この作品は橘先輩の可愛さで持ってるようなものですからね。
「ほれほれ橋本、時間稼ぎしたところで事態は好転しないよ?助かりたきゃ一度地獄を潜らなきゃ──」
「わかってんだよ!いちいち煩いな本条!」
こんなあからさまな煽りに声を荒げてしまうほど、橋本は追い詰められていた。
そんな蝙蝠外交万歳な油断ならない男だが、普段の飄々とした軽薄さはいったいどこへ行ったのやら、顔中冷や汗だらけで鬼気迫る表情を浮かべている。
「見苦しいわね、さっさと覚悟決めなさいよ」
「無駄だ橋本。本条は一度狙った獲物を逃がすような甘い相手ではない」
「だからうるさいんだよ!気が散るからちょっと黙っていてくれ!」
煮え切らない橋本に若干イライラし始めた女子生徒は
橋本に諦めるよう諭した男子生徒は
そんな自分と同じく有栖を支える同志達の声も、今の橋本には届かない。それほどまでに彼は追い詰められているのだ。……ここでミスをすれば、地獄の底に突き落とされることを理解しているから。
「くそっ…………これだぁっ!」
やがて腹を括った橋本は、ようやく震える手を伸ばし答えを選択する。
「はい残念ローン。リーチタンピンリャンペーコードラドラ16000て~ん♪」
「ちくしょぉぉぉおおおおおぉぉおおお!」
「無惨ですね……」
失意のあまり雀卓に倒れこむ橋本に、非常に愉快そうな笑顔で憐れみの言葉をぶつける有栖。というか雀牌散らばったんだけど。牌無くしても弁償とかしないからな。
ただ今7月初旬、茹だるような暑さに生徒達が年間共通のブレザーに苛立ちを覚え始めた時期。先日俺が空手のインターハイ個人の部出場を決めたお祝いとして、有栖の部屋でちょっとしたパーティーを開くことになったのだが、橋本が雀卓を持ち込んだので有栖の側近四人で罰ゲームを賭けた麻雀勝負が行われることになり……結果はまあ、俺の執拗な集中攻撃により橋本が7局連続乙る羽目になり、神室に金的されたりタバスコを鼻から注がれたりと散々な目に遭いましたとさ。生粋のドSである有栖も大満足だ。
「さて、またまた箱割れした橋本君に罰ゲェェェム!テリブル★BOXから一枚引くがいい!」
「さっきからおかしいだろお前の引きの強さ!?というかさっきから俺ばっかり狙われてるけど何、お前実は俺のこと嫌いなの!?」
「いやいやまさか。だって神室も鬼頭も最近覚えたばっからしいじゃん?流石に初心者を苛め倒すのはアレだろ?」
「俺を苛め倒すのは良いんですかね!?」
「えーい、小悪党はいちいちしぶとい!これでラストにしてやるから、地獄の片道切符を受け取りな!」
「小悪党言うな!?わかったよ引けばいいんだろ引けば…………っ……!?」
観念した橋本はため息を吐きながら箱から一枚の紙を引き、中を確かめ硬直した。どれどれ書かれていた罰ゲームの内容は…………うわっ、これを引き当てちゃったか。
「罰ゲームは『1日メイド服』に決定~♪」
「おい待てなんだそれは!?字面からして嫌な予感しかしないが、嘘だよな!?嘘だと言ってよお願い!」
「いやそのまんまの意味だよ。明日になるまでお前はメイド服で過ごさなくてはなりません」
「やっぱりそうなのかよ畜生!つーかメイド服なんていったいどうやって用意しろと!?」
「ありますよ?はい、どうぞ」
実に良い笑顔でクローゼットからメイド服を取り出し、取り乱す橋本に手渡す有栖に、橋本だけじゃなく神室と鬼頭も思わず目を疑う。
「……は?えーっと、あの、姫さん?なんでこんなものがアンタのクローゼットに?」
「私の私物です。貸し出すのは構いませんが、桐葉に頂いた大事なものなので、汚したら承知しませんよ」
「「「………………」」」
何やら信じられないといった目で俺と有栖を交互に見る三人。しばらく気まずい無言タイムが続いたのち、それに耐えきれなくなった橋本がおずおずと口を開く。
「な、なあ本条……いや本条クン?なんで姫さんにメイド服なんてもの渡したんだ?」
「バカだなー橋本は、そんなもんメイド服着た有栖が見たかったからに決まってるでしょうが。期待通りすげー可愛いかった」
「あ、あんたってそういう趣味があったの……?」
ケダモノか何かを見る目で俺を睨んでくる神室。何を想像したか知らないけど失礼な反応だね君、別にいかがわしいことはしてないよ?桐葉君草食だもん、キリンだもん。
「どういう趣味かは知らんけど、最近のマイブームは有栖に色々コスプレさせて楽しむことだね。幸いポイントは潤沢にあるし」
「ちなみに私のマイブームも、桐葉に色々コスプレさせて楽しむことですね。燕尾服とかすごく似合ってたんですよ?」
「なあお前ら本当に付き合ってないのか?よっぽど仲の良いカップルでもないとやらないようなことしてんのに?」
「なんか頭痛くなってきた……」
「気をしっかり持つんだ神室。……しんどいのは皆一緒だ」
いやいや君達派閥の中でも幹部なんだからさ、この程度のことでいちいち狼狽えてちゃだめでしょうが。
ちなみに明らかにサイズの合っていないメイド服をムリヤリ着た橋本の破壊力は、それはもう凄かった。全然丈足りてないあたりがもう……。普段あまり笑わない神室や鬼頭も爆笑していたし、有栖に至っては危うく酸欠になるところだった。あっぶね。
「そういえば桐葉……例のCクラスとDクラスのいざこざの件、どう思いますか?」
パーティーもお開きとなり、橋本達三人を帰らせた(勿論橋本はメイド服のまま帰らせた。第三者に彼が通報されないことを祈る)後、部屋の片付けを手伝う最中有栖がそんなことを聞いていた。
話は7月1日まで遡るが、毎月1日に振り込まれる筈のプライベートポイントが1年だけ差し止めになるというトラブルが発生。Aクラスは皆ポイントに余裕があるので困惑はすれど、さほど取り乱しはしなかった。
そしてその翌日。CクラスとDクラスの生徒の間でトラブルが発生し、それが一年のポイント振り込みが差し止められている原因だと担任から伝えられた。
下位クラスを見下している戸塚が色々と愚痴っていたが、そんな暇があるなら葛城派のために何か貢献でもしなさいという話だ。ただでさえ葛城が生徒会の面接で落とされて、中間のときにはあったリードが無くなっちゃったんだからさ、もっと危機感持てや。
……まあそれはそれとして、その日の放課後Aクラスの教室にDクラスの平田洋介というイケメン君が、仲間という名の取り巻きを大勢引きつれてやってきた。
その平田君が言うにはトラブルの内容は、Cクラスの生徒3名が特別棟三階でDクラスの須藤という生徒にフルボッコにされたと学校に訴え、しかしその須藤は先に襲われたから反撃しただけと正当防衛を主張し、両者の語る内容が食い違っている……というものらしい。
最終的な判断は一週間後に下されるので、現場を目撃した者がいないか訪ねに来たんだそうだ。Aクラスには他クラス、特にDクラスを見下す生徒も少なくないため危うく一触即発に陥りかけたが、すぐさま有栖と葛城が仲裁してそれぞれの派閥の生徒から聞き込みを行った。……残念ながら誰もいなかったんだけどね。
「んー……もしその須藤って子の言ってることが本当なら、黒幕は多分リュンケルだろうね」
「……リュンケル?」
「龍園翔だからリュンケル。Cクラスの番長君」
「ああ、その方なら私も名前だけは知っています。何故リュンケルさんが黒幕だと?」
「この間会ってみてわかったけど、あいつはお前と違って暴力による恐怖でクラスを支配するタイプだろうからね。下っ端が勝手に他クラスに喧嘩を吹っ掛けるのを許すとはとても思えないな」
以前図書館でCクラスの生徒が誰かの許可無く俺と争うことを忌避してたけど、その誰かは間違いなくリュンケルだろう。
「ではリュンケルさんの目的は、そうですね……退学、または停学したときのペナルティを知ることでしょうか」
「だろうね。卍解ちゃん辺りには何の役にも立たない情報だろうけど、リュンケルにとっては非常に価値のある情報だ。彼は勝つためなら手段を選ばないタイプだから」
使い方次第では、そうだな……俺達には通用しないだろうけど、卍解ちゃん達Bクラスはなんとか引き摺り下ろせるだろうね。
「でしたら私は静観することにしましょう。クラスから退学者が出た場合どうなるかは多少気になりますし」
「それなんだけどな有栖、しばらく葛城派は放置でいいよな?」
「ええ。夏休みの特別試験では葛城君に指揮を取ってもらわなくてはなりませんから、期末テストでは何も仕掛けないつもりです」
絶滅危惧種かってくらい丁重に扱われている葛城派だがそれも仕方ない。葛城が生徒会に入れなかったことに加え、有栖の右腕である俺が部活動で全国行きを決めたせいで、クラスポイントが50もプラスされてしまったのだ。この結果を受けて中立のほとんどは当然として、葛城派の何人かまでが坂柳派に流れてしまったのだ。これで期末まで不甲斐ない結果を出せば、葛城が特別試験を仕切れなくなってしまいかねない。……いちいち世話の焼ける奴だねあいつも。
「ってことは俺もしばらく暇になるわけだ」
「そうなりますね。……まさか」
「面白そうだからちょっと首突っ込んでくるZE☆」
「貴方という人は……どうせ止めても無駄でしょうし、好きにしてください」
「流石有栖、愛してるぜ♪」
「ふふ、私もです」
さあて、そうと決まればとりあえず卍解ちゃんにメールしようかな。Dクラスは絶対Bクラスにも事件の目撃者がいないか訪ねに行っただろうし、そうなればTHE・善人のあの子のことだ、きっと損得勘定無しでDクラスの力になろうとするだろう。ただでさえBクラスは以前Cクラスにちょっかいかけられて揉めたらしいから、リュンケルの手口を知ってそうだしね。
邪魔してすまんなリュンケル、素直にメアド教えてくれない君がいけないのだよ。
Q.なぜ有栖ちゃんは麻雀に参加しなかったの?
A.用意していた罰ゲームのいくつかが、心疾患持ちにはとても耐えられるものじゃないから。