[皇都エストシラント 皇宮パラディス城 執務室]
Sideルディアス
「文明圏外国からの奴隷献上を断られた、だと?真か?」
「はい、大変嘆かわしいことですが事実です。
しかもほぼ全ての圏外国からです」
相談役であるルパーサからの報告に思わず頭の血管が浮かび上がりそうになるが、なんとか冷静さを取り戻す。
「何故そんなことになっている?例年通りの規定であったはずだろう?」
「はい、前回と変わらない内容にもかかわらず断られたようです。
当然担当官も我が国からの支援も打ち切ると明言したようですが、口を揃えて同じ返答であったそうです」
この時点でなんとなく続く言葉に感づいてしまい頭が痛くなる。
こちらの内心を悟ったのかルパーサはそのまま会話を続ける。
「『我らには紅旗十字の加護がある』と、かなり強気な態度であったようです」
「レッドアクシズ……!」ドンッ‼
最早忌み名と化した憎き名前に机を力強く叩く。
こちらが次の手を決めかねている状況で好き勝手してくれる!
しかしさすがに不味い状況だ。
圏外国の一つや二つ離反なら無視するがほぼ全てとなると話が違ってくる。
第三文明列強国としてのメンツもだが奴隷の供給が途絶えるのは問題が後々大きくなる。
奴隷の労働力は急速に拡大する我が国の生命線になりつつある現状、それを失うのは痛手だ。
恐らくはそれを見越してのレッドアクシズからの策略であろう、なんと忌々しい!
未だに向こうからの接触がないのも既に我々と一戦を交えることを決定してのことだったのだな!
「これでレッドアクシズ側の方針は敵対と断言できるな。
最早一刻の猶予もない、早急に誅伐を………」
バタンッ!!
「お待ち下さい!ルディアス様!」
執務室の扉が勢いよく開けられる。
あまりにも無礼な事態に唖然としてしまったが、開けた人物を確認してさらに唖然とした。
「レミール!?いくらお前でも……、どうしたその顔は!?」
愛しのレミールとはいえ礼節に欠ける態度を嗜めようとして、驚きの声を上げる。
化粧は最低限、走ってきたのか息と髪は乱れ汗が浮かんでいる。
人一倍”美”に括る彼女らしくない姿に固まっていると、ヨロヨロとレミールが入室する。
「こ、このような無礼なお姿で、申し訳あり、ません」
「いや、そんなことはよい。それより大丈夫か?」
「少々、お待ち、を…………」
乱れた息を整え、軽く髪型を直す姿に少しだけドキリとしたのは惚れた弱みというやつか。
「重ね重ね申し訳ありません、文明圏外国の件はこちらでも把握しています」
「流石に耳が早いな」
「はい、それについてルディアス様がお怒りになられていると思い、急ぎこちらに来ました」
「ふむ?わざわざ急いでか?」
「はい、正直外務局の醜態を晒すようなものですがどうかお聞きください」
醜態?どういうことだ?
[皇宮パラディス城 廊下]
Side皇室専属侍女ルーナ
人生で数えるくらいしか走ったことがないであろう親愛なる主が、
無事に陛下の元へ着いたことを祈りながら人気のない廊下を進む。
「レミール様、大丈夫かしら?」
走るのであればせめて履物はハイヒールでないほうが良かったのだろうが、
生憎見た目重視の靴しかなく、公の場で裸足は論外。
あとで靴擦れを起こしてないかご確認しなければ……。
そんな思考に更けていると、軍人らしき格好の男性が近づいてきた。
「申し訳ない、君は皇室の侍女かね?」
「はい、専属侍女をやらせてもらっているルーナと申します」
暗に引き抜きはできんぞスケベオヤジ、と牽制をする。
時々いるのだ、気に入った侍女を無理やり引き抜いて手籠にしようとする輩が……。
流石に皇室の専属と言えばさっさと諦めるだろう。
しかし男からの特に反応はなく、耳元に顔を近付ける。
なんだ?歯の浮くような愛の囁きでもする気ですか?
発電機回しで鍛えた脚が股間に突き刺さるぞ?お?
「薔薇園の東端、影になっている所に麻袋がある、それをレミール様へ頼む」
かなり真面目な声質で変なことを言われる。
薔薇園の東端?花の咲きが悪くて不人気の?
僅かに混乱していると、離れ際に男性から”合わせてくれ”と目で訴えられる。
………なるほど。
「申し訳ありません、私を口説き落としたいならレミール様にご嘆願下さい」
「やれやれ、この海将バルスを振るとはな」
そう言い残し、男性はつまらなそうな表情で去っていく。
海将バルス、確か独身よね?玉の輿ならちょっと興味あるかも……。
そんな馬鹿なことを考えながらそのまま薔薇園とは
………確か一部の使用人や庭師が使う柵が外せる抜け道がこの先にあったはず。
馬鹿正直に向かうのは得策ではないと直感し、少し急ぎ足で進むのであった。
[皇宮パラディス城 執務室]
Sideレミール
「…………以上、担当部署にてこのような不祥事がありました」
報告を終え、リットリオ様からの手紙をお渡しする。
受け取った手紙を確認するおルディアス様のお姿を恐る恐ると見る。
血管が浮き上がるのではと思うほど怒り心頭であり、握りしめた羽根ペンと手紙の端が拉げる。
心情を察したルパーサは可能な限り距離を取り始め、部屋の隅で気配を消している。
「ほ、ほう〜?我々が屈辱と恥辱に苦心しているこの大事に〜?
皇室印の押された重要物を、ろくに確認もせずに?一ヶ月以上放置した愚か者がいたと?」
「はい、外務局監査長としてお恥ずかしい限りです。
今回の件に関わった担当部長は解任、パーパルディア人民としての権利も全て剥奪し近日中には国外追放とする予定です」
「手ぬるいぞレミール!その者を皇族侮辱罪で即刻処刑にしてくれる!」
「このような愚か者のためにことを大事にする必要はないと判断しました。
それよりも今回の会談の件ですが………」
「…………少し待て、冷静になる」
ルディアス様がこめかみを揉みながら苦悩する様子を緊張しながら見守る。
ここでルディアス様の承認を得られれば講和への道も現実味が帯びてくる。
「文明圏外国の蛮族とは思えぬ理知的な文章、それもわざわざ共通語ではなく皇国語で書かれている。
リットリオだったか?ものを知らぬ無礼者ではないようだな……。
くぅ………!非常に、非常に!屈辱的ではあるが!
……………向こうから来るのであれば会談ぐらいは認めてやろう。
ただし!あくまで向こうの誠意ある謝罪を受け取るという体でだ!」
顔を恥辱に歪めながらも絞り出すようにご決断下さった。
一番の懸念事項が払拭された!
「はい、必ずや有益なものにしてみせます」
「うむ……、会談後に時間が取れるのであれば直接会えるようにも調整しようと思う」
「相手方も喜びましょう」
ルディアス様とリットリオ様が直接お会いしてくださるならなおのこと気合をいれねば!
[皇都エストシラント メイン通り]
Side皇室専属侍女ルーナ
帰りの馬車に揺られながら上機嫌のレミール様にお声を掛ける。
「嬉しそうですね、レミール様」
「ああ!まだ入口に過ぎないが大きな前進だ!
必ずや我が国の良き未来へと繋がるようにせねばな!」
政治に疎い自分ではこの先に待つものがどれほど苦難の道なのかは想像出来ない。
しかし今のレミール様であれば陛下とともにこの国を、我らを導いて下さるだろう。
「ところでルーナ、その麻袋は何だ?」
「それが中身は紙の束のようでして、海将バルス様と思わしき人物からレミール様に渡してほしいと」
「なんだと?わざわざ麻袋に入れて渡されたのか?」
「いえ、薔薇園に隠してあるもの回収してきました。
直接渡せない事情があったようです」
「……今見てしまうか」
また厄介事か、とげんなりした様子のレミール様が書類の表紙を見て固まる。
「著グナン、だと?」
「え!?それって……!?」
「ああ、属国調査に行って帰り際に事故で亡くなった者だ。
ということはこれはグナンと調査書か?
………なんだこれは!」
パラパラと捲り始めたレミール様のお顔が怒りで赤くなったのは最初だけ、捲る度にみるみると真っ青になっていく。
「こんなふざけた、不味い不味い不味い!バルスの奴め、なんでもっと早く渡さぬのだ!
おい!今すぐ皇城に引き返す!緊急事態だ!」
慌てて窓を開け、御者に指示を出すレミール様を宥めようとしたとき、外から叫び声が聞こえる。
「レッドアクシズバンザイ!!!!皇族に鉄槌をー!!!!」
直後に襲った光と熱、そして少し遅れて発生した爆発で私は意識を失った。
[皇都エストシラント 路地裏]
Sideとある元公務員
ひ、ひひ、最後の最後でツキが回ってきた。
仕事も地位も全てを失い、国外への追放を待つだけの日々。
そんな絶望の中、臣民統治機構長のパーラス様が直々にお声を掛けてくださった!
最初は国外追放が早まったのかと戦々恐々していたが、パーラス様からは同情のお言葉を貰った。
今回の処分の原因になった皇室印の怪しい手紙、なんと恋文であったらしいのだ!
あの売女め!まさか文明圏外国に愛人を拵えてるとは!
そんなふざけたもののせいで、俺は、俺は!
怒りと憎しみに涙する俺に、パーラス様が仰ったのだ。
『最後に一矢を報いたくないか?』
残念ながらいくら理不尽でも俺の処分を取り消すことは出来ない。
ならせめて、このような理不尽を強いた売女に一泡吹かせてやろう、と。
そして貰ったものが服用すると熱を感じなくなる耐熱の魔法薬と火炎樽。
用意された文章を叫びながらこれを売女が乗る馬車にブツケて離脱、自身はそのまま国外追放で行方を暗ます。
離脱から追放までの助力も確約して貰え、俺は歓喜に震えた。
ヒヒヒ!あの売女をキズモノにしてやれる!二度と"女"として生きれなくしてやれる!
路地裏で協力者とともに待機していると、予定通り皇室の馬車が見えてきた。
念のためにと確認している協力者を後目に、俺は駆け出す。
何故かって?あの売女の大声が聞こえたからだよ!
間違いない!あの馬車にあのクソ女が乗っている!
一抱えはある樽を持ちながらも足取りが軽いような気がしたが気のせいだろう。
「レッドアクシズバンザイ!!!!皇族に鉄槌をー!!!!」
馬車に樽をブツケたと同時に爆ぜつ、辺りが火の海になる。
当然自身にも火がつくが魔法薬のお陰で全く熱くは……?
熱くはないけど、俺、燃えてね?
熱を
………もしかして、騙された?
協力者が俺の足元へと投げ込んだ鞄が爆発したのを見て、捨て駒にされたことを理解した。
緊急速報、皇都エストシラント大通りにて皇族襲撃事件発生。
死者十数名、負傷者多数。
皇族であるレミール様が全身大火傷の重症、現在治療中。
現場にいた統治機構署員によると襲撃者はレッドアクシズの関係者或は支持者であることは間違いないとのこと。
現場の遺留品には魔法由来ではない爆発物が使用されたことから非魔法文明である蛮族どもの用意したものと断定。
この調査結果報告を受け、ルディアス陛下は深い悲しみと憤りを顕にし、必ずやレッドアクシズへの誅伐を行うと宣言。
パーパルディア、レッドアクシズへ宣戦布告、文明圏外国への侵攻を決定
[聖都パールネウス ドミディア城]
Sideドミディア
『予定通りにことは進みました、これで暫くは小僧の目はこっちには向かないでしょう』
「よくやってくれた、パーラス。今後とも期待しているよ?」
『有難きお言葉、ではこれにて……』
魔信を切って葉巻に火を着ける。
ルディアスも所詮は情に流される俗物か、わざわざ負け試合に首を突っ込むとは。
小僧にあと一つデカい黒星をつけてくれれば上出来、最低でも膠着状態で時間稼ぎをしてくれれば問題ない。
私の可愛いヘリオガが玉座につく為にも、文明圏外国の蛮族どもにはせいぜい頑張って貰わねばな。
独自のルートでレッドアクシズの政治内情を調べたが、連中の政治方針的にもこちらを支配下に置く気はない。
その証拠に遥かに劣る文明圏外国は勿論のこと、直接占領下に出来たはずのロウリアをも簡単に手放している。
…………レッドアクシズの属国にしてくれと頭を下げた圏外国があったと聞いたときは耳を疑い、
さらにその願出を断ったと聞いたときはさらに正気を疑ったがな。
薄汚い蛮族如きの助力を期待するのは業腹ものだが、大事の前の小事と割り切ろう。
どちらにしろこれ以上の拡大政策は利益が出ない、今ある属国を絞り上げれば不足もあるまい。
「パーパルディアの威光で世界を照らす、か。
まったく、人の夢とは儚いもの、か。言い得て妙だな」
たしかヘリオガの奴が読んでいた聖女の絵本の言葉だったか。
内容はくだらん夢物語の一言だが、この言葉だけには賛同しよう。
「夢なんぞに現を抜かすから足元を掬われるのだよ、小僧」
パーパルディアという国はフィルアデス大陸を支配下に置いてれば十分なのだ。表向きはな。
いくら精強とはいえ所詮は急成長した蛮族の国、裏からジワジワと蝕むなどやり方はいくらでもある。
なお、憐れな愚者が飲まされた魔法薬の本来の効果は筋力増強と無痛化、副作用に思考力の鈍化と効果終了後に身体機能の劣化という粗悪品。
次回からは第三章、フィルアデス大陸を中心とした章になる予定です。