音も温度も感触もない夢を見たのか。
音も温度も感触もない状態の夢を見たのか。
とてもとても静かな夢を見た。
地に倒れ指先ひとつ動かせぬ自分を見下ろす色も光もない瞳を、ただ自分はぼうと眺めていた。
「日本では自分が死ぬ夢はいい夢だって言われてるけど本格的な魔術の世界ではどうなの?」
「藤丸君自分が死ぬ夢見ちゃうのかー……」
定期検診の問診中に始まった雑談に彼本人はのんびりとしていたが主治医のロマニは沈痛に目を伏せる。
別段嫌な思いをしたわけではないのだけれども。あらゆる可能性を考慮しなければならない心配性が仕事な司令官は大変だなあ。他人事のように彼は思う。
「悪い気はしなかったかな。痛いとかは特になかったし。さっくり心臓一突き。いい仕事してますね」
「しかも殺される夢かー……」
ただの雑談なんだからと軽やかに語れば語るほど聞き手であるだけなはずなロマニがますます重くなっていく。やはり魔術的に良くない意味があるのだろうか。こちらまで不安になってくるが合わせて暗くなっては収拾がつかない。彼は引き続きのんびりと気楽に構えることにする。
「君の場合は体質や現状のストレスもあるからさあ」
「そういう夢でもなさそうだったけどなあ」
素人考えで簡単に言っていいものでもないのだけれども。当事者として分かる感覚もある。あれはそういう類いの夢ではなかったのだ。本当に悪い夢ではなかったのだ。
少なくとも、あの瞬間とそれを記憶している今の自分にとっては。
殺されてはいたけれど。そのまま死んでしまったのだけれども。
こぷこぷと血は流れ息をすることすらままならなかったけれど。
それでも、そんな自分を見下ろす瞳は、その人は、
「……まあ今回はいいか。検査に異常はなかったし。また変な夢を見たら教えてほしいな。今回は何でもない夢でも次はそうとも限らないしね。いつでも聞くよ」
「うん。ドクターありがとう」
でもこんなに大げさに心配されるなら話す夢は選んだ方が良さそうだ。
そう思いながら今回の定期検診は終わりと礼を述べて退室する。
「……………………なんというか変、いや、流石カルデアに呼ばれた子だなあ」
『なんだいなんだい。また厄介事かい?』
「そんなんじゃないと思うよレオナルド。今はまだね」
静寂が訪れた医務室でひとりごちるロマニにいつの間にか回線を開いていたダヴィンチが声をかければ疲れたように苦笑う。
「ただまあ、掴み所のない子だよ。いい子だけれどね」
『いいじゃないかその方が面白いさ』
「まあそうなんだけどねえ」
他人事なんだから。
今に始まったわけではない相棒のそんな素振りにロマニは苦笑いが崩せないまま雑談を重ねていった。
「よ、マスター。今まで検査とは長いねえ。何か引っかかったかい」
「検査自体は特に何もなし。大丈夫だったよヘクトール」
自室へと戻る廊下にて。パタリと出会った男、ヘクトールがにこやかに声をかけてくる。それに彼は華やぐほどに瞳を輝かせる。
なにせ彼にとって心が踊るほどの嬉しい出来事なのだ。
それがその人だと認識する暇すらなく、一瞬の影の揺らめきにすら気付くことなく心臓を貫いた人。声も出せず血にまみれて倒れる自分を静かに感情すら教えてくれない闇にまみれた瞳でこちらを見下ろし、なのに必要もないのにその最期までを看取ってくれた、音も温度も感触もない世界で甘美な時間を与えてくれた人だから。彼は頬を朱に染めんばかりの笑みを浮かべて問いに応じる。
「とてもいい夢を見たからドクターと盛り上がっていただけだよ」