ヘクトールとぐだ男の短編まとめ3   作:なまきいろ

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君の彩り

 さて、今家には何本傘があったかな。

 降りしきる雨音を聞きながらコンビニで彼は思案する。これは少し待てば弱まってくれるなんて期待は持てそうにない。雨上がり待ちで長時間立ち読みに更けるのも申し訳ない。しかし家にあまり一度か二度しか使っていない傘を余らせておくのも……。ほぼ新品と言えるそれらを邪魔だからと捨てるのも憚られるわけで……。

 少年っぽさもわずかに残すこの青年の生まれ自体はいいものなのだ。実家にあるだろう家系図を広げればずらりと長い家の末裔なのだ。そして親もまた安定した職に就いている。彼の自身の通帳の中も様々なことがあった結果結構な額が刻まれていたりするのだ。おかげで同居人の希望の通り大層なセキュリティの部屋に住めているほどだ。しかし数多のタイミングの悪さに見舞われ続けた人生であるために、自己評価というものがとにかく低い。多くの人間の奮闘虚しく高級品など己の身に余ると信じて疑っていないのだ。安価な物だって粗雑に使い捨てるなどしてはならぬと思っているのだ。……後者自体は大変よろしい心がけであるのだけれども。

 故にこうして300円の傘の前で熟考が始まってしまうわけなのだが。それでもたかだか300円に遠慮してずぶ濡れて体調を崩したりするのも馬鹿馬鹿しいなあという一般的な感性も所持しているわけで……。

 「仕方ない」

 ため息ひとつで覚悟を決めて、一番最初に目についた傘に手を伸ばした。

 

 「傘が増えるのはいいんですけど、たまには色変えません?」

 「ぅぇ?」

 帰るなり出迎えのヘクトールに思ってもいない苦言を渡され首を傾げる。それから隣の傘立てに顔を向ければ緑。緑。緑。メーカーによって多少の濃淡などの差違はあれど見事緑地化計画が進められていた。既に森である。

 そして本日持ち帰った傘も緑。無自覚の習性とは恐ろしいものである。

 きょときょとと目を丸めてそれらを眺める彼にヘクトールは問う。

 「マスターってそんなに緑好きでしたっけ?」

 「……いやあ、まあ…………、んんぅ、うーん、一番好きな色ではあるよ」

 「へえ?」

 それでもまさかこんなことになるとは思っていなかったけれど。思えば傘に限らず様々な私物が緑で構成されている気がする。無意識の選択とは恐ろしいものだ。

 そうありありと表しているかのような呆けた声で彼は言う。

 「ヘクトールの色だからな」

 「へ、……え…………?」

 「今はあまり緑じゃなくなったが」

 「です、ねえ……」

 あの色にどれほど救われてきただろうと今思い返しても時間が足りなくなる。

 手元の緑と片隅の彩りに目を細めて在りし日々に愛しさを募らせる。

 そしてやはり思う。今も脳裏に焼き付く数多の色彩の中でもこの色は自分にとって大切な色であると。

 しかしやはり何事もやりすぎは良くないと理解はしているし今の状況がすでにやりすぎの領域であると自覚した。

 「うん。これからはもう少し考えるよ。バランスというのも大事だしな。次は黄色とかにしよう」

 「…………いや、緑でもいいですよ……」

 「そう?」

 ヘクトールが嫌でないならいいけれど。

 さて次に何かを買う時は色をどうしようか。

 目の前のヘクトールが何とも言い難い表情になっていることも、やはりヘクトールを示す色のひとつを無意識に選択していることにも気付かないまま、彼はいつかやってくる次に少しばかり浮き足立っていた。

 

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