ヘクトールとぐだ男の短編まとめ3   作:なまきいろ

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大学生マスターとランサーの事件簿

 都市伝説にも噂話にもならない不気味な話というのは存在する。

 街頭は確かに点いているのに薄暗い高架下とか。

 季節問わずじとりと肌にまとわりつく湿度がある高架下とか。

 中を通り抜ける風が嫌に生ぬるく泣いているか呻いているかのように聞こえる高架下とか。

 小学生の頃ならそれを呪いだ怨霊だと騒ぎ立ててグループで調査隊気取りで野次馬しに行ったりと一週間は盛り上がれたのではないだろうか。

 大学生にもなれば精々ランチ中の話の種程度のものだ。「毎日通ってる場所だからもうちょっとどうにかならないかなー」「変な奴現れないといいねー」なんて、食事が終わり席を立つ頃には全員の頭から消え去っている程度の微小な愚痴だ。

 そしてその話題を口にする自分でさえも「とはいえ通りすぎる数秒を我慢すればいいだけだし」と嫌な不気味さにもやつきながらも大して気にせずに通り抜け続けているのだった。

 何かなんて起きるわけがない。

 霊感じみたものは生まれてこの方体感したこともないし。

 近所に不審者が出たと注意が回っても自分が遭遇したことなんてないし。

 薄暗さも湿度も音も、日々重く大きくなっている気もするがきっと気のせいだ。不気味だと思っているから過敏に知覚してしまうだけなのだ。

 自分は大丈夫。

 何かなんて起きるわけがない。

 

 そう無意識に信じきって言い聞かせている中、いつもの高架下の先に、その人はいた。

 

 すらりとした細身の若い、クセのある髪が少しばかり跳ねている黒髪の、こんな不気味なくらい薄暗い場所なのに煌々としているように見える青の瞳。

 誰かとすれ違うなんて滅多にない高架下で珍しく現れたその人の、駆ける音が大きく響く。

 「失礼!こちらに!」

 「えっ!?うえっ!?」

 こんな私でも人に襲われるなんてあるの!?

 そんなことを思う間もなく腕を掴まれ引き寄せられる。その唐突さにもつれてバランスを崩し倒れるこちらの腕を更に引いて頭を胸に抱き抑えて男も一緒に転び

 「ランサー!」

 叫ぶと同時に彼が駆けてきた方からひときわ大きな風が吹く。

 そして。

 「…………あ、あれ……?」

 それ以上は、何もなかった。

 不測の事態で混乱しているのか。頭でも打って脳がハイになっているのか。いつもは薄暗い高架下がやたら明るく綺麗に見えた。日陰であるのにちかちかと眩しいくらいに。

 「驚かせてしまって大変申し訳ありません」

 「は、はい……」

 私を襲った男の人は、とてもそうとは思えないくらい優しく穏やかで本当に申し訳なさそうな声をしていた。

 「いきなりこの通り、言い訳が出来ないほど怪しい者ではありますが悪意はありません。貴方を害したい者ではありません。先日食堂で、貴方ことがどうしても気になって」

 「ええ……、」

 「マスター。それだとナンパみたい」

 「そ、そうかなあ!?」

 突如背後から聞こえた呆れた声に振り返れば40代は手前そうな茶髪の男の人がいた。多分日本人ではなさそうだけど日本語の滑らかさはまさに日本人という感じで……ハーフだろうか。

 私がぼんやりと現状を把握出来ないまま頭上では何やら会話が続いている。「一応父上伝てに報告は」とか「護符借りたし凄まじく反応してるからありがたい」とかよく分からないというか分かりたくないというか。聞かない方が身のためそうというか。

 「あの、すみません」

 「はい!」

 「ここはもう大丈夫なので貴方も大丈夫と思うのですが、何かあったら連絡をください。同じ大学なので比較的会いやすいかと思います」

 「あ、ありがとう、ございます……?」

 そう渡された名刺には同じ大学名と学部とメールアドレスと電話番号。そして『藤丸立香』という名前。

 ……そういえば、そんな名前聞いたことある気がする。

 うちの大学には貴族だか石油王だかに囲われている愛人がいるらしいとか、そういう噂話の時に。

 ならば今そこにいる男の人が噂の…………?確かに中東方面の人と言われればそうかもしれないと思えて、いや、流石に混乱しすぎだ。そんな漫画みたいな出鱈目を真に受けている方がおかしい。とにかく今日は休んだ方がいいだろう。

 そう思ってひとりで立ち上がり改めて(具体的には何のと言われたら分かっていない)礼を述べて高架下を後にする。送るとかタクシー代とかも言われたが流石に気が引けるし恐いので丁重に断って逃げた。それ以上の追及はなくて安心した。

 

 それ以降、そのふたりには会っていないし名刺もどこかにしまって失くしてしまった。しばらくはたまに思い出すこともあったけれど、やがてそれもなくなってしまい、そうして彼女の気に留める必要もないちょっとした愚痴話は日々の中で完全消失したのであった。

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