一族を皆殺しにされて復讐を誓っていた蛇娘に執着される話   作:ジョク・カノサ

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蛇と共に

 六日目の日没直前、ようやく準備が完了した。

 

「クィ」

 

「ん?」

 

 作業部屋から出るとクィは前に町で買ってきた服を道具で弄っていた。どうやら自分用に改造しているらしい。

 

「話がある。聞いてくれ」

 

「……分かった」

 

 重要な話だというのが雰囲気で伝わったのか、クィは服を置き俺の方へと近づいた。

 

「これを」

 

「なんだこれ……地図?」

 

「ああ、これは地図だ。お前を襲った王国のな」

 

「王国……」

 

 唐突だったのか呆然としているクィに対し、俺は説明を続ける。

 

「詳しくは内部の地図だ。王城までの城下、それと王城内。警備の隙や侵入に使えそうな道を記してある」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「それとこの森を超えた先にある反王国者が集まる里への地図と目印だ。あの場所には亜人も人間も居る。きっと協力者を見つけられる」

 

「……」

 

「復讐、するんだろう」

 

 クィは顔を背けた。ここ最近のクィが平穏な生活に慣れ始めているのは見て分かる。張り詰めたような表情を見ることも無くなった。

 

 だが、仲間を偲ぶ際に見せる顔には。

 

「……ああ」

 

 まだ確かに炎が揺らめいている。

 

「そうだ……私は、やり返さないといけないんだ」

 

 きっとこの炎は復讐を果たさなければ消えることは無い。どれだけ平穏に浸かろうと、どれだけ安易な道を歩こうと、小さく燃え続ける。

 

「これをお前にやる。どう使うかはお前次第だ」

 

「うん」

 

「旅の用意も済ませておいた。身体も十分に癒えただろう」

 

「うん……」

 

 クィが浮かべる寂しさ。それはきっと、僅かな平穏に対する未練だろう。

 

「もしさ」

 

「ああ」

 

「全部が終わったらさ……ここに戻ってきても良いかな」

 

 小さく笑いながら問われたそれには期待と情が込められている気がした。

 

「──ああ、戻ってこい」

 

 そう答えた俺は、上手く笑えていただろうか。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 最後の夕食を共に摂った後、俺はクィを出発させた。

 

 十分回復した今ならクィは夜でも十分に活動出来る。今夜は気温も高い。一刻も早く反王国者達が集まる里へと行くべきだと。

 

 出発の際、クィは何度かこちらに振り返ったが、しばらくして夜の森へと消えていった。

 

 誰もいなくなった小屋は広く感じた。あの美しい緑はもうどこにもない。

 

「……動かねば」

 

 感傷に浸っている暇は無い。クィを急がせたのには別の理由がある。

 この森への侵入者。いつかは来ると思っていたが、地図の作成が間に合って良かった。

 

「行くか」

 

 数本のナイフを携えて小屋を出る。俺に出来ることはこれで最後になる。

 

 足取りは軽かった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

(歩くのってこんなに疲れたっけ)

 

 クィは木々に刻まれた目印を辿り、ひたすらに森の中を進んでいた。夜の森に生物の気配は無く、自らが発する擦過音だけを聞きながら。

 

(……休憩しよう)

 

 やがて疲労感を覚えたクィはその場に立ち止まった。見上げた空は雲に覆われ、星は見えない。

 

(よく、森で遊んでたな)

 

 蘇るのは生まれ、過ごした故郷と沢山の同胞達の記憶。そして自らの運命を大きく変えたあの惨劇。

 

(……)

 

 それを思い出す度、クィは内側に燃える仄暗い熱を感じていた。あの日から今日まで抱え続けた怒りと悔恨を。

 

(私は……)

 

 感じていた。

 

(──あれ)

 

 だがその時、クィが感じていたのは別の感情だった。

 

(なんで)

 

 恐怖。

 クィにとって夜は恐怖ではない。しかし今、空は雲に隠れ、生物は眠り、森には音一つ無い。

 

(わた、し)

 

 クィは不意な孤独を感じていた。

 

(独りってこんなに)

 

 ここまでひたすらに逃げ続け、次第に誰かを頼ることをしなくなった。頼れば巻き添えにしてしまうと。

 

 逃避行の中で独りで居ることには恐怖を感じなかった。命を狙われる恐怖と憎しみが勝ったからだ。

 

(寂しかったっけ)

 

 この瞬間、クィの中にあった筈の炎は。

 寂しさという恐怖に覆われていた。

 

(帰りたい)

 

 気づけば、クィの身体は動き出していた。あの小屋へ戻るようにと。

 

(マティアス。そういえば結局、名前読んだことなかった)

 

 恐怖に対して浮かび上がるのは、あの男の顔。

 

『君を助けることで俺が得をするからだ』

 

 最後まで怪しさの消えない男だった。こんな僻地の森に隠れ住み、なぜか自分を助け王国の情報まで持っている。何か自分に言えない大きな秘密を抱えているようだった。

 

『君にはその権利がある。俺は何かを言える立場じゃない』

 

 初めて自分の憎しみを肯定してくれた他者だった。

 復讐に意味は無い。ここまでの道中で会った亜人達は口を揃えてそう言ったから。

 

『全部……自業自得だ……』

 

 秘密に連なる傷を持ち、今すぐにでもその場から消えてしまいそうな表情を見せることがあった。

 

『……俺にとっては少し塩味が強いが、美味い』

 

 料理が出来ない、男だった。

 

(ああ、私は)

 

 クィは自分の身体が軽くなったように感じていた。実際、今までの道程に比べて遥かに速い速度で森を進んでいる。

 

 クィの中でもう、答えは決まっていた。

 

(アンタ何者だろうと、一緒に居たいんだ)

 

 戻るのに必要な時間は僅かだった。そもそも小屋を出始めた当初から足が重かったことをクィは自覚する。

 

(復讐は止めたって言おう。もっと暮らしやすい、アイツらが来ない遠い遠い場所に二人で行こう)

 

 やがて、一層木々の濃い地帯を通り抜け、見慣れた場所に辿り着いた。森の中に作られた開けた空間。そしてそこに建つ見慣れた粗末な小屋を見て安堵の息を吐く。

 

「──え?」

 

 そう信じていたクィの目には、静かな火に包まれ燃える小屋と。

 

「ああ? アレは……」

 

 倒れ伏した幾つもの死体。そして見慣れない黒衣を纏った大柄な男。

 

「なんで……戻って……」

 

 そしてその男に足蹴にされ、呆然とした表情でクィを見る血塗れのマティアスだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「あーあーやってくれたなあ、てめえ!!」

 

 男が苛立たし気に俺の腹を蹴り上げた。衝撃が響き口から息が漏れる。その拍子に燃える小屋が見えた。

 

「馬鹿みたいに殺しやがって! 同じ数揃え直すのにどれだけの手間と金がかかると思ってんだ!」

 

 身体は激しい痛みを訴える。だが悪くない心地だった。すべきことを終えて、無事に送り出すことが出来たのだから。

 

 そう思っていたのに。

 

「え?」

 

 聞こえてはいけない声がした。幻聴ではない確かな声。

 

「ああ? アレは……」

 

 男が訝しげに呟いた。それが幻覚ではないことが確定する。

 

「なんで……戻って……」

 

「──はっ、なるほどなあ!」

 

 男は機嫌を直したような声音だった。同時に顔面を蹴り飛ばされ、鋭い痛みと共に視界が歪んだ。

 

「あっ!」

 

「ついさっきまで匿ってたんだな? それが何故か今になって逃げもせずに戻って来た。笑えるなあ、頭の中まで蛇なのか?」

 

「止めろっ! そいつ──マティアスから離れろ!」

 

 威嚇するようなクィの声が聞こえる。

 

「マティアス? はあ、上等な名前を付けたな」

 

「何を……」

 

「こいつに名前なんかねえよ。しいて言えば姿掠めとは呼ばれていたな。……いやまさかとは思っていたが、滑稽だな」

 

「何を言ってるんだ! お前は!」

 

「知らねえようなら教えてやろう、蛇。コイツは俺の手駒さ」

 

「!」

 

 そうだ。

 

「王国に仕え、お前らのような薄汚い亜人共を絶やす。コイツもその一人だったんだよ」

 

 何も間違ってない。だから速く逃げてくれ。

 

「まあ途中で日和りやがって逃げ出したけどな。棄てられたゴミを拾い上げてここまで育ててやったのによ! 一丁前に自我を持ちやがって! 分不相応な振る舞いをしたお前にゃその不細工な身体がお似合いだ」

 

 そうなんだ。俺はお前に礼を言われていい人間じゃない。だから速く。

 

「ああそうだ」

 

 速く。

 

「お前ら蛇共を殺した時もコイツは居たぜ」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 拾われ、殺し、裏切り、逃げる。その全てが紛れもない真実。

 

 訳も分からず殺されていく亜人達の声を何度も聞いた。やがて迷いが生まれて反抗し、腕を斬られて命からがら逃げだした。

 

 なんども死のうと思った。だが死すらも逃げだという思いもあった。

 

 だからあの日、お前を見つけ保護することが出来た時。

 

 俺は確かに救われたんだ。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「自分の同胞を殺した内の一人に匿われていたのを知らなかったなんてな。コイツもお前も、道化でも演じてるつもりなのか?」

 

 男はよほど上機嫌なのか、ぺらぺらと話を続けていた。クィは未だにその場から動かず、その顔は俺を足蹴にしている右足の力が弱まっている。

 

 身体はまだ動かせる。懐には小さなナイフが残っている。()れる。

 

 そう思い動こうとした俺の頬に、一粒の雨粒が落ちた。

 

「はー笑ったぜ。こちとらお前を追うのにクソほど時間と金を使ってんだ。そろそろ──あ?」

 

 男がそれに気づいた時には風を伴っていた。雨粒は増し、音が目立つようになる。強さを増した風が痛む全身を撫でていく。

 

「んだこれ──てねえ──まさか──が緑尾の──」

 

 雨風は嵐になっていた。男の声は風に紛れ、辺りの木々は揃ったように身を震わしている。

 

 いつの間にか男の足は俺の身体から離れていた。訳の分からない状況の中で、俺の視線はクィへと吸い寄せられる。

 

「──」

 

 クィは空を見上げていた。聞こえる声は歌のようにも泣いているようにも聞こえる。

 

 雨はクィにも容赦無く降りかかっている。であるのに、俺にはクィが嵐の中心であるかのように見えた。

 

 奇妙だとは思っていた。クィは執拗に追手を差し向けられていたと言っていたがそれはおかしな話だ。亜人狩りとはいえたった一人逃げ延びた相手にそこまでの労力をかけるというのは。

 

「話がちげえぞ!!」

 

 男の怒号が聞こえた。俺のような下っ端には知らされなかった秘密が、クィにはあるのかもしれない。

 

「冗談じゃねえ、こんな──」

 

 閃光。そして凄まじい音が響き渡り、男の声が掻き消される。少しすると背後から肉が焦げる臭いがした。

 

 音で耳が痺れ、全身に波打つ鈍痛が感覚が曖昧にしている中で、気づけばクィは目の前に居た。

 

「なあ」

 

 不思議とその声は良く聞こえた。クィは下半身を使い俺の身体を軽々と持ち上げた。全身を蛇体で覆われ抜け出せそうにない。

 

「アイツの話、本当なのか?」

 

 何も間違ってない。

 

「そっか。隠してたのはそのことだったんだな」

 

 言えば混乱させるだけだと思った。

 

「うん」

 

 だけど別れる前には、自分から言い出すのが怖くなっていた。

 

「……」

 

 殺してくれ。

 

「やだよ」

 

 俺が憎くないのか。

 

「ちょっとだけ。でもそんなの小さなことだ。アイツらの方がよっぱどムカつく」

 

 俺は──。

 

「…………ん、言ったろ? 癒しの効果があるって。汚いなんて言うなよ。さっきから力が湧いてきてさ。今ならなんでも出来そうなんだ。内も外も全部治してやる。死なせてなんかやらないからな」

 

 ……。

 

「これからどうしようか。復讐は諦めたつもりだったんだけど、アンタがされたことを聞いたらまたムカついてきた」

 

 …。

 

「まあ、何をするにしても──アンタは私と一緒に居るんだ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 それを最後に俺は雨と緩やかな締め付けの中で眠った。

 あるいは償いは、ここから始まるのかもしれない。そんなことを考えながら。

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