――――20年前
凍てつく極寒の北方連合、鉱山採掘区域の住居区画にて。
いつもであれば労働管理局からの過度な締めつけで活気がなく寂れているが、今日は活気に溢れる人々が集まり始めていた。
そんな人集りの中心、黒服の不気味な格好をした数人の護衛と共に一台のオープン式炊事車が煙と香りを立ち昇らせている。
そんな炊事車にて数人の子ども達が配膳を手伝い、“雪の妖精”が声を上げる。
「はーい!特製ボルシチまだまだあるからねぇ〜!慌てなくても大丈夫だよぉ!」
声をかけられた民衆が“雪の妖精”ことパーミャチ・メルクーリヤをまるで拝むように称える。
「ありがとうございます……!」「ウウゥ……!染み渡る……!」「あったけぇ〜、あったけぇよぉ……!」
涙を浮かべ感謝する人々にメルクーリヤが申し訳無さそうに声をかける。
「こっちの状況に気付くの遅れてゴメンネ、でももう少しだけ耐えて。食料の配給は直ぐに改善するから」
「「「「ホントですか!?」」」」
「モチのロンよ!私の“鶴の一声”があれば木端役人どもなんてイ・チ・コ・ロよ!」
「「「「おおっ!メルクーリヤ様ぁ!!女神様ぁ!!!」」」」
「ノンノン、親しみを込めて“クーちゃん”とお呼びなさぁい!」
「「「「女神クーちゃん様ぁぁ!!!」」」」
「そこでなんで女神と様付けなのよ!?」
ムキー!と怒る姿に周りがワハハッ!と笑いが上がる。
そんな姿を見つめる二対の瞳、先日餓死しかけていた所をメルクーリヤに助けられた兄弟だ。
「妖精さんがいるだけで皆笑顔になってる」
「そうだな、でももっと早く来てくれたら……」
「それは言わない約束だろ兄ちゃん」
「……ごめんな」
メルクーリヤと共に炊事を行っているのは兄弟と同じ位の子供ばかり、皆親を失ったか捨てられたという境遇。
そう、ここにいる子供全員が兄弟と同じかそれ以上に過酷な環境からメルクーリヤに救われた者達なのだ。
『子供だから働けない〜?ならこのクーちゃんがそんな君達を3食おやつ付きで馬車馬の如く働かせてあげよう!』
こんな台詞を背後に不気味な黒服達を引き連れ高笑いしながら言われた時、子供達全員で泣き出して黒服達と共に必死にご機嫌取りをする羽目になったのは内緒である。
しかし子供達だけで貴重な食料の配膳などトラブルしか起きなさそうなものだ。
実際、今回の配膳も順調に進んではいるが、メルクーリヤが少し離れれば……
「駄目、ちゃんと並んでくだ……」
「何だぁ〜?ガキが偉そうに仕切るな!」
「そうだ!こっちは腹減ってんだ!」
順番を待たず炊事車から直接食事を持っていこうとする屈強な大人を止めることなんて子供達全員でも不可能。だからこそ――――
ズイッ「「「…………」」」
「な、なんだてめぇら!」「なんだぁ?やろうてか?」
配膳中も直立でいるだけの子供達の労働を"絶対に"手伝わない不気味な黒服達の出番である。
北方連合の白を基調とした軍服とは正反対の色合いをした黒い軍服に鳥の嘴の象ったフルフェイスマスク。
目元の覗き穴以外一切の露出をしないため男女かの判別さえ困難であり、威圧感が凄まじい。
「警告する、これ以上の狼藉は“処分対象”と見做す」
「は?処分!?」「けっ!どうせハッタ……!?」
チャキッ「最終警告だ、列に戻るか処分されるか選べ」
黒光りする拳銃を突き出されてはいくら屈強な炭鉱マンとはいえ丸腰の人間、勝ち目なんてあるはずも無くそそくさと列の最後尾へと引き上げていく。
「オッチャンありがとう!」
「仕事を全うしただけだ。それよりも自分の労働に集中しなさい」
「はい!」
仕事に戻る子供を見送りまた直立不動で警備に戻る黒服達。
彼らは決して子供達の“労働”を手伝わない、それは対価を得るために労働を行う子供達への侮辱だと思うが故に。
――――――――【オプリーチニキ】のような薄汚ない血に塗れた手では特に。
――――――――薄暗地下室、そこは悲鳴のような唸り声と咽るほどの血の匂いに満ちていた。
そんな空間に居るのは血に濡れた拷問器具を持つ数人のオプリーチニキと猿轡をされ手や口から血を流しながら椅子に縛り付けられた労働管理局の局長。
そしてこの場の支配者でもある白服の女性、メルクーリヤ。
あとは物言わぬ骸と化した管理局員が十数名。
皆死に際まで凄惨なめにあっていたことが察せられるほどに手足を損壊しており、恐怖に染まった死に顔を晒していた。
「まったく、クーちゃんの愛する大事な大事な国民を好き放題にしてくれたね?
食料配給の規制?労働時間の延長?挙げ句拉致誘拐から強姦殺人の隠蔽……、身に覚えはあるよねぇ?」
「〜〜!?〜〜〜!!!?」ブンブンッ
局長は言い訳を呻きながら首を横に振るが、当然猿轡がされてる為なんの言葉も発せられてはいない。
「あ〜、聞いといて悪いけどお前に発言権は無いからね?我が国で労働者から“搾取”する行為は基本死罪なのを知らないとは言わせないよ?」
「〜〜〜!!!!」
「う〜ん?『皆やってることだろ』かな?うん、そうだね……、悲しいことにそれが建前だけになってしまって模範たる“上の連中”が常習化してるだよね……」
悲しそうに溜息をつくメルクーリヤに局長は僅かな光明を見つけるも、絶対零度の瞳を向けてくるメルクーリヤに気付き再び絶望する。
「だからね、
立ち上がったメルクーリヤが華奢な手で局長の顔面を握り始める。
旧型とはいえ仮にも軽巡相当のKAN-SEN、メルクーリヤが本気で握力をかければ人の頭蓋骨を砕くことなど容易にできる。
「――――!!!!」
声にならぬ絶叫とともにミシミシと音を立て始めたところで、オプリーチニキの1人がメルクーリヤの手を掴んだ。
「何?邪魔しないでよ」
「こんな奴らは貴女様の手を穢すに値しないような俗物以下の存在。どうか“処分”は我々にお任せ願いたい」
「………なら私の怒りの矛先はどこに向ければ?」
「我らは貴女様の手足、それでご理解を」
その言葉に一瞬ポカンとするが、メルクーリヤの表情が柔らかくなり局長の顔から手を離す。
「そうだね、君等の“お仕事”を奪うのはイケないことだよね」
「ええ、我々の役目を奪われては困ります」
「
「では護衛を……」
「イラナイイラナイ、君達は存分に“お仕事”に集中してねぇ〜」
メルクーリヤが鉄扉を開けて出ていくのをオプリーチニキ達が敬礼しながら見送る。
鉄扉を閉める瞬間、局長が縋るような叫び声を上げてたかのように見えたが、それに対してメルクーリヤは満面の笑みで手を振るだけでそのまま閉じてしまうのであった。
――――――――――――局長が処罰から“解放”されたのはその十数時間後であった。
…………ギリギリ“人間だった”と判断が可能な状態ではあったと記しておく。
[リーム王国 王都ヒルキガ]
Sideパーミャチ・メルクーリヤ
リーム王国との貿易会談より数日、今日がリーム王国側からの最終回答日であった。
結局フル日数であの兄弟達と滞在する形になり小言を言われる羽目になった、聞く気はないけどねぇ!
先日気まぐれで始めた路上演説はそれなりの反響であり大満足であった。
こうして市場を歩いていればチョクチョク声をかけられるくらいには顔も売れた。
食材を買った屋台のおばちゃんからおまけで貰った林檎を食べながら歩いていると、スッとリーム王国風の格好をした男性が後ろに着く。
「同志メルクーリヤ、戻りました」
「ごくろ〜さん、どうだった?」
「表通りは体裁を取り繕えておりますが裏街は
「まぁそうだよねぇ〜」
「無論我が国の【暗黒期】ほどではありませんが」
「アハハッ!あれ程ヒドイのはそうそう無いでしょ!」
そう自嘲しつつあの北方連合最悪の時代【暗黒期】を思い出す。
本来であれば現"主席"が後任を委員会公認で決め引き継ぎなどを行うのだが、前々"主席"が突然病死し後任を急遽選定しなければならなくなった。
そして選任されたのが前々"主席"の右腕であり委員会にも強い発言力がある男、前"主席"であった。
この男、事実として優秀ではあり後ろ暗いこともなかった。
しかし"主席"という最高位を手に入れると段々と男の本性が露わになっていった。
とにかく自分の地位を確固たるものとするために同調する者等を優遇し、歯向かう者は排斥していった。
そんなことをすれば"主席"本人のために国を回すこととなり、あっという間に政府自体が腐敗していった。
何せ国のトップが自分に同調するなら多少のことは目を瞑るなどと宣うようになり、そこら中で汚職や職権乱用が横行。
貧富の差を無くすために特権階級を廃した国が、国のトップ自体が新たな特権階級となってしまったのだ。
さらにセイレーンへの対処や被害責任を全て軍部やKAN-SENに丸投げするようになり、予算は削られるのに無茶な戦果を要求するようになっていった。
こうなるともう国の存続が危ぶまれる事態となり、政治には関与しないことを暗黙の了解としていた私達KAN-SENも政変に向けて準備を進めることになった。
政治方面はアヴローラ、軍部方面はガングート、そして私メルクーリヤは民衆への働き掛けをしていった。
私自身が目立った行動をすることで他二人の行動から目を逸らさせるのも目的だったので、遠慮なく動くことにしていた。
その過程で設立したのが私個人の私設部隊【オプリーチニキ】、今でこそ《ファンクラブ部隊》や《クーちゃん応援隊》などとネタにされる程度のことしかしていないが、暗黒期には汚職連中を文字通り"消して"いた粛清専門部隊だ。
元々は“記録世界”にあった皇帝直属親衛隊を真似たものだが、そんなことを知らない皆は「何故こんな黒尽くめ?」「フルフェイスだと死角が……」と不思議がられたものだなぁ。
そんな連中を引き連れて国中を練り歩きながら世直し騒動していたらいつの間にか“凍土の女神様”だの“雪の妖精”に“クーちゃん様”などとおかしな方向に人気が上がってしまった。
その過程で鉱山炭鉱夫をしていた現"主席"を含めた現在の委員会に所属してる人材発掘できたりと良いこともあったが、前"主席"からは相当恨まれていたようで最終的には私への《廃艦処分》が下知されることとなってしまった。
ただ相当焦っていたようで根回しもロクにせず公表してしまったせいでアヴローラに着々食い破られていた政治基盤が崩壊、さらに怒り狂ったガングート含む軍部のクーデターが勃発。
結局は自らの首を絞める形で人生そのものに終止符を打つこととなってしまった、ということだ。
「パーパルディアという大国に抑圧されてきたリーム王国は今回の敗戦をチャンスだと思ってるフシがある。
そこそこの国力なのに結構野心的ね、身の程知らずとも言えるけど」
「そのためにわざわざ現地調査を?」
「そう!国として準備をしてればそれなりの兆候は見えてくるからね〜。商人や市民の声を聞くだけでも収穫は多いよ」
例えば鉱石を扱ってる商人の羽織りが良いだとか、食料の値が上がった、手に入らなくなったとかだけでも傾向が見えてくる。
早速リーム王国市民から人気を得たクーちゃんの前ではそれはもう口が軽くなるというもので聞いてもいないことも喋ってくれる。
そして結論としては――――
「“領土侵攻は視野に入れいるが、まだその時期ではない”という判断だろうね。軍需物資の貯蔵や戦力の拡大を緩やかに始めてる段階」
「やはりそうなりますか、我が国へ要請した技術協力内容からも確実でしょうか」
「その内容を事前に知ってたら動きも変えたんだけど……、まぁしょうがない」
政変の切っ掛けとなった私やガングートは未だに影響力が強い。
なので極力政治には関わらないでいようとしたが、今回はそれが若干裏目に出た。
でもまぁ!息抜きに観光できたので良しとしよう!
「
「相変わらず指示がいい加減過ぎません」(汗)
「フフフッ、横入りしてきた大人相手に竦んでた子供が一丁前に意見を言えるようになるとはねぇ〜?」
「……からかわないで下さい」
若干顔を赤らめる青年に微笑ましいモノを感じながら、
王都ヒルキガにて一人の男が苛立ちも隠さずにズカズカと歩いていた。
とある国での敗退の責任を押し付けられそうになっていたが、幸いにも自国で起きた政変のおかげで首の皮一枚繋がった。
そして所属部署の上司が栄転、後任の新しい上司は"チョットした"弱みを握っていたので脅して今の地位を維持できた。
そして今回、北方連合だとかいうフィルアデス大陸に進出した蛮族との外交交渉の仕事を半ば強引に奪い取ったのだ。
今やパーパルディアは【
(北方連合とかいう“貴族もいないような蛮族国家”も例のレッドアクシズだとかいう連中の関係者らしいが所詮は文明圏外国の蛮族)
(うちの国にいる尻も胸も貧素な“人気だけが取り柄の小娘”のことを切り出せばいくらでも譲歩させられるだろう。
なのに出発の寸前まで「今回は自重にしろ」「絶対に下らないことはするな」などと口煩くしやがって!
あげくお目付け役だとかいって監視役の同行者付きときたもんだ)
(まぁそのお目付け役もコッチに着いてそうそうに“たまたま”体調を崩して寝込んではいるがな、ザマァ見ろ!
こういう仕事は舐められたら終わりなんだ!なのに海軍のアホ共が負けたせいで!)
どこかでこのストレスの捌け口でもないかと思い悩んでいると、ふと視界に入ってきた光景に目を奪われる。
自然と出来た人集りの輪の中心、そこにいた人物へと。
灰色掛かった美しい髪に白い服からのぞく脇とたわわな横乳に薄い黒布に覆われた美脚。
思わずガン見してしまうほどにその女は蠱惑的に魅力的だった。
(あんな美女、本国の高級娼館にだってそうそういない!是非手に入れたい!)
そう思うも服装的にリームの人間ではなさそうだ。
周りの人集りに聞き耳をたてると、どうやら北方連合の人間であり外交官どもの"連れ"らしい。
(よし!決まりだ!あの女を献上することを条件に立ち回ろう!今回こそ手に入れてやる!
アルタラスでは王女を食い損ねたがあれだけの上物なら帳消しだ!ようやく俺にも運が回ってきたってもんだ!)
急に上機嫌になった男、カストは小躍りしながら会談の段取りをするために大使館へと帰っていくのであった。
次の7期開発艦の発表もあり、北方連合でDR空母がきますね!
…………6期の開発艦もだせてねぇーのに!(自業自得)