マスターである彼が自室に備蓄する菓子類を自分ひとりで食べることはほとんどない。
あれはマスターに相談事にやってくるサーヴァントたちに振る舞い、少しでも気を和らいでもらうために用意しているものだから。
だから補充のカゴを食堂に持ってくるのは誰かの来訪後になるわけなのだが
「今回は随分たくさん食べられたね」
「ノッブたちとお菓子パーティーしたからね。根こそぎごっそりすっからかん」
まあ相談事に限らずそういう気楽な来訪にも使われることももちろんある。
今回はメンバーがメンバーだけにお菓子パーティーというよりどんちゃん騒ぎの宴会状態であった。あまりにもテンションがヒートアップしすぎて最後の煎餅一枚を巡って危うく時空がぐだぐだに跳ぶ寸前にまでなった。
当事者たちは後に口を揃える。「あの時以蔵が吐かなければ本能寺どころじゃなかった」と。
しかしそのような事案も長くカルデアに滞在していれば茶飯事という空気になりやすく
「そいつはお疲れ様でしたなあ。はいこれオジサンの非常用お菓子。皆で食べてくれたまえよ」
「お、おう……、ありがとう……」
自分が関わっていなければ全て他人事。そう軽やかに笑われながらヘクトールが(どこから取り出したのか)常備袋をひっくり返して彼の持つカゴを山にしていく。運んでいる間にこぼさなければいいけれど……。
「……………………んん……」
「まだ何か」
そして急に、何かを言い淀むように唸る彼にヘクトールは首を傾げるように問えば、彼も首を傾げたそうに言う。
「ヘクトールもたまには遊びに来なよ」
「おっとぉ?」
「お酒以外だったら大体あるよ」
「……そうだなあ」
その誘い自体は大変ありがたいのだけど。この上なく魅惑的ではあるのだけど。互いの関係上ヘクトールが彼の部屋にまで足を運んで彼を占領するのは流石に我慢がならない者も多いだろう。とは彼も重々分かっていると思うのだが。分かっていての申請とおもうのだが。
困ったように頬を掻き、
「今日は日が悪いから……、まあ、また今度な」
「……うん。いつでも待ってるよ」
ひらひらと断りを入れて去っていく背を見送る。
その足音が完全に消えてから彼は大きめに一息吐き
「『今度』なんだよなあ」
自分たちはそうでなくてはならないと、重々理解はしているのだけど。やはり寂しさはあるもので。仕方がないのだけれども。とてもとても個人的な、しょうもないわがままなのだけれども。訪れない『今度』がひどく悲しい。
ひとりごちて肩を落とし、菓子を落とさぬように自室へ戻る。
そしてその一連を黙と眺めていたカウンター向こうのキッチン担当たちもまた、消沈する彼の気配が完全に消えた後に深い深い息をひとつずつ重ねた。