翌日の放課後。
メールで約束で取り付けておいた一之瀬こと卍解ちゃんと落ち合い、ただ今談笑しながら例の事件があった特別棟へと向かっている。おそらくはDクラスも何か解決の手がかりが無いか調べてるだろうしね。
「─しかしまあ俺だけじゃなく、先輩達も団体戦でインターハイ出場決めるとは思わなかったな。空手部の未来が明るくて何よりだ」
「すごいよ本条君、おめでとう!あ、でも私達Bクラスからしたらちょっと複雑かなぁ。クラスポイントもさらに離されちゃったし」
「まあ卍解ちゃん達は卍解ちゃん達のやり方で成長していけば良いんじゃね?大丈夫、団結力ならウチの惨敗だからね!」
「誇らしげにするところじゃないと思うよそれ……えっと、確か坂柳さんと葛城さんのどっちがリーダーになるかで争ってるんだよね?」
「それも時間の問題だけどなぁ……ったく葛城の奴、生徒会の審査落とされやがってよー。お陰で葛城派は最近元気が無くてさ、歯応えが無くて仕方ない」
「……っ……そうなんだ、葛城君もなんだ」
「? “も”ってことは……卍解ちゃんも?」
「……うん」
やや落ち込んだ様子の卍解ちゃん……葛城のときも引っ掛かったが、やっぱり妙な話だな。葛城も卍解ちゃんも、学年トップクラスに優秀な生徒だ。流石に会長さんに比べればケチもつくけど、茜先輩が書記をやれてるんだから能力的には問題ない筈……あ、違うんです茜先輩。別に先輩を無能だと思ってる訳じゃないんで、俺の心の中で涙目になって怒らないでください。
俺のやや気まずそうな様子に何か勘違いしたのか、卍解ちゃんは手を振って笑顔になる。
「あっ、ごめんね暗い話題になっちゃって。生徒会に入るのを諦めたわけじゃないから、気にしないで本条君」
「ああそうなの。……まあ根気よく立候補し続ければ、会長さんにも熱意が伝わるでしょ」
「うん、きっとそうだねっ!よーし、私も頑張っちゃうよー!」
とりあえず卍解ちゃんには気休めを言っておくけど……成就するかは正直微妙だなぁ。俺が賭け試合に使うポイントを借りたときに出された条件といい、会長は能力や人格といったこととは別の理由で二人を不採用にしただろうし。
「それにしても……暑いね
「んむ?……ああ、確かにね」
いつのまにか特別棟についていたようだ。真夏だというのに窓を閉めきってていてなおかつエアコンもついていないこの場所は、どうぞ熱中症になってくださいと言わんばかりの地獄と化していた。俺は昔から暑さにも寒さにも病的に強いからどうとでもなるが、一之瀬は汗だくになりながら下敷きを団扇代わりにしている。……有栖連れてこなくて良かった。
「あっ、やっぱり誰かいるみたい。あの子達、確かDクラスの生徒だったと思う」
「どれどれ……って、ホリリンとコージーじゃん?たしかにDクラスの生徒だね」
「お友達?」
「コージーとはね。……ここにいるとは微塵も思ってなかったけど」
ホリリンはともかく、なんでコージーが事件現場なんかにいるんだ?事なかれ主義はどうした?
「おーいホリリンとコージー、そんなとこで何してんの?」
俺の呼び掛けに二人はこちらへ振り返る。……ん?ホリリンは多分俺を嫌ってるから視線に敵意があるのはわかるけど、それと同時に困惑と興味も混じっているな。
「ちょっと時間いいかな?もし甘酸っぱいデート中だったらすぐに退散するけど──」
「それはないわね」
卍解ちゃんの言葉を遮るように否定するホリリン。おお、早押しクイズ並みの反応の早さだ。
「あはは、そうだね。デートスポットにしちゃちょっと暑すぎるし」
「甘酸っぱいというか、酸っぱいデートになるな。汗的な意味で」
「お願いやめて本条君、嫌な想像しちゃうから……」
「何か用かしら。茶化しに来たならお引き取り願いたいのだけど」
俺達のそんなくだらないやり取りに、ホリリンは警戒心剥き出しにして問いかける。うんうん、相変わらず人を寄せ付けない子だね。そういう子嫌いじゃないよ、好きでもないけど。
「君達ってDクラスの生徒だよね?昨日私のいないとき、Bクラスに目撃者の情報を探しに来たって聞いてね」
「同じく。……君達クラスメイトの無実を証明しようとしてるんだよな?」
「もし私達がその調査をしているとして、あなた達に関係があるのかしら?」
「無いな、ぶっちゃけ」
「まあ、そうだね……でも、ちょっと気になって様子を見に来たの。よかったら事情を聞かせてくれないかな?」
「……裏があるようにしか思えないわ」
まあ今回の件に関しちゃAもBも完全に部外者だろうけどよ、それにしたって取り付く島も無いなこの子。
「そこまで警戒しないでもいいんじゃないか?どうやら本当に興味本位って感じだし」
「私は他人の興味本位に付き合う気はないの」
コージーがそう諌めるも、友好度0のホリリンは少し距離を置いて窓の外を眺めだした。どうやら勝手にしろということらしい。それとコージー、俺は100パー興味本位だけど卍解ちゃんは100パー善意で手伝いに来たらしいぞ。
「聞かせてよ。先生達からは喧嘩があったくらいしか教えてくれなくて」
コージーは少し迷っていたようだが、事件の全容を教えてくれた。どうやら須藤君はバスケ部でもレギュラー候補になるほど優秀なそうで、それを妬んだCクラスのバスケ部員にここへ呼び出され殴りかかられ、撃退したら嘘の報告を学校にされたそうな。コージー達は何か手がかりが無いか探しにきたものの、不幸なことに特別棟には監視カメラが無くどちらが嘘の証言をしたかわからないとのこと。……もしリュンケルが裏で手を引いてるんだとしたら、間違いなく監視カメラの無いこの場所を狙って事件を起こさせたなこりゃ。
「君達はその、須藤君の方を信じてるんだよね。友達だから当たり前だけど、Dクラスにとっては今回の騒動は冤罪事件になるね。……でも、もし須藤君が嘘をついてたと判明したら君達はどうするの?」
「当然正直に申告させるわ。その嘘は間違いなく自分の首を絞める結果に繋がるでしょうし」
ここで揉み消すなんて答えてたら、流石の卍解ちゃんも手伝う気になれなかっただろうな。その証拠に安心したように息を吐いているし。
「……もういいかしら。知りたい情報は全部知れた筈よ」
「……あのさ、もしよかったら私達も協力しようか?人手は多いほど色々と効率的でしょ?」
「どうしてそういう流れになるのかしら?」
「この学校はクラス同士を競わせてるから、こういうトラブルは今回だけじゃなくこの先も起こりうることだよね。嘘をついた方が勝っちゃうなんて大問題だよ。……それに話を聞いちゃった以上、個人的に見過ごせないしね」
流石卍解ちゃん、THE・善人な行動原理だ。腹の中真っ黒な有栖は勿論、あの葛城でさえそんな理由でDクラスを助けようとは思わないだろう。自分で言うのもアレだけど、遊び半分で首突っ込みにきた俺とは大違いだね。
「俺も手を貸すよ。今クラスは内輪揉めで忙しいから、個人での協力になるけどね」
「クラスに居場所が無いのかしら?だとしたら憐れねあなた」
「チェスに例えると俺はクイーンだからね、本当に重要な局面でしか指示が回ってこないのさ。派閥争いなんて俺が直接動かなくても、葛城じゃ有栖には勝てやしない」
「……葛城?有栖?」
マジかよホリリンちゃん。敵対するクラスの中心人物くらい調べとけよ……ってそういえばこの子ぼっちだったっけ。誰からも教えてもらえないだろうし、Dクラスは大変だったみたいだから情報収集してる暇も無いか。
「葛城康平君と坂柳有栖さん。Aクラスはこの二人がそれぞれグループを作って、どちらがクラスを纏めていくか争っているらしいんだ」
「Aクラスは常に狙われる立場だというのに、内輪揉めなんて随分と暢気なものね」
「そりゃあ外側に脅威が無い以上、内側で揉めるのは不自然じゃないでしょ?」
面白くなりそうだったのでわざと火種を投げ入れてみると、卍解ちゃんとコージーは平然としていたが、ホリリンからの敵意が跳ね上がった。……というかコージー、君も置物みたいに立ってないでもう少し会話に混ざろうぜ?
「今の内に好きなだけ図に乗っておけばいいわ。あなた達がトップの座に胡座をかいていれば、引きずり降ろすのも難しくはなさそうね」
「本気で引きずり降ろすつもりなら、無駄に警戒させないために黙ってた方が賢明だぜ?……まあでも期待はしてるよ。君達が脅威になるくらい成長したら、退屈している有栖も喜ぶだろうし。……まあそんな訳で、暇だから俺も手伝って──」
「お断りするわ」
ですよね。薄々そうだろうとは思ってたよ。
まあ適当に言いくるめることもできなくはないが……別にそこまでする程のことじゃないかな、うん。
「一之瀬さんはともかく、あなたには信用できる要素が欠片もない。下手に引っ掻き回されたらたまらないし、さっさとお引き取り願うわ」
「わーお随分な嫌われよう。……まあお呼びじゃないってんなら別にいいけどさ。またね卍解ちゃん、コージー、ホリリン」
「待ちなさい。ずっと気になってたけど、私のことをふざけた名称で呼ぶのをやめなさい」
「別にふざけてないよ失礼な。“堀”北“鈴”音だからホリリン。可愛らしいでしょ?」
「やめなさいと言ったはずよ。あなたに頓珍漢な愛称で呼ばれる筋合いは無いわ」
「えー……なんで俺が君なんかに命令されなきゃいけないのさ?俺が君をどう呼ぼうと俺の勝手でしょ」
卍解ちゃんみたいにお願いしてきたならともかく、上から物言ってきたなら当然拒否する。俺に命令していいのは有栖だけだよ、今のところは。
「……力づくで言うことを聞かせてあげましょうか?」
「力づくで?君程度が?寝言は寝て言おうか」
ああ駄目だな俺も。女の子からここまで敵意を向けられることは今まで無かったから……ついつい火に油を注ぎたくなる。俺の心の中の有栖がいいぞもっとやれと囃し立てる。
「はいはいストップストップ!暴力事件を解決させようとしてる人が暴力に訴えたら本末転倒だよ。本条君も必要以上に挑発しない!」
「それもそうだね、ごめんごめん」
申し訳無い気持ちなど欠片も無いが形だけ謝っておいた俺に対し、ホリリンは憮然とした表情でそっぽを向いた。気位が高いなぁこの子……リュンケルと戦っていく上では致命的だ。
「そんなにホリリンが嫌?……よし、じゃあ1つゲームをしよう」
「ふざけてるの?私達にそんなことしてる暇は──」
「ゲームの内容はとてもシンプル!……須藤君の完全無罪を勝ち取ってみな。そしたら名前を普通に呼んであげる」
「「っ!?」」
……ふむ。表情から察するにホリリンと卍解ちゃんは、それがどれだけ困難か理解してるみたいだな。コージーは無表情のままだからどうなのかわからねーけど。
たとえCクラスが嘘をついていようが、実際に暴力を振るって怪我させてしまった須藤君にも、多分停学等の何らかのお咎めはあるだろう。そうなればレギュラーの話も多分白紙……つまり完全無罪を勝ち取らなきゃCクラスの勝ちみたいなもんだ。
俺の見立てでは、正攻法ではどうあがいても須藤君が完全無罪になることは無い……正攻法なら。
「俺の挑戦を受けるかい?正直、この程度の危機を対処できないなら俺や有栖の敵じゃないけど……まあどうしても嫌だっていうなら、別に無条件で堀北呼びでも構わないよ?」
「……いいわ、その勝負受けてあげる」
やはりプライドが高く挑発に弱い女……とバカにする気にはならないな。一見途方もなく困難な試練が立ち塞がり、さらにリスクの無い逃げ道まで用意されたんじゃ、大抵の奴は逃げることを選ぶ。ここで逃げずに戦えるのは、よほどのバカかよほど強い芯を持った人間だけだ。
「その代わり、私が勝ったときの要求は変えてもらうわ。よく考えたらあなたがどう呼ぼうが、私の知ったことじゃないしね」
「ふむ……何が望みだい?」
「あなたの所持ポイント数と、どうやってそれを集めたかを教えてもらうわ」
……ほー、そうきたか。
「……何故そんなことを聞きたがるのさ?」
「今日ウチの担任に質問したの、この学校が始まって以来、過去最高どれだけのポイントを集めた生徒がいるのかってね。……返ってきた答えはあなただったわ。具体的な額は教えてくれなかったけど」
なるほど、最初に興味の視線を向けてきたのはそういう理由か……というかまた個人情報流出してるし、相変わらずコンプライアンスがなってねぇなこの学校。
「……いいよ、須藤君が無罪になったら教えてあげる。それじゃあ頑張ってね、応援してる」
不敵な笑みを浮かべつつそう締め括り、俺は特別棟を後にし。ホリリンの性格上多分今回の件にはあまり乗り気じゃなかっただろうけど、本気で取り組む気になっただろう。卍解ちゃんも協力するみたいだし、あとはちょっと頭を使えば無罪に持っていくことはそう難しくない。……ただ、1つだけ懸念事項はある。
……監視カメラ、ここの敷地内で手に入るのかな?
桐葉君の心の中の天使=橘先輩
心の中の悪魔=有栖ちゃん
力の差があり過ぎるので同時に出て争ったりはしない。