暗黒の航路を小さなおんぼろ宇宙船がゆるりと泳ぐ。
視認では何も分からないがレーダーを信じれば2,3日もあれば次の惑星に着く。食糧にも燃料にも余裕はある。怪しげな動きをする船の気配もない。何も心配する必要もなく身を任せていればいいのだ。
「そういやりぃ君は他人と旅をするって平気なのかい?」
「んんぅ?」
船の駆動音以外何もない静寂の中。言葉がぽつりと浮かべられ、それを仰ぐ。
そういうのは契約書を結ぶ前に確認しておくべきと思うのだが……。さてはこの男も思う以上に呑気な性格なのだろうか。そう思いながら彼もまたのんびりと言葉を探す。
「別に平気だよ。研究所で調査に出る時はこれくらいの大きさにもう2,3人詰め込んで一ヶ月とかやってる時もあるし」
「無茶な旅してるねえ」
「年中貧乏な弱小研究所だから……」
所長こと通称『陛下』がどうにか(詳細不明)してくれているから彼のような端は不便であれど何も心配せず仕事に没頭も出来るし今のような長期休暇で旅にも出れる。ありがたい限りなのだ。
そしてそんな『陛下』の下に集う面々もまた仕事熱心で他人、彼の保有する希少クラスなど興味の欠片もないのがまたやりやすい。
おかげで余計な危機感で消耗して無駄に疲れることのない悠々とした生活を送れているわけだ。
「それにヘクトールって気配消すの上手いから。ヘクトールが思うほど気配に圧迫なんてされてないよ」
「そう言ってくれるならありがたいねえ」
むしろ気配がなさすぎて知らない間に途中下船したのではと慌てて確認してしまうくらいだ。
一応最初にランサーと申告を受けているし実際槍で戦っているのも見ているが、実はアサシンとのダブルクラスではなかろうか。そんなことを考えてしまうほど気配なく敵陣をすり抜けていく技能が高い。
今まで何をして生きていた人なのだろう。現在醸し出しているのほほんとした空気の通りに生きてきたわけではないのだろう。
まあそのあたりについてはまだ踏み込むべきでないし好奇心もそこまで向いていないから聞くつもりもないけれど。
「でもさありぃ君」
警戒心の欠片もなく呑気に全幅の信用を寄せている彼に奥の見えない瞳でヘクトールは言う。
「そうやってりぃ君が今まで安全にやってこれたのはりぃ君に興味のなかったり優しかったりする人たちに囲まれてたからであって、オジサンがそうとは限らないんじゃない?」
「ぅぇ?」
「今まさに。逃げ場なんてないここで。オジサンに襲われるって可能性は考えないの?」
手が伸びる。頬に触れる。命が握られている。
何があってもおかしくはない距離、空気。
思惑が見えない暗闇で見つめ薄く笑うヘクトールに彼もまた色なく見返し、
「オレを殺して次に行くまでの食糧と燃料しかないおんぼろ船強奪してもコストに合わないし、セクハラパワハラを仕掛けられても雀の涙しかない月給がなくなるだけだぞ」
「…………」
やたら強気なドヤ顔が浮かべられる。
ただでさえ子供の小遣い並みの給料が更になくなるのは辛かろうというドヤ顔が。
呆れたように、息を吐く。
「もっと自分は高く見積もったほうがいいですよ」
「……えーと、どれくらい?」
「リポップも出来ないくらい霊器を使いきっても払いきれないだけの額をどれだけシーズンを重ねて逃げ仰せようと必ず見つけ出して請求し続けてやるってくらい」
「おふぁあ」
どんな額だ。そう思えど取り立てに対するその執念も圧巻なものと驚きが隠せない。己の身にそこまでの価値があるとは全く思えなくて……。
「……マスターってそんなにすごいの?やってる自分としては役立ったこととか面白かったこととかあんまりないんだけど」
「それくらい自分を大事にしてなきゃ宇宙旅行なんて無理って話」
「そんなものかあ」
実感は全く湧かないけれど。旅に慣れている風なヘクトールが言うならばそうなのだろう。
確かにどんな時だって我が身と命が第一なのだから。それを何よりの宝と扱うのは当然だろう。
そう納得して飲み込んで、問いてみる。
「じゃあヘクトールもオレに襲われたら探しに来てくれるの?」
「は?」
「だってそういうことだろう?」
どれだけユニバースごと天変地異を繰り返そうともそんな不覚を取られるわけがないのだが。
そんな思考を一瞬そのまま顔に出してしまうも彼の表情は変わらない。面白がるようにいたずらっぽく。たったひとつの回答を待っている。
その笑みに合わせるようにヘクトールもまた意地悪く笑う。
「もちろん。どれだけシーズン越えて逃げ仰せようとユニバースの果てまで探し出して落とし前はきっちりつけてもらいますよお?ま、出来たらの話ですけどね?」
「そっかあ。ヘクトールに追いかけてほしいならまず強くならなきゃいけないのかあ」
「突進するだけのガキに遅れを取るほど耄碌もしてないんでそのつもりで~」
まずそもそも双方襲う気なんてないくせに。
最初から崩壊している前提に耐えきれず、どちらからともなくふたりは吹き出し狭い操縦室に笑い声を響かせる。
その場かぎりのじゃれあいのような売り言葉に買い言葉。互いに単なる雑談で軽口だったのだ。少なくともこの宇宙の片隅をゆったりと航行していたこの頃は。
すっかり忘れ去られた奥底で意味のない言葉が確かに意味を持ち、どうしようもないほど根付いてしまっていると気付くのはそれからずっとずっと後の話。