ヘクトールとぐだ男の短編まとめ3   作:なまきいろ

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可能性はゼロなのに

 ノウム・カルデアの廊下のど真ん中で呆然と立ち尽くす少年がひとり。

 その頭には薄く青にきらめくヴェールが一枚。また何かに巻き込まれている最中か後なのだろうか。

 「よおマスター。厄介事かい?」

 「ひぃっ!」

 挨拶がてらにその背に声をかければ異様なほどにびくつかれた。

 振り返るぎこちなさは、長年油を差していない機械のようで。今まで見たことがないほど強張っていたもので。何があったというのだろう。

 「ぁ…………、あの……、違うんだ。これは、これはその……お遊びの……、いや、お遊びと言ったらハベトロットの仕事の真摯さに無礼だな、そうだな……、その、お試しで……、たがまだ自分にそのような願望は……な、……ない、と、多分……、だが全く嫌というわけでは…………ヘクトールが望むなら私は……、いや、望む、のか?ヘクトールが?私に?ぇぇと、つまり……つまり、あの……、あのだな、」

 「はいはい。一回深呼吸して落ち着いて」

 必死に弁解のようなものがしたいと必死に言葉を紡ごうとするも混乱真っ只中。何一つまとまっていない様子の彼をとりあえずなだめて間を作る。

 

 彼の話によると始まりはついさっき。マスターである彼を探す花嫁のための糸紡ぎの妖精ハベトロットとの遭遇からであったらしい。

 彼女はいつも慌ただしく駆け回っているため彼も特別不思議に思わず膝をついて彼女に目線を合わせる。「今度は誰に追われてるんだい?」と。

それに彼女は「違う違う」と頭を振るう。

 「聞いたぞマスター!マスターは花嫁を貰いたいんじゃなくて花嫁になりたいんだな!」

 「……………………ぅぇ?」

 そんな話を誰かにした記憶はないし思ったこともないのだけど……。

 全くの死角からの不意打ちに固まる彼に「そうならそうと言ってくれよなー」とご機嫌に彼の肩を叩いている。

 「さあそうと決まったら採寸だ!マスターのお嫁さん力も頑張ればそれなりになりそうだからな!いい花嫁になれると思うぜ!ハベにゃんが保証する!」

 「いっ、いや!ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっと待ってくれ!」

 このままでは彼女たちの仕事部屋に連れ込まれてあっと言う間にウェディングドレスを仕立てられてしまう。場合によってはもうひとり増えてどう考えてもふさわしくないのに恐ろしく似合ってしまう素晴らしいウェディングドレスが仕上がってしまう。そんな姿を誰かに見られたりしたらいらぬ騒ぎになってしまうかもしれない。下手をしたらそのまま相手が引きずり出されて式をしろなんて流れになってしまったら…………。

 相手あってこその花嫁であり結婚であるのだ。望んでもないかもしれない相手にこれ以上の迷惑などかけられるわけがない。

 すっかり勢いづいているハベトロットを慌てて静止する。

 「き、気持ちはありがたいんだけどな。オレは、その……花嫁になりたいわけじゃないんだ」

 「そーなの?えー、でも皆…………うーん?」

 張り切る彼女に水を差すのは申し訳ないがこれ以上余計な気を持たせるのは更に申し訳ない。

 そもそもの勘違いを指摘されてハベトロットは目を丸める。

 悩ましく首を傾げる彼女を前にさあここからどう話をわだかまりなくまとめようか。共に悩ましく思考を巡らせる彼を前に「まあ人伝いなんてそんなもんか!」と彼女は早々に笑顔をはじけさせる。

 「花嫁になりたくない人を無理矢理花嫁にするようなハベにゃんじゃないぞ。それなら仕方ないな」

 「うん。ごめんね?オレそういうの考えたことなくて」

 「うん?なりたくないのと考えたことないのは全然違うぞ?」

 「うん?」

 ようやく話を上手く流せたと安心した矢先。不用意な言葉がまた沼を生んだ。

 再び固まる彼にハベトロットが「なんだよちゃんと考えろよなー。しっかりしろよー」と再び笑いながら膝を叩き、問う。

 「マスターは、どうなりたい?」

 「ど、どう……?どうって…………」

 

 いつかどこかの道の先で。

 輝く世界で自分を待つその人が。

 どんな姿でいてくれるのか。

 どんな自分を迎えてくれるのか。

 そんなの、考えたことはない。

 

 だって自分にはその人には今しかないから。今以上のことなんて考えられなかったから。

 あるのは今に至るまでの覚悟だけだ。

 たとえどんなに辛く過酷で血にまみれていようと。どんな結末が待ち受けていようと。もう一度選べと言われても、何度だってこの道を選ぶだろうと。

 たとえ最大限の被害をもたらした救世主なれずと名どころか草もない、空間ですらない場所に打ち捨てられる結果になろうと。誰の迎えもない最期であろうと。

 それでも、その人に出会い歩んできた今以上の輝きなんてなかったのだから。

 

 だけど、その人といつか、光ある未来があるなんて。

 そんな身に余る至高、考えたこと、

 

 「…………………………………………」

 瞳の焦点が揺れるほど固まる彼の様子を覗きながら「すぐには無理そうだなー」とぼやくようにひとりごち、「ま、大事なことだから考えてくれよな。はいこれ練習に作ったのだけど参考用」とヴェールを被せて去っていった。実に突風のような一幕であった。

 

 そして

 「……あっ、あの、すまない……。わたくしごとで申し訳ないが今日の自分は本当に使い物にならないから、その、緊急時にはなんとか切り替えるが、今日のところは……用事が後回しに出来るなら、」

 「ふぅん?」

 申告通りヴェールの奥で制御不能の動揺の中で参り続ける彼にヘクトールは目を細め、

 「いい眺めじゃん?」

 「……………………ヒァ」

 丁重にヴェールの両端をつまんでふわとめくる。

 その見上げる距離に特殊なものなどありはしない。ただいつも通りの距離と微笑みだ。もっと近くで見つめ合い語り合ったこともある。

 ただヴェールを一枚隔て、除いた。ただそれだけの行為が挟まれただけ。

 それだけなのに、何が。

 思考が白で止まり動揺冷めない彼を前にヘクトールは変わらぬ笑みのままヴェールを戻し

 「じゃ、今日はゆっくりしたまえよ。未来を考えられるなんて最高じゃないか。落ち着くまでの露払いは任せてくれたまえー。なんてな」

 何事もなかったように知らぬ顔でへらりと立ち去る。

 「…………………………………………ぇぇ、ぅぅ、」

 そしてまたひとり、残される。

 薄く輝く淡い青のヴェールに遮断された世界に立ち尽くす。ありもない世界に目が眩む。許されるならこの場で崩れ落ちたかった。どんな感情かですら定かでないまま泣き出してしまいたかった。

 けれどそんなわけにはいかないことを誰よりも自分が承知していた。今動けなくなったら何もかもが、夢にしかない世界すらも無になってしまう。

 けれど一瞬でも見えてしまった世界はあまりにも……。

 世界が意識が焦点が合わない。呼吸すら浅く気を抜いたら溺れてしまいそうだ。

 「……わた、わたし…………オレ、は、自分は…………私……私……私私私…………、誰か……」

 全て自身で決めねばならない道を前に、迷い子が宛もない助けを泣くように絞り出していた。

 

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