その後、茶柱先生からちょっとした補足説明を受けてから解散となった。町田は敵対派閥、森重もスパイとはいえ先日まで葛城派として行動していたためまったく親しくないことから、説明が終わると二人ともさっさと部屋を出ていってしまった。やはり『兎』グループに配属されたAクラスのメンバーに、チームワークなんてものは存在しないようだ。
部屋を出てマナーモードにしていた携帯をチェックすると、リュンケルの集合時間が午後8時30分だと橋本からメールが来ていた。となると午後8時頃にまたここに来て例の話を伝えるとするか。……まったくリュンケルめ、あのときメアド教えてくれてたらこんなまわりくどいことしなくて済んだのに。
さて、そうなると2時間ほど暇を持て余すことになるよね……ここは試験のテーマたる『シンキング』らしく、夕食でも取りながら試験の内容と俺の立ち回りについて考えてみようか。
「……なんで私がアンタと二人きりでご飯を食べる羽目になってるのよ?」
「まあそう嫌な顔するなマスミン。ここ奢ってあげるから」
「ここの料理全部タダでしょうが。というかマスミン言うな」
「……カムロンの方が良かった?」
「そういう問題じゃない」
「でもなんか語感がマカロンみたいじゃね?とてもじゃないけど君にはそんなファンシーなの似合わないと思う」
「話を聞け!あとどういう意味よそれ!?」
客船を歩いていたらちょうどレストランに向かう坂柳派のビショップ、神室真澄……通称マスミンを見かけたので、予定を変更して半ば強引に同伴し一緒に食事を摂ることに。たまには派閥の側近同士で親睦を深めないとね。
「なんでそんなに不機嫌なのさ?普段から昼食は派閥の皆と摂ってるし、マスミンは俺のこと嫌ってないのに」
「……確かに嫌いではないけど、よくそこまではっきり断言できるわね」
「俺そういうのすぐわかるからね。Dクラスの櫛田ちゃんなんて凄いよ?この国が法治国家じゃなかったら
「……櫛田って、あの櫛田が?俄には信じられないわね。アンタあいつに何したのよ」
「知らないし興味も無い」
それだけ嫌悪感を抱いている俺に、何故友好的に接してくるのかは少し気になる。理解に苦しむ、とも言えるけど。
「……話を戻すけど、確かにアンタのことは嫌いじゃないわよ。でもね……彼女持ちの男と二人きりで食事する女が、周りからどう見られるか考えてよ」
「俺と有栖はまだ付き合ってないぜ?」
「アンタ達の面倒な関係は置いといて、周りはそう見ないわよ。……というかアンタ達、意図的にそう見られるようにしてるでしょ?」
それはそうだ。周りから恋人同士だと認知されていれば、交際を申し込まれるような面倒な手間を省ける。有栖をよく知らない女子はその容姿から横恋慕を諦めるだろうし、有栖をよく知る女子は横恋慕など怖過ぎてできないだろう。その逆も似たようなものだ。
「私も面倒ごとは避けたかったのに……これで変な噂でもされたらどうしてくれんのよ?」
「大丈夫でしょ。大半の生徒からの俺の印象は『ちょっと変わった人』だろうから、『まあ、本条だし……』で済まされるよ多分」
「自覚してんなら少しは改めなさいよ……」
「やだよ。あるがままを生きてこそ人生だ、そうでなければ意味がないでしょ?」
「あるがまま……ね」
何やらマスミンの表情が陰る。無理矢理有栖に従わされてるのにそれほど嫌がってないあたり、どうやらこの子は結構重めな過去を抱えているようだね……まあいいや、放っておこう。多分話したがらないだろうし、そもそも他人の過去なんか興味無いしね。
「……まあそれはそうと、アンタは今回の試験どうするのよ?」
「予定通り適当に流す。坂柳派の皆はまた葛城の指示に従っとけば良いんじゃないかな」
「そう……となると私達がどう動くかは、葛城が説明を受けた後のミーティングで決まるわね」
「ナヌ?ミーティング?」
「さっき葛城からメールが来たでしょ?9時に2階フロアに集まれって」
「何それ初耳」
「……もしかして葛城、どうせ言うこと聞かないからアンタに連絡回してないのかもね」
「おのれ葛城め、俺をハブにするとは許せん。今度あいつの誕生日に最新式ドライヤーを送ってやる」
「やめなさいよそんな微妙な嫌がらせ……」
その後はそれなりに楽しく談笑が進み、やがて丁度良い時間になったのでマスミンと別れて2階フロアに向かう。……葛城に会ったらちょっと苛めてやろっと。
2階フロアに向かう途中、見知ったイケメン君×2と鉢合わせる。
「あっ、本条君」
「おっ、平田君に……コージー?確か俺と同じ『兎』グループじゃなかったっけ?」
「堀北に呼び出されていてな。そういうお前も誰かに用事か?」
「ちょっとリュンケルとね」
「リュンケルって……龍園君のことだよね?彼と同じグループか、要注意だな……それにしても無人島試験最終日のときといい、龍園君とは仲が良いのかい?」
「仲良くはないよ、以前メアド聞いても教えてくれなかったし。あのドケチ紫ロン毛め」
「そ、そうなんだ……」
こう見えて俺は結構根に持つタイプなのだ。
そんな風に談笑しながら目的のフロアにたどり着くと、何人かの生徒をギャラリーに葛城とホリリンが対峙していた。うわ、通報したくなる絵面。
「君とは一度改めて話したいと思っていた。明日からは同じグループとして協力し合うことになるな」
「話したかった?先日会ったときは眼中になかったみたいだけど?」
あー、あれなー。女の子が病気で弱ってるのを気づきもせず、ナチュラルに上から目線の対応してたやつなー。蓋開けたら試験結果があれだしとんだ道化だなー。
「正直今まではそうだった。しかし前の試験の驚異的な結果を見れば、注目しないわけにはいかないだろう。その立役者が君だと分かれば尚更だ」
多分だけど実際はホリリンじゃなく、俺の横で何食わぬ顔してつっ立ってるコージーなんだけどね。道化はやっぱりどこまで行っても道化か、可哀想に。
「これから先Cクラスに上がってくるようなことがあれば、我々は容赦なく君を叩くだろう」
「随分勝手な言い分ね。独走状態のAクラスが、Cに上がった程度で怖じ気づくというの?」
「一度優劣がついた位置から逆転したとなれば当然警戒する。それはBクラスやCクラスも同じだろう」
葛城は脅しのようなことを言いながら、僅かに残った派閥の人間と共にホリリンを睨む。やっぱ通報しよっかな……というか葛城、勝手なこと言ってるけどお前がクラスの方針を決められるのって、この試験がラストだからね?
「他クラスの意向まで、勝手に決めつけるのは感心しないな」
そんな酷い絵面に見かねたのか、Bクラスの神崎隆二……通称ザキちんが俺の横を通って堀北の隣に立つ。BクラスとDクラスは事実上同盟関係だし、自分達まで狙い撃ちすると勝手に決められるのはイラっとするよな、うん。
「無理して葛城に話を合わせる必要はないぞ」
「心配無用よ。見下されていたイメージを払拭できるのなら歓迎するわ」
「なるほど、これまでのぞんざいな扱いに納得がいっていなかったようだな。確かに俺のクラスではDクラスを蔑ろに扱う者もいる」
戸塚とか、戸塚とか、あとは戸塚とかだな。
「間違いなく無人島の一件ではその見方を少しだけ変えさせた。……だが一度偶然に成功したくらいで、立場が並ぶと思わない方がいい」
「……どういう意味かしら」
「誰にでも一度は会心の出来というものはある。自らの戦略が偶々一度成功したくらいで調子に乗らない方がいい。クラスポイントの差は今も歴然だ」
なんだその小物感溢れる負け惜しみ甚だしい警告。なんかクラスメイトとして悲しくなってくるからやめてくんない?……第一ホリリンは欠片も調子に乗っていないだろうな。だってそもそも自分の戦略じゃないから。
「平田、大変なグループに巻き込まれたな」
「そうだね。葛城君に神崎君に龍園君……苦戦は必至だと思う」
「俺を呼んだかよ?」
平田の呟きにそう答えつつ、無駄に足音を大きく鳴らしながらホリリン達のもとへ歩みを進める。リュンケルと愉快な仲間達のご到着だ。
「クク。随分と雑魚が群れてるじゃねぇか。俺も見学させてくれよ」
「……龍園か。お前もこの時間か?それとも偶然ここを歩いてるだけか?」
「残念だがお前らと同じ時間のようだな」
リュンケルに付き従っている3人の生徒は葛城の取り巻きとは違い、怯えきっていて静かで従順にしていた……全然愉快じゃねーな、うん。
「これから見世物でもするのか?『美女と野獣』ってタイトルでどうだよ。なあ本条?」
「うーん……陳腐で捻りが無いな。『防犯ブザーを持ち歩こう!』にしよう」
「クハハハッ、そいつはいいな!」
腹を抱えて笑うリュンケルに、しかし葛城は冷静に切り返す。
「ひとつだけわかったことがある。この組は学力の高い生徒が集められていると思っていたが、お前を見る限りそうではなさそうだ」
「学力だ?くだらねー。そんなものに何の価値がある?」
「それこそ残念な発言だ。学業の出来不出来は将来を左右する最も大切な要素だ。日本が学歴社会であることを知っているだろう」
「本気でそう思ってるなら悪足掻きせずさっさと坂柳に従えよ、3位の分際ででしゃばりやがって。なあ本条?」
「そうだねまったく。無人島試験のときも1位の俺を従わせようとするし……3位の分際でね」
「あなたどっちの味方なの?」
「俺は有栖の味方だよ。つまりは有栖と敵対してる葛城の敵。どぅーゆーあんだすたん?」
ホリリン含む何人かに睨まれたが、リュンケルはまだ有栖と敵対していないので敵ではないのだ。葛城は敵。俺のことハブにしたしこいつは敵。絶対に敵。
「……俺はお前の非道さを許すつもりはない」
「あ?非道さ?身に覚えがねーなあ。具体的に教えてくれよ葛城」
「メアド聞いたのに教えてくれないこと」
「テメェには聞いてねえ。つーかまだ根に持ってたのかよそれ……」
「傷ついちゃったなー、橋本には教えてたのになー、なんで俺はダメなんだろうなー」
「ああもううっぜぇな!?仕方ねぇから教えてやるよ、精々感謝しな!」
「わーいリュンケル太っ腹ー♪紫ロン毛ー♪」
「やっぱぶち殺すぞテメェ!」
「りゅ、龍園君が振り回されてる……」
「やはりAクラスを目指す上で一番厄介なのは本条君のようね……色んな意味で」
義憤に燃える葛城を放置してメアド交換に勤しむ俺達。さぞや屈辱的な扱いだろうが、正直俺もリュンケルも葛城など既に眼中に無いから仕方がないのだ。
「あっ、そうそうリュンケル。例の契約のことなんだけどね?」
「あ?いきなりなんだ?今さら取り消してくれなんて言っても──」
「坂柳派の分は俺が全部出すから」
「……本気で言ってんのか?」
「先生曰く俺、歴代で一番プライベートポイントを多く集めた生徒らしいよ?」
以前ホリリンから間接的に聞いた情報をひけらかすと、リュンケルは邪悪な笑みを浮かべる。
「ククッ、どうやらテメェは俺が想定した以上にできる奴のようだな。……ちょうど懐も潤うことだし、坂柳共々引き摺り降ろしてからテメェを引き抜くのも面白そうだ」
「それは確かに面白そうだけど、果たして君が有栖に勝てるかな?」
「ほざけ、最後に勝つのは俺だ」
「そうかい……君達が挑んでくるのを楽しみにしてるよリュンケル」
「精々首を洗って待ってるんだな」
さて、用件は全部済ませたし帰りますかね。
「待ちなさい本条君、契約とは何のこと?」
「話す義務はなーい。それじゃアディオス」
ホリリンを始め何か言いたげなメンバーを残して、俺は2階フロアから立ち去った。さて、そろそろ自習の時間だ。無人島試験中はどうしても肉体の鍛練に偏っちゃったから、残り7日間はひたすら勉強浸けで帳尻を合わせなくちゃ……え?クラスのミーティング?知るかそんなもん。だって俺誘われてないもん。ハブにされたもん。
その日の夜……桐葉君から長ったらしいメール小説が送られてきて、龍園君のこめかみには深い皺が刻まれたそうな。