ふたりでふらりと遠出をした。
電車をいくつか乗り継いで季節外れの観光地でも何でもない海辺に。
閑散としているけど水平線だけはやたらと綺麗な町に。
冷たさと生温さと湿り気が混じる夏の終わり特有の風を浴びながら宛もなく歩いた。
涼しくなってくれるのはありがたいけど陽が短くなるのは嫌だなあ。なんて他愛のない話をのんびりとぽつりぽつりと交わしてきらきらと輝く水面と夕陽を眺めながら古びたガードレールが続く白線がところどころ擦りきれている狭い道路を並んで歩いていく。
実に平穏でゆるやかな旅であった。
「まずいヘクトール!あのバス逃したら2時間ない!」
「夕飯食べ損ねるのはご勘弁!」
先にあるバス停に向かってくるバスの姿に慌ててふたりで駆けていく。
わずかに息を乱した彼をにこやかに迎える運転手が走らせるバスの中に乗客はいなかった。その最後尾の座席の隅をふたりで座る。旅館前に止まるはずなのであとは座して待つだけだ。
「…………」
静かに彼は隣に座るヘクトールの腕を小突く。
「…………」
それにヘクトールは静かに微笑み座席の上に手の甲を降ろし、彼は手の平をそれに重ねる。
ただそれだけ。
それだけの小さなぬくもりの渡しあいだけでふたりは幸福に笑いバスに揺られる。
大きく堅いたくさんのものを守ってきたこの手を彼はとても好んでいる。それを口にすればヘクトールは眉を寄せて「人殺しの手ですよ」と言うのは知っている。「美化はするな」と念を押したい気持ちは十分に理解しているつもりだ。しかしその自身の手が身体が魂が、他者の血に塗れる覚悟に至るまでの想いはやはり、胸が痛むほどに尊敬の意を向けてしまうし深く強く愛しく思う。そんな感情すらも何も理解出来ていない浅慮な身の程知らずと思う程に。
この優しい手に今も守られている自分に本当にそれだけの価値はあるのだろうか。
何度考えても答えは否である。
せめて堕落だけはしないよう努めてはいるけれど。
「空腹になってきた」
「サイトの夕飯サンプルは豪華で美味そうでしたなあ」
「残さず食べれるといいんだがな」
窓から差し込む夕陽の熱を浴びながら、運転手にまで届きそうにはない声量でまた他愛なくぽつりぽつりと言葉を交わす。
人によってはなんと空っぽな旅なのだろうと言うのだろう。もちろん当人たちもその自覚はある。何せそんな散歩のような旅をしたかったのだから。その空虚さにこそ満たされる心はあるのだから。
「ヘクトール」
手を重ねたまま。流れる景色に目を細めて彼は言う。
「またいつか旅に出よう」
「ええ。時間があれば何度でも」
ささやかに交わす約束に彼は幸福を象り、出来上がったばかりの白紙に思いを馳せる。
そうして静かに密やかに短い時は過ぎ目的地のアナウンスが流れる。それと同時に降車ボタンを鳴らせばゆるやかにバスが停車する。
未明の未来も楽しみであるが今これからの旅だって当然楽しい。
さて今回の一番のお楽しみはどんなものだろう。ふたりは手を離してバスを降り、小さく古びているがとても清潔に保たれている旅館の中へと並んで入っていった。