[エスペラント王国 レガステロ区]
Sideガングート
魔獣達の襲撃の翌日、セイ技監経由で国王が会いたいと打診していることを知った。
確かにこの国に墜落してそれなりの騒動も起こしている、一度会って挨拶でもしなければ無礼というものだ。
かといってあまり大勢で行っても迷惑なので同志アニーツカを連れて行くことにした。
前回の出撃で残念そうにしていたのに加え、
委員会重鎮の一人娘である彼女は一通りの礼儀作法を習得しているのも採用の理由である。
セイ技監とともに馬車に揺られながら色々質問してくる彼のおかげで退屈はせずにすんだ。
「一応王城でしょ?こんな物騒なモノ持っていってもよかったの?」
アニーツカが手にしたのはセミオートスナイパーライフル【SVCh】である。
ドラグノフ狙撃銃の後継機であり現在北方連合で更新中の新主力兵装のひとつだ。
護身用というには少々物騒なしろものである。
「大丈夫だよ!実物に勝るインパクトはないからね!
しかし君たちの技術は理解するだけでも一苦労だよ」
「技術差を考えると理解できるだけでも驚きだがな」
セイ技監は1を聞けば10を理解するような天才だ、やはり北方連合への招待をするべきだな。
しかし我々の話で彼が唯一納得しなかったことがあった。
「何度も聞いて悪いが君たちは本当に世界間の移動を魔力も無しに行っているのかね?」
「我々も仕組みを正確に理解している訳ではないが間違いなく世界を行き来しているよ」
「セイレーン頼みの現状はなんとかしたいんだけどね……」
「そのセイレーンだったかな?トンデモナイ奴等だね。
伝説の魔法帝国でさえ自身の大陸を転移させるのに万単位の人間種を使い捨てたと記録にある。
話を聞く限り点と点を繋ぐトンネル方式のようだが、一体どこからそれだけのエネルギーを確保しているのやら……」
………魔法帝国か、他種族を見下し道具としか認識しない救いようのない外道だ。
仮に復活したのであればその文明力と合わせて我らの最大級の脅威になるな。
「セイレーンに関してはまだ知らぬことだらけだ。
ただ今は、同志カグヤがいる限りは敵にはならんらしい」
「………話聞くだけだとそのカグヤ殿、とんでもない重要人物だね」
セイレーン側が停戦したのもカグヤの存在が大きいと奴らは言っていたが、どこまで信用してよいやら。
「む、そろそろ到着だね、それではラスティネーオ城へと案内しよう!」
[ラスティネーオ城 王宮内]
Sideアビシ・アレンベルナ
今日は当主である父とともに異国の戦士とやらの面を拝みにきていた。
貴族内でも噂される”爆炎の女神”、南部城壁から遥かに離れたレガステロ区にも響いた爆音と振動を起こした張本人。
王宮内がざわめく、どうやら到着したようだ。
セイ様が先導しているらしく周りからは王族らしくないなどと囁かれていた。
だがそんなものはセイ様の後ろから来た二人の女性の登場によりピタリと止まる。
一人は赤茶のショートカットの女性。
赤色の体のラインが出つつも各所の鎧が無骨さを露わにしている。
不機嫌なのか仏頂面だが自分の周りにはいないタイプの美人だ。
そしてもう一人、白い身奇麗な服に腰まであるウェーブの銀髪の女性。
この場を支配するような存在感、女神の如き美しさ。
間違いない、彼女が……!
「爆炎の女神……」
思わず口に出てしまう、思いの外響いたようですれ違いざまに爆炎の女神がこちらを見る。
普段ならこのような美女を前にすれば顔を赤くして目を逸らしてしまうが、今回は違った。
血の気が引いた、彼女の眼からは何も感じなかった。
まるで、価値がないものでも見るような……!
時間にして数瞬、しかしハッキリと解ってしまった。
彼女はボク達を、”ここにいる貴族”を嫌悪しているのだと。
そう思いながら周りを見る。
父上や男性連中は美人揃いだと噂し、女性らは品がない、可愛げないなどと囁いている。
………ああ、そうか。
父上含めここにいる者達は誰も気づかなかったのか、
あそこまで露骨だったというのに………!
そう理解すると途端に周りの人間が薄汚いもののように感じてしまった。
そして自身に流れる、誇り
Sideアニーツカ
全く、ここの貴族とやらも底がしれたか。
サディアやロイヤルの貴族までといわないからもう少し存在意義があるかと思ったがありゃ駄目だ。
「どうします、同志ガングート?」
「邪魔なら消せばいい、それだけだ」
「………頼むから私のいない所で話してくれない?」
こちらからは顔は見えないが恐らく冷や汗をかいているのであろうセイ技監に、ガングート様は容赦なかった。
「お前たち王族にも責任はあるぞ、人類最後の国家を目指してたなら腐敗を許すな」
「耳が痛いねぇ……、元々は統治を円滑にするために作った貴族制度だけど、無くしたほうがいいかね?」
「”無能”ならまだしも”邪魔者”なんぞ無いほうが統治が円滑だ」
「………叔父上陛下にも進言してみるよ」
落ち込むセイ技監に少しばかり同情する。
ガングート様は人の持つ熱意を尊重するあまり理想が高過ぎるきらいがあり、
上に立つものは高潔でなければならないと思っているところがある。
KAN-SENである彼女は人間を素晴らしい存在と無条件に思っている。
故に腐敗や外道を行う者達は彼女の中では人間ではない、ただの害悪なのだ。
そうでなければ北方連合を傾ける程の大虐殺、【血の粛清事件】なんてものの首謀者になんてなっていない。
私腹を肥やすことに腐心する委員会、贅沢の限りを尽した前任の"主席"とそれの”おこぼれ”を貰っていた連中。
国の命である労働者を踏み躙る者達を革命の名の下に全て粛清したのが彼女だ。
北方連合で最も恐れられているのは現"主席"でもKAN-SEN旗艦であるソユーズでもない。
”粛清機構”ガングート、それが彼女を彼女たらしめる称号だ。
なおこの大虐殺事件、メルクーリア様やアヴローラ様も共犯で裏方を担当していたらしい。
最古参のこの三人が共謀したからこそ北方連合はなんとか崩壊しないギリギリで踏みとどまったとも言える。
それぐらいに苛烈な大粛清をしていたのだ。
因みに現"主席"は当時鉱山労働者で、メルクーリア様が目をつけて他二人が推薦して現在の地位についたという経歴がある。
まぁそのおかげで今の北方連合は上に行くほど真面目で意欲的な人間ばかりになったのだが……。
不正をしたら粛清されると解っていて上に上がりたがる馬鹿はいないのだ。
クソ真面目な父は私が後任になってくれると考えてるようだがその気は一切ない。
軍人として満足してしまっている、模範生みたいな窮屈な生活なんてゴメンである。
なお、一度父に「委員会に入れば同志ソユーズと会える機会が増えるよ?」と言われ、3日ほど不眠で悩んだのは忘れたい過去である。
[ラスティネーオ城 謁見の間]
Sideガングート
王の間へと案内されると多数の護衛や側近の貴族らから注目されるが、
その視線を無視して王座に座る者の眼を見る。
「ようこそ、異国の者よ。私が現国王エスペラント王である。
貴殿らの武勇は
「北方連合代表、ガングートと申します」
「北方連合所属、調査部隊指揮官、アニーツカ・イワノヴナ・アレクサンドロフです」
「此度は我が国の民を救っていただき大変感謝しておる」
「いえ、軍人として当然のことをしたまでです。
それと黒騎士についてですが……」
「うむ、我が名において保護しておる。
もし操られていただけなら【異種族連合の誓い】に則って彼らを可能な限り保護せねばならん」
ふむ、この国王はこちらのことを評価してくれているようだ。
しかし周りの人間からは疑念の目が強い、そもそも自分達の出自を疑問に見ているようだ。
「しかし外にまだ人類が生存していただけでなくグラメウス大陸をも開拓しはじめていたとは……。
そして魔王ノスグーラはすでに討伐されている、それで間違いないか?」
「間違いなく、同志カグヤが討伐しました」
周りの側近らがざわめつき、一部の者は頭から否定してきた。
「馬鹿を申すな!その言い方ではまるで個人が討伐したような言い方ではないか!?」
「そうだ!我々の祖先がどれだけの……!」
「あんたらが弱かっただけでしょ」
同志アニーツカの言葉に周りが凍り付き、意味を理解し始めた者達からは憎悪に近い視線を感じる。
「言い過ぎだ、同志アニーツカ」
「こっちは事実をちゃんと教えてるのにそれを否定するんですよ?
なら納得する言葉を言うしかないじゃないですか〜」
「貴様!言わせておけば!仮に魔王を個人で討伐したというならそのカグヤとやらはノスグーラ以上の”化け物”ではないか!」
「?、そうだよ?」
激昂した側近を含め皆が絶句し、沈黙が場を支配する。
「カグヤ・エムブラ、レッドアクシズKAN-SENの指揮官にしての軍事統括の総責任者。
まだ20才過ぎたばかりの若輩者、それでも誰も彼女を侮るような馬鹿は同組織にはいない。
指揮能力が優れてる?卓越した政治能力?
彼女自身は大したのは持ってない。
ではKAN-SEN達から信頼?
そんなのは当たり前で評価するまでもない。
理由は只単純明解、"ただ強い"。
理不尽の塊とも評されるほどの個人戦闘能力こそが彼女の真髄よ。
………そして不釣り合いなぐらいのお人好し。
故に”化け物”という評価は正しいけどね、彼女の本質も知らずに軽々しく口にするなら………」
彼女は激昂した貴族らを睨みつける。
「
あらん限りの殺気を込めて脅す同志アニーツカ。
まったく、
自ら嫌われ役を買って出てくれたなら、それに応えねばならないか。
「同志アニーツカ。命令だ、控えろ」
「………は〜い」
殺気が霧散する、張り詰めた空気が弛緩し何人かが顔を青褪めさせてフラフラしていた。
「申し訳ありません、こちらの教育不足でした。
彼女にはこちらから厳罰を下しますのでご容赦を」
「………いや、よい。こちらも相応以上に礼儀を欠いた発言をした。
彼女を罰するのはやめてほしい。
しかしカグヤ・エムブラか……、慕われておるのだな」
「それは勿論、同盟国の各トップが睨み合いながら争奪戦を繰り広げる程度には」
「………え?それ大丈夫かね?内戦起きない?」
セイ技監が冷や汗をかきながら言う、周りも同様の心配をしたのか若干不安そうである。
「内部分裂したら同志カグヤが一番悲しみますのでそれはないかと」
「そうか、それは安心……」
「最悪KAN-SENらの総戦力で鎮圧する」
「全然安心できないよ!?」
叫ぶセイ技監と乾いた笑いを上げる側近たちに、話についていけない護衛。
エスペラント王は苦笑しながら何やら思案しているようだ。
この状況からどのような提案がされるのか、楽しみではあるな。
【血の粛清事件】
いわゆるスターリンの大粛清の北方連合版。
但し対象が当時の上層部8割弱とその関係者。
腐っても国の中枢であった人間達がゴッソリいなくなってしまい、当時の北方連合は建て直しに苦労することになる。
幸運なことにセイレーンの襲撃頻度が”何故か”減ったため建て直しに成功した。
暗黒ゲソ娘「派手にやりすぎよ……。しょうがないから建て直すまで襲撃を控えるか」