ヘクトールとぐだ男の短編まとめ3   作:なまきいろ

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通りすがりの伝説

 その男が現れたのは何でもない週末の午後だった。

 いかにもゲームセンター慣れしてないただの暇潰しの好奇心で訪れたという風貌の、茶髪を青のリボンで尾のように結んだおそらく外国人かハーフの髭をつけた中年が宛もなく内部を観察して歩いている。

 筐体のデモ画面を律儀にひとつひとつ見て歩く。それから分かりやすく「どれも一緒に見えるなあ」という顔で頭を掻く。先にいくらか両替していたらしい。手の中の小銭の枚数を確認してから手近な席に腰かける。

 

 敗退

 

 敗退

 

 敗退

 

 緩慢な動作ばかりを繰り返しものの見事に初戦完全敗北を重ねていく。

 ゲーム慣れしていない乱雑なプレイでも一回くらいは勝てるものだと思っていたが……余程センスがないのだろうか。茶髪の男は何か思案するかのように頭を掻く。

 そのシリーズ、そこまで難易度高いわけでもないのだが……。むしろシステムとしてはシンプルで分かりやすく初心者向けと言っていい。なので新規参入の間口も広く人気も高い。極めていけば純粋な実力勝負となるので玄人も多く全国どころか世界規模の大会まであるくらいだ。

 ここだって今はまだ人が少ない時間帯であるから悠々としていられるが、もう少ししたら常連たちが数多くやってくる。大会で複数回出場を決めているような実力者たちが陣取ってしのぎを削り始める。爪先で露を払うように弾き出される前に席を立ったほうがいいと思うのだが……。そんなことなど一見さんが知るわけがない。男はデモ画面を流したままゆるりとレバーを揺らしボタン全種を数度押し、何やら思案するように間を置いた。それから何かを決めたかのような顔でスマホを取り出し何かを叩いてまたしまい、禁煙パイプを咥えて小銭を投入し、

 

 世界が変わった。

 

 騒然とする筐体周りを茶髪の髭男は禁煙パイプを揺らしたまま涼しい顔で座り続けている。

 最初に3度惨敗したことなど誰に言っても信じてもらえないような淀みのなさでレバーは動きボタンは軽快に浮いては沈められる。

 相手が誰であろうと初手でいくらかくらった後は相手の癖を全て見抜きハメ技かと思わせるくらいの隙のなさで全弾を叩き込んでいく。技量としては大体2,3シリーズ前に組み込まれたシステムを主とした古めの手法ばかり。もちろん対策なんて完全に出回っているのだが、それすらも悠々と防ぎきり突破してくる。堅牢に極められた基礎コマンドパターンを崩すことも叶わない。ならばそれ以降のシステムならば通用するかと言われればそうでもない。先も言った通り届くのは初手といくつかだけだ。一瞬目を丸めた後に「はあ~。今そんなこと出来るんだ」と即座に対応してくる。意味が分からない。

 操作はいつまでもどこまでも極めて冷静で隙がない。周囲の熱は上がるばかりだがそれは1℃も移らない。男の座る場所だけがどこかシンと冷えていた。

 最初は自分くらいしかいなかった野次馬も常連たちの到来と完敗と共に人々は吸われていく。

 「なんかやべえおっさんがいる」「あの人負けるとこ初めて見たんだけど」「大会に出てる人?見たことない」「○○で今無双してる人いるから来れる人来て」「野生の神が出没した」「このプレイは生で見られるなら見たほうがいい」

 井戸端の会話すらまたたきより速く拡散される現代だ。しかも週末の午後。あっという間に聞き付けた好き者暇人たちが集まってはちょっとした祭りと化していく。店員や他の客すら戸惑いで様子を伺いにくるほどの熱と波の中でやはり男は別世界にいるかのように涼しい顔のままコントローラーは踊り跳ねる。

 むしろどこか退屈しているように見えるくらいで……まだ本気があるというのかこの男。

 冷や汗がひたと背中に滲んだ瞬間

 「トール!」

 人混みを縫って黒髪の青年が男の隣に寄ってきた。男の様子が分かりやすく嬉しそうに華やいだ。

 「メールでここにいるって言うから……すごい盛況だな?」

 「いやー、ゲーム部のお嬢さんたちがやってたやつだなあって懐かしくってね?」

 「…………ああ、おっきーの原稿手伝ってたから」

 朗らかに会話をしながらも操作の手は止まらない。激しい攻防が続く画面と周囲の様子に黒髪も困惑を隠せていない。あたりを見回し少し考え

 「まだかかるならクレーンゲームあたりで時間潰していても構わないが」

 「いや、今終わる」

 待ち合わせしていたのは確かだけどこの盛り上がりの邪魔をするのは……。

 そう遠慮がちにしている様子に構わず男は変わらぬ手捌きでKOを取り席を立つ。

 「じゃ、あとよろしく。最初から見てたから分かるだろ?」

 最初から最後まで全く意味が分かりませんでしたがあ!?

 突然の無茶振りに固まるこちらと祭りの終了に騒然とする周囲など構わず黒髪の青年を連れて去っていく。止められる者はいなかった。にこやかな様子とは裏腹に、誰も話しかけてくれるなよ。というオーラが放たれていたのだから。

 

 あれ以来、茶髪の髭男がこのゲーセンに現れたことはない。

 一時期界隈では少々様々な情報網がてんやわんやと駆け回ったが結局茶髪の髭男の姿をかすらせることすらなかった。本当に昔極めただけの暇潰しだったのだろうか。国の事情で大会に出られないとかあると聞くが……。真実を知る者はいない。

 そんなこちら側の騒動など知ることなくあの茶髪の髭男は雑踏に紛れこの辺りのどこかで飄々と過ごしているのだろう。あの待ち合わせをしていた黒髪の青年とどこかで。彼以外の者になど興味もないとばかりにゆるやかに。対戦相手側から録画されていた動画が界隈じゃちょっとありえない再生数を記録したことも知らないまま。

 こちらからしたらそれはとてももったいなく寂しいものがある。しかしやはり、彼らからしたら言われてようやく思い出す程度の日常であるのだろう。口惜しい。

 そんなもやつきを心の隅に残したまま、あるはずのないいつかに期待を抱きつつ今日も己の日常としていつものその場所に足を運ぶのであった。

 

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