ヘクトールと彼が暮らすやたら広くセキュリティ完備なこの部屋は、名義こそは彼の父親のものである。しかし実質ヘクトールの巣なのではないだろうか。そう未だに身不相応すぎて時折軒先を借りてるだけな気分になる彼は思っていたりする。
何せ彼が大学に行っている間にヘクトールが部屋の家事を大体終わらせてしまう。故に共同スペースの配置の大体が自然とヘクトールがやりやすい位置に設置されている。そこ自体に感謝しかなく文句は特にない。
しかし彼もそれに甘えてばかりでは具合が悪い。全て任せて何もしていないわけではない。ちゃんと機会を見つけては一緒に家事をしたりもするしヘクトールが不在な時は残さず全て自分で済ませている。だからヘクトールがいなければ何がどこにあるのか全く分からない。なんて悲惨なみっともなさなど晒してはいない。
……まあ確かに聞かないと分からないものはいくらかあるしむしろ「知らぬ間に増えているそれはもしかしなくても結構なお値段でしょう!?」と聞くのも恐くて見なかったことにするものもいくつかあるけれど。
ともかく。平穏な世界で暮らすようになってからも変わらずヘクトールはゆるくだらけたように見せているだけの働き者だ。カルデアに召還されて早々に大浴場の修理を始めた頃と同じく、本当に王子様かと疑いたくなるほど細かいところまでよく目が届く働き者だ。
しかし
「だからといって人の靴まで磨かなくていいのだが……」
「だあっていい靴じゃん?」
玄関でせっせと何をしているのかと思ったら。様々な感情が通り越して呆れた声を出す彼にヘクトールはへらりと笑う。
「マスターって靴はケチらないよなあ」
「経験上どうしてもな」
「そうそう。機動力は命」
攻守どちらにしても、まず動けなければ話にならない。故に足とは絶対に守られていなくてはならない箇所のひとつである。場合によっては靴の有無で命すらも危ぶまれるのだから。いつだってカルデアから予備を送ってもらえる状態でもなかったのだから。……………………まあ、カルデアと繋がっていても「敵影もないしバイタルも怪しいから少し休め」と靴を送ってもらえず手近なサーヴァントに運ばれて恥ずかしかった思い出まであるけれど。それでも何があってもおかしくないのだから実はこっそり靴は送られていたと後で知らされたこともあるけれど。
さておき、だからこそ靴には高い機能性と耐久性を常に求めていなくてはならない。それは長らく戦場を駆け回っていたからこそ染み付いた彼の習慣と化していた。(そのわりに服は中古で済ませることが多いので友人たちに「少しは靴に合わせた服を着ろ」と言われたりもするのはヘクトールも知らない話)
しかしその自身を守る要の手入れくらい、彼とてきっちりこなせるわけで。比較的暇な同居人として世話を焼いてくれるのは有難いと深く思ってはいる。だがそこまで丁重にされるのはあまりにも己の日常力を信用されていないようにも感じられて……。
不服に眉を寄せ口を尖らせる彼にヘクトールは変わらず「やらせてよ」と笑う。
「それがトロイアの愛し方なんだからさ」
「……………………んんぅ、」
そう言われると、毛羽立つ心を全て収めるしかなくなってしまう。
それはヘクトールの二つ名として後世まで語り継がれていた象徴のひとつ。それがどんな想いでそのように象られていったのかを彼も聞いているから。照れ臭そうにしながらも、優しく幸福そうに語られたあの日を彼もまた大切に記憶に残し続けているから。ヘクトールもまたそうして人を愛していきたいと言うのなら、止められるわけがないのだ。至極光栄で、嬉しいことなのだ。
「仕方ないな」
やれやれとヘクトールの隣に座り予備の布を拾い
「靴が輝いたら夜道に便利でいいかもしれない」
などと笑って、彼もまたヘクトールの靴へと手を伸ばした。