これまで散々シチー曇らせてきましたけど反省して今回は薄め!おめでとうシチー!
始まりはトレーナーの首筋に痣があることに気が付いたことだった。
次のレースに向けてどのようにトレーニングをしていくかを相談しているときにふと首筋を見たら赤くて虫刺されみたいになってる部分を見つけた。
「首、怪我してない?」
「怪我か?別に痛い所なんてないんだが」
首を指差して教えるけど見当違いな場所ばっか探るからじれったくなってアタシはトレーナーの首、怪我の部分を指で撫でる。
「シチー、くすぐったいよ」
「我慢して」
酷い怪我じゃなさそうだけど内出血を起こしてるっぽい。
ま、本人が痛そうにしてないのなら別に大丈夫か。ただ、自覚症状がなくてもヤバい病気って可能性があるから一応、写真だけは撮っておいた。
「ってことがあったんだけど」
「へーシチーんとこのトレーナーがねぇ」
翌日、互いのトレーナーの話になった時に痣のことを思い出して話題に出した。結局、どこかでぶつけた?とかだったらしくて何ともなかったから良いんだけど。
「これ、そん時の写真なんだけどアイツもおっちょこちょいっていうか」
トレーナーは自分のことは無頓着な所があるし、こっちだって心配するからもう少ししっかりして欲しいんだけど。
ま、今の所はアタシが注意して見てやれてるし大丈夫か。
それにしてもジョーダンの奴、画像を覗き込んで一体、なにが
「これ、キスマークじゃね?」
「え゛」
キス……マーク?
キスマークってあの?
男女がするっていう……?
「ないないないない!アイツに限ってそんな」
だってトレーナーはアタシしか見てないし!服だってダサいし!暑苦しいし!
きっと彼女なんか今までいたことない!
とにかく、ぜっっっったいに勘違い。
「え?シチー知らんの?トレセンのトレーナーって結構モテるはずじゃん」
そんなアタシの考えを打ち破るようにジョーダンは当然だろとモテる要素を指折り数えていく。
「まずトレセンのトレーナーって時点でエリート。給料もそれなりに良いはずだから、それだけで狙う女がいてもおかしくはないっしょ」
確かに使う暇がないから貯金がえげつない速度で貯まっていくとか言ってたことがあったかもしれないけど。
いや、でも金目当ての女にトレーナーが靡くはずが……
「それにシチーんとこのトレーナー。顔もそんな悪くないし性格もシチーと組めるぐらいだから良いに決まってっし」
「……アタシと組める時点でって、おい!」
「冗談!冗談だって!でも性格も良いってのは認めるっしょ?」
トレーナーは良いヤツだと……思う。
アタシがどんだけ拗ねたって嫌な顔一つしないで付き合ってくれるし素直で紳士で優しくて……。
顔だってイケてるわけじゃないし性格に似て暑っ苦しい顔だけど正直アタシは嫌いじゃなかった。
「いや……でも……」
「ま、確かに信じられないって気持ちも分かるし、そっちのトレーナーが浮ついた話がなさそうだなんてことも分かってるケド他の女に取られる前にどうにかするべきなんじゃね?ってのは言いたいの」
ジョーダンと別れてアタシはキスマークについてネットで検索をかけながらジョーダンの最後の言葉を反芻する。
トレーナーが女と付き合うことなんて一度も考えたことなんてなかった。だって、いつもアタシ中心に物事を考えてるし忙しすぎてそんな時間なんてないって……。でもアイツはアタシとは違って大人だ。それこそキスマークを付けてくるような仲の女がいても可笑しくないし文句を言う権利はない。
「でも……」
文句を言いたくなってしまう。
今までアタシに目を奪われてきた癖に。
本人は気づかれてないと思ってるかもしれないケド勝負服を着たアタシの太ももをチラチラ見ていることなんて視線でとっくに気が付いてる。
アイツは、トレーナーは公私共にアタシのことが好きすぎる熱血野郎だと思ってた。
だから、彼女なんているはずないって、アイツが好きなのはアタシなんだって思っていたのに。
「はぁ」
スマホの画面に表示されるキスマークの画像がアイツの首筋についていたものと酷似していてアタシはため息を吐いた。
そして、ある一つの想いがアタシを支配する。
彼女がいたならどうして教えてくれなかったの?って。少なくともアタシは隠し事なんか一つもしていないし、これからもするつもりはない。
でもアイツは……。
それに彼女がいるって知ってたらアタシだって……。
「ああ!もう!」
頬を思いっきり叩いて暗い考えを追い出す。
とにかく聞いてみないことには始まらない。あの痣が本当に怪我の場合だってあるし!
_______________
「シチーどうした?今日はトレーニング休みだぞ」
「ん、ちょっとね」
今日は休みの予定だったからアイツの疑問は最もだ。
アタシは誤魔化すようにソファに勢い良く座って目の前にある雑誌に手を伸ばした。
視線を遮る盾のように雑誌を持ってチラリとトレーナーを見る。
資料を読みこむアイツの首元には絆創膏が付けられていて痣は見えない。
「あのさ」
「どうした?」
「アタシに隠し事してない?」
どうせ馬鹿正直に「彼女いる?」なんて聞いてもはぐらかせられるだろうから遠回りに聞いてみる。
「隠し事?……隠し事かぁ」
「そ、あるでしょ。怒らないから言ってみ」
ま、どうせ彼女なんかいなくて早とちりでした、みたいなオチだろうけど一応、一応ね。
でも、
「もしかしてバレてたのか……?」
期待を裏切るみたいにトレーナーの顔は赤く染まっていた。
幸せそうに頬を掻く姿を見て思わず手に持っていた雑誌を落とす。
「……いつから?」
「なんか言ったか?よく聞こえなかったが」
「いつからかって聞いてんの!」
ビクッとトレーナーは肩を震わして慌ててカレンダーを見る。
「えーと、1週間前の日曜だな」
「1週間前!?」
そんな最近なの!?付き合い始めたのが!?
いや、確かにその日はオフでトレーナーにも会ってないから彼女作ってたとしても分からないケド。
祝福するべき……なんだよね。
ウマ娘ていうかアタシだけにしか興味なさそうなアンタが他の女に興味を持つどころか付き合うまでいくんだから……。
でも、アタシの心の中に浮かんだのは祝福とは別の黒いモヤモヤしたなにか。人として絶対に持っちゃいけない感情。
アタシは取り乱すどころか冷静になっていた。冷静にその女とアタシの差を知ろうとしていたんだ。
「それでどんな奴なの?」
「どんな奴?……ああ、可愛い子だよ。耳も尻尾も触り心地良くてさ。よく俺に甘えてくるんだ」
「……ふーん」
耳と尻尾。
アタシと同じウマ娘か。
そんな娘の気配なんて今まで微塵も感じなかった。てか、どこの娘?トレセンの子?
ま、いいや。
トレーナーのことで負ける気なんてしない。
「甘えるのは良いと思うんだけどさ。そういうのは良くないんじゃない。アンタも迷惑してるっしょ」
首の、ちょうどキスマークがある場所を指差す。
「ああ、痣な。直接というか間接的?あの子が要因なのは間違いないんだが。それにしてもよく分かったな」
「分かるよ。同じ女なんだし」
「……女?いや、確かにそうか」
それにしても付き合いたての彼氏にキスマーク、それもよく見える首筋につけるなんて独占欲の強いヤツ。ああ、でも若い娘が沢山いる学園に勤めてるってなら多少心配にはなるだろうケド。それでもキスマークはやりすぎだ。
トレーナーに迷惑って分からないの?
「それで、その子のどこが良かったの?」
「うーん、そうだな。さっき言ったみたいに甘えてくるところも可愛いんだけど俺が他の人と仲良くしてると嫉妬して甘噛みしてくるところとかも可愛らしいって思うな」
……なにそれ。
自分の独占欲を満たすためにキスマークを付けるだけじゃなくて彼氏が他人と仲良くするだけで噛んでくるって……。
完っ全に面倒臭い女だ!
トレーナー、アンタその女にいいように縛られてるだけじゃん。
アタシが目を覚まさせないと。
「今まで話を聞いてた感じだとアンタたちって相性悪いって思うよ」
「そうかな。俺としては良い関係を構築できてるって思うんだが」
「それはアンタの目が曇ってるだけ。そういう関係って長続きしないしアンタにとってもその娘にとっても良くないよ」
今すぐにでも束縛女から解放しないと絶対にアンタは不幸になる!
もっと身近にアンタのことを一番に考えてくれて尽くしてくれる子がいるんだよ……。ちょっと面倒臭いかもしれないケド。
「このままグダグダし続けてたら一生抜け出せなくなるじゃん。1週間ならまだ取り返しつくって!」
「シチーの話を聞いてたら甘やかすだけじゃダメなんだって思えてきたな。次から厳しくするよ」
ああ!もう分かってない!
アンタは絶対に厳しくなんてできない。
いつも相手のためってばかりで自分に降りかかる不都合は無視するんだ。現に今だって束縛されてるって気づいてない。
それにアンタは押しにも弱い。最初は嫌がっても押し続けたら必ず折れるから。
絶対に別れないとダメ!
言葉で分からせられないんだったら力づくでも!
「それだけじゃダメ。一度、別れて距離置いたほうが良いよ。言い辛いんだったらアタシが一緒に言ってあげるからさ」
「別れてって言っても俺の実家に住んでるからなぁ」
「は?」
実家!?
え、なに!もうそこまで話が進んでるわけ!?
付き合って1週間でご両親に顔合わせまで済ませてんの!?
「それってアンタの両親も認めてるってこと?」
両親も丸め込むようなヤバい奴ならトレーナーを連れてどこかに逃げるしかないじゃん。一生逃げるのは……無理だから頭を冷ますまで。
その間は仕事とかレースから一旦、離れることになるだろうから大変だろうけど。これもアンタのため。
アンタのためならなんだってやってやる!
「認めるもなにも飼いたいって言って飼い始めたの親だしな」
「そう……両親が……ん?」
飼う?今、飼うって言った?
いやトレーナーの趣味ってならアタシだって……。いや待て。
趣味がバグってるっていうか。え?マジ?
「あっ良かったら写真見るか?」
「見せて!!」
「お、おう」
色んな意味でどんな女か気になってトレーナーを押しのけてスマホを受け取る。
そこにいたのは……
「……犬?」
「そうそう!ダックスフンドの女の子!実家で飼い始めたんだよ!子犬だからって甘やかしてたんだがシチーの言う通り今度から厳しく躾けるようにするよ」
写真には子犬を抱きかかえて満面の笑みのトレーナーがいた。
この写真は後で貰うとして……。
「アンタ……」
「それにしてもシチーが犬派だったとは意外だな。てっきり猫派だと」
「紛らわしいんだよッ!」
マジでなんなの!?
こっちが心配してやったってのに!そっちはヘラヘラしながら犬の話してたってワケ!?
てか、アタシが深刻な顔してんだから途中で気が付けッ!
いや、ならキスマークは
「そのキスマークは!?犬につけられたってありえないっしょ!」
「キスマーク?ないない!遊んでる時にぶつけたんだよ。だから間接的にって」
言ってた。
確かに言ってた。
「……はは、あはははは」
早とちりって知って嬉しいやら安心したやらで情けなく笑いながらペタリとその場に座り込んだ。
慌てたトレーナーがこっちに駆け込んでくる。
「どうした!?大丈夫か!」
痛いところがないか?とか熱はないか?とか色々聞いてくれるけど、これ全部アンタが紛らわしいことしたせいだからね。
そもそも、そんな絶妙な場所に痣ってできるもんなの?
なんか考え出すとイライラしてきた。
「シチー急に立ち上がってどうした?」
そもそも他の女にキスマークを付けられたって心配してるほうが間違い。
守りに入るなんてアタシらしくない。
攻めて、攻めて、攻めるのがアタシ、ゴールドシチーだ。
「ちょ!?シチー無言は怖いから。無言でにじり寄られるのは本気で怖いから!」
今の所、アンタに女の気配なんて一つもないけどジョーダンが言ったみたいにどっかで変な女に引っかかるなんてこともありえるから。
トレーナーを壁際まで追いやって逃げ道を塞ぐようにして壁に手をやる、いわゆる壁ドンってヤツ。
ま、身長はあっちのほうが高いから恰好はつかないんだけどね。
アンタのために特別な印をつけてあげる。
変な虫がつかないように。
コイツはアタシのだっていう特別な……。
「シチー!?顔を近づけてどうし、あッ」
翌日から毎日のように現れるトレーナーの首筋の痣を見るゴールドシチーは満足げだったが瞳は仄かに濁っていたらしい。