「このあたりって確か雨が止まない時期あったよね。もしかして今ってそういう時期?」
『おや、藤丸君がそういうの分かってるなんて珍しい』
レイシフト先での大雨で避難した宿の中。外の様子を伺いながら問う彼にロマニは意外と目を丸める。それに彼は悪い気も起こさずに外を眺め続ける。
水路が張り巡らせて出来ている街が大雨によって歩道にまで溢れている。
サーヴァントなら問題なく歩けるかもしれないが人間である彼では難しいだろう。流れに足をもつらせて転んでしまうのはもちろん水路と歩道の境界が分からず落ちてしまう可能性も高いだろう。
とても外に出られる状態ではない。
しかしレイシフトしたからには解決せねばならない事案があるのだ。こんな雨でも外に出なくてはならない。その場合はサーヴァントに抱えられて屋根を足場に移動するのだろうか。またヘクトールの腰やら腱やら膝やらが悪くなってしまうかもしれない。悪い気はしてしまうがお互いこれも仕事だ。頑張っていこう。
そのためのGOサインはまだ出ていないからこの通り休息モードであるのだけれど。
「ムニエルさんがアーカイブの見方を教えてくれたんだ。その中にあった漫画がこの街モチーフでね、おかげでちょっとだけ知ってる」
『へえ?』
「問題あった?オレがアーカイブ使うの」
『いや全然?好きなだけ好きなように使っちゃって。娯楽は大事だからねえ』
「良かった。ありがとう」
『あるデータは使ってこそだからね。…………いや、……いや、んーーーーーーーー、あれ、アーカイブの年齢制限ってどうなってたかな……』
にこやかに応対していたのも束の間。すぐさまロマニが思考の海へとひとり漕ぎ出し悩ましげに眉が寄る。
そういうの自分はあんまり気にしないんだがなあ。
とは思うものの、そういうわけにもいかないのが偉い人の大変なところだ。
「マスターもお年頃なんですからこれくらい見ておいたほうがいいですぞ」と黒髭なんかはその手の本を手渡してくることもあるわけだし。その度にブーディカたちに「いくらなんでもマスターにはまだ早い」と追い回されているけれど。
自分の前で巻き起こる自分を巡った自分が関与する隙がない騒動に毎度大人は立場によって大変だなあと思ってはいるが。大人って大変だなあ。常に何かしらの些事にまで頭を悩ませているロマニを見て改めてそう思うのである。
「大丈夫だよ。オレが読んだのは制限に引っかかるような表現は全然なかったから」
「どんな内容だったんです?」
「ん?そうだなあ」
そしてそんな様々な大人たちの立ち位置を見つつも我関せずな顔をしたヘクトールがゆるやかに問う。それに彼もゆるやかに笑い返して記憶をたどり言葉を探す。
「……今世界がこんな状態な時に読んだからってのもあるけどさ、祈りみたいな作品だったよ。あるかもしれない未来の話。遠い遠い惑星で善き人々の手によって再現された善き思い出の街の中で善き人々が善き日常を大切に生きていく。そんな優しくて暖かな、眩しい物語」
「そいつはいい世界ですなあ」
「うん。全部が終わったら皆で行きたいなって思ったくらい」
全部が終わったら召還された皆は座に戻り即席でやってきただけの自分はカルデアとの縁も切れてしまうのは分かっているけれど。けれど、この短い期間だけでも命をかけた皆とそうして守った世界を見たいと思ってしまう。何の憂いも気兼ねもなく歩けるのは、間違いなく楽しいものであろうから。
それが叶わないのなら……、せめてイリアスを持っていきたい。今目の前で雨音と共に話を聞いてくれている男を見ながらそう思う。
遺影と共に旅をしているみたいで湿っぽくて嫌だな。とも思わなくもない。イリアスにいるヘクトールと今ここにいるヘクトールは別人であることは理解している。実際読んでみてたまに違和感で首を傾げてしまうこともあるけれど(それでも自分が見ていない、見せてもらえていないヘクトールの一面なのだろうと飲み込めてはいるけれど)。でも、それでも、一緒に行きたいと、携えて行きたいと思った。
自分が自分の道を歩き続けられた灯火であってくれたような気さえしてくる人の大元が宿る本と共に。
それはやはり寂しいけれど楽しみでもある。
何もかもが燃えた世界の先にあってほしいと願い目指す穏やかな水面。そのきらめきと共にあれる未来は、やはり素敵なものであろうと。曇天の中で前すら見えない雨の中で祈るように思ってしまうのだ。