「今日はちょっと冷えるなあ。マスター。気休めだけどこれ使ってくれ」
旅の途中。そう言ってシャルルマーニュは纏うマントを手早く脱いでマスターと呼んだ彼に差し出した。
彼も一度目を丸めたが、すぐに「ありがとう」とそれを羽織った。
……思う以上に分厚く重量があることに驚いた。シャルルマーニュは普段これをまるで重さのない羽根かのように軽快にはためかせてあんなに苛烈に戦っているのか。なんということだろう。
やはり英雄。似たような背格好をしていたところでやはり英雄なのだ。油断ならない。何度も痛感させられる感覚に再び勘違いするなと念押される。
しかしそれだけあって物がいい。これ一枚で夜風の冷たさは相当軽減されたように感じられた。やはり王が使う物としての風格を感じられる。それでいて冒険に使われているマントなのだ。多少の土埃の匂いもご愛嬌だ。嫌いじゃない。むしろ好ましい。光栄という言葉をどれほど重ねても足りる気配を感じない。
それよりも
「なんだか使わせてもらうマントが白くて煙草の匂いがしないのって新鮮だなあ」
「どういうことだ?」
不思議な物言いに首を傾げるシャルルマーニュに彼は幸福そうにへへへと笑う。
「いつもはヘクトールが貸してくれるからさ」
「……なるほど。あの方が。流石騎士道の基盤となった一人と言われる方だ。日頃の振る舞いも実に騎士だ」
「本人はそういうの言われると恥ずかしがるけどねー。いっつもやる気のない素振りばっかりしてさあ。でもヘクトールっていつだって本当に何気なーくだけどさ、」
道理でマントを渡した瞬間に戦場のような悪寒が一瞬走ったわけだ。
死角で極少に揺らぐ気配にシャルルマーニュは内心で冷や汗をかく。あれは確実に人を殺す時のそれだった。うっかり身体が反射で動きかけた。
確かに召還されて早々に受ける説明会で「とりあえずマスターの大体のことはヘクトールに任せておけ。それで大体はどうにかなる」とは言われた記憶はあるけれど。確かに私事を外部から口にするのは無粋というやつであるけれど。こうなるならもっと分かりやすくそれとなく教えていただけないだろうか先輩方……!
今回だけはまだ作法を知らぬ新人だからでどうにか見逃してもらおう。見逃してください。
わずかに漂い続けるひりつきに対し祈るように念じる。そんな周囲すらやや目を逸らしがちな空気に何一つ気付かないまま、幸福そうにヘクトールについて語る彼の笑顔にシャルルマーニュは何一つ変わらぬ陽気な笑みを浮かべて相槌をうち続けた。
後日「ヘクトールが新入りにあそこまで分かりやすく威嚇するのは初めてだ」と補足をされたりもしたが、名誉なんだか気休めになったのかは分からない。