規則正しく揺れる古びた列車の中。朝日が昇る前に乗ったはずなのにもう高らかに晴天だ。それでも目的地にはまだまだ遠くいつまでも変わらない窓外の野山の流れに飽きたのか。退屈しのぎのようにヘクトールは問う。
「それでマスター。次はどんな厄介事を押し付けられたんです?」
「やっか……、んん、協会もそんなつもりないと思うんだがな。終点港町の若い魔術師だよ。親に言われて継いだもののそれほど熱心になれなかったらしい。引けなくなる前に廃業したいから使えそうなのは持ってってほしいとのことだ」
歯に衣着せぬ物言いに資料を確認していた黒髪の少年が眉根を寄せて口元を引きつらせる。が、ヘクトールはどこ吹く風と嘲笑混じりに苦笑う。
「どうだかねえ。そう言ってこの間もいい庭園が半壊しましたよね」
「……い、いくら協会でもいきなり息子と名乗る不審者が現れてゴーレム出してくるなんて誰も思わないって…………」
酷い事件だったね……。と流すには記憶に新しすぎる。跡継ぎもおらず研究からは手を引き穏やかに余生を過ごしていきたい。そんな予定の人の良さそうな老夫婦術師だったのに……。
だからこそ代々受け継がれてきた丁寧な保管されていた術具や研究資料の数々。古びているのに宿った想いが染み付き新しさのような神聖さすら感じられる不思議と心地よい物ばかりで、野良で外道な魔術師に狙われていたのも納得はあった。
だというのに随分とんでもない幕引きだったと思うと同時に自分たちがたまたまちょうど居合わせていて良かったと思うところもあり……。いや、きっかけを虎視眈々と狙っていたのに想定より早く派遣された協会からの使いに焦った結果と思えば責任も感じるところもあり……。酷い事件としかいいようがなかった。
トラブルだろうとなんだろうと何事も縁だ。と思うことにしているものの、ちょっと多すぎるんじゃないかというのは、指摘されずとも感じているにはいるが……。協会所属とはいえ実のところ魔術師ではない彼にはそれが自分の魂に基づく体質によるものか協会の差し金なのかは判断が難しい。あまり被害妄想的になってもいいことなんてろくにないことだし。そういう念が溜まり溜まれば魔術の素養がなくてもよろしくないものは寄ってくることくらいは仕事柄身に沁みているし。
大丈夫。協会に悪意はない。
「とにかく。今回は普通のだ。この後の仕事もしばらくないからさ、さっと終わらせてのんびりしよう。海の幸食べ放題!帰りはゆっくり寝台がついたのでもいいな。食堂もあったら尚嬉しい」
「へいへい。そうであったらいいですね」
咳払いひとつに極力楽観的であろうとする彼にヘクトールは「まあそうならないでしょうな」と言わんばかりの相槌を打ちつつもう一度窓に目を向ける。
景色は変わらず特筆するものがない平淡な野山だ。海はまだ遠い。
けれど取り巻く日々は嵐のごとく鮮やかでせわしなく息つく暇などありゃしない。今回だってほぼ間違いなくそうに決まっている。終わるころには揃ってしばらく動きたくなくなるほど心身共に疲れ果てるに決まっているのだ。気が滅入って仕方がない。
平々凡々が信条であれどそれはそれで楽しく充実しているのも事実だ。手放す気などさらさらない。
たとえ力が半分も使えないほど微弱な魔力しか持たないマスターであっても、彼とならば。いつまでも。どこまでも。
言わずともそう思っているからこそ、上の思惑など知ったこっちゃなく彼との旅は常に心が浮き立ち続けるのだ。