ヘクトールとぐだ男の短編まとめ3   作:なまきいろ

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だって貴方に会えたのだから

 立ち込める分厚い暗雲から雨音と雨水が放棄された砦を覆うように降りしきる。戦の痕か老朽化か。出来た隙間から水は漏れ音は響き渡る。細かく抜けていく風も非常に冷たい。

 しかし無事な部分も確かにある。一晩だけならそれでも十分。そう旅人たちは荷物を下ろし暖を取る。

 それから探索の末にまだ使えそうな厨房を見つけこれ幸いと調理に入る。出来上がるまでは完全フリーで好きに過ごすといい。と、言われたものの、前述の通り雨なのだ。外には出られない。雨漏りで溜まりが出来ている砦の中を歩くのもよろしくない。滑ったり脆くなった部分を踏み抜いたりしたら怪我をしてしまう。かといって暇を暇なままにしているというのも……。

 結果。砦の中では場所と時代に合っていないホイッスルの音が響くのであった。

 「はい。ダッシュ50本終了。ここまで!」

 「ずあああああッ!」

 ヘクトールの号令とともに比較的路面が綺麗なままの廊下にマスターである彼は崩れ倒れる。たかだか50本と言っても全力となるとやはり堪える。しかも旅でそれなりに疲労がある状態となると尚更だ。しかし役割上、どんな状況下でも即座に動けることが求められるわけで……。

 『いや、廊下の強度を調べた僕が言うのもなんだけどね?休める時はちゃんと休みなよ?極力万全に近付けておくのも仕事だからね?』

 「分かってる。だから加減が分かるヘクトールにコーチ頼んだんだよ」

 息を整え呆れたような通信の声にゆると起き上がり、宛てられた部屋に戻る。汗まみれのシャツを手早く脱いで桶に入った水にタオルを濡らして絞り身体を拭く。それをヘクトールはずっと「楽なポジションにいられてラッキーだなあ」という顔で見守ってくれている。

 「背中拭きましょうかい?」

 「そこまではいいって」

 コーチをしてくれたり桶や水を用意してくれたり。当人自体は楽しそうにしているからいいのだけど。やはり王子さまなんだよなあと思うとそこまでさせてしまうのは申し訳なさがある。もちろん女王でありながら食事の準備をしてくれているブーディカにも。大なり小なり諸々をしてくれている皆にも。

 おそらくサーヴァントとはそういうものだと割りきってくれているのだろうけど。むしろひとり勝手に恐縮している庶民な子供を見て楽しんでいるところもある気がするけれど。

 その献身に自分はどれだけ応えられているのだろう。

 考えるほどに焦燥ばかりが湧いてくる。

 『何にせよ今日はここまで。身体余してても我慢すること。明日のために蓄えてて』

 「了解。これでも我慢してるんだけどなあ」

 新しいシャツに袖を通し窓辺へ向かう。

 雨は変わらず雨のまま。音を立てて風と共に周囲の緑の香りを連れてくる。薄暗くはあるけれど静かで穏やかそのものな風景だ。

 けれど、だからこそ。異様と自覚出来るほどに胸がざわめく。降りしきる分だけ胸の中に何かが溜まっていく。

 「昔はこういう日は外に出て走り回ってたんだよ。わーーーーーー!って体力なくなるまでずぶ濡れになってさ」

 寂しさ悲しさ辛さ苦しさ。掻きむしりたくなるほどの衝動を打ち消したくてひたすらに。それに構っていられるだけの体力さえなくなってしまえばと狂乱するように。

 今も心はざわついているけれど、そこまでじゃないだけマシもマシになったと思っている。

 自分がどこへも行けないこと。どこにもいられないこと。その隣に誰もいないこと。いてほしかったのにと誰かに願い求め続けていること。どうしようもない孤独に崩れ落ちて慟哭したくなるような焦燥は、とてもとても小さくなっているのだから。

 「マスターにもヤンチャな趣味があったんですなあ」

 『……あー、藤丸君。時間空けておくからこれが終わったらお話しようね?』

 呑気に相づちを打ってくれるヘクトールとは逆にドクターには問題ありと思われてしまったらしい。さて何と言って今は大丈夫と納得してもらおうか。世界のためとはいえこんな子供の精神管理にまで細心の注意を払わなくてはならないとは大変だ。雨音から離れた思考を巡らせ始めた頃、控えめにドアを叩く音が鳴る。

 「マスター。ご飯の用意出来たよ」

 「ありがとう。今行く。じゃあヘクトール、」

 「オジサンは水と桶片してから行くんで先行っててください」

 「え、」

 その一言で、急速にざわつきが全身を駆け暴れた。

 「あ……、いや、オレが使ったものだからオレが……。せめて一緒に、」

 「いいっていいって。オジサンがやっとくからマスターは皆に顔だしたげて。それもお仕事」

 「……………………は、ぃ、」

 雨音が酷く頭に響いて末梢までもが痛みだす。へらりと笑って向けられた背に全力で追い縋りたくなる。けれどそれはわざわざ呼びに来てくれたブーディカや待ってくれている皆に失礼だとも分かっている。

 たかだか5分か10分の誤差なのだ。大げさになる必要などどこにもありはしないのだ。

 「マスター。私や皆は気にしないから追いかけてもいいんだよ?水の片付けだけなら料理も冷めないし」

 「…………いや、いい。行こう」

 「そう?別にいいと思うんだけどなあ」

 聞き分けが良すぎて困った子に向けるような笑みでブーディカは優しく彼の背を撫で並んで食堂へと向かう。そして食堂で待っていた面々もまた、平気そうな顔をした消沈しきった彼を見て同じように眉を寄せて苦笑うのであった。

 

 それからとっぷりと夜が暮れ彼もぐっすりと眠りについた頃。

 何ひとつ心当たりのないヘクトールが「何をしたのか知らないけれどもう少し上手くやれ」と全員に囲まれ困り果てていたりしたのであった。

 

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