一族を皆殺しにされて復讐を誓っていた蛇娘に執着される話 作:ジョク・カノサ
準備にはそれなりに時間を要した。クィは俺を待つことに決め、一時の共同生活が始まった。
「おお、斧を尻尾で扱えるのか。器用だな」
「これくらい普通だ。片手で薪割りなんて危なっかしくて見てられない。明日からも私がやるからな」
「……助かるよ」
ある程度は緊張が解けたのかクィは随分と接しやすくなった。ぶっきらぼうな口調は変わらないが表情から硬さが抜けた。
「干し肉と芋ばっかじゃねーか! アンタ、料理出来ないだろ? 次からは私が作る!」
笑うことはほとんど無いが、感情を表に出すような場面が多くなった。
「……」
「……俺にとっては少し塩味が強いが、美味い」
「そ、そうか。もう少し調味料とか食材があれば良かったんだけど」
「分かった。ここから離れた場所に小さな町がある。そこで調達してこよう」
「……」
「服もだな」
幾つか分かったことがある。
クィは料理が上手い。人間の食生活と大した変わりはないようで、塩味が濃い味を好む。
「ちょっとまって……ねむい……さむい……」
寒さに弱く、気温の低い朝はしばらく動きが鈍いこと。自分の下半身に包まって暖を取ること。
「…………」
日に数度……恐らく仲間や世話になった亜人達を偲ぶこと。
「──雨だ!」
雨を好むこと。音も無い小さな雨が降った時、クィはそれまでに見せなかった笑顔を見せた。
「そんなに嬉しいのか?」
「好きなんだ! 雨が降ると身体から力が湧いてきて、駆け回りたくなる!」
小屋の前で手を広げ、雨粒を受けるクィの姿は鮮やかな緑で輝いている。蛇は雨や雷を招くと聞いたことがある。もしかすれば、この小雨もクィが招いたのかもしない。
「あははっ……!」
僅かな時間ではあるが、その笑顔からは復讐の意思が抜け落ちていた。年相応の幼い表情。
俺は準備を急ぐことにした。
☆
「おい」
クィを保護した日から五日後の深夜。クィの呼びかけで俺は浅い眠りから目を覚ました。酷く酔ったように頭が痛く、眠りは浅かった筈なのに意識がおぼろげだった。
「どうした……」
「寝言が聞こえた」
顔をあげると数日前まであった鱗の壁は無く、眉を顰めたクィの顔があった。
「肩が痛むのか? というか、こんな寝方してんのかよ」
その視線の先にはいつの間にか右手で抑えていた左肩がある。どうやら、痛みで無意識に抑えた挙句に寝言を漏らしたらしい。
「気にするな……いつものことだ……」
「……また寝言で起きるのは嫌だ」
そう言うとクィは俺の右手をどかし、左肩を服から露出させた。外気に晒された冷たい感覚。
「うわ……こうなってんのか。……ばっちいけど、我慢しろよ」
少しの間の後に、クィは舌を出した。人のそれより細長く先端が二つに分かれている。
そして、それを左肩を這わせ始めた。生暖かい奇妙な触感。それと同時に無いはずの左腕の痛みが引いていくような気がした。
「よく分かんないけど、私の唾とかには癒しの力があるらしいんだ。少しくらいは楽になったか?」
「ああ……」
「そっか、良かった」
クィは満足そうな顔をした。だがすぐにそれは疑問の表情へと変化する。
「アンタも色々あったんだろ? 腕無くして、こんなところに隠れながら一人で暮らして、人間なのに私なんかを助けてる」
「……」
「多分その腕、人間にやられたんだ。それも私を追ってきたような奴らに」
判断材料は少なかった筈だ。憶測混じりだろうその問い、なぜか怖いほどに的を射ている。
「やり返したいとか思わないのか?」
だが一つ、大きな勘違いをしている。
「全部……自業自得だ……」
そう答えたのを最後に俺の意識は途絶えた。浅い眠りじゃない、痛みの無い沈み込むような眠り。
俺が最も恐れた感覚だった。