レムとノンレムの狭間でゆるりと彼は微睡みに揺られている。
心地よくもありながら感じるはずのない肌寒さも感じている。だがそれを探す気になるほど意識は浮上しておらず、強く布団を引き寄せて再び揺蕩う意識を沈めてしまおうとした時
「────────」
穏やかな波に乗るように穏やかな歌が聞こえた気がした。
「────────」
その歌を追うように意識を浮き上がらせる。
ぼんやりと世界を認識していけば隣にいるはずの人はやはりいない。しかしもう少し視界を広げれば、机に向かうヘクトールがいた。
頼もしく大きな手と指で器用に葉巻を作る姿を見るのははじめてではない。その指が繊細で柔らかい動きをすることはよく知っている。しかし何度見ても見飽きることのない光景だと思う。何度だって見惚れてしまう。最近流行りの曲を少しばかり調子っぱずれながらも低く落ち着いた声で口ずさむ姿を彼はぼんやりと眺め
「ヘクトールがそういう歌歌うの、意外」
「んー?」
消え入りそうなほど小さくこぼされた言葉は夜の深い部屋にはよく響いた。それにヘクトールは目を向けずにゆるく返す。
「最近ラジオでもテレビでもこの歌ばっかでねえ。覚えちゃった」
「うん。自分でも知ってるくらい流れてる」
ついでに友人たちもこの間カラオケで歌っていた記憶が新しい。かなり音程もリズムも難しい曲のようで彼らも大変苦労していた。「人間が歌っていい曲じゃない」と悲鳴のようなギブアップ宣言が出るほどに。
なのでヘクトールが調子っぱずれなのもヘクトールが特別音痴だからというわけではない。誰にというわけではなく彼は強く内心で擁護する。
そんな彼の思いなど知るわけなくヘクトールはのんびり話を続ける。
「でもオジサンは今流行りの矢継ぎ早な歌はあんまり好かないなあ。もっとゆっくり聴けるやつのほうがいい。たとえば最近聴いたのだと」
そう言いながら口ずさむ歌は彼の耳にも馴染みのある曲だった。最近よくある懐メロ系番組では必ずと言っていいほど流れる定番中の定番だ。彼としても懐メロという認識であれどいい曲であるという認識もある。確か年代は……、彼の父や母が青春を謳歌している時代あたりの曲ではないだろうか。
今のところヘクトールは自分ではなく自分の父や母とのほうが歳が近いわけだし。納得のチョイスと言われれば納得のチョイスである。
そう思ったら笑いがこぼれヘクトールは「なあに」とわずかに彼に目を向ける。
「なんていうか、らしいなあって」
「だからいつも言ってるだろ?」
葉巻を作る手を止めて穏やかに、それでいて少し呆れたように、でも少し嬉しそうに。
「オジサンだって」
彼に身体を向けて改めてそう告げた。