ヘクトールとぐだ男の短編まとめ3   作:なまきいろ

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誘われるがまま

 「桜に拐われそうな人」という形容が彼の国の言葉にあるらしい。

 桜の開花時期の短さと儚げな雰囲気の人物を絡めた例え話らしい。だがそんな知識だけあっても実感というのは湧きにくいものだ。

 シミュレーターで桜自体は知ってはいるけれど、見れるのはあくまでその瞬間。年間通して目まぐるしく彩られるグラデーションを体感出来るわけではないのだから。

 しかし、しかしと彼の国に滞在するようになったヘクトールは思う。

 それはまるで彼のようではないのかと。

 ふと目を離せば眠るように意識だけが連れ去られるのが日常に近く、時には身体ごと持ち出されるのも珍しくない。このまま完全に消えてしまってもおかしくないとカルデア全てが目まぐるしく走り回っていることなんて関係なしに、時がくれば当たり前の顔をして戻ってきている。

 そしてまた消え、戻ってくる。

 実に彼は桜らしい。のかもしれない。

 まあ様々な旅と奮闘の末に、そのような消失の心配は根幹から絶ったのだけれども。

 「オジサンまだちゃんと分かってないからさあ。これでちゃんと合ってる?」

 「………………んんぅ。とりあえず自分はそこまで綺麗な存在ではないな」

 全てが終わったからこそ気軽に語れる話に彼は困ったように眉を寄せ苦笑する。花に形容されることに慣れていないのもあってピンともかすりもしていない。という風だ。

 しかし100%悪い気でもなかったらしい。踏み切りに差し掛かったところで「待ってて。命令」とくすと笑って駆けていく。

 戦時であってもそこまで強い言葉を滅多に使うことはなかったから珍しい。意図は読めなかったが従わなくてはならないだろうとヘクトールは歩みを止める。

 黙って待つこと間もなく。彼が渡りきると同時に遮断機がけたたましく鳴り始めゆっくりと降りていく。それを両端からふたりで眺め、やがて列車がふたりを遮る。どこで巻き込まれたのか、列車の風に紛れて桜の花びらが数枚舞っていく。あんな話をしたせいだろうか。いつもの時間のいつもの車両数なだけなのに、焦燥で息が詰まるほど長い時間に感じてしまう。刺すような警報音に酷く胸が痛む。列車が抜けた先に彼はもういないんじゃないかと思わせられる。先ほどの桜の花びらと共に、どこかへ吹き飛ばされているのではないのかと。また互いにひとりになってしまうのではないのかと。

 そんなことあるわけがないことはヘクトール自身が一番分かっているはずなのに。

 高鳴る鼓動を共にした長い長い列車の待ちの末に当たり前にそこにいた彼は、変わらず幸福そうな笑みを浮かべていた。

 「でも、ヘクトールは見付けてくれるだろ?」

 「…………ああ。何度だって探しに行くよ」

 「うん。会いに来て」

 確信の言葉に返された穏やかな言葉に彼は笑顔と共に「待て」の命を解き「来て」と招く。

 自分が想いに一番大切な人が同じ想いを抱いてくれていると分かるのが嬉しい。そんな満開を咲き誇らせる彼をヘクトールもまた心から嬉しく思う。

 その笑顔のすぐ隣に常にいたい。共にこれからも歩いていきたい。その欲深い願いを胸に再度強く刻み、その隣にあるための一歩を静かに踏み出した。

 

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