ヘクトールはもっとオシャレで大人な雰囲気の食事も似合うと思う。とは彼がこっそり内緒で思っている事柄だ。
クロワッサンにスクランブルエッグにハムやレタスなんかを添えたりして。ミニトマトなんかも2,3個あったりして。英字の新聞をしげしげと眺めながら濃いめのブラックコーヒーを飲んだりしていたらなんと様になって見とれてしまうだろうか。すぐ近くの文字を追っているのにずっと遠くに思いを馳せるヘクトールの眼差しはいつだってかっこいいに決まっているのだ。
……発想が非常に単純でお子様である自覚はもちろんある。
けれどやはりどうしても、ヘクトールに見合う大人にちゃんとなりたいと思う反面、いつまでも見上げて夢見てしまう子供心が拭いきれないもので……
「どしたマスター。味付け濃かった?」
「いいや?ヘクトールの揚げ出し豆腐もほうれん草と卵の味噌汁も美味しいよ」
「なら良かった」
そんなお洒落な朝食とは程遠い和風で質素な朝食を前にヘクトールは人懐っこくほにゃりと笑う。
自分がついつい夢見てしまうお洒落で大人なヘクトールでなく長年日本に在住していたかのような巧みさで箸を操り「最近旬野菜が増えていいねえ。素材の味が豊かだよ」とか「マスターのバイト先のスーパーって小さいけど品揃え良くて助かる」とか楽しそうに語る、地に足ついた非常に身近で庶民なヘクトールだってもちろん大好きなのだ。
しかし実際のところヘクトールが本当に薄味和食が好きだから頻繁に作っているかどうかは彼は知らない。それが真実であると確信出来る日が来るとも思っていない。
まあ、カルデアにいた頃から和食を選ぶ頻度は高いほうであったヘクトールだ。当時も見事な作法であるくらい調べて練習をしていたくらいだ。好いてくれていると思っているけれど。
真実はどうであれ結局は毎日と変わらない。自分の好物を作ってくれていること。笑ってそれを囲んでくれること。今日も一緒に過ごしてくれていること。何気ない欠片欠片を大事に拾って信じていく。これに尽きるのだ。
「今日は特に自分に用事はないんだ。よければ買い物も料理も一緒にやらないか」
「お、いいねえ。丁度買い足したいのが溜まってたんだ。ふたりでひーひー抱えて運びましょうや」
「善処しよう」
彼からの提案にこれ幸いと目を輝かせて提案に乗るヘクトールにくすと笑って手早く食事を済ませる。熱くて濃いめの食後の緑茶をすすりながらこれからの予定を話し合う。ここぞとばかりに次々と追加されていく品々をリストアップしていけば、なるほど確かになかなかの重労働だ。しかし言い出したのはこちらであるしどれもこれもが自分も使うものなのだ。やってくれているからと頼るどころか押し付けてばかりではいけない。断れるわけがない。
それに楽しいじゃないか。
何でもない日用品を求めてふたりで商店街中を歩き回ってくたびれるなんて。しかもそれをしているのが王子様だった人だなんて。
……でも歩き回ってくたびれてから料理をするのは大変だから一品くらい惣菜を買ってもいいかもしれない。ここの惣菜屋さんは時間によってはちょっと並ぶくらい人気で美味なのだから。間違いなく良い彩りだ。少し前に店主が体調を崩して休業して心配もしていたが、無事営業も再開されて嬉しい限りだ。売り上げに協力もしたい。
ああ、なんと色鮮やかで愛しい日常たちであろうか。
日々は続く。特筆することもない足跡がふたり並んで伸びていく。
恋に恋して浮かれたような夢を見続ける少年は、今日も確かに幸福を踏みしめて愛を重ねて生きていた。