『はあい愛しのリツカ。休暇は楽しんでいるかな。こちらも上々と言いたいところだが貧乏暇なし人手不足でてんてこまいだ。というわけですまないが君の航路の中にある惑星の調査を簡単にでいいからお願いしたい。座標はこのとおり。断ってもいいけど休日手当はもちろんはずませてもらうよ。当社比としてだけどね。君の勤勉で熱心な研究者魂に期待する』
そのような内容のメールを受け取ったのがつい先週。差出人は『陛下』彼が所属する研究所の長であり彼にとってとてつもない恩がある相手である。
それに彼の旅はとてもじゃないが懐が温かい旅とは決して言えない。おまけに旅の友まで雇ってしまった。収入があるなら願ってもない状態だ。断る理由はどこにもない。
そんなわけでエンジニアな相棒の許可をとり急遽寄り道を決定したのがその当日。
指定された惑星に降り立ち調査を始めること数日。
その途中で知り合い友となった人たちが興味本位で協力してくれること数日。
どこからともなく「今この惑星には『マスター』がいるらしい」と噂が流れること昨日。
そして本日。
「いたぞ!マスターだ!」
「待ちやがれ!」
「だーれが待ってやるかってんだ!」
これまた何故だか即特定されて開始される鬼ごっこ。
身体能力が他クラスより劣るマスター相手に多勢に無勢に寄ってたかってなんと無粋なことか。
しかもそういう時に限って護衛としても大変頼もしいヘクトールとは別行動とは不覚も不覚。噂が立っていると感知した瞬間にもっと警戒しておくべきだったか暢気がすぎた。
しかしそのあたりの反省はまたあとだ。今は追手を振り切ることに集中して合流優先。歯を食いしばって朽ち荒れた道路だったような道を走り
「とおおおおおりゃっ!ッだっ!」
落ちた橋跡から大きく踏み出し向こう側に飛び乗ると同時に地盤が崩れて落下した。
追い付いた男たちがその土埃立ち込める現場を「まさか」と見下ろし
「坑道だ!坑道に逃げたぞ!」
「すぐに連絡して回り込ませろ!」
「その前に逃げ切るがな!」
自身に積もる瓦礫を払いのけ、彼は再び走り出す。いかに能力値が他クラスより低いマスターであれど礼装のサポートがあればこれくらいは問題なく出来る。
この坑道は先日調査済みで抜け道に使える薄い岩盤も把握済みだ。惑星内全てのエネルギーを狩り尽くしてどこもかしこも空洞状態。崩落寸前の地面に注意を払えばまだ問題なく通行出来る坑道であることも分かっている。端末で座標を送りヘクトールに回収を要請する。きっと来てくれる。合流出来ればあとはどうにかなるはずだ。
船……船ももう押さえられているかもしれない。でなかったとしてもあの骨董品では振り切って逃げるのも難しいかもしれない。けれど、ヘクトールなら。そう思ってしまうのは甘えだろうか。
しかしああ、全く。『マスター』とはなんなんだろう。希少であれど無能に近いこのクラスにここまで大規模な狩りなどする価値などありはしないのに。他者に強化を付与出来るといってもキャスタークラスに頼めば余裕で出来る程度であるというのに。これで売り先に二束三文を言い渡せられても責任なんて取れやしないのに。忌々しいったらありゃしない。
そんな自分であったとしても、幼少からの恩がある『陛下』は言ってくれたのだ。「私には『君』が必要なんだよ」と。その微笑みに応えたくてそんな自分でも投げ出さずに生きてこられた。どれほど微力であれど全身全霊をかけるべき方だと誓っている。
そんな自分であったとしても、ヘクトールは言ったのだ。「許さなくてもいい」と。「周囲にとってどれほど無価値であったとしても、己を傷付ける者を許すな。どこへ逃げてなかったことにしようとも必ず見付けて責任を取らせろ」と。
こんな自分でもそれほどの価値があると自分で決めてしまえと教えてくれた人だから。信じてる。
だから、心音が破裂しそうなほど駆けた先の合流ポイントで上部の岩盤を軋ませているのもヘクトールであると。岩が落ちると同時に差し込む光に彼は瞳を輝かせ
「お、いたいた。情報通り。災難だったな」
「…………アッ、キレウス?」
大きく見開いたままくるりと丸まる。
この惑星に降り調査する間に知り合い手伝いまでしてくれた気のいい友人のひとり。
ではあるのだが、何故ここに。
状況が把握出来ずに固まる彼をアキレウスは構わず回収し地上に出る。
「お前さんたちの船は諦めろ。俺たちの船で出るぞ。あいつらこっちには気付いてない。ちったあ手狭だが次の惑星まで我慢して新しい船でも買ってくれ」
「あ、ああ……いや、あの、なんで……、オレ、ヘクトールに連絡して」
「そのヘクトールに頼まれたんだよ。俺が行ったほうが速いって。んでヘクトールは今エンジン吹かしてるよ。行けばすぐ出れるはずだ」
意外。
その一言に尽きた。
アキレウスたちと友人になった時にヘクトールは何も言わなかった。だがあまり良くない内心があるような雰囲気を少ない付き合いながらに感じていたから。アキレウスの方もまた、そういうヘクトールに合わせて何も触れずにいたから。こちらもまだ追及すべきではないと思っていたから。いつか言ってくれる日も来るだろうと思うことにしていたから。
しかし、それより、
「……アキレウスの船って、最新モデルじゃなかった?」
とびきり速度が出るからあれなら逃げるのも容易かろうけれど。動かせるのか?そもそも。
訝しむまなざしに事も無げに返される。
「補佐にジークもいるし大丈夫だろ。あいつなら戦艦級もイケるだろうし」
「はあ!?そうなの!?ヘクトールそんなすごいの!?」
いかにも初耳という驚きようにアキレウスもわずかに驚きを見せ「そりゃあ」と口にするも、すぐさま考えなおしたように「本人に聞け」と締められる。
何が最新機器にはついていけないオンボロだ。不用意に聞く必要のない話はしなくてもいい主義ではあるが、こうも申告と違う影を感じてしまえばやはり面白くない。何をどう誘導して履歴書を書き直させてやろうか。許さない。絶対に許さない。知ったところでどうというわけでもないのに。とにかく渦巻く心が許さないと怨嗟を吐き続けている。理由は分からない。許さない。許すわけにはいかない。
最早己の追手と身の安全より伏せの多い相棒への尋問方に完全に切り替わってそれどころではない。そんなか弱くも図太い友人の姿にアキレウスは「上等」と笑みを浮かべ「舌噛むなよ」と添えてから強く大地を蹴り上げた。