「今シミュレーターは実にマスターに適した状態だぞ」
見回りがてらに覗いたシミュレーションルームでそうカルナに言われて半ば強制的に詰め込まれたのがついさっき。
そこで繰り広げられていたのは1対複数の模擬戦であった。
それ自体は特別珍しいことではない。いかなる戦闘にも即座に対応出来るよう、サーヴァントたちも各々志向を凝らした訓練を行っているのだから。
しかしメンバーを見れば確かに珍しい類いかもしれない。と彼も思う。
複数のほうは前衛サーヴァントに後衛サーヴァントに支援サーヴァントにと様々なメンバーが息を合わせて仕掛けてきているのに対し、1のヘクトールがなんとか捌いて流しているという状況だ。
ヘクトールも普段から腕や勘を鈍らせないように様々なメンバーと様々な形式で訓練しているのは知っていたが、今までに見たことなかった面々だ。
考えてみればヘクトールは聖杯による限界突破を施されている唯一のサーヴァントでこのカルデアでは一番の特例と言ってもいい。それがどんなものかと機会さえあれば手合わせを願いたいサーヴァントは複数いるだろう。マスターを通せば何とかなるかもとそのような申請はそこそこくるし「ヘクトールがいいならね」とその通りに話を通してもいる。そこから先はヘクトールのもちろん意思次第である。そう思えばこの状況も珍しくはあれど不思議でもない。忙しい身であるので全部引き受けるわけにもいかないのもわかる。しかしいくら重鎮で信頼が厚いヘクトールとはいえ皆からの申請を無下にし続ければ角が立って当然であるわけだし。頑張ってほしいものだ。
訓練された兵士くらいだったらヘクトールひとりでもどうにかなるだろう。しかし相手は座に名を連ねる英雄たち。今はまだおどけた態度を維持出来ているが、それもいつまで持つか……。
「クーは加勢しないの?」
「俺は休憩中。マスターが加勢しろよ」
「オレが混ざったら訓練の方向性が変わっちゃうでしょ」
それはそれでいいのかもしれないけれど。
巻き添えを食らわない位置でその光景を眺めるプロトクー・フーリンの隣に寄って声をかけるも、緩やかに笑われて微動だにしない。そして彼も似たような笑みでそれ以上動こうとはしない。
その間にもヘクトールの防戦は続く。
支援の魔術で勢いを重ねて大きく振り下ろされる大剣を寸でかわし吹き付けてくる炎と氷を着弾寸前で飛び退き相殺させる。そしてその先で待ち構えるように飛んできた斬撃も槍で止められ押し返される。
聞こえるはずのない舌打ちが重なって聞こえたきがした。
「でもいいのか?このままじゃカッコ悪く負けちまうぜ?」
「そんなことないよ」
意地悪く笑うプロトクー・フーリンに彼はひとつも動じず静かに首を振るう。
「ヘクトールはいつだってかっこいいもの」
「へえ?」
そう瞳を輝かせて語る彼であるが、本当の敗北というものがどんなものかを知りはしない。
それを知る英霊たちにどれほど座学を開いてもらおうとどれほど惨めで凄惨なものかを切に語ってもらったとしても、親身に学ぼうとしようとしても実感として知らない。誰もが真に知ってほしいとも思っていない。
だからただ幼く純真に信じるだけだ。
自分が誰より焦がれ愛しく思うその人の輝きは、そのような場面においても損なわれることはないと。
この勝負がどのような結果になろうと自分の想いは揺るぐことはないと。
そう、己の心が強く響いているのだから。
「まあまあまあまあ、ますたあったら」
「そいつは応えてやらなきゃ英雄の名が廃るよなあ」
「え、いや、ちょっと待って」
しかし周囲はそのようには受け取らない。彼の真意を分かっていようとそう受け取りはしない。
『ヘクトールならばこの程度の不利を華麗に覆して当然』という必勝の宣言であると。
それと同時に模擬戦の空気は一瞬にして戦場へと切り替わる。揺らめく戦意が一斉に燃え盛りヘクトールに注がれる。
今だって十分手一杯だというのに更に本腰を入れねばならぬのか。
助けを求めるようにプロトクー・フーリンを見てもただにこやかに「精々期待に応えてやんな」と手を振るばかり。
そして
「カルナぁ!?ちょっとシミュレーター止めて!?話違うくなってきた!カルナ!?聞いてない!?お茶淹れに行った!?カルナ!?カルナ!?カルナぁ!?」
更なる救援要請も届かない。
激化する攻勢を捌きながら情けなく声を上げじりじりと追い詰められるヘクトールの奮闘は続く。それをひたすらに眩い眼差しを向ける彼の微笑みは幸福そのものであった。