アメジストにきらめく星雲を内包したティーポットを持ってある日彼はやってきた。
先日ダヴィンチが意気揚々と解説会を開いていたのが記憶が新しい。
なんともうさんくさい話だなあ。と思ってしまったのを顔に出さずに飲み込んだつもりであるが、こちらの性格は粗方知られているのだからきっちり察知されているだろう。
それでも同じく説明会に参加していた彼はそれを持ってヘクトールの前にやってきた。
「お茶会しない?」
「……うーん、それは構いませんが」
彼が誘うならばお茶会なんていくらでも。
先に入っている予定なんかも全てキャンセルして馳せ参じてもいいくらいだ。
しかし前提がなんというか……。
緊張した面持ちの彼を前にヘクトールは困ったように頭を掻く。
「オジサンこれ以上マスターのこと好きになれませんよ?」
「……………………ぇぅ」
酷なことを言っているという自覚はある。この手の感情に上限があるというのも変な話とも思う。
そもそもそんな物に頼らなくとも自分たちはとうに。という反発もある。
それに自分たちがこれ以上に何かあったら、とりあえず保たれている平穏への懸念もある。
それが分からぬ彼でもないことも知っている。
「だが……これでヘクトールと茶会がしてみたいんだ。ふたりでどんな味や香りがするのかを確かめてみたい」
「……」
「無理に好きにならなくていいんだ。好きというのはそういうものではない。分かっている」
しかし彼は何かを求めてここに来た。踏み出したくてここに来た。
複雑な環境の中で複雑な立場に身を置き複雑なバランスの上で何とかやれていると十分に理解していても。いつだって必死に手を伸ばすのは幼くも真っ直ぐな彼なのだ。
「だがもしかしたら!もっと!もっと違う何か、何かが」
「したいことがあるんですか?」
「……ぅ」
「今のオジサンにでも頼みづらいこと?」
「それは……」
覗きこまれるように問われ瞳は惑い泳いでいく。
口にしづらいからこうして何やら怪しげなアイテムにまで頼っているというのに。彼という人もまたそういう物に頼ることを良しとするタイプではないというのに。
そもそも彼はいくらでもどこまでも求めていい人間なのだ。
それだけの権利が彼にはある。過ぎるほどに己を律してここまでよく戦ってきたと思っている。見合うだけの報酬など世界中が束になってでも支払いきれないだけの働きをしている。望んだものを望んだように差し出すのが彼というマスターに喚ばれた自分というサーヴァントであり、自分という個人の喜びであるのだ。躊躇う道理などどこにもない。
おかしく考えすぎたと反省を胸に息を吐き気分を変える。
難しいことを考える必要はない。自分と彼はただ新しく入ったお茶がどんなものかと試飲会をするだけ。その時間を楽しめばいいだけなのだ。それだけのことを咎める筋合いまでは誰にもありはしないのだ。
「そんじゃあオジサンは茶菓子の用意をしてきましょう。そんで飲むならちゃんといい場所いい席で。こんなしみったれた倉庫部屋でなくてね」
「……………………うん」
その気楽に落とされた言葉に、死にそうなまでに狼狽した顔がわずかに和らぎ安心したかのような息がこぼれた。