ヘクトールとぐだ男の短編まとめ3   作:なまきいろ

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好奇心は魂を歪ませる

 ヘクトールがカルデアの廊下でそのもこもこの完全防備の少年に会ったのはローマを越えた辺りの頃であった。

 「おやマスター。どちらかに作戦か訓練で?」

 「ちょっと外を見に行くだけだよ」

 そう言う声はどこか幼く跳ねていて瞳は野山を駆ける子犬のように輝いていた。

 この時計は昼過ぎだというのに陽も差していない吹雪の中に行きたいとはなんと物好きな。その元気さには感心すら覚える。

 なんでも話によると現最高責任者であるロマニには前から打診してみてはいたらしい。

 しかしこのカルデア以外の世界は焼けていてそれを打破出来る適性を持っているのは彼ひとりの状態なのだ。現状の深刻さを理解している者ほど精神は張り詰めている。最重要な位置に立つ彼にわざわざそんな危険な外出など許可出来るわけがない。ちょっと強めに風が吹いて飛ばされてしまったら、それで世界は終わってしまうのだから。

 ……なんて、緊迫していられるのは最初だけだ。人間そこまで長くは緊張状態を保っていられるほどの体力はない。現状が日常となってしまえば判断だって緩くなる。彼が外に出てみたいと願えば完全防備に命綱をつけて、護衛にサーヴァントのひとりでもつければまあいいでしょうくらいには緩くなってしまうのだ。そしてその護衛に選ばれたのは現段階で最大戦力となっているカルナ。これ以上ない人選だろう。カルナ自身の瞳も「任せろ」と言わんばかりに輝いている。問題ないだろう。もしかしたら山の翁も霊体化して黙ってついてきているかもしれない。

 「こんな吹雪オレの地元じゃないからさあ。一回ちゃんと見ておきたくて」

 「そういえばトロイアでもここまでの雪はなかったなあ」

 「へえ?ヘクトールも来る?」

 「それは遠慮しときますかね。オジサンの身体にあの寒さは骨身に凍みそうだ」

 「ええ?そういう歳にも見えなさそうだけどなあ」

 笑いながらも何言ってんだかと言わんばかりに彼は眉を寄せる。しかしそれ以上は誘わずに陽気に手を振り出入口へと駆けていく。問答する時間だってもったいないと駆けていく。実に子犬のようであった。

 「ヘクトールも見るかい?」

 「はい?」

 しかしまあ、こんな真っ白な闇の中を物好きなことだ。

 改めてそう思いながら窓の外を眺めるヘクトールに端末を持ったロマニが声をかける。この男を見るたびに何故だか無性に腹の奥がざわつくのだが、今はそういうものにいちいち気を向けている場合ではない。「じゃあ少しだけ」とロマニ同様へらりと笑い向けられた端末を覗き見る。

 ……やはりカメラ越しに見ても真っ白な闇は真っ白な闇だった。この状態での目視は人間には無理だろう。サーヴァントであるなら気配で見ることは十分可能であるが。カメラのほうも彼感知し「ここにいる」とは示しているのでそれで十分なのだろう。

 寒さに震えながらも彼は吹雪の中を歩き回っている。何も見えないことすら面白いと辺りをきょろきょろと見回している。黙ってそれについて歩くカルナとも時折言葉を交わし、カルナが発する炎が闇の中を一瞬揺らめいた。

 なんてことのない、本当になんてことのない光景だ。それを吸い込まれるようにヘクトールは見ていた。

 こんな吹雪の何が楽しいのやら。まあ彼の場合、元気なように振る舞って大人たちに余計な心労をかけさせまいという空元気なところもあるけれど。ただ巻き込まれただけの完全な被害者であるというのに、なんと健気な。だからこそこうして大人たちが少しでも願いを叶えさせてやりたいと甘くなっていくのだろうけれど。

 『ドクター!もういいよー!帰るー!』

 「はいはーい。それじゃあお迎えするねー」

 何もないホワイトアウトに満足したらしい。跳ねた声を伝える通信にロマニはゆるやかに言葉を返し開閉口に向かうために足を向け

 「ヘクトールも来るかい?」

 「んん?」

 お誘いがかかる。

 別にたまたまここで出会って軽く言葉を交わしただけなのだ。そこまで付き合う必要はない。

 むしろここで解散してさっさと自室に戻ったほうがいい。頭の奥で警鐘のようにそう述べている自分がいることは分かっている。そしてその警鐘が、自分にとっておそらくとても重要な警鐘であろうということも。

 分かっているはずなのに

 「それじゃあご一緒しましょうかねえ」

 あの陽気に高揚した頬が今どれほど凍っているのだろう。それでもきっと楽しそうに笑っているのだろう。それをこの目で見てみたい。一撫でだけでも確かめたい。

 そのわずかに浮かんだ好奇心の疼きの方が勝ってしまい、ゆるやかな男にゆるやかに言葉を返しその後ろにつくことにした。

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