学生の夢と希望の結晶、夏休みも残すところあと3日。3日後からはまた血で血を争う実力主義の学校生活が始まる。
いつものように体内時計に従って4時に目を覚ますもすぐには起き上がることはせず、夏休みの出来事をじじむさく振り返る。
まず思い浮かんだのは2週間に渡る豪華客船の旅(偽)から帰ってきた直後。既に港で待機していた有栖が視界に入った瞬間、水面下で暴れ続けていた有栖欠乏症が一気に吹き出し、怒られるのを覚悟の上で高い高いを決行したら……
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「有栖ひーさーしーぶーりー!俺がいなくても元気にしてたかー?というか以前よりさらに軽くなってるぞー?ちゃんとご飯食べてたかー?いぇーい!」
唖然とする周囲などまるでお構いなしに、有栖の両脇を持って大きく抱え、以前茜先輩にしたようにコマのように回りだす。さあて、子供扱いされるのを蛇蝎の如く嫌う有栖がどのタイミングでぶちギレるのか、チキンレースの始まりだぜぃ!
「……桐葉、一旦回るのを止めてください」
「ほえ?……おー」
あれ?多分杖でしばかれると思ってたのに随分とおとなしいな。まあとりあえず言われた通りに立ち止まると、有栖は唐突に俺の頭を両手で掴み-
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……自分のファーストキスがあんな奪われ方するとは思いもしなかったなぁ。しかも何か舌入れられたし。そしてやたらと長い間貪られたし。
いったい何をトチ狂ってたんだろうねあのときの有栖は。公衆の面前ですよ?その場に同級生ほとんどいましたよ?リュンケルとか凄いにやにやしてたし夏休み中に1度会ったけど散々囃し立てられたし。やっと俺を解放したと思ったら涙目で「ずっとあなたがいなくて、平気だったわけないじゃないですか……」じゃないんだよ可愛いかったけども。あの後俺がどんだけ面倒な目にあったのかわかってんのかロリス改めエロリスは。どうでもいいけど何かテトリスみたいな響きだね。
……高い高いしたことはその後でしっかりボロクソに怒られたし。いやまあそれは自業自得だから良いんだけどね?
許してもらう条件が夏休み中抱き枕になることって何なわけ?
すやすやと隣で気持ち良さそうに眠る有栖の髪を優しく撫でながら、それでも未だに疑問を抱かずにはいられない。
俺たちまだ付き合ってもないよ?いたって健全な主従関係だった筈だよ?初キスはベロチューだし気がついたら当たり前のように同衾してるし……いくらなんでも一気に乱れすぎでしょ俺達。これを不純異性交遊と呼ばずに何と呼べと?なんで2週間会わないだけでこんな脳内ピンクになっちゃったのこの娘。俺が草食で寝相も良くなかったら危なかったよ、いやマジで。……というか今更だけどここの寮の規則おかしくね?夜遅くに男子が女子寮に行くのを禁止するならその逆もしっかり禁止にしようや。ほんとに不純異性交遊取り締まる気あるのこの学校?大丈夫か日本政府?
…………まあいいか!
政府がアレなのは今に始まったことでもないし、夏休みが終われば有栖も色ボケモードから立ち直るだろう……たぶん。
とにかく時間は有限、あれ以上のインパクトは無いとはいえ、まだまだ振り返るべき思い出は盛り沢山なんだ。
コージーがCクラスの伊吹ちゃんと一緒に(どんな組み合わせだ)エレベーターに閉じ込められたとメールがきたから助けに赴いたり、コージーから断水期間中にホリリンの手が水筒に嵌まって抜けなくなったと相談されたから水を持っていったり……コージー何かあったら俺に頼み過ぎだろ。そういうのはクラスメイトを頼りなさいまったく。俺に敵意持ってるホリリン、羞恥で泣きそうになってたよ可哀想に。
それからなんとなしに俺が引き合わせた有栖と茜先輩が、俺に対する不満で意気投合して仲良くなったり……高い高いしたくらいでそんなグチグチ言わんでも良いじゃないかあ幼児体型コンビめ。……こんな呼び方したら殺されるかもね。
出場した空手のインターハイで筆舌に尽くしがたい激闘の末に見事優勝を果たしたり……何かクラスポイントが100も増えた。やったぜ。
その祝いに有栖主導で開かれたパーティにて、側近の皆とやったクトゥルフTRPGで、俺のちょっとした悪ノリでシュブ=ニグラスが降臨してしまい、俺の探索者以外が全員まとめて永遠の狂気に陥ったり……シレッと俺だけ連続クリティカルでどうにか切り抜けてクリアしちゃったから、パーティ主役なのに吊し上げられたなぁ。仕方ないじゃん、「そこに旧支配者がいるから喚ぶんだ」って誰かも言ってたし。えっ、言ってない?じゃあごめん。
……とりあえず目ぼしい思い出はこんなところかね。振り返りも済んだことだし俺は布団から起き上がり、花への水遣りを済ませる。ことあるごとに鉢を追加していったおかげで、今や俺の部屋は花粉症患者お断りなちょっとした花畑のようになっている。2週間空けたときも事前に頼んでいたので、ちゃんと学校側が欠かさず水遣りをしてくれたようだ。
その後筋トレと走り込みを済ませてから朝御飯の準備が終わる頃に、お騒がせ御嬢様が目を擦りながら、杖をついてのそのそと起きてきた。
「おはよー有栖」
「おはようございます桐葉。……おはようのキスをまだしてもらってませんよ?」
「さも当然のように爆弾ぶっ込んでくるね君」
もしかしたらもうこの娘はダメかもしれない。
「もう夏休みも終わるんだし、いい加減シャキッとしなさいまったく。二学期からまた一人暮らし生活に戻るってちゃんと自覚してんの?」
「むぅ……あわよくばこのまま同棲を続けようと画策していたのですが、やはり流されてはくれませんか」
「だーめ。夏休みだから俺もそこまでとやかく言わなかったけど、嫁入り前の少女が交際もしていない男の部屋に入り浸ってるなんて、坂柳パピーが聞いたら悲しむよ?」
「お父様ならたぶん、笑顔で赤飯を炊いてくれると思いますが」
「はい揚げ足とらなーい。俺も正直そう思うけどそこはツッコまなーい。とにもかくにも、あまり踏み込んだことは正式にお付き合いをしてからにしなさい。文句は受け付けませーん」
「…………そう、ですね」
有栖はやや落胆しつつも、自分を言い聞かせるように俯いてそう頷く。……確かにこの子と知り合ってから2週間も会わなかったのは今回が初めてだけどさ、有栖がこんな打たれ弱いとは思ってもみなかったなぁ。
「もし有栖が交際したいというなら、俺も断るつもりは無いけどさ……不安なんでしょ?決着をつける前に恋仲になるのが」
「……ええ。貴方は自分のことだけは、どこまでも厳格かつストイックになる人です。1度した約束は破らないのではなく破れない。私が貴方に敗北すれば、何の躊躇いもなく私と敵対する道を選ぶでしょうね……たとえ私達がどんな関係になっていようと」
「そ。だから早く俺に勝ってよ。そうすれば俺は結んだ約束通り、ずっとお前の下にいなければならなくなるからさ」
この先ずっと有栖のものになることに関しては特に不満も無いけど、だからと言って勝ちを譲るつもりは微塵も無い。それに俺も有栖も勝敗に関してどこまでも潔癖だから、勝利は完全なものでないと気が済まないし価値を見出だせない。たとえばチェスなら、不利である後攻側で勝たなければ意味がない。
「だからさあ、いい加減腑抜けんのはやめろや。俺から……この俺から完全勝利を掴もうってんだ。お前の全てを賭して挑んでこないと、何もかも失っちゃうぞ?」
「……ふふ。ご忠告感謝します桐葉。どうやら私としたことが、知らず知らずのうちに貴方の優しさに甘えていたようです」
そう言って顔を上げた有栖からは色ボケた雰囲気が抜けていて、見知った方の笑みを浮かべていた。一見穏やかだがどこまでも好戦的で、敵を捩じ伏せることに愉悦を見出だす……支配者の笑み。よかった、元の有栖だ。
「必ず貴方を地に這いつくばらせてあげますよ。貴方と愛を育むのはそれからでも遅くはありません」
「ん。楽しみにしてるぞ、地べたの味とやら」
朝食を食べ終えた後昼間まで自習タイムをとり、続けて昼食を済ませてから、会長さんに用があるので制服に着替えて2人で学校に向かう。ついてくる必要は無いみたいな野暮なことは言わない。
「なあ有栖。掛け算の九九ってさ、バトル物の王道を満たしてるとは思わないか?」
「……また脈絡も無くわけのわからないことを」
「いや学校につくまで暇だから軽い雑談をと」
「だからといって、せめて他にもっと何か無かったのですか?……まあいいでしょう、詳しく聞いてあげます」
「とりあえずゲームに例えるけどさ、1の段2の段……をステージ、最後の×9をボスだとするじゃん?」
「ふむ」
「主人公が1の段で1×9を、2の段で2×9を……という風に順調に強敵を倒して勝ち抜いていくじゃん?」
「ほうほう」
「そしたら最後に9の段に辿り着くと……なんとこれまで苦労して倒してきたボス達がさ、皆復活して襲いかかってくる訳よ」
「!……なるほど」
「でも数々の死闘を繰り広げ成長した主人公は、一斉に向かってくる過去のボス達を物ともせず倒していく。だがしかし……」
「最後に待ち構えていたのは最強の敵、9×9……なるほど、確かに王道に沿ったストーリーと言えますね」
「だろ?だろ?だから次のリレー小説のテーマは、九九をモチーフにしたバトルファンタジーにしようぜ」
「ふむ……たしかにそろそろ昔話モチーフも飽きてきましたし、中々面白そうですね」
今までとは違い完全オリジナルということもあって、その後は生徒会室につくまで設定と世界観の作り込みを話し合った。どうせ途中で2人とも悪ノリしてカオスになるだろうけど、基盤となる世界観とキャラ設定はちゃんと決めておかないとね。
生徒会室の扉をノックすると、会長さんと茜先輩が出迎えてくれた。
「まずはIH優勝の祝辞を述べておこうか。さほど部活動に力を入れているわけではないこの学校で、全国一を勝ち取ったのは偉業と言える。同じく武道を嗜むものとして、いずれはお前と手合わせしたいものだな」
「この学校を担当する政府の方も大喜びだったそうですよ。夏休み明けに表彰されるので、優勝者に恥じない振る舞いをしてくださいね?」
「そういうのちょっと面倒なんですよね……生徒会の権力とかで、優勝したの茜先輩だったことになりませんかね?」
「いやなりませんよっ!?生徒会をなんだと思ってるんですか!?」
「大丈夫ですよ、なんかカンフーが得意そうな見た目してるじゃないですか茜先輩」
「誰の髪型がカンフーですか!」
「なるほどこれは何とも……桐葉がからかいたくなるのも頷けますね」
「坂柳さんも賛同しないでくださいっ!」
「おっと茜先輩タンマ。見ての通り有栖はアブラゼミより弱っちいんで、回転的鶴脚蹴は繰り出さないでください」
「誰が春麗ですか!?」
「流石に怒りますよ桐葉」
だから天使と悪魔が結託すんなや。
収集つかなくなりそうな場を、会長さんは咳払いして沈静化する。茜先輩はしゅんとした表情で会長さんの後ろに下がる一方、有栖は平然とにこやかに笑っていた。
「……お前が坂柳か。こうして顔を合わせるのは初めてだな」
「そうですね。しかし今回私はただの付き添いですので、どうかお気になさらず。……興味が無いのはお互い様でしょうし」
「ほう」
意訳:どうやら私はお前の眼鏡に適わなかったようだけど、それはこちらも同じことだからなカスが。
流石は有栖、出会って早々意味もなく生徒会長に喧嘩売っちゃったよ。二人もそれを理解したらしく、茜先輩が慌てる一方会長さんは口角を少し吊り上げる。
「坂柳さん、もう少し発言に気をつけてくださいっ!この方は恐れ多くも、この学校の生徒会長ですよ!」
「そう言われても性分なもので」
「何か勘違いをしているようだな坂柳。俺がお前を生徒会に誘わなかったのは、誘ったところで断られるとわかっていたからだ」
「ええ、知ってますよ」
「……好戦的と聞いていたが、ここまでとはな」
有栖の清々しいほどの狂犬ムーブに流石の会長さんも呆れちゃったよ。
「まあいい、本題に入ろう。本条、俺に頼みたいこととは何だ?」
「ケヤキモールに植物園を建てるよう学校に掛け合ってくれますか?」
「……正直予想外の頼みだが、理由は?」
「俺が植物好きだからです」
「清々しいほど個人的な理由ですね!?」
ケヤキモールはこの学校の敷地内に存在する複合施設の名称だ。この学校の生徒は基本敷地内から出ることができないので生徒達はここをよく利用する。外の世界のように無限の可能性は無く、限られた敷地の限られた施設……実に狭い世界だ。そんな限りある空間に学生から人気が出る筈も無い植物園が建設される機会は、待っていても決してやってこないだろう。
「俺に話を持ちかけてきたのなら知っているのだろうが、この学校の生徒会が持つ権限は決して小さくない。だが限られた敷地内に施設を建設するとなると、ただ俺が掛け合っただけでは受理される筈も無いことは言うまでもないだろう。……率直に聞くが、お前は交渉材料に何を差し出す?」
「2億」
携帯を取り出しつつそう答えると、さしもの会長さんも呆然とする。茜先輩に至っては開いた口が塞がらなくなった模様。提示した額に猜疑心を抱いていないようなので、この人達は俺のポイント保有額を把握していたみたいだ。また情報漏洩ですかそうですか。
「この学校のポイントは国の税金で賄われていますよね?想定外の出費……それも億単位ともなれば国の偉いさんも大慌てしたでしょうね」
俺がIHを制して大喜びしたのは多分それが原因だ。「将来を大いに期待できる生徒への先行投資」という最低限の大義名分が得られたのだから大いに安堵したことだろう。
「だったら俺は2億ポイントを学校に返還しますので、その見返りに植物園を建設するよう交渉してください」
「しししし正気ですか本条君!?プライベートポイントがこの学校で過ごす上で、どれだけ重要なものかわかっているでしょう!」
「そうは言っても所詮あぶく銭ですし、適当に散財しても問題ありません。……なあ有栖?」
「ええ、私から言うことは特にありません。ポイントは多いほど今後有利なのでしょうが、有利過ぎても退屈ですしね」
「……わかった、受理しよう。それだけのものを差し出すならば、学校側も首を縦に振らざるを得ないだろう」
交渉成立ということで、俺は携帯を操作して会長さんに2億ポイントを送金した。
「ところで会長さん。先日卍解ちゃん……一之瀬が無事生徒会に入ったそうですけど、どういう心境の変化すか?」
「その件に俺は関与していない。一之瀬の生徒会入りは南雲の判断だ。……一年生からも役員を選ばないと、自分が生徒会になったときに困る。そう言われてしまえば俺も引き下がるしかない」
ふむ……確かにその通りだ。会長さんはもうすぐ元会長さんになる。一年が生徒会入りしなければ将来の生徒会役員を育てられないし、それで困るのは会長さんじゃなくてその南雲先輩だ。……しかし会長さんの苦い表情からして、会長さんが卍解ちゃんを拒絶した理由と、南雲先輩が卍解ちゃんを生徒会に入れた理由は、きっと無関係ではないのだろう。
「来年からこの学校は大きく変わる。それも望まない方向に。その時に南雲に対抗できる勢力を構築しておかなければならない。……一応聞いておくが本条、坂柳。お前達は南雲に付かないと考えていいな?」
「そうなりますね。以前会長さんと南雲先輩に仲良くしないよう約束しました。しかしそんな面白そうな先輩と関わらずにいるのは勿体無い……だったら敵対するしかないでしょう」
「桐葉がそういうスタンスなら必然的に私もそうなりますね。まったく、好戦的な部下を持つと苦労します」
「お前にだけは言われたくねーよ」
「……南雲に付かないならばそれでいい」
自分が卒業した後のことなんていちいち気にしても仕方ないと思うけどね。……さてと、用件も済んだことだしそろそろ帰りましょうかね。
「それじゃあ会長さん、頼んだ件お願いしますね。それと茜先輩もストリートファイト頑張ってくださいね」
「だから誰が春麗ですかっ!?」
「それも彼なりの愛情表現ですよ。この先幾度となく橘先輩は振り回されると思いますが、どうか今後とも桐葉をよろしくお願いしますね」
「坂柳さんも不吉な予言しないでください!」
そしてその帰り道。
「しかし貴方の植物好きは筋金入りですね」
「植物はいい、動物と違って逃げないから」
「何か悲しくなるのでやめてください」
なんであんなに怯えるのかね?お陰で鳩を用いた手品だけは一向に上達しない。
「さてと……2学期からはようやく、クラス間の争いに本腰を入れられるな」
「ええ、2度に渡る失態で葛城派はほぼ壊滅。葛城君にできることはもう、行き過ぎた戦術に苦言を呈する程度でしょう。……なんとも無駄な時間を過ごしたものです」
有栖が深く溜め息を吐く。よほどランスとの争いが退屈だったのだろう。コージーは前に出たがらないしミスターは自由だから除外するにしても、リュンケルや卍解ちゃんなら有栖も少しは楽しめるだろうか。……ダメだったらもう噂の南雲先輩に喧嘩売りに行くしかないな。
「しかし橘先輩、以前お会いしたときも思いましたが……
「でしょ?あまりにもそっくりな反応してくれるから、俺もついつい可愛がっちゃうんだよ相手先輩だけど」
「……彼女も来年、この学校に来るでしょうか?」
「ふーむ、五分五分だな。本人は来たがっていたけど、両親は反対するだろうね。……多分俺と関わらせたくないだろうし」
何やら有栖が悲しそうにしているが、あの人達に避けられていることは別に気にしていない。あの人達が俺を心底恐怖し関わりたがらないのは、別に誰が悪いという話でもないのだから。
多分よう実二次創作史上、最高にアホなポイントの使い方じゃないでしょうか。
余談ですが、中学時代桐葉君が有栖ちゃんに最初に付けたアダ名は“ロリス”です。案の定怒られて却下されヤナギンに変更しました。