作者:ひさっち
感謝の気持ちを言葉にして伝えるのは簡単だけれども、カタチとして伝えるにはどうすれば良いだろうか?
単純な言葉だけではなく、それをカタチで表すのは考えれば意外と難しかった。
何かを購入して、プレゼントをする。そんな安直な考えもあったが、それはどこか違う気がした。現金で買えるもので感謝を伝えるのもひとつの手段ではあるが、それだと買った物の金額で気持ちを表しているような気がして、不思議と気が引けた。
何かを作ってあげるのも手だろう。しかし手作りのお弁当は、日常的に作っているので却下。たまに互いに作ってきたお弁当の交換会をして幸せな気持ちにさせてもらっている以上、自分の気持ちを伝えるには相応しくないだろう。
それでは自分は“あの人”から幸せな気持ちをもらってしまっている。今回は自分の感謝の気持ちを、あの人にカタチにして思い切り伝えたいのだ。あの人を幸せな気持ちにさせたいのに、自分も幸せになるのは少し違う気がした。
「別にそこまで気にしなくていいんじゃないかな~?」
「いえ! 私はトレーナーさんに幸せな気持ちになってもらいたいんです! 私があなたの担当ウマ娘で良かったと思ってくれるくらいに!」
「フラワーがいつも通りお昼のお弁当とか作ってあげてるだけで、十分嬉しそうな顔してるよ? あの人?」
「それだと私が嬉しくなっちゃうんです!」
「う~ん……こういう時のフラワーは頑固だねぇ」
トレセン学園内のベンチにて、セイウンスカイは隣に座るニシノフラワーに苦笑いを見せた。
トレセン学園に入学したニシノフラワーがトレーナーと契約して約一年が経った四月の春。そのある日の放課後、日頃の感謝を込めて何かをしたいと、セイウンスカイは彼女から“とある相談”を受けている真っ最中であった。
「もう一年だっけ?」
「そうですね。気づいたら一年も経っちゃいました」
「早いねぇ〜」
そのトレーナーと同じようにニシノフラワーと出会って一年の付き合いがあれば、セイウンスカイも彼女のことを友達だと公言できる関係を築いている自信はある。
そんなセイウンスカイがニシノフラワーから受けた今日の相談は、彼女が自分のトレーナーに日頃の感謝を伝えたいというモノだった。
「はい。この一年のことを思い返したら、少し辛いこともありましたけど……あの人のおかげで私、この学園の毎日がすっごく楽しいんです! トレーナーさんと一緒に居られて、今の私はすっごく幸せなウマ娘なんです!」
「それを言ってあげるだけで、あの人むせび泣くと思うよ?」
「そんなことありませんよっ! きっと伝えても私の頭を撫でてくれるだけですっ! 何故かその時に限って顔を見せてもらえないんですけど……」
「多分、フラワーに見せられない顔してるんだろうな……」
「……なにがです?」
「いや、フラワーは気にしなくてもいいことだから」
首を傾けるニシノフラワーに、セイウンスカイは誤魔化すように肩を竦めた。
どうにも嚙み合ってないウマ娘とトレーナーである。別に悪い意味ではなく、良い意味で。
セイウンスカイから見て、ニシノフラワーと彼女のトレーナーが良好な関係を築いているのは一目瞭然だった。
ニシノフラワーのトレーナーも厳しくはあれど、彼女のことを可愛がっている。まるで娘を可愛がる父親のように接している。たまに彼女の見ていないところでだらしなく頬を緩めている姿もセイウンスカイは何度か見たことがあった。
対して、ニシノフラワーもトレーナーのことを信頼し、そして懐いている。側から見れば、親を慕う子供のようにも見える。だが果たして、それが親愛という枠に収まるのかは、彼女のだけしにか分からないこと。
ともかくそのトレーナーの態度を見ていれば、ニシノフラワーが自分の担当のウマ娘で良かったと思っているに違いない。セイウンスカイがそう判断するのはとても容易だった。
しかしどうしてか、当人のニシノフラワーはそれに気づいていない様子である。
非常に疑問であった。ニシノフラワーの話をする時の彼女のトレーナーの顔と言ったら……あれはセイウンスカイが頬を引き攣らせるのに十分な表情だったというのに。
「手作りのお弁当もダメ、買ってプレゼントもダメと。うーん……というかさ、日頃の感謝ならフラワーって確かバレンタインデーの時にトレーナーに手作りのチョコあげてなかった?」
「確かに日頃の感謝の気持ちを込めてチョコは作りましたけど……それはバレンタインでしたから」
「……そういうことか、頑固だねぇ~」
稀に見ないニシノフラワーの片意地な一面を見た気がしたセイウンスカイだった。
今の返答から察するに、どうやら何かの行事で渡したものはニシノフラワー的には例外の扱いになるらしい。
余計に面倒な話である。正直、ニシノフラワーがいつもありがとうと言ってバレンタインデーにチョコを渡している時点で彼女の願望は叶っているのだ。今回、この相談の重要なところは、いかに彼女が納得できるかという点だけだろう。
「イベント事に関係なくて、フラワーが嬉しくなり過ぎずにトレーナーに感謝を伝えられて自分が納得できることか……」
「そういうことですね。何か良い案があればと」
「……そうかぁ~」
青い空が綺麗である。セイウンスカイは上を見上げて、呆けた表情を無意識に作った。
無理難題である。好きな釣りでも、ここまで釣るのが難しい魚がいれば諦めてしまうほどの難題である。
良い案が全く浮かばない。とりあえず思いついたことを言おうと安直な考えの元、セイウンスカイは口を開いた。
「ならチョコじゃないお菓子をあげるのは?」
「時々作ってるので、いつも美味しそうにトレーナーさん食べてくれるんです」
「季節違うけど、手作りのセーターとかマフラーは?」
「もうクリスマスプレゼントにあげてしまいました」
「……お弁当じゃない手料理は?」
「それもよく作ってます」
「えっと、君達さ……トレーナーとその担当ウマ娘の関係だよね?」
「え? そうですけど?」
横にいるウマ娘は、トレーナーと付き合っている彼女なのだろうか、いやもしくは妻だろうか。
頭を抱えたくなった。セイウンスカイも、流石に自分のトレーナーにそこまでのことをしたことはない。
むしろそこまでしているのにも関わらず、何が感謝を伝えたいなどと口走っているのだろうか。
もう十分である。これ以上のことを甲斐甲斐しくトレーナーにするのウマ娘もどうかとすら思いたくなった。
もう万策は尽きた。セイウンスカイはそう肩を落とすが……ふと唐突に思いついたことを適当を告げることにした。下手な鉄砲も数撃てば当たる、そんな言葉があるくらいだ。少しくらい適当なことを言っても大丈夫だろう。
「――じゃあさ、花でも送ってみたら?」
「え、お花ですか?」
意表を突かれたのか驚いているニシノフラワーだったが、そんな彼女の表情を見ることなくセイウンスカイは茫然と空を見上げて頷いていた。
「フラワーって、えっと……花言葉とか詳しいじゃん?」
「まぁ。それなりには」
「なら花束渡したりとか、専用の花壇とか作ってトレーナーに見せるとか? そういうのフラワーにしかできなさそうだし……折角ならその花壇をバックに二人で記念写真とか撮って写真立てにでも飾ってもらえば良いんじゃない?」
正直、これもどうかと思う。これくらいのことは既にこの人妻ウマ娘ならしてそうだと思いながら、セイウンスカイは出そうな溜息を堪えた。
どうせ予想通りの反応が来るだろう。しかしそう思っても横に座るニシノフラワーから一向に反応が返ってこなかった。
怪訝に思い、徐にセイウンスカイが彼女の方に向いた時だった。
「…………」
今日一番の輝いた目をニシノフラワーが見せていた。その輝く瞳をセイウンスカイに向け、彼女は満面な笑顔を作っていた。
「――すっごく良いです! それっ!」
「え……」
予想外に好印象の様子だった。意外だった反応に、セイウンスカイは素直に反応に困った。
園芸が趣味にしているニシノフラワーなら、自分の育てた花をトレーナーにあげるくらいしていると思っていた。
「トレーナーさんに伝えたい花言葉のお花で! 素敵な花壇を作って見てもらいましょう! すっごく綺麗な花壇にして、ありがとうって伝えて……写真を……!」
そう言って、ニシノフラワーが目を瞑って何かに思いを馳せる。おそらく今言ったことを、頭の中で想像しているのだろう。
何かは分からないが花で花壇を作り、それをトレーナーに見せて感謝を伝える。そして二人で写真を撮り、トレーナーの部屋に飾ってもらう。
実に少女漫画にでもありそうな話である。自分で適当に言ったことだが、柄ではないことを口にしたとセイウンスカイは後になって少し後悔した。
そういうことを考えているキャラとでも思われるのは癪である。適当に言ったことでニシノフラワーから自分を見る目が変わるのは、セイウンスカイには不服であった。
「えへへ……!」
しかしセイウンスカイの不安は虚しく、ニシノフラワーは想像の世界に夢中の様子だった。だらしなく頬を緩めて、溢れ出る感情を抑えきれないと笑みを浮かべていた。
先程まで自分も幸せになったら意味がないと言っていた言葉はどこに行ったのだろうか。
果たして、それで本当にトレーナーが喜んでくれるかは定かではない。
「まぁ、良いっか……」
だが、それを口にするのも野暮というやつだろう。
あのトレーナーなら、ニシノフラワーがしてくれることならなんでも喜ぶだろう。それが分かるくらいにはセイウンスカイも彼女とトレーナーの関係を見ているつもりである。
とりあえずは、ニシノフラワーが納得している。それだけでセイウンスカイは納得することにした。自分に面倒なことがなければ、それで良いのだから。
いつまでも笑みを浮かべるニシノフラワーを横目に、セイウンスカイは彼女を放置することを決める。そして先程から襲い掛かってきていた眠気に抗うことをやめて、ゆっくりと目を瞑ることにした。
◆
ひとつ、種を植える。
そしてまたひとつ、種を植える。
植える種に想いを馳せて、またひとつ。
「えへへ……」
ニシノフラワーが小さく笑みを浮かべて、花壇を弄っていた。
セイウンスカイから素敵な提案をもらい、思ったら吉日とすぐに彼女はその翌日から行動を開始した。
まずは花壇の準備。トレセン学園に確認して、使える花壇の確保は既に済ませた。思っていたよりも大きい花壇を使わせてもらえたことは、嬉しい誤算だった。
トレセン学園の敷地内の隅。その一角にある使われていない花壇を理事長から使っても良いとニシノフラワーは使用許可をもらっていた。
誰にも見つからない場所にある花壇の使用理由を理事長に訊かれ、素直に答えた瞬間に『許可ッ!』と即答されたのには驚いたが、問題なく許可をもらえたのだから良しとした。
「もうひとつ……!」
いそいそとニシノフラワーが種を植える。
花壇の日当たりも十分。花を育てる培養土は、トレセン学園の備品を譲り受けて使用済。準備は万全であった。
育てる花は、一晩考えてしっかりと決めていた。その花の種は比較的入手しやすく、すぐに手に入った。育てる時期は少しズレるが、今からでも問題なく咲くのは彼女も知識として知っていた。
正直、縦横十メートルの花壇の種植えは大変だったが、そんなことはニシノフラワーには些細なことだった。
「これはあの時の分……!」
種をひとつ植える度に、ニシノフラワーは思い出にふけていた。
トレーナーと出会って嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったことを思い出して、その時を振り返ると感謝しかない気持ちを込めて――彼女は種を植えていた。
最初の種には、あなたを出会ったことに対する感謝の気持ちを込めて。
二つ目の種には、厳しい練習だったが自分を強いウマ娘にしてくれたこと。
三つ目には、初めてレースに勝たせてくれた感謝の気持ち。
作ったお弁当を美味しいと食べてくれたこと。一緒にお出掛けしてくれたこと。ちょっと転んだ時に慌てて保健室に連れて行ってくれたこと。
色々な思い出が、この一年間であった。トレーナーと一緒にいて、ニシノフラワーは毎日が感謝の気持ちで一杯だった。
トレーナーと出会って、自分の学園生活は満ち足りたモノになった。それは間違いなく、トレーナーのおかげだとニシノフラワーは断言できた。
だからこそ、思い出せるトレーナーとの思い出に感謝の気持ちを込めて、彼女は種を植えた。
自分の気持ちは、こんな十メートルの花壇で収まるわけがない。その心意気で、ニシノフラワーは種を植えていた。
「えっと……これは、クリスマスの時の」
尽きることのないトレーナーとの思い出。手を止めることなく、ニシノフラワーは種を植え続けた。
そしてしばらく経って、ようやく花壇に種を植え終わった。
「ふぅ……! おわりました!」
とても良い仕事をした。まるで先日の桜花賞で優勝した時のような達成感だった。
種を植え終わった花壇を見渡して、満足そうにニシノフラワーが慎ましやかな胸を張る。近い未来に、この花壇に訪れる光景を想像するだけで胸の高鳴りが収まらなかった。
「素敵なお花に育ってくださいね! 私、応援しますからっ!」
花に声を掛けると元気に育つ。そんな話がある。
ひとつひとつの種に気持ちを込めたのだから、育たない訳はない。
そんな種の植えた花壇は、言ってしまえば自分の心そのものである。
ニシノフラワーはこの瞬間から、この花壇を自分の分身のようなモノだと認識していた。
しっかりと育て、そして綺麗な花を咲かせよう。四月末の今なら、きっと咲くのは夏になる頃だろう。
「待っててください、トレーナーさん。素敵な花壇をお見せします……えへへっ」
そう言って、ニシノフラワーはだらしなく頬を緩めた。
◆
花が育つのは時間が掛かる。
いずれは種も時間が経てば土から芽を出して、そして花を咲かせるだろう。
それがまるで自分の気持ちがカタチとなっていくようで、その成長を想像するだけで自然と頬が緩むような気がした。
「大きく育ってね〜」
乾いた土に、水をたっぷりと注ぐ。特に蕾の時は乾燥させるのは厳禁、そこにはちゃんと気をつける。
「あっ! ダメだよ! ここにいたら……めっ!」
時折、花に付いてしまった虫はさらっと追い払う。花の成長を邪魔するのは許せない。ここではない自然に虫達には返ってもらう。
「今日も元気にお日様浴びて、気持ち良さそうだね」
こまめな手入れと、大きくなってという願いを込めて声を掛ける。そうすれば、きっと綺麗な花を咲かせると信じて。
そうして時間が経てば、種だったモノは大きく成長していった。
土から芽を出し、蕾を作り、そして花を咲かせる。
種を植えてから気づけば二ヶ月程の時間が流れ、春だった季節から真夏にならうとしていた。
トレセン学園の制服が半袖に変わり出し、六月から七月になり、八月に入れば夏休みになる。
夏休みは合宿で忙しくなる。それまでに無事、花壇に花が咲いて良かったとニシノフラワーは心から思った。
◆
「トレーナーさんっ! こっちですっ!」
「おいおい、そんなに慌ててどこに連れて行くんだ?」
六月の末。週末の日曜日の昼頃に、ニシノフラワーはトレーナーの袖を引っ張っていた。
まるで子供が催促をするような光景であった。しかしウマ娘の力の強さは人間の力を遥かに凌駕することから、実際の光景はニシノフラワーになす術なく連れ出されるトレーナーという構図だった。
日曜日は、練習は午前だけで午後はオフということにしていたはずだったのに、何故かニシノフラワーから強引に連行されているトレーナーは困惑するしかなかった。
「良いからっ! 来てくださいっ!」
「わかった! わかったから! そんなに強く引っ張らないでくれって!」
何をそんなに慌てているのだろうか。ニシノフラワーか早足でどこかへ行こうとする姿は、トレーナーの彼からすれば何事かと思わざるを得ない。
いつもは練習がない日曜日の天気の良いオフの時は、楽しそうにトレセン学園の校舎近くにある花壇の手入れに行くと思っていたのに、どうしてか今日は強引にどこかへ連れ出そうとしている。
しかしどこかへ行くと言っても、ニシノフラワーに連行されているのはトレセン学園内で、トレセン学園の外に行こうとしている訳ではなかった。
校舎から離れ、トレセン学園内の隅に行こうとしている。自分の記憶が正しければ、ニシノフラワーが向かっている先は普段は使用されていない場所のはずである。
トレーナー自身も長年トレセン学園で働いているが、足を運んだことのない場所である。特に行く理由もない箇所にわざわざ行く理由もない。
そんな場所にニシノフラワーが向かっている。何が目的なのか、いまいちトレーナーには分かりかねた。
「ストップです! トレーナーさんっ!」
そしてしばらく歩いていると、ふと唐突にニシノフラワーがピタリと足を止めた。
どこかへ行くと思えば、今度は止まれ。思わず首を傾げて、トレーナーは眉を寄せた。
「……一体、何がしたいんだ?」
怪訝に問うトレーナーだったが、ニシノフラワーはその問いを無視して“とある”物を彼に渡していた。
「ここからは、これを付けてくださいっ!」
「……アイマスク?」
ニシノフラワーがトレーナーに渡したのは、普通のアイマスクだった。
受け取ったアイマスクを見る限り、特にマスクの部分に目のイラストがある面白グッズという訳でもない。誰もいないところで自分をからかう為という訳ではないようだ。
「良いですか? 今から私が良いって言うまで外したらダメですよ!」
「フラワー? だから何をしたいか教えてくれないか?」
「まだ教えませんっ!」
「絶対?」
「絶対、です!」
こういう時のニシノフラワーは頑固というのは、一年と少しの付き合いで分かっているつもりである。
トレーナーはニシノフラワーの有無を言わせない真剣な表情を見て、渋々とアイマスクを付けることにした。
「これで良いか?」
「はい! 完璧です! ではついてきてください!」
「いや、前見えないんだけど?」
「私が手を繋ぐので、ゆっくりと歩きますから」
そう言って、ニシノフラワーがトレーナーの手を握る。彼女の小さな手が彼の中指と薬指、そして小指を握っていた。
体格の小さいニシノフラワーの手では、大人の男性の手をしっかりと握るのは難しいだろう。
ニシノフラワーの手の大きさを実感して、トレーナーは彼女が飛び級した子供だというのを再確認した。
「行きますよ〜」
その声と共に、ニシノフラワーが足を動かす。ゆったりと引っ張られる小さな手に引かれて、トレーナーも足を前に進めた。
どこかへ向かう。果たして、彼女が向かう場所には何がいるのだろうかと不思議とトレーナーは不安を抱える。
そうして少し歩くと、ニシノフラワーはゆっくりと足を止めていた。
「着きました。ではトレーナーさん、一歩前に出てください」
「……こうか?」
「そうです。あと、ちょっとその場で右の方へ向いてください」
「……これで良いか?」
「あ、行き過ぎです。その角度だと綺麗に見えないので、少し左に……はい! そこで大丈夫です!」
不思議な指示をニシノフラワーから受けて、トレーナーが指定された位置に立つ。
「完璧です! じゃあこれから私がさん、にー、いち、ぜろって言うので、ぜろになったらアイマスクを外してくださいっ!」
「わ、わかった」
いつにもなく楽しげなニシノフラワーの声に、トレーナーはたどたどしく頷いた。
「では準備は良いですか!」
「いつでも良いよ」
何がこれから起こるのか不安を抱えるがアイマスクに手を添えて、いつでも外せるようにトレーナーが身構える。
その姿を確認して、ニシノフラワーは満足そうに頷いた。
「行きますよ! さん! にー! いちっ!」
トレーナーの内心など気にもせず、ニシノフラワーがカウントを始める。
まるで誕生日会のようだなと、トレーナーがもしかすれば急にこの場に知り合い全員が集まってるかもしれないと予想を立てる。言っておくが、今日は自分の誕生日ではないと自分自身にツッコミを入れるのは忘れない。
「ぜろっ! 外してくださいっ!」
そうしてニシノフラワーの指示を受け、トレーナーがアイマスクを外した。
アイマスクを外し、今まで見えていなかった視界が見えるようになり、トレーナーが目の前に広がる光景を見た瞬間――彼は怪訝に眉を寄せてしまった。
「……花畑?」
「えへへ、綺麗ですか?」
トレーナーの目の前に広がる光景。それは白い花が一面に咲いた花壇があった。
「勿論、すごく綺麗な花壇だが……フラワー? これは一体?」
確かにニシノフラワーの言う通り、綺麗な光景だった。
だが、なぜわざわざこんな物を自分に見せようとしたのかトレーナーには分かりかねた。
純粋にトレセン学園に綺麗な場所があって見せたかったのか、ニシノフラワーならばあり得ると思った時だった。
「これはですね。私がトレーナーさんの為に作った花壇なんですっ!」
「俺の為……?」
そう言われて、トレーナーが呆気に取られた。思い返す限り、今日は特別な日という訳ではないはずだった。それなのにどうして自分の為にこの光景を作ったというのか。
「この花壇にあるお花は、私がトレーナーさんに伝えたい気持ちなんです!」
ニシノフラワーからようやくそう言われて、トレーナーは理解した。
実に彼女らしい。自分に伝えたいことを花に例えて、それで花壇を作ったらしい。園芸が趣味のニシノフラワーならあり得る話だとトレーナーは思った。
「フラワー、この花はなんていう名前の花なんだ?」
「ホワイトフラワー、白くて綺麗な花です」
聞いたことがある。よく園芸で使われる種類だと、以前にニシノフラワーの趣味を理解する為に読んだ本に書いてあったとトレーナーは記憶を掘り返した。
「このお花の花言葉は――感謝です」
「……感謝?」
そしてその花の意味を聞いて、トレーナーは首を傾げた。
「俺の何に対する感謝だ?」
ニシノフラワーに何か感謝されることでもしただろうか、思い返すがトレーナーには心当たりがなかった。
「あなたが私のトレーナーになってくれて、私は幸せなウマ娘なんです!」
そして彼女は楽しげな笑みを見せると、トレーナーの前に立って両手を大きく広げていた。
「私のトレーナーになってくれたこと。お弁当を美味しいって食べてくれること。私をレースに勝たせてくれたこと。他にもいっぱい、たっくさん色々なことをトレーナーさんは私にくれました。
だから、出会ってから今日までの感謝を込めて。それとこれからも私のことを見守ってくださいって意味を込めて、この花壇を作りました。このお花ひとつひとつが私にとって大切なトレーナーさんがくれた思い出の数です。本当はもっと植えたかったですけど……花壇の大きさだとこれが限界でした」
そう言って「えへへ」と気恥ずかしそうに笑うニシノフラワーだったが、トレーナーは声を出すことができなかった。
この少女とトレーナーは、たったの一年と少ししか過ごしていない。彼もニシノフラワーと出会ってから今日までたくさんのことがあった。しかしそれを細かいことまで思い出せる自信はなかった。
「お前……こんなに沢山俺と思い出があるっていうのか?」
「はい! いっぱいありますよっ!」
「まだフラワーのトレーナーになって一年ちょっとしか経ってないのに、こんなに……お前は俺と思い出があるって?」
「もちろんです! 些細なことでも私にはとっても大切な思い出なんですからっ!」
些細なとこすらニシノフラワーにはかけがえない思い出と気づいて、トレーナーは思わず口元に手を添えた。
この感情を見せてはいけない。どうにか溢れ出そうになる感情を押し殺して、トレーナーはゆっくりと頷くしかなかった。
「これが私のトレーナーさんとの大切な思い出に感謝を込めた贈り物です。それで良かったら、このお花さん達と一緒に私と写真を撮ってもらっても良いですか?」
「……いいよ。その写真を自分の部屋に飾るのか?」
「いいえ! トレーナーさんの部屋に飾って欲しくて!」
「フラワーの部屋に飾るんじゃなくて、俺の部屋に?」
「はいっ! 私とこれからもずっと一緒にいてくださいって想いを込めた花壇でもあるので……良いですか?」
なんて素敵なウマ娘なのだろう。ここまで自分の関係が大切に思われているとは思わなかった。
トレーナーはその返事を放置して、ニシノフラワーを抱き上げた。
はわわっ、と慌てるニシノフラワーだったがトレーナーはそんなことを無視して、抱き上げた彼女に笑みを浮かべた。
「もちろんだ! 沢山写真を撮ろう! フラワーが嫌がるまでこれからも俺はずっと一緒に居るからな!」
「私が嫌がるわけないですよっ! トレーナーさんっ!」
降ろしてと気恥ずかしそうに懇願するニシノフラワーに、トレーナーが嫌だと彼女に自分の顔が見れないように誤魔化す。
到底我慢できるはずもなかった。だらしなく頬を緩めて、目元から少し溢れるモノを我慢することなどできなかった。
これからも必ずこのウマ娘を見守ろう。そう再度、トレーナーが決意するのには十分な理由があったのだから。
「ホワイトフラワー、ねぇ……確か花言葉って一個じゃなかった気がするなぁ」
そんな二人を遠くから見ているセイウンスカイが小さく呟いた。
そっと制服のポケットから、スマートフォンを取り出して花の名を検索する。
そしてスマートフォンの画面に映し出された検索結果に、彼女は小さく笑みを浮かべた。
「これはフラワーをからかう必要がありそうですねぇ〜」
そう呟いて、セイウンスカイは意地の悪い笑みを見せる。
だが、それは今度にしよう。とりあえずはあの二人を見ているだけで十分に楽しい。
今だに抱き上げられて騒いでいるニシノフラワーと、泣いているトレーナーを見て、セイウンスカイは一人優しい笑顔を見せた。