無人島試験編、2巻よりもずっと書きやすい!
青々と生い茂る森を動き回るのは、アスファルトで舗装された道に慣れてしまった現代っ子にとってはどうしても苦痛が伴う。ジメジメとした暑さ、不安定な足場、方角を狂わせる見通しの悪さと自然の障害物の数々……それら全てが探索者の心身を蝕ばむ。この過酷な環境下でド素人が、この俺を追跡するなどできるわけがない。
「ヒャッホォォオオオォォォオオッ!イェェェエエエエエエイ!」
早々に町田を撒いた俺は、自分でも引くほどハイテンションで、森の中を全力失踪で駆け抜けていた。端から見ればトチ狂ったようにしか見えないだろうが、アゲアゲになるのは仕方がないのだ。自然と植物をこよなく愛する俺としては、せめて学校敷地内に植物園くらい無いのかと常々不満に思っていた。それでもここを卒業するまでの辛抱だと今まで己に言い聞かせていたが、まさか試験で大自然を満喫できるとは思ってもみなかった。……もしかして有栖、俺が散々ゴネ倒しても仮病でサボることを許さなかったのはこのためなのか?だとしたら薄情とか思っててゴメン、やっぱ愛してる。
「おっとアブね」
アホなことを考えていたらいつの間にか目の前に大木が迫っていたので、俺は脚力に任せて木に向かって大きく跳び上がり、枝を掴み一回転して着地する。そのまま忍者のようにいくつかの木々を渡り進み回収する物を回収してから、再び地上へと舞い戻る。
森の中で全力疾走など普通の人なら自殺行為だ。体力を過度に消耗するのは勿論、大怪我を負う危険性が付きまとうだろうが……今まで幾度となく鍛練を行ってきた俺にとっては、コンディションを落とさず駆け抜けることなど造作もない。……これぞ本条桐葉684の特技の1つ、『フリーランニング』だ!
「……さてと、一旦合流しますかね」
目ぼしい物はひとまず集め終えたし、葛城達もそろそろ洞窟を抑えているだろう……んあ?今向こうの方にチラッと見えた金髪は……。
目星をつけた方向へダッシュで駆け寄ってみると、見知った友人が相変わらず自分に酔った振る舞いで森を練り歩いていた。
「ようミスター」
「おや、クイーンボーイではないか、奇遇だねぇ」
「探索かい?森の中を1人で歩き回るのは危ないんだぞー?」
「私にとっては大した問題ではないさ。それにそのセリフ、そっくりそのまま君にお返してもいいかな?」
「俺も問題ないぜ。というか誰が付き添いだろうが基本足手まといだから、むしろ1人の方がいいかな」
「同感だねぇ」
優雅に髪をかき上げながら、不敵に笑うミスターこと高円寺。同学年のほとんどから変人扱いされ良く思われていないらしいが、唯一俺とは比較的仲が良い。将来的に俺を部下にする予定らしいというのもあるが、それを抜きにしても色々と波長が合うのだろう。
「ところでクイーンボーイ。いったい君にはここがどんな風に見えているか、聞かせてもらえるかい?」
「ぶっちゃけファッション無人島だな、うん」
こんな徹底的に人の管理が行き届いた森が自然界にあってたまるか。群生してる植物にしたってある程度の知識があれば、この土壌と気候では自然に育つことがない植物が紛れていると気づくだろう。というか明らかに人為的に栽培されたものが盛り沢山だし、木に生っている実も虫食い1つ無い……これではジャングルというよりそれこそ植物園だ。
「グゥッド。やはり君はそこらの凡人達と違い、目の付け所をわかっているようだねぇ。……それでは失礼するよクイーンボーイ、これから7日間頑張ってくれたまえ」
「あ、もうリタイアするんだ?」
ミスターの性格上最後までやり遂げるわけがないとは思っていたが、まさか初日とは……Dクラスかわいそ。
「もう飽きてしまったのだから仕方ないさ。……クイーンボーイもどうだい?いずれ私の右腕になる男が、凡人達にかかずらっているのは感心しないねぇ」
「そんな予定は今のところ無いし、好き勝手はしてもクラスの毒になるようなことは気が引けるから却下だね。……それに何より、せっかくの森林浴タイムを早めに切り上げるなんてとんでもない」
「なるほど、それならば仕方がないか。……シーユー、クイーンボーイ。健闘を祈るよ」
「シーユー、ミスター。また7日後な」
それにしても、リタイアすればマイナス30ポイントだというのに一切お構い無しとは……俺も大概フリーダムだけど、流石にあいつには負けるかな、うん。
「ふむふむ……半分予想通り、半分予想外だな」
葛城がベースキャンプの場所に選んだのは、案の定洞窟だった。しかも入り口には生徒を見張りに立て、さらにビニールをつなぎ合わせてバリケードを作り内部が見えないようにしている。「絶対にリーダーを見破らせはしない!」という、葛城の断固たる決意が現れているな。
ここまでは概ね予想通りだったが、入り口の側に設置された2組のシャワー室と仮設トイレは予想外だった。1つずつならわかるが2つ……設置にいくらかかるかなんてチェックしてないが、工夫次第で削減できる出費を葛城が許容するとは思えない。多分俺のいない間に色々と何かあったんだろうな。
入り口に向かって歩いていくと、ちょうど警備していたのが葛城派の生徒だったのでたちまち敵意を向けられるが、俺が両手に抱えているものに気づくと苦々しい表情で道を開ける。ものわかりの良い奴は嫌いじゃないよ、好きでもねーけど。
「おーい葛城ー。桐葉君の帰還ですよー」
「本条!お前よくもぬけぬけと戻ってこれたな!……あ?なんだよこれ?」
洞窟に入ると案の定戸塚が噛みついてきたので、俺は戦利品が詰まった袋を1つ投げ渡す。
「見りゃわかるでしょ、森を探索中に集めといた食料だよ。クロマメノキやアケビなど身近に無いものから、トマトやきゅうりのような明らかに人工栽培されたであろう野菜まで盛り沢山だ」
クラス全員で分けあっても1日は持つ量だ。食料を調達で賄うことができれば、ポイント消費を大幅に抑えられるだろうと思い、大自然を満喫しながら集めておいた。
「そんで葛城、ほれ」
「これは、細い木の枝か……」
戸塚に続くように何やら難しい顔でやってきた葛城にも、残った袋を投げ渡す。
「火付けるときに必要になるだろ。焚き火をする際に使えとばかりに、そこら中に不自然なほど落ちてたやつを集めといた」
「……どういうつもりだ本条。お前は今回の試験、協力しないんじゃなかったか?」
「誰もそんなこと言ってないでしょうが。お前の指示に従うのは嫌だけど、クラスを放ったらかしにするほど俺は薄情じゃないよ」
「あくまで自分の判断で動くという訳か。……クラスの害にはならないと信じていいんだな?」
「勿論だ、約束してやるよ」
何やら疲れたように溜め息を吐く葛城。オッサンみたいな容姿も相まって残業明けの社畜みたいだね。
「……わかった、それなら好きにしろ。クラスに貢献するというなら、もう俺からは何も言わん」
「か、葛城さん!?良いんですか!?」
「残念ながら弥彦、今の俺ではこいつの手綱は握れそうもない」
今の、てことはクラスのリーダーの座を諦めた訳じゃなさそうだ。……ということは今回の試験も、別に自暴自棄になって諦めたわけじゃないようだね。
「ところで葛城、お前にしちゃ珍しく随分と大人買いしたんだね。初日からいったいいくら使ったのさ?」
洞窟の中はサバイバル中とは思えない快適空間に様変わりしていた。クラス全員が寝られるように追加したテントはともかく、地面の固さを和らげるフロアマットやアウトドア用の枕、数台のコードレスの扇風機に冷蔵庫代わりのクーラーボックス数個……本当に勝つ気あんのかと問いたくなるほどの大判振る舞いだ。
「いや、俺達Aクラスは1ポイントも使っていない。依然として270ポイントのままだ」
「ふーん……Cクラスと取引でもした?」
「っ……そうだ。何故わかった?」
「なんでも何も、そんなぶっ飛んだことを実行できる奴なんてリュンケルぐらいでしょ」
リュンケルの持ち掛けた取引内容はおそらく、何かしらの見返りと引き換えにAクラスの消費ポイントを肩代わりすること。この試験で彼が目をつけたのは、クラスポイントがマイナスには決してならないというルール。極論300ポイントを初日で使い切って全員が仮病でリタイアしても、クラスには何のダメージも入らないのだ。
「それで何を要求されたのさ?何の見返りもなくAクラスを支援する、なんてボランティア精神に溢れた子じゃないよねリュンケルは」
「……これが奴と結んだ契約書だ。ちなみにこれは両クラスの担任のもと正式に結ばれた契約故、反故にすると重いペナルティを受けることになるぞ」
そう言って葛城は契約書を渡してくる。そこに書かれている内容をまとめると……
・CクラスはAクラスに対し、200ポイント相当の物資を購入して譲渡する(購入する物資はAクラスが決める)。もしBクラスとDクラスのリーダーを見抜いた場合、得た情報を全てAクラスにも共有する。
・(坂柳有栖を除く)Aクラス生徒は龍園翔に毎月2万のプライベートポイントを譲渡する。この契約は龍園翔がこの学校を卒業、または退学するまで継続する。
……なるほど、一見お互いに旨味のある契約に見える。プライベートポイントはクラスの優劣には関わらないが、使い方次第で身を守る盾にも敵を討つ剣にもなる。クラスリーダーであるリュンケルに毎月安定して78万ものポイントが流れ込むのだから、様々な戦術に応用することができるだろう。
逆にプライベートポイントに余裕のあるAクラスにとっては、地位を磐石にするためにクラスポイントの方が遥かに重要になる。ポイントを一切消費せず、さらにスポット占有とリーダー当てによるボーナスが加わるのなら、大幅にBクラスを突き放せるだろう。
……しかし、正直やっちまったなという感想しか出てこない。リュンケルがそんな温い契約を結ぶ筈がないだろうに。思わず溜め息を吐いた俺に、葛城が厳しい表情を向けてくる。
「勝手に契約を結んだことが不服か?だが今回の試験は俺がクラスの指揮を取っている。クラスが一丸となるべき試験で足並みを揃えようとしないお前には、俺の方針に文句を言われる筋合いは無いぞ」
「別に文句は無いさ、毎月2万なんて大した出費でもないしな。……ただやっぱり、お前にしては大胆に動いたなと思ってさ。そんなに有栖に追い詰められていくのが怖いのかな?」
再び葛城派の生徒に敵意を向けられるが、当の葛城は苦々しい表情をしているところを見るに図星らしい。中間テストの時点では優位に立っていたが、生徒会の面接で落とされ、俺が部活動で結果を出し、さらに期末テストでも……ここ最近の葛城はさぞや焦燥に駆られていただろうな。そして今回の特別試験で有栖が不参加という千載一遇の大チャンスが転がりこんできたんだ、リュンケルの契約に思わず飛びついてしまったのも無理は無いかな。……あの契約書の内容だと、リュンケルがAクラスのリーダーを当てても何のお咎めも無い。普段の葛城ならそんな大事なことを見落とさなかった筈だ。
「ま、いいや。お前の言った通り、今回の試験においてはお前がトップだ。あれこれ口出しするつもりはないさ。……それで他に何か俺に伝えておくことは無い?たとえば誰をリーダーにしたとか」
「っ……誰がお前みたいな奴に教えるか!」
「正直に言おう。弥彦の言う通り俺達はお前……正確に言えばお前達坂柳派を信用していない。あの女ならクラスの勝利を度外視してでも、俺を陥れろと指示してもおかしくないからな」
うん、大正解。
「なるほど。俺達には教えず、お前達だけでリーダーの情報を他クラスから守りきると」
「そうだ……だが代わりに良い情報を教えてやろう。お前も既に気づいているだろうが、この洞窟の近くには複数のスポットがある。その内の1つ、崖沿いの死角に取りつけられたハシゴの下にある小屋には、スポットを占有したクラスだけが使える釣竿が置いてある。釣りがしたくなったら好きに使うといい」
要は暇なときに魚でも釣ってクラスに貢献しろって遠回しに言ってるんだな。少し賢くなったじゃないか葛城よ。
「へえ、中々楽しそうだな。……よーし荷物も……橋本、クーラーボックス持って俺についてこーい」
「ついていくのは別に構わないけどよ、今荷物持ちっていいかけただろお前」
「だって俺箸より重いもの持てないしー」
「たった今かき集めてきた食糧詰めの袋はどうなんだよ!?」
しょうもないやり取りを繰り広げながら洞窟を出て、葛城派の人間がついてきていないことを確認してから、橋本に小声で話しかけられる。
「ところで本条……このクラスのリーダーは誰だと思う?葛城派の誰かなのは確定だが」
「戸塚だね、うん」
「……根拠は?」
「まず他クラスにも名が広まっている葛城は除外。そしてあいつのことだ、有栖の手の者が派閥に紛れ込んでいることぐらい薄々わかっている筈。誰を疑えばいいのかわからない状況下でリーダーを選ぶとしたら、100%有栖の味方じゃない戸塚だ」
橋本が納得するような理屈はこんなところかな。実際はアイツわかりやすいから視れば一発だったんだが……橋本にはまだ
「何故素直に俺に教えたか聞いてもいいか?」
「だってお前多分、有栖から指示を受けてるだろ?Aクラスを敗北させて葛城を失脚させろって。……それに、リュンケルに恩を売っておきたいお前からすりゃ丁度良い手土産だろう?葛城にはクラスの害にはならないって約束したけど、今俺がしたのはクラスメイトに憶測を話しただけだしね」
「船のときといい、やっぱ俺の思惑はバレバレって訳か。まったく、これだから天才様は恐ろしいぜ……」
降参とばかりにやれやれと肩を竦める橋本。俺にとっては凄くどうでもいい存在だが、必要とあらば平気でクラスを裏切れるこいつは、間違いなく有栖にとって貴重な駒だ。
「ところで本条。多分信憑性があがるから、リーダーを龍園に教えるときにお前の名前を出していいか?」
「んー、別に構わんよ。……おっ、これが例のハシゴだな。よっしゃ釣るぜさあ釣るぜ!太公望のごとく釣ってやるぜ!」
「魚釣る気無いだろお前!?」
ちなみに釣果は橋本がやたらと釣りまくってたのに対し、俺の釣竿にはまったく食いつかず坊主だった。おのれ太公望。
本条「クラスの毒になるようなことは気が引ける(橋本にリーダーが誰か教えつつ)」
どうして葛城が戸塚なんかを信頼しているかちょっと考えたのですが、絶対に有栖ちゃんの手先じゃないと断言できるからじゃないですかね。