ヘクトールとぐだ男の短編まとめ3   作:なまきいろ

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じっくりことこと

 「カレーっていいよね!匂いだけで幸せになれる!」

 食堂に入るなり目を輝かせて彼はそう言った。

 空いてる席につくなり注文したのはもちろんカレー。廊下にまで漂っていた匂いに気付いた瞬間に小躍り気分で即決したらしい。

 そんなご機嫌最高潮の鼻歌まで奏で出しかねない彼の姿にたまたま相席となった最優を自負する弓兵が「ほう」と瞳を光らせる。

 「マスターはカレーに一家言おありなのですか?」

 「全然。家で食べたのは大体リンゴとはちみつの固形ルーばっかりだったし作れるのも前にエミヤが教えてもらった初心者用のレシピだけ。本格的なのも……ここで何回食べたかなあ。でも好き」

 「……そうですか。それもまたいいでしょう」

 悪意のないご機嫌さに免じて穏やかにそう引いたものの、いくらかはがっかりさせてしまっただろう。しかしここで知ったかぶってもすぐにボロが出て更に落胆させてしまうだろうし、何よりカッコ悪い。わずかによぎる申し訳なさには目をつむりご機嫌を維持したまま彼は続ける。

 「前に一回さ、半額になってたからって母さんが違うメーカーのルーを買ってきたことがあるんだ。こだわりがあるわけじゃないからたまには違う味も面白いよねってさ。そしたらそれがまあ、中辛なのに辛いのなんのって。調べたら辛さに定評があるメーカーで皆辛い辛い言っててちょっと安心したっけな。だから売れ残ってたのかなあ。父さんだけがちょうどいいって言ってたから全部任せたけど、あの時の父さんの頼もしさは人生トップ5に入るね。うん。それ以来あのルーは半額でもうちじゃ出禁になったよ仕方ない。辛かった」

 主にカレーの話とはいえ、あまり個人の話はするほうではない彼が尋ねられたわけでもないのにここまで滑らかに家庭の話をするのは大変珍しい。痛烈な記憶に彼自体は眉を寄せて苦悶を浮かべているが耳を傾けている者たちの表情はとても嬉しそうだ。

 皆が語らずとも頷く中で、真正面に座る男はより一層に輝く笑みで告げる。

 「では次にマスターが食べられぬほどの辛さのカレーがあったらこのアルジュナにお任せください。どのような状況下でも、たとえ地獄の業火に焼かれながらであろうと完食してみせましょう」

 「…………うん?うん。その時はよろしくね」

 それは一体どういう状況だろうとは思うけれど。

 どこまでも真面目に仕上がっているアルジュナの至極真面目な言葉なのだ。ありがたく受け取るのがいいだろう。実際アルジュナも満足げに頷いてくれている。これでいつ激辛に出会っても安心だ。

 ……でも食べられないカレーなんて悲しい存在とは出来ることなら出会うことすら遠慮したいなあ。

 「そんじゃそんなマスターにオジサンのカレーはどんな判定になるのかな?」

 「うん!?今日のカレーヘクトールが作ったの!?」

 「ちょっとした気晴らしに作ってたら知らない間にメニューに組み込まれちまってねえ」

 夜食会以外でヘクトールの手料理を食べられるなんて初めてではなかろうか。

 驚きを隠せない彼を前にヘクトールは畏れ多いと言わんばかりの困惑で眉を寄せている。が、あのキッチン部の面々に認められる味ならばなかなかの仕上がりなのではないだろうか。丁重に運ばれてきたカレーに緊張もしながらうきうきと彼は手をあわせてこぼさぬよう口に運ぶ。

 「……うん!よく煮込まれてて具材が全部ほろほろ!出汁もしみしみで鍋の〆に溶かしたカレーって感じですごくいい!」

 「そいつは良かった」

 一体マスターと何があって「ちょっとした気晴らし」でここまでとろみがつくほど鍋を掻き回して煮込み続けることになったのやら……。

 何も気付かないまま美味を堪能するマスターを横目に苦笑しつつも全員がカレーを堪能する。アルジュナもまた「この芯にまで沁みた悩ましさが彼の味ですからね」と己のこだわりとともに飲み込んでいく。確かに美味しいには美味しいのだから。愛しき人の手作り料理を幸福そうに口に運ぶ彼の気分に水を差すのは野暮というものだ。

 「それでマスター。判定は?」

 そんな自分とマスターとの距離とカルデアでの立ち位置を気にしすぎる男の問いに「もちろん!」と満面の笑みを弾ませる。

 「5億点満点!」

 

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