ゴールドシチーが罪悪感持ちながらトレーナーにキスタップでメッセージを送るのが気持ちよくなって癖になって、でも最終的にバレて拗れて仲直りするどころか仲が進展する話です。
曇ってるシチーは美しい。自滅して曇ってるシチーはもっと美しい。
キスタップが学園で大流行した。
キスタップってのは名前の通りスマホの画面をキスでタップするって意味。メッセージアプリだったり写真だったりに唇でタップするのがワケわかんないほど流行している。
目の前のジョーダンだって
「あーっ!恥ずかしっ!やらせんなし!」
「誰もやれなんて言ってねーわ」
ミーハーなジョーダンがやらないわけなかった。ていうか見てるこっちが恥ずかしくなってくるし。
「そもそも、なんでそんなんが流行ってるわけ?」
「さぁ?開運のおまじない?ってことで流行ってたらしいけど今じゃ憧れの先輩とか好きピに対してキスタップでメッセージ送ると気持ちが伝わるって」
「アンタ、まさか……」
「あたしは違うし!流行ってっしノリで?みたいな」
知ってたけど。やる前も友達に送るって言ってたし。
それにしても……と、アタシは周りを見渡す。
一応、隠れてやってはいるつもりらしいけどあちらこちらで顔を赤くしてやってる子が大勢いる。
ピンク色な雰囲気で包まれた学園でアタシは一人、ため息をこぼした。
「シチー、キスタップって知ってるか?」
「は?アンタも?」
キスタップが大流行した数日後にトレーナーに突然こんなことを言われた。数日でこんな流行は廃れると思ってたのにまさか逆に広がるなんて予想つくわけない。
ついに流行に疎そうなアンタまで……。ってアタシに送ったりとかしてないよね。
「いや、俺はしてないんだけど最近、若い娘の間だと流行ってるじゃないか。シチーもやってるのかなって気になって」
「そんなことするわけないでしょ。てか、そういう相手はまだいないし」
「へー、まぁそういうことをする相手が出来たらコッソリ教えてくれると有難い。ほら、シチーって有名人だから問題が起きないようにマネージャーさんと色々対策考えないといけないからさ」
「……分かった」
……実はやったことある。それもトレーナーに。
やったのは1回だけって言いたいけどもう数えきれないぐらいやってた。メッセージアプリで送信するときは毎回やってるし通話に応答するときなんかも……。
正直、キモイから周りに誰もいないことを確かめてからやってる。てか見られたら死ぬ。
これだけでもヤバいのにもっとヤバいのはキスタップが癖になってきてるってこと。ついこの前まではしなくても我慢できたのに今だとやらないと物足りないっていうかトレーナーにちゃんと伝わってないって感じる。
「それにしても妙なことが流行ったよな」
「妙ってキスタップが?」
「ああ、想い人なんかに気持ちを伝えたいときにやるんだよな?俺だったらそんなことせずに直接伝えてしまった方が早いんじゃないかって思ってしまってな」
「あ?」
さすがに今のは頭きた。それはデリカシーないんじゃないの?
アタシ、じゃなくてキスタップをやってる子たちのことをトレーナーは何一つ考えてない。一言いってやんないと気が済まないし!
「アンタさ。キスタップする子たちのこと考えたことあるの?」
「い、いやないが」
「皆が皆、アンタみたいに能天気で素直なんかじゃないんだよ。素直に言えなくて!それを文字にもできなくて!でも伝えたいからキスでタップするって方法で気持ちを乗せてるんだ!」
思わず語気が強くなってトレーナーは驚いた顔をしてっけど気にしてやんない。
「悪かったよシチー。まさかその行為にそこまで意味が込められていたなんて考えもしなかったんだ」
「どうだか。そう言ってアタシがやったらキモがるんじゃないの?」
「まさか、シチーにそこまで想われているなら、それはすごく幸せなことだと思うし気持ち悪いなんて思ったりしないぞ」
言えっこない。
毎回、アンタ宛にメッセージ送るときにキスタップしてんだって。
そんなことないって分かってっけど万が一にでもアンタに気持ち悪いって思われたらアタシは……。
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癖がひどくなった。
これまではメッセージとか通話のときだけだったのに今では……
「……トレーナー」
スマホの画面に映るアイツを見つめながらアタシはおもむろにキスをする。
これが毎朝、毎晩そしてレース前のアタシの習慣になってた。
もうキス“タップ”じゃなくて、ただのキスになってる。
誰かに見つかる前に止めよう。これで最後だって自分に毎回言い聞かせてる。でも中毒性の高い薬みたいに歯止めが効かなくなった。
それほどキスをしたときの多幸感がとてつもなく大きかったんだ。
それにキスをした時のレースはいつも快調で、この前なんて6番人気だったG1レースをぶっちぎってやった。
だから……
「キスタップって『好き』って言いながらやると効果が倍増するんだって!」
こんなこと聞きたくなかった。
すれ違った子が話してた内容が偶然、聞こえただけ。こんなことやっても意味ないってことぐらい分かってる。
でも、熱が出たんじゃないかと思うぐらいぼんやりした頭のアタシには止めようがなかった。
その日の夜、同室の子が寝たのを確認してからアタシは布団にくるまってスマホを開いた。そして、アプリからトレーナーの写真を拡大する。
使う写真はお気に入り。アイツが寝落ちした瞬間を撮影したやつだ。
これからやろうとしてることへのドキドキとイケないことをしている罪悪感で頭がおかしくなりそうだった。
「……これは……レースに勝つためだから……」
って言い訳して正当化する。
写真の中のアイツに顔が近づくほどに胸が張り裂けそうなぐらい鼓動が強くなってアタシはたまらず目を閉じる。
スマホが発する熱がまるで体温みたいでトレーナーが近くにいるみたいでアタシは
「トレーナー。す、す、……好き!」
キスをした。
頭の中が爆発したみたいな衝撃とG1を制した時に感じた時に似た幸福感でアタシはどうにかなってしまうんじゃないかって思った。
いや、どうにかなっちゃってるんだと思う。
「好き、好き、好き……!」
無機質なアイツに愛の言葉を囁いてキスをするだけで際限なくアタシは幸せになってった。
これが違う写真を使ったらどうなるんだろ。
違う味のアイスを選ぶみたいに次々に写真を変える。次は初めて撮った写真。今度はレースで初勝利した時の写真。その次は……。
写真をとっかえひっかえしている内にアタシは寝落ちしてしまっていた。
それから毎晩のように同じことをやってるから当然というかアタシは寝不足になっていった。仮眠をとったりしてモデルとトレーニングだけには支障が出ないようにはしてたけど正直、このままだとヤバい。でも、アタシは1度だって我慢できない体になってたんだ。
だからかもしれない。見つかるようなヘマをしたのは。
「トレーナー、好き」
トレーナー室でアタシは写真の中のトレーナーにキスをする。
アイツは今、用事でどっかに行ってるから大丈夫。聞き耳も立ててるし。バレるヘマなんて絶対しない。
それよりももう1度……。
「好き……好き……好き……」
何回も何回も画面にキスを落とす。
頭が甘く痺れて気持ち良くなってアタシは完全にのめりこんでいた。
……だから、トレーナーが戻って来る音に気が付かなかったんだ。
「好き、す「ただいまー。なにやってんだ?」っ!?トレーナー!!」
きっとトレーナーが見たのはアタシが何回も好きって言いながらスマホとキスする異様な場面。それだけなら、いやそれでもアウトなんだけど、それだけじゃなくてアタシは慌てたせいでスマホを床に落とした。
それが面白いくらいに滑ってトレーナーの足元で止まる。
「シチーこれって……俺か?」
終わった。完全に終わった。
画面に表示されてるのはトレーナーの顔。その顔にべったりついてるリップの跡。
決定的な証拠ってやつを見せたんだ。
絶対に失望される。もう走って逃げだしたい。
でもアタシは足が竦んで動けなかった。
きっとキモイって言われる。そんで契約も切られる。
仕方ないよね。いくら担当とはいえ、こんなキモイことやったんだし。
「ほら、シチー落としたぞ」
「え?」
だから、トレーナーが普通にスマホをアタシに渡してきて混乱したんだ。
もしかして、気が付いてない?そこまで鈍いの?奇跡が起こって見られてない?
偶然にしろワザとにしろ見逃してくれてんだから乗っかれば良いのにアタシは真偽が気になって確かめずにはいられなかった。
「アンタ、今の見てなかったの?」
「あー、いや見たというか見ちゃったな。すまないトレーナー室とはいえノックはするべきだった」
許してくれと続けるトレーナー。
この曖昧な反応。絶対に気が付いてるけど気にしてないっていうスタンスだ。
そこでアタシは「良かった」じゃなくて「どうして」と考えてしまった。
どうして気にしてないの?アタシはどうでもいい存在なの?って
「……どうして?」
「なんか言ったか?」
「どうしてって言ったんだよ!こんなキモイことやってんだから罵ればいいじゃん!」
完全な逆ギレ。
自分で最低な行為をした上に相手が見て見ぬふりをしてくれたらキレるメンドくさい奴。それが今のアタシだった。
「お、落ち着いてくれシチー」
「うっさい!罵る必要もないぐらいアタシのことはどうでもいいってか!ざっけんな!」
自分への情けなさとかやるせなさとかトレーナーへの気持ちが溢れて自分でも何言ってるか分からない。
プラスの感情もなければマイナスの感情もない反応は、ただのトレーナーと担当バの関係だって言われてるみたいで悲しかった。
「どうでもいいわけないだろ。俺は君のトレーナーだぞ」
「だったら!だったら、なんで何も言わないんだよ……」
急に足に力が込められなくなってその場に座り込む。
「……なんか言ってよ。キモイとかでもいいから。何か……反応してよ……」
「……シチー」
ゆっくり近づいてくるトレーナーの足音が聞こえてアタシはギュッと目を閉じる。罵倒でもいいから反応して欲しいって思ったのは確かだけど、それでも拒否されるのは怖い。特にトレーナーだけには拒否されたくなかった。
でも、そんなのは勝手なアタシの願いだ。
これから否定されて拒否されて捨てられる。さよならトレーナー。
「シチー、俺は君のことを罵ったりしないよ」
大きな手がアタシの頭を撫でる。
ゆっくり、ゆっくり。ガラス細工を扱うような繊細さでトレーナーはアタシを撫で続けた。
「さっきはすまない。あまりにもシチーがいつもと違う表情をしていたから驚いてしまっただけなんだ」
「……失望したっしょ?」
祈るようにトレーナーの顔を見る。
そしたら、いつもの、いやいつも以上に暖かく笑ってるアイツがいた。
「失望なんかするもんか。それよりも想像以上にシチーに良く思われてたみたいで安心したよ。いつも暑苦しいとか鬱陶しいとか言われてたから嫌われることはないにしても良くは思われていないのかなと」
嫌うワケねーだろ。
こんなメンドウなアタシをウザがらずにいつも真正面から相手してくれるトレーナーが嫌いなワケない。
お人形だったアタシを空っぽだったアタシを支えてくれたアンタを嫌うワケない!
好き。大好き。これ以上ないってくらい好き。世界で一番好き。でも、言葉にしたらアンタがどこかに消えちゃいそうで怖い。
でも、素直にならないと一回ぐらい。こんな時ぐらい。
……素直になりたい。
「トレーナー。嫌だったら押しのけて引っ叩いて良いから」
「っ!?」
アタシはトレーナーにキスをした。
唇を相手の唇に押し付けるロマンもへったくれもないキス。
これがアタシのファーストキスなんて笑える。ファーストキスってもっとロマンチックなもんだって思ってた。
これでアンタがアタシを拒否するなら、きっぱりと諦めるつもり。アンタの優しさに甘えるのはおしまい。
1秒、2秒、3秒。
いくら待っても押しのけられることはなくて代わりにアタシを変わらず撫でるトレーナーの手があった。
唇を押し付けてだいたい10秒も経ったんじゃないかって時にさすがに息が苦しくなってきてアタシは離れる。
目の前にいるトレーナーはいつも通り笑顔だったけど耳が真っ赤になってた。心なしか目も泳いでる。
「……なんか言えよ」
「なんかって言ってもな。えーと、ありがとうござっむぐっ!?」
困り顔で笑うのがムカついたからキスをして黙らせた。
今度はさっきよりも長く。さすがに息苦しくなったのか後ろに下がろうとするトレーナーの頭をグッと掴む。
逃がしてやんない。
画面の向こうにいるアンタにキスするよりも100倍幸せ。きっとアタシの人生最高の日は今日なんだ。
キスをして苦しくなったら顔を離して息を整えたらキスをする。これを何度も繰り返した。
アンタが変に洒落たことを言おうとしたからキスをした。
いつもの暑苦しい顔が鬱陶しいからキスをした。
アタシを撫でる手が止まったからキスをした。
ただ、したかったからキスをした。
「はぁーはぁーはぁー。シ、シチーちょっと待ってくれ。さすがに息がも、もうもたなくて」
どれぐらい時間が経ったんだろうか。
この騒動が始まった時は外が明るかったのに今はもう真っ暗だ。電気も点いてないから部屋は暗くてトレーナーぐらいしか視認できない。
夢中になってて気が付かなかったんだけどアタシがトレーナーにウマ乗りの姿勢でキスしてた。
まぁそんなことはどうでもいい。それよりももう1回。
「ちょちょちょストップ!さすがにストップだ!シチー!」
「……嫌なの?」
「嫌じゃない。嫌じゃないんだがもう3時間以上も続けてるし落ち着いて話さないか?ほら、門限だってあるだろ?」
門限なんてどうでもいい今はアンタと一緒にいたい。1秒だって離れたくない。
そう言おうと思ってたのに上手く口が動かなくなった。どうもアタシは行動でなら素直になれるけど口はそうはいかないみたい。
でも、やっぱり離れたくもないから無言の抵抗で体重をかけてみたりしたけどスルリと抜けられた。
少し寂しい。
「それで落ち着いたってことでいいんだよな」
「……まぁ」
トレーナーの体温を感じたくて手を握る。
なんか言いたそうだったけど強く握ってやったら黙った。
「もう本当に今更なんだが、そういうことで良いんだよな。好意的な、好き的な?」
「……それ以外なにがあんだよ。アンタこそ良いの?」
「好きでもない奴と3時間以上もこんなことすると思うか?」
嫌われてないとは思ってたけど明確に好意を持たれてるなんて思ってもみなかった。てか好きなら好きって早く言えば良くない?早く言ってくれたらここまで拗れることもってアタシも言えなかったんだから同じか。
アンタも言い出すのが怖かったんだ。拒否されんのが怖くて何も言えなかった。今思うとキスタップしてんのかって聞いてきたのも、もしかしたらカレシがいるのか探ってたのかもしれない。
スマホにキスしてたアタシと同じぐらいトレーナーもキモくて笑った。
なんだアタシたち似た者同士だったんじゃんか
「ねぇトレーナー」
「ど、どうした?」
「キスは絶対1日1回。あとレース前にもすること。デートは毎週、必ず1回はするから。あ、今週末アンタの服見に行くから予定空けといて」
「え、え?」
アタシがやりたくてもやれなかったことを指折り数えながら口に出す。
トレーナーは案外、押しに弱いって知ったから。ここで強引に約束しとけばアンタは折れるでしょ?
「服見繕ったらマネジに一緒に報告すっから。ま、マネジもアンタのこと認めてるっぽいから大丈夫っしょ」
ウソ。絶対、大騒ぎになる。
でも、報告してしまえばアンタは絶対にアタシから逃げられなくなる。だからやるんだ。あ、学園にも報告がいるよね。
ま、色々これから大変だろうけどアンタに一言これだけは言わせて。
「トレーナー!大好き!」