シチーと海行って遊びたい人生だった……。
夏合宿。
トゥインクルシリーズの頂点を目指すウマ娘にとって重要過ぎるイベント。練習は量も質も普段と段違いで夏を制する者がシリーズを制するって言っても過言じゃないぐらい。
アタシは絶対に合宿には参加したくてトレーナーとマネジになんとか予定を調整してもらって参加している。
参加出来て本当に嬉しかったし来た時は気分も上がってたけど……
「シチーさぁ機嫌悪すぎじゃね?」
「……別に」
今の気分は最悪。隣にいるジョーダンにも分かるぐらい不機嫌なんだから相当悪そうに見えるんでしょ。
別に練習に不満があるわけじゃない。練習自体はむしろ好調で自己ベストまで叩き出している。
だから不満はないんだけど……
「トレーナーさん!私の練習も見てくれませんか?」
「あっズルい!私も!」
「いや私の方が先だって!」
「あははは、困ったな」
“アタシの”トレーナーが“他の”ウマ娘に囲まれてヘラヘラしていた。
彼女たちは専属契約はまだだけど実力がそれなりにあるという理由で合宿に選ばれたメンバーだ。そんな彼女たちに練習を見てもらいたいって思われるのは、まぁアタシとしても鼻が高いし今は休憩中だからアイツが何やってても文句はない。ないんだけどさぁ。
「『アタシの男に手ぇ出すな』って言えばいいだけじゃね?」
「おい、変なアフレコすんな。それにそんなこと思ってないから」
「だったらすごい形相であっち睨むのやめろし。あたしはともかく周りの子たちがビビってるから」
睨んではない。
ただアイツが嬉しそうなヘラヘラした顔をしてるのがムカつくだけ。あの娘たちに変な事でもしないか気になるし。
ま、アイツがチヤホヤされるなんて今この瞬間だけで次の休憩時間にはなかったみたいに扱われるだけでしょ。
そう思うと少しだけ笑えてイライラも収まる。今だけ、今だけ我慢すれば良いんだからと。
って思ってたのに
「トレーナーさん私の練習を見てもらっても良いですか」
「トレーナーさん個人的な相談があるので夜お時間いただいてもよろしいでしょうか」
「この水着どうですか?学校指定のじゃなくて最近流行りのやつを着てみたんですけど」
次の日も次の日も次の日も色々な娘が入れ代わり立ち代わりでトレーナーの休憩時間に練習を見て欲しいとせがんでくる。
それを断るような奴じゃないから雪だるま式にアイツを囲む娘の数が増えた。それに練習だけじゃなくて個人的な話や遊びに付き合えとせがむ娘も出て来てしまって収集がつかない。
おかげでアタシはここ1週間、トレーナーとトレーニング以外ではまともに口をきいていなかった。
トレーニング中は全力で取り組んでくれているんだから何も言えなくは……ない!
トレーニング後のケアだってトレーナーの役目のはずでしょ。それなのにアイツときたら他の娘の世話ばっかりで……。
いっそのこと文句を言ってやろうか。他の娘の前で睨みながら1回ちゃんと言ってやれば良いだけの話だ。
勢い良く立ち上がって今も他の子の面倒を見てるバカに喝を入れてやろうとするけど
「……やっぱやめとこ」
言おうとする直前になって足が竦んで何も言う気がしなくなった。もう何回もこれを繰り返してる。
だってアイツはただ純粋に目の前のウマ娘の一助になればと思ってアドバイスしてるだけで……。それに囲むようにしてるあの子たちだって純粋に速くなりたいからトレーナーから助言を貰おうと必死になだけなんだ。
そう思うとむしろ不純なのはアタシだ。
アイツが他の女と楽しそうに話しているところを見ると無性にムカついた。あのヘラヘラした顔に思いっきりドロップキックをお見舞いしたいぐらいに。
そんな自分が醜くて大嫌いだけど、どうすることも出来なくて。
ただ、ため息をついたんだ。
結局、それからも状況が変わることはなかった。強いて言うならトレーナーを囲む子たちの数が増えなくなったぐらい。まぁ減りもしてないんだけど。
それを休憩中に木陰から眺めるっていう最高にフラストレーションが溜まる状況で気分は最低最悪だった。
ただ、こんなこと誰にも相談できないし。だって『アタシのトレーナーが自由時間に他の女の相手をしてるのが嫌』なんて恋焦がれる乙女って感じでアタシらしくない。
そんな袋小路に悩んでいるときだった。
「今日、花火いかね?」
突然のジョーダンからの誘い。
どうやらヘリオスさんが手持ち花火を持ってきたみたいで一緒にどう?とのことだった。正直、気乗りはしないし疲れてるから断るつもりだったけど。『空にぶちかます』とか色々不穏な単語が聞こえてきてアタシはすぐに行くと返答した。
この2人だけで花火やらせるとどんな事故に繋がるか分からない。絶対に監督する人が必要だ。
「んじゃ、シチーのトレーナーにも誘っといて、よろー」
「は?なんでトレーナー?」
「ウチら生徒だけで火遊びできるわけないっしょ。最低でも1人大人を付けろってのが花火をやる最低条件らしくてさ。んで、あたしとヘリオスのトレーナーは今夜は用事あって無理だから残るのはシチーんとこのトレーナーだけってわけ」
「アタシのトレーナーだって」
「どうせヒマっしょ」
確かに今夜は暇だったはず……。
なんでそれをジョーダンが知ってんのかは知らないけど。
アタシ的には今、トレーナーに何を言ってしまうか分からないから会いたくはない……。
どうしようかと思って隣で子どものようにはしゃぐヘリオスさんをチラリと見る。
はぁ、これ嫌って言えない流れだよね。
「……分かった。声かけるから30分後に砂浜に集合で」
30分後、トレーナーを連れたアタシはジョーダンたちと合流して花火を開始した。
花火って言っても個人で持ち込めるレベルだから大して派手ではないけどジョーダンとヘリオスさんは楽しそう。
それで隣にいるコイツは
「手持ち花火なんて学生の時以来だな」
なんて言いつつ初っ端から線香花火をずっとしてる。
アンタらしいとは思うけど初めから線香花火はズレてない?なんていつものアタシなら言うと思う。でも、あんまり話す気にならなくて
「……そう」
とだけ返す。そして、始まる沈黙。
アタシはすぐにでも逃げ出したい気持ちになった。だって思ってもないことを目の前のコイツに言ってしまいそうだったから。
今、手に持ってる花火が終わったら一度、離れよう。そう思ったときだった。
「ごめんな。シチー」
2人の花火が燃え尽きたことを合図にしたみたいにトレーナーが唐突に口を開く。
花火が終わったせいで暗くなったけど月が明るいから目の前のコイツの顔ぐらいは良く見える。
でも、目を合わせないようにして、
「ごめんって何が?」
トレーナーが何について謝ってんのかぐらい鈍感じゃないから分かる。むしろ悪いことはしてないんだし勝手に機嫌を悪くしたアタシが元凶なのは間違いない。
ただ、一言。ごめんって言えば済むのにアタシはとぼけた。
トレーナーを困らせてやりたかったってのもあるしコイツの口から何でも良いから言い訳を聞きたかったんだ。
「最近、君のことをちゃんと見れてなかっただろ?」
「トレーニングはしっかりつけてくれてんじゃん。調子だって良いし」
「トレーニング中はな。ただ、それ以外の時間を疎かにしてしまっていた」
「……なにそれ?」
ここ最近、アタシがずっと思ってたけど言い出さなかったことをコイツは知っていたかのように口に出した。
『他の女のことばっかり気にして良い身分だよね』って言いそうになった口を慌てて閉じる。
「少し様子がおかしいことには気が付いていたんだが走りの調子は良かったし指摘するほどでもないかと思ってたんだ」
気付けばあれだけ騒がしかったジョーダンとヘリオスさんはどこかに消えてしまって聞こえてくるのは波の音とトレーナーの声だけになっていた。
「それで、どうして今頃になってアタシの調子とか聞く気になったわけ?」
「今朝、ジョーダンに怒られてな。シチーの調子が崩れていることが分かってるなら話をしろ!ゲキオコだ!って、それでシチーと2人で静かに話せる場所はないかって聞いたら今回のことを提案してくれたんだ」
だからアイツ、トレーナーが暇なのを知ってたのか。それで2人きりにさせるためにヘリオスさんを連れて合宿所に戻ったってことね。
いつもは無神経なのに本当に落ち込んだ時は気を回してくれるジョーダンとそれに付き合ってくれたヘリオスさんに感謝の念を抱きながらもトレーナーには怒りを覚えるっていうすごく器用なことをアタシはしていた。
プラスの感情とマイナスの感情がごちゃ混ぜになってアタシの心の中はグチャグチャだ。
「……じゃあさ、アンタはジョーダンに何も言われなかったら何もしなかったわけだ」
だってそうでしょ。自分で気が付いていたならアタシに声をかければ良かったじゃん。
どうしたんだ?大丈夫か?シチーって、いつもの調子でさ。
いつものアンタなら絶対そうしてた。
「あーそうだよね。だってアンタ他のウマ娘の教育に熱心だったもんね」
「それは「まだアタシが話してんだけど?」」
ジロリとトレーナーを睨みつける。
言いたいことは山のようにあるんだ。アンタに発言権があるわけない。
「アタシの目の前でさぁ。見せつけるみたいにイチャイチャイチャイチャ!……どういうつもりなわけ?」
勝手に言葉があふれる口とマグマみたいに熱くなった感情とは裏腹にアタシの頭の中は意外にも冷静だった。
無茶苦茶なこと言ってるなーとか絶対あとで後悔するなーとか思ってはいるけど止まらないし止められない。
いや、ウソ。止めたくないってのが本当の所。
「そりゃこんな面倒臭いウマ娘を相手にするより契約前の素直で可愛らしい子の方が良いよね!」
「……シチー」
「そんなことないって言いたいんだろうけどさ。実際、アタシの様子がおかしいことは気づいてたのに声かけなかったのも事実だろ!」
あーほんと最悪。
まるで今のアタシは痴話喧嘩で彼氏に縋ってる女みたいだ。
『どうしてアタシだけを見ないの?他の娘なんて見ないで!』って駄々をこねる面倒臭い奴。
こんなアタシなんか見たくなかったしトレーナーにも見せたくなかった。
自分への情けなさとか自己嫌悪とかで胸が一杯になって柄にもなく泣きそうにもなって言葉を詰まらせたアタシに変わるようにトレーナーは静かに口を開いた。
「……そうだな。あれやこれや理由をつけていてもシチーのことを見過ごしてたことには変わりない。それもワザとだ」
こんなアタシの言葉を真に受けてコイツはしゅんとした顔で謝る。
トレーナーもトレーナーだ。
こんな奴の契約なんてさっさと解除して、それこそ砂浜で指導してたあの素直そうな娘たちと契約してしまったら絶対に楽になるのに。
きっとアタシは面倒臭い。きっと学園の中でもとびきりの面倒臭く扱い辛い性格難のウマ娘。それがアタシだ。
別にそんな自分を卑下するつもりなんてないし誇ってもいる。でも、こんな面倒なウマ娘トレーナーは毎回、懲りずに付き合ってくれる。
だから期待してしまう。
「君以外のウマ娘に頼られることが少し嬉しかったんだ」
それってどういう?
「シチーはこれまでいくつかの重賞にも勝ってきたし今だってトゥインクルシリーズの頂点を取るんじゃないかって期待もされてる」
確かにそれは言う通りだ。
重賞勝利もだけどシリーズの優勝候補としてこれまで雑誌の取材を受けたことも1度や2度じゃない。でも、それが今の理由とはどう関係が。
「トレーナーとして少し自信がなくなってたんだ。君は才能もあって努力家だ。僕も全力でサポートしているつもりだけど時々、僕以外でも同じ結果いやそれ以上の結果を残せたんじゃないか、僕はいらないんじゃないかって」
月明かりに照らされたトレーナーの顔はいつもの暑苦しい顔とは違う不安そうで今にも壊れてしまいそうな表情で。契約してから初めて見る表情だった。
結局のところトレーナーも調子を崩してんだ。
アタシと同じ、いやもっと酷く心の調子を。だから、いつもなら声をかけるところでかけてこなかってこと。
頼りになるから忘れがちだけどコイツはまだトレーナーとしてはドがつく新人でアタシが初めての担当だ。それでいて熱血でまっすぐで鈍感で。
他のトレーナーに任せた方が良い成績を残せたんじゃないかってくだらないことで悩んで。挙句の果てには頼られるからってホイホイ契約前の子たちの指導をして分かりやすく結果が出たからって嬉しくなって舞い上がる。
あー、本当に!
「アンタさ、ばっっっかじゃねーの?」
アンタの考えが理解できたからこそ大声で否定してやる。
「アンタは本当にアタシ1人で今の成績が残せたと思ってんの?」
「だってそうだろ。君だからこそ残せた結果だ」
「本気でそう思ってんのなら本物のバカだ。アンタは」
伏せるトレーナーの顔を掴んで無理矢理、こちらを向けさせる。
「アタシ1人でもアンタ以外でもこんな成績残せなかった!」
アンタはアタシが少しでも落ち込んでるとすぐ気が付いて声をかけてくれる。足に少し違和感があるって言ったら担いで病院まで連れて行ってくれる。2時間待ちが当たり前のスイーツを食べたいって独り言を呟いたら次の日には用意してくれる。こんな面倒臭い奴に嫌な顔1つせず付き合ってくれる。
全部、全部全部全部!アンタのおかげ!アンタがいなかったらアタシは何にも残せないまま終わってた。
「アタシのトレーナーの悪口を言う奴は誰であろうと許さない!それがアンタ自身だろうと!アタシは!ゴールドシチーっていうウマ娘は!アンタがいるから走れるんだ!アンタ以外じゃダメなんだ!」
トレーナーがいない生活なんて今ではもう考えられない。
アンタがいるからどんだけ挫けそうになっても負けそうになっても頑張ろうって諦めるもんかって思えるんだ。
「アンタは最高のトレーナーだ!他の誰がなんて言おうとアタシが認める!だからッ自信がないなんて言うな!」
瞳に涙を貯めたトレーナーが口を開きかけたから人差し指でそっと口を閉じさせる。きっと思いのままに話させたら核弾頭級の恥ずかしいことを口走るに決まってる。
もういい。トレーナーが話したいことは話したしアタシが言いたかったことも全て言い切った。
気が付いたら心の中にあったモヤモヤもいつの間にか吹っ飛んでいった。
悩む必要なんてない。なかったんだ。
コイツが他の女に目が向きそうっていうのなら嫌ってぐらいアタシっていうウマ娘を見せつけて今まで以上に夢中にさせてやれば良いだけ。
簡単な話じゃん。
だから
「アンタが最高だってことをアタシが証明してやる。だから……アタシから目を離すなよ」
翌日
アタシはトレーナーの手を握り締めて砂浜をズンズンと歩く。
今日は休養日で1日フリーになってるから服装もいつもの学校指定のものじゃなくて水着の上に大きめのTシャツって感じのラフな格好。
昼は海水浴、夕方には祭り、夜からは肝試しとイベントは盛り沢山だ。
「あ、あの!トレーナーさん!」
歩いていたら栗毛の幼さを少し残したウマ娘がアタシのトレーナーに声をかけてきた。この娘は確か……水着を見せに来た子だ。
この子とトレーナーの間に立って一言。
「ごめん。今日一日コイツはアタシとの先約があるから」
とだけ告げた。
暫く歩き続けたら目的地、ジョーダンに教えてもらった穴場。滅多に人が来ないっていう場所に辿り着いた。
向かう途中で好奇の視線は浴びたけどまぁ大丈夫でしょ。
穴場っていうだけあって人がいないし海は綺麗だし最高の環境には違いなかった。
そこでアタシはおもむろにTシャツを脱ぎ捨てた。
中に着ていたのは学校指定の水着ってわけはなく一応用意していた水着。体のラインがもろに分かる黒いビキニ。
着るつもりなんてなかったけど暴走したこととアンタの不調に気付けなかったアタシからのお詫びの気持ちだ。
だってアンタ、こういう姿のアタシが好きでしょ?
「そ、それでシチーなんでこんな所まで?夕方の祭りまでは砂浜で遊ぶんだよな」
少し不安そうなトレーナーに無言で近づく。
昨日、感情的になってせいで有耶無耶になったけどコイツのせいでアタシが少―し落ち込んだのは事実なわけで。
アタシにもお詫びしてもらわないといけないでしょ。
大丈夫。なにかしてもらいたいってことじゃない少し痕を残したいだけ。
他の誰から見ても一目で分かるようなそんな痕。
「動くなよ」
だから、痕が残る強く、でも怪我をしないように優しくアタシはアンタの首筋に嚙みついたんだ。