた。
側に置いていた時計を確認すれば夜明け前。アラームが鳴るまでいくらか余裕がある。テントを出てみればやはり暗い。森で光を遮られている分だけなお暗い。カルデアでの時間が同じく夜明け前かまでは分からない。けれどやはり無用にドクターを呼ばなくて良かったと彼は思う。
東に少し歩けば森を抜けられたはずと磁石を手にして歩き出す。戦う力を持たぬ彼の一人歩きは非常に危険な行為であるのだが、寝起きの彼にはそこまで頭は回らない。野犬にでも会ったらどうしようなんて考えもしない。脳を半分眠らせたまま出口を目指していくだけだ。
「……うん。ちょうどいい時間かも」
まだどこかぼやけた声で空に向けて彼は頷く。
開けた大地に見える空にまだ陽はない。白んでいるが朝はまだこれからだ。冷えた空気に身震いしつつ近場で倒れていた幹に腰掛け空を眺め
「こんな早くに風邪引きますよ」
「おっ?」
声と共に何かを肩にかけられる。
振り返ればいたのはヘクトール。かけられたのは彼が普段使っている黒のマントであった。
「おはようヘクトール。ありがとう。確かに少し寒いな」
「はい。おはようございます。全くいつまで経っても無防備なんだから。誰にも気付かれないまま襲われてたらどうするつもりで?」
「……すまない。手間をかけた」
わずかに白む息で向けた微笑みと挨拶が呆れた注意に相殺されて一気にしぼむ。
自分が死んでは世界が詰むと、理解していてもなかなか上手く自身の中で馴染んでくれない。それ故に皆に迷惑をかけるのはよくないと重々承知しているがなかなか……。申し訳ない限りである。
しかしここは検討を重ねた末にいくらか安全地帯であるからキャンプ地となったわけで。ヘクトールも然程咎める気はないらしい。やれやれと肩を竦めて空気を和らげた。
「それでマスターは何をしにここまで?」
時折ひとりになりたがる人であることは知っているけれど。
尋ねるヘクトールに「んん、」と間を置き
「朝日が見たかったんだ」
「なるほど」
確かに空は明けに向かって色付き始めている。これならしばらくと待たずに昇る陽を拝められるだろう。
無防備さは褒められたものではないが一定の納得は得られた。
そんな面持ちでいるヘクトールに彼はすまなさそうに申し出る。
「護衛がてら一緒に朝日を見てくれないか?朝の準備を皆に任せてしまうのは悪いが、今日だけ」
「それは命令?」
「んん……」
問いにまた彼はまた眉を申し訳なさそうに寄らせ言葉を探す。
「命令ではないな。拒否権はある。駄目だから戻れと言われたらおとなしく戻る。ただ、」
「ただ?」
「そうしてくれたら自分がとても嬉しいというだけの、願望だな」
「…………」
出来る限り強制力を持たせないように選ばれた言葉をヘクトールはしかと受け取り吟味し
「まあ、たまにはいいでしょう。管制室でも当番の誰かが見ていて連絡を入れているでしょう。頼んだよ、誰かさん」
隣に腰掛け笑いかける。ヘクトールの適当な呼びかけに通信機から『了解』と耳に馴染む声がした。
「……ありがとう」
その言葉と笑顔と共に緊張がほぐれ鈍かった血流が活性化していく。
息はまだ白く。まだ上がってきたばかりの陽では世界が温まるのは少しかかりそうだ。
自分が好き勝手に動いた分だけたくさんの人に迷惑をかけてしまうのはやはり心苦しく窮屈だ。けれどそれを大きく咎めない人たちの優しさが申し訳なさもありありがたくもあり。肩にかかるマントが隣にいてくれる人が暖かくて嬉しくて。包まれた土や煙草の香りが心地よくて。
きっと今日はいい日になる。
そう思うには十分の始まりの眩しさに、彼は何も言わずに目を細めた。