たくさんの恨み辛みが流れ集まる場所が人里離れた山の中にあったのです。
偶然にも偶然にその地に聖杯が現れ恨み辛みを全て吸ってしまったのです。
聖杯によって魔力を帯びた恨み辛みが地にこぼれ染み込んでしまいました。
そして恨み辛みは人とも獣とも言えぬ形を得て増えて、じわりじわりと溢れて膨れて人里への道までやってきてしまいそうになっていました。
そして
「面倒ね。爆発するわ」
「うえっ!?」
剣舞を奮う姿も幾ばくか。掃討量の手間さに早々に忍耐の限界がやってきた虞美人の魔力がプチりと高まる。
しかも彼女の爆発というのは凝縮した魔力を放出するタイプでもアイテムを用いるものでもない。
「待ってぱいせん!もうちょっと!もうちょっと何か対策考えるからもうちょっとだけ!」
「だからそれが面倒だって言ってるのよ」
「ぱいせんーーーーーー!!」
彼女の爆発の壮絶さをよく知る彼がすぐさま止めてももう遅い。彼女は高まる魔力そのままに敵陣の中へと突っ切っていく。そんな彼女を追いかけようと涙目で青ざめた彼を隣に控えたヘクトールがすぐさま抱えて退散する。
そしてヘクトールが彼と共に近くの小川に降り立った時、彼女が己の内部で凝縮させた魔力を爆発させて紅の雨がザッと降り落ちてきた。
『……いや、うん。まあ……。そういうつもりは確かにあったんだよ。聖杯の魔力で染み付いた呪念を虞美人の爆散で上書きするっていうのはね。藤丸君が嫌がるだろうから……、あくまで最後の最後の最後の手段としてね?』
「へえ……」
まさか本人がほぼ初手で打ってくるとは。そう言いたげな沈痛な通信の声に彼は生返事だけをとりあえず発する。落ち着いたら何か感情が湧いてくるかもしれないが、今は何かを感じる余裕すらない。漠然とした重量のある空白が胸を占めるばかりだ。
相も変わらずそれは精神衛生によろしくない光景なのだろう。ヘクトールのマントによって包まれて視界が遮られマントに落ちる音と感触だけでそれを感じ取る。そしてそれを見せたくないというヘクトールの優しさも。
しかし
「そこまでしなくても大丈夫だよ」
平気ではないのも確かだけれども。
何が目の前に飛び出してこようとも足を止めない訓練はしてきたし出来ているとも一応だけど思っている。その瞬間にあるはずだった感情を吐き出すのはカルデアに、部屋に戻ってからだと身に染みている、はずだ。
だからそこまで守りにはいらなくても。と述べてみるも彼を抱えるヘクトールの指にわずかに力が入っただけだった。
「オジサンが見せたくないの」
たとえそれが同じ戦場を駆ける者への不敬であったとしても。愚弄であったとしても。英雄たちは微々たる措置であろうとこうして出来る限り彼の心が決定的に歪まぬようにと心を砕く。ヘクトールに限った話ではない。
分かっている。分かっているだけど、今は苦々しく告げられるヘクトールの言葉が彼の胸にストンと届き沁みる。
ああ本当に、優しい人だ。
こんな状況でなければ心がとろけきって形を保てなくなってしまいそうだった。
「人が仕事してる時にいちゃついてるんじゃないわよ。ったく、」
「ぱいせん!」
聞こえた不機嫌極まる言葉に弾かれすぐさまマントを剥ぎ取り赤い川に足を浸す。川の小石につまずく肉片に目もくれずに彼女に駆け寄る。
……大地に身を染ませてるせいだろうか。サイズが一回りは違う気がするが、とりあえず元気そうで何よりだ。
「ここじゃまだ浅いみたいね。大元はもっと奥みたい。私で抑えられてる間にさっさと行くわよ」
「了解。ヘクトール」
「はいはい。了解ですよ」
簡素なやり取りにヘクトールもまたマントが浴びた血肉を払って歩き出す。
そしてしばらく、再び忍耐が切れた虞美人に彼が悲鳴を上げヘクトールがすぐさま彼を抱えて退散したのはすぐ後のこと。