異世界にレッドアクシズの名を刻む!   作:有澤派遣社員

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なんで善人ほど苦労するのでしょうね?


皇国の暗雲

 

[皇都エストシラント 海軍司令室]

 

Side海将バルス

 

深夜、一人執務室の机で”あるもの”を見ていた。

枚数にして40枚ほどの書類だが、捲る度に見なければよかったと後悔した。

シルガイアの奴め、とんでないものを預けてくれたな……!

海軍港付近で発見された身元不明死体(・・・・・・)が持っていた荷物。

死体から証拠物品を盗難するなぞ本来であれば処罰ものだが、今回はシルガイアの行動に感謝するしかない。

今回の騒動、明らかにおかしいのだ。

何せ死体を回収したのは海軍の管轄内の港のはずなのに、

陸軍が出張ってきて死体を持っていかれたのだ。

そして一週間後、報告された調査結果を簡単に纏めると〘身元不明のため調査を打ち切った〙という内容。

ふざけてるのか!?と怒鳴り込んでやりたかったが、

知り合いの陸軍高官が『ヤバイ案件だから首を突っ込むな』と釘を指してきた。

この時点で最早普通でないのは勘づいた。

故にシルガイアが持ってきた血まみれの鞄は貴重な証拠であった。

中身の書類は血が滲んで濡れていたため修繕が必要だった。

軍内部で修繕を行えばよくないことが起きると直感した私は

病気で退役した信頼する部下に修繕を頼んだ。

三日後に仕事が終わったと報告を受け直接受け取りに行ったが『一生恨むぞ……!』と恨み言を言われた。

最初は無茶な依頼納期に対する悪態と思っていたが、中身を見てよく理解できた。

 

「下手すると国が傾くぞ、これは……!」

 

属領統治軍の怠慢に賄賂の横行、横暴な振る舞いに始まり、

上流貴族らによる属領の私的利用と損益の発生、奴隷の横流しに税金の着服と隠蔽。

出るは出るは不正の数々に怒りで血が上るよりも先にあまりの惨状に血の気が引いていく。

しかもこれは属領になったたった2つの区画での報告、

全体で見れば間違いなくトンデモナイ規模になるだろう。

 

「一刻の猶予もない、急ぎレミール様に届け………。

いや、あの(・・)レミール様に渡して大丈夫か?」

 

影で狂人やら狂犬と噂されるのを思い出し二の足を踏む。

しかし恐らくこの報告書を持っていたのはレミール様の部下だろう。

その部下が死に際まで彼女へと渡して欲しいと言っていたとシルガイアから報告を受けている。

それに最近は精力的に他国の情報を勉強していると良い噂も聞く、

賭けになるかもしれないが大臣クラスでも手に余る劇物だ、ならば皇室に直接渡すのが良いかもしれない。

 

「急いだほうがいいが暗躍してる輩に勘付かれるのは不味い。

調査の横槍からしても間違いなく軍の上層部にも伝があるはず、

不自然にならないタイミングを見極めなければ明日は我が身だ………。

直接渡せるのが望ましいがさすがに怪しまれる、どうする?」

 

用意周到な輩であれば、第一発見者であるシルガイアに監視の目が付けられていてもおかしくはない。

当然交友関係を調べるだろう。

もしかしたら我々の接触に気づき様子を伺っているやもしれない。

シルガイア、お前もヘマをするなよ。

優秀だが貧乏くじばかりを引き続けたライバルである友人の安否を気遣うのであった。

 

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

 

[聖都パールネウス パールネウス城]

 

Sideドミディア

 

清々しい朝の風も今は気分よく感じない。

かつてのパールネウス共和国時代の皇城、その一室で予定外の事態に若干頭を痛めていた。

 

「あの状況で仕留め損なっていた上に、自力で皇都までたどり着くとは……。

やはり確実を期すためにも死体を回収させるべきだったな。

幸い遺留品などは全て押さえた上で死体も処理できたのは上々であったな」

 

皇都の密偵からの報告書を処分し一息つく。

ルディアスの小僧が失態の対応に躍起になっている今、色々と工作をしている最中だ。

奴の目が”外”に向けてるうちにと少々動きが雑になっていたのは否めない。

慌てる必要はない、これまでのようにじっくりと奴の地盤を蝕んでいけばよい。

”次期大臣の地位”を餌にすれば群がる連中はいくらでもいる。

特に外務局の連中はしっかりと抱き込んでいる。

自身の無能を棚に上げて嫉妬ばかりする愚か者共だが、捨て駒ぐらいの価値は見出だせるものだ。

体のいい”生贄(スケープゴート)”とも知らずによく役に立ってはくれている。

 

「しかしカイオスの奴め、不正報告書の件をどこで嗅ぎつけた?

皇室との私的な繋がりはほぼない筈だが……、身内の裏切り……?

………まさかまたレミールの奴か?まったく、小賢しくなりおってからに」

 

育ててやった恩を仇で返すとは、やはり使い道を考え直すべきか?

ヘリオガの時に比べ少々荒療治であったのは否めないが”教育”に手を抜いたつもりはない。

一度直接あって”再教育”でもしたいが、小僧を慕うようになってコチラとの接触を控えるようになった。

それに成人した今のレミールに”教育”しても付け焼き刃にしかならない、ならやらないほうが良いか………。

 

「やれやれ、気晴らしでもするか」

 

部屋を出て隠し通路を使って見取り図には存在しない地下室へと向かう。

地下室は薄暗い牢獄のような場所であり、10の小部屋に分かれている。

その一つと魔法錠を開けて中に入ると一匹の”玩具”が怯えた様子でこちらを見ながら地べたに座りながら震えていた。

ふむ、身綺麗にはしているが手足の腱を切ったのは早計だったか。

かつては身の程知らずにも恨み言を吐いていた口も失語症で喋れなくなり静かに泣くだけ。

つまらない反応しかしなくってしまったな、コイツもそろそろ処分時か?

なら今日は思い出に残るような特別な日にしてやろう、感謝しなさい。

言葉を出せない哀れな”玩具”の頭を撫でてやりながら、ニッコリと人当たりの良い笑顔を向けてやる。

撫でる手の指には竜の瞳を象った不気味な指輪がはめられていた。

 

(ククク、私には”魔帝の遺物(コイツ)”と”魔帝の遺産(アレ)”がある。小僧が驚愕し怯えるさまが目に浮かぶようだ)

 

コレらを手にできた幸運こそ、私が大陸の覇者になる運命であった証なのだ。

 

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

 

[ドミディア城 離塔]

 

Sideヘリオガ

 

就寝時間になった僕は広すぎるベッドに行儀悪く寝そべっていた。

 

「………今日もなんにも変わらないなぁ」

 

寂しい、とは思いつつ忙しい叔父上にワガママを言うのは気が引ける。

メイド達も毎日同じことの繰り返し、唯一先生達の授業内容だけが変化しているものであった。

ルディアス兄さ……、陛下も自分のことを疎ましく思っているのか会ったことさえない。

たった一人の肉親なのに、もしかして自身の地位が危うくなると危惧している?

いや、ルディアス陛下はそんな小さな器の方な訳が無い!

事実この大国をまとめ上げている立派な方ではないか!

そうすると、やはり僕は嫌われているのか?

もしかすると、意識するに値しないと思われている……?

叔父上はいつの日か必ず”あるべき場所”に辿り着かせてやる、だから今は辛抱強く勉学に励めと仰っていた。

”あるべき場所”、そこに到れればルディアス陛下に認めてもらえるということなのだろうか?

そうすれば、陛下を兄様と呼べる日も来るのだろうか……?

そうだと、うれしいなぁ……。

自分は両親の顔さえ直接は知らない。

前皇帝である父上は肖像画で見たことがあるが、

母上はあまり地位の高い方ではなかったらしく何も残ってはいなかった。

寂しい………、周りに誰もいないのを確認して自分のベッドの隙間に隠した一冊の絵本を取り出す。

 

題名〘黒髪の聖女〙

 

大陸も国も架空で描かれた空想上の世界が舞台の絵本。

叔父上には教育に適さないと捨てられそうになったが上手く隠したためなんとか手元に残っていた。

 

内容は”愛情”というものが無くなってしまった暴君が支配する”愛なき王国”。

そんな国に一人の黒髪の女性がやってきたことからこの物語は始まる。

誰かを想いやることさえできなくなった国で彼女は何処までも自分勝手に振る舞った。

貧民街の子供達に料理を振る舞い、愛情を持って接したり。

疲れ切った平民達に愛の大切さを説きながら悪い憲兵を叩きのめしたり。

金儲けにしか興味ない悪い商人をそのがめつさを利用し、大損させて成敗したり。

自分の地位に執着する貴族を説得して味方にしたり。

そして最後は暴君をその愛をもって改心させ、王国は平穏になりました。

そして黒髪の女性は皆から”黒髪の聖女”と呼ばれ慕われていくのでありましたとさ。

めでたしめでたし!

 

………この本の人達が羨ましかった。

血の繋がりなんて関係ない、彼らは聖女から溢れんばかりの愛を受け続けたのだから。

いつか自分にも、愛情を注いでくれる”黒髪の聖女”に会えるのだろうか?

もし出会えるなら、ちょっとだけワガママになりたいなぁ……。

 

「僕だけの聖女様………」

 

本を抱きしめながら眠りにつく、きっと夢は幸福なものであると信じて……。

 

 





悪人のせいですね、滅殺!

ヘリオガ君の精神状態、イエローライン。

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