シチーはウエディングドレスどれ着ても似合いそうですけど個人的にはミニドレスがよく似合うと勝手に妄想。ていうかガチャで実装して欲しい来年に期待します。
「シチー、あなたやっぱり表情が硬すぎるわよ」
モデルの仕事の帰り道、アタシはマネジから延々と小言を受けていた。
それはしょうがない。
だって……
「ブライダルモデルなんて……」
季節は6月。ジメジメとした嫌な空気が肌にまとわりつくこの季節。梅雨が始まる嫌な時期だけど花嫁にとっては幸せの季節だ。
ジューンブライトっていう6月に結婚すると一生、幸せになれるっていうヨーロッパに古く伝わる伝承がある。
当然、この季節になるとブライダルモデルの仕事が増えるんだけど、まさかアタシに仕事が回ってくるなんて……。それも1回だけって話じゃない。何故かブライダルの仕事が増えてる。
「何事も経験よ。まだまだトップモデルは遠いんだから」
「分かってるって」
トレーナーと担当契約をしてから3年。トゥインクルシリーズだけじゃなくて重賞もいくつか制覇したアタシは知名度が大きくなってモデルの仕事も大幅に増えた。
レース自体は落ち着いてることもあってマネジが張り切りまくって仕事をあれもこれも取ってくる。
最低限のトレーニングは出来てるし不満はないんだけど。
「……ふぅ」
「拗ねないの。来週もブライダルの仕事があるけど私も考えてるから安心しなさい」
別に拗ねてなんてない。
これまでモデルの仕事をこなしてきて自信過剰になってたわけじゃなかったけど上手くやれてる自信があった。
それもこれも……
「アンタのせいだ。バカ」
ここにはいないアイツの姿を思い浮かべる。
ブライダルってことはアタシだけじゃなくて相手役つまり花婿もいるわけで。花婿役のモデルに隣に立たれると忌避感?ていうか嫌悪感でもないんだけど嫌な感じ、後ろめたい感じがしてしまう。
相手の人が嫌ってわけじゃない。でも、隣に立たれるとアイツの姿が頭に浮かんだ後、ズキンと胸が痛くなる。
マネジの考えてることが当たれば良いんだけど……。
「そういえばこの前出てた雑誌買ったぞ!」
「あっそう」
翌日、トレーナー室で雑誌を広げてここが良かったあそこが良かったってアタシのモデル姿を見て褒めちぎるアンタの姿を見て雑に返事をする。
別にぞんざいに扱ってるんじゃなくていつものことで慣れたからだ。
毎回、それこそ小さな記事でもアタシが載った雑誌は全部買い漁って自分が良かったと思う点をつらつらと述べる。
鬱陶しいけどファンの言葉を聞くの大切なことだしね。
「ただ、ここの表情が硬い、のか?素人考えなんだが」
「ん?どれが?」
だから、心配そうに指摘されたのは初めてだったからどの雑誌か気になった。
トレーナーが開いてる雑誌を横から覗き込む。
「ああ、これか……」
例のブライダルモデルの雑誌だった。ていうか女性向けの結婚情報雑誌なんだけど買ったのか。
この雑誌を持ちながら列に並ぶトレーナーの姿を思い浮かべて少し笑った。
「フフッ、それにしてもアタシの表情が硬いなんてよく分かったね」
アタシはモデルとしてはクールな感じしか求められてこなかったから上手くいった時もそうでない時も表情自体にそんな差はない。それこそ業界に携わってるプロなんかは一瞬で分かるけどトレーナーみたいな素人には全く分からないレベルの違いのはずだ。だからこそ写真にOKが出たわけだし。
「そりゃ分かるだろ。シチーのこと毎日よく見てんだから」
「ッ!?バカ!」
ほんっとにっこの男は!
真面目な顔してこっちまで恥ずかしくなるようなことを急に言い出すから気が抜けない。
普段は全く言わないところが余計に質が悪い。
「……細かいとこばっか気付くんだから」
一般の読者の中でアタシの表情が硬いなんて分かったのはコイツだけだろうけど素人に見抜かれるほど仕事が上手くいってないってことだ。
はぁぁ、これがもしかしてスランプってやつ?
モデルの仕事でもレース……はトレーナーと組んでからだけど、ずっと上手くいってたからスランプなんてものは経験したことがない。
マネジの案で今週末のブライダルモデルの仕事は上手くいけばいいんだけど……。
ま、一応コイツにもアドバイスを求めてみてもいっか。
そう思って聞こうとしたらちょうどトレーナーのスマホのベルが鳴る。
「はい、あっマネージャーさん!お久しぶりです」
どうやらマネジからの電話だったみたいでアタシの方をチラチラ見ながら話してる。大方、今週末のスケジュールを一応、再確認してるってとこでしょ。
ただ、その後も妙に長電話が続いた。
トレーナーも『いや』とか『でも』とか断りを入れるような話し方だ。出走するレースは来月までなかったし、トレーニング予定も調整済みなんだけど、どうしたんだろ?
なんか問題でもあったかと思ってトレーナーの顔を見ていたら、それから10分後ぐらいで青い顔をしてアタシを縋るような目で見つめてきた。
「なんかあった?」
「今週に予定されてるブライダルモデルの花婿で俺も出ろって……。どうしようシチー」
マネジの妙案が炸裂した瞬間だった。
「な、なぁシチー。変なとこないかな?」
「だから大丈夫だって。心配すんな」
週末、トレーナーの車で撮影現場まで来たアタシたちは迎えに来るマネジを待っていた。
トレーナーはあれからもモデルなんてやったことないし出来ないってゴネてたんだけど最終的にマネジが学園まで来て説得をやったおかげ?で渋々、今日の撮影に参加することになった。
いつもの堂々とした姿からは想像できない程、狼狽えててちょっとウケる。
「二人ともお待たせ!」
やっとマネジが来て軽く挨拶をした後、衣装合わせのために連れて行かれるトレーナーは助けてくれとでも言うように潤んだ瞳でこっちを見てくるから『大丈夫だって』って意味を込めて手を振った。
今回は、いやアイツもわざわざ来てるんだから今回こそはしっかりと完璧にきめなきゃダメでしょ。
とりあえずアタシも準備に行かなきゃ。
1時間後、ウエディングドレスを着たアタシはトレーナーより先に現場に戻って来た。今日のドレスはミニドレスで一般的に思い描くみたいなウエディングドレスと違って丈が短いから歩きやすい。
てか、女のアタシより時間かかるって何か問題でもあったんだろうか。
「シチー、もうすぐトレーナーさん来るからソワソワしないの。あなたらしくもない」
いつの間にかマネジがアタシの後ろに立ってた。
「……してないっつーの」
「さっきからずっとキョロキョロしてるじゃない。楽しみなのは分かるけどね」
「変な勘ぐりはやめろって!」
「勘ぐりねぇ。あっ来たわよ」
マネジに言われて部屋の入り口を凝視する。別にアイツが気になるとかじゃなくってカチコチになった姿を笑ってやりたいだけ。
入り口からスタッフさんに先導されてやってきたトレーナーは
「ど、どうかな?シチー」
初め誰に声をかけられたか分からなかった。
白いタキシード姿に髪はオールバックにして、メイクさんに軽く整えてもらった目の前の男は間違いなくアタシのトレーナーなんだけど。
認めたくない。認めたくないけど……見とれてしまった。
「シチー?」
「ほらシチー!トレーナーさんが呼んでるわよ」
マネジに肩を揺すられてようやく現実世界に戻って来たアタシはわざとらしく咳払いをする。
「ま、いいんじゃない。アンタにしては似合ってんじゃん」
「顔を赤くして言うセリフじゃないわね」
「マネジ!!」
「はいはい」
余計なこと言うなっての。
それにしてもトレーナーがここまで見違えるなんて思ってなかった。別に普段がだらしないってワケじゃないしアタシが選んでやった服もよく着てるから洒落てるとは思う。
ただ、非日常っての?いつもと違うアイツを見て思いのほかアタシの鼓動は高まった。
とりあえず、手元にあったスマホで写真を撮る。20枚ぐらい。
「……私が出会った頃と比べて本当に変わったわよね。色々な意味で」
「文句ある?」
「ないわよ。変わってきてからはモデルとしても一皮むけたからね。さぁ!そろそろ撮影よ。トレーナーさんも心の準備はよろしいですか?」
「は、はい!!足を引っ張らぬよう気を付けます!」
「あはは、そんなに緊張しなくてもシチー中心の撮影で身長差もあるのでトレーナーさんの顔はほとんど映らないと思うので安心して下さい」
トレーナーの顔も映せばいいのに……。
仕事だから表情がカチコチになってるトレーナーを映したくないんだろうけどコイツはやる時はやる男なんだ。少し時間さえあげれば大丈夫。
アタシと一緒にレース後のインタビューとかを受けてることもあってファンには顔が知られてるだろうし話題性もあるから絶対に良い。ていうか、コイツの参加が決まってからマネジにそう伝えた。
話題性っていう部分では賛同してもらえたけど色々勘ぐりされるだろうから止めときなさいって言われてとりあえず引き下がった。とりあえず、今はね。
それから……
意外にも撮影は順調だった。
いつもなら表情もっと柔らかくとか言われるんだけど今日はそんなこともない。
隣にこれまで硬かった元凶がいるわけだけど……。
アタシの心中はこれまでと違って穏やかだった。心地良くていつもの仕事以上にやりやすい。こんなことなら毎回、トレーナーを現場に呼べば良かった。
対して、トレーナーは
「あは、あははは」
色々とバグって今は笑いながら撮影されてる。
カメラマンさんからの注文もアタシに、というよりもトレーナーに対してのものが多い。それをロボットみたいな動きでこないしていく姿を見て何度、笑いそうになったか。それでも素人なのによくやってるとは思う。
「それでは休憩でーす」
適当なところで休憩が入る。
トレーナーはフラフラとと椅子に向かうと座り込む。普段の撮影と比べるとハードさは大したことない。でもアイツはここが初めてだし、きっと精神的にも辛いんだ。
アタシはペットボトルのお茶を持って行ってトレーナーの目の前に置いた。
「ほら飲んどきなよ。夏本番ってわけじゃないけど気温も高いし油断してたら熱中症になるからさ」
「ありがとう」
ペットボトルを受け取るとトレーナーは一気に半分以上、飲み干した。
やっぱり喉も乾いてたんだ。
「それにしてもシチーはすごいな。改めてそう思ったよ」
「なにがすごいって?」
「撮影がここまで大変だとは思ってなかったんだ。プレッシャーがすごいというか、レースとは別の緊張感があるんだな」
そんなことか、と思った。
正直に言ってトレーナーはよくやってる部類だと思う。アタシのときなんて最初の撮影はトレーナー以上にガッチガチだったし。
それに初めての撮影ってだけじゃなくて、それ以上にアタシやマネジに迷惑をかけたくないって思いがあって余計に気疲れしてるんだ。
別にそんな素振りは少しも見せないけどそれぐらい組んでるアタシには分かる。
ここは少し話題でも変えて気でも紛らわせるか。
「そういえばアンタって結婚願望ってあんの?」
ブライダルモデルの撮影なんだから雑談の話題にはもってこいだろ。別にアタシが気になってるとかはない。断じてない。
「結婚願望なぁ。ないって言ったらウソになるけど」
「もしかして、あんまりないって感じ?」
「いやないわけではないんだぞ。ただ、仕事が仕事だしなぁ。出会いはないし結婚しても理解のある人じゃなかったら無理だろ」
納得の理由だった。
出会いがないのは言わずもがな。例え結婚できたとしても日夜、徹夜するような仕事をして家には帰ってこないし若い女の子に囲まれてるしで奥さんとしては気が気じゃないと思う。
だったら
「理解がある人を選べば良いじゃん」
「理解がある人なんてそう簡単に見つかるか?」
いるだろ近くに。なんて言えるわけない。
だから言葉を濁して
「それだったらほらレースを経験したウマ娘なんか良いんじゃない?」
これが素面で言えるアタシの精一杯。
理解があってレース経験もいるようなウマ娘で親しい奴なんてアタシ以外いないだろうが。
「確かにな。あぁでもレース経験したウマ娘なんて先輩に紹介してもらうしかないんじゃないか?」
いや、ほんとにね。
ちゃんと言わないアタシも悪いけど普通、察しない?
てか、紹介してもらうってアタシ以外のウマ娘狙うってこと?ありえないんですけど。
「……そんなことするなんて誠意に欠けるんじゃない?やめときなよ」
「だよなぁ。真剣にレースに取り組んでいる彼女たちにナンパみたいな目的で声をかけるなんてトレーナーの風上にも置けない奴だしなぁ」
「……バカ」
だ!か!ら!
一番、身近に条件当てはまるウマ娘がいるだろ!
……落ち着け。そもそもリラックスさせるために話しかけたのにアタシが勝手に熱くなったらダメじゃんか。
「でも……」
トレーナーが口を開いた
「もし、そんな相手がいるならきっとシチーみたいな人なんだろうな」
「……えっ?」
コイツ、今なんて言った。
結婚するならアタシって?いや、そこまでは言ってないか。
でも、それに近しい。プロポーズみたいな……。
「あっ違うぞ!これは言葉の綾で!ほ、ほらシチーってレースだけじゃなくてモデル業もやってるから理解あるだろうしな!」
「そ、そうだよね。あははは。はぁぁ」
このヘタレ!でも、アタシもアタシでヘタレだ。
ここで逃がさない強さがあれば。
……嘆いてもしょうがないか。追及してやりたい気持ちを抑えつつ撮影再開を告げるスタッフさんに従ってアタシたちはカメラの前に立つ。
それからは意外にもトレーナーは緊張が解けたみたいで順調に撮影をこなしていった。
長いように感じた撮影も終わりに近づき最後に所謂、愛の誓いをしているような恰好で写真を撮ることになった。
写真を撮るための“ごっこ遊び”みたいなものだから牧師さんはいないしキスも勿論しない。
交換する指輪は雑誌で押しているブランドのものだ。
「トレーナーさん、ちょっと表情が硬いですね。リラックスしましょう」
カメラマンさんから指示が飛ぶ。
まーた表情硬くなってんの?さっきまでは調子良かったじゃん。
見上げると確かにトレーナーの表情が硬い、ていうか赤い。
もしかして照れてんの?アタシと結婚するところ想像でもして恥ずかしくなったとか?
「ふーん」
心の中で入っちゃいけないスイッチが押された音がした。
このまま普通にしてれば無事に撮影を終えられたのに本当にバカだよねアンタは。
今度は逃がしてやんないから。
「アンタ、また緊張してんの?」
誰にも聞かれないギリギリの声で話しかける。
「仕方ないだろ。撮影だって言ったってこんな本番みたいな雰囲気で」
「……はぁ仕方ない。じゃあアタシの顔だけ見てれば良いだろ」
「え?」
「ほら!しっかり見て。アタシだけに集中して。他の事なんて考えるな」
今日は仲良くしてるメイクさんに気合入れてやってもらったし、いつも以上にルックスには自信がある。
ほら、視線がアタシに固まってからは表情もちょっとは柔らかくなった。顔は赤いままだけど。
アンタはやっぱりアタシのルックスが好きなんだね。まぁアタシもアンタの顔、嫌いじゃない。
「集中したら緊張も解れてきたっしょ」
「あ、ああ」
逆に集中しすぎてて返事が曖昧になってない?
心配はしないそれどころか今のアタシにはラッキーな状況。これなら何を聞いても下手に誤魔化したりできないでしょ。
「健やかなるときも病めるときも死がふたりを分かつまでアタシと共に歩むことを誓いますか?」
今の状況に合わせたうろ覚えの牧師さんのセリフ。
普段なら言えない言葉だけど今ならスラスラと言えた。
きっとアタシもこの衣装と目の前にいる男のせいでおかしくなってるんだ。
「は、はい」
口元が緩くなることを感じながらブーケを握る手に力を込めて耐える。モデルとしてのクールなゴールドシチーを崩してはいけない。
でも、それでも嬉しくなったのは事実だった。
「ほら、アンタも」
同じ言葉の催促をする。
いつものトレーナーなら倫理がどうとか言って断るだろうけどコイツもコイツで雰囲気に飲まれてたせいで少し理性が飛んでるみたいで躊躇いなく口が開く。
「健やかなるときも病めるときも死がふたりを分かつまで俺と共に歩むことを誓いますか?」
「……はい!!」
これが本当の結婚式ならこれでアンタとアタシは晴れて夫婦。でも、これは撮影にための全部が偽物の結婚式。
ただ、アタシはそれがどうでも良くなるぐらいには舞い上がってた。
「ねぇトレーナー」
幸せは頭をバカにするって聞くけど、それが本当なんだなって実感する。
だって、
「さっき結婚したいと思った相手ってアタシでしょ?」
「……ああ」
「……目、閉じて」
偽物の結婚式で本当の誓いのキスをしたんだから。
唇から離れると目の前にはポカンとしたアンタの顔。それがなんだか可笑しくってクスリと笑いながら耳元で
「“本番”では緊張すんなよ」
って囁いたんだ。
ちなみに、その後マネジからはめっっっちゃ怒られたしアタシがトレーナーに誓いのキスをしたって話は業界どころか世間にも広く伝わったし雑誌は意味わからないぐらい売れた。