夏休みもあっという間に最終日。
明日からはまた血で血を洗うクラス間抗争へと身を投じることになるであろう。それも最も危険かつ重要な戦局へ放り込まれる形で。
そのこと自体には別にこれといって不満は無い。俺は有栖のクイーンであり、Aクラスのエースだ。最も過酷な道のりを歩むのは決められた運命だし、自らに課せられた義務と言っていいだろう。
しかし、しかしだ、しかしだよ。
そんな過酷な環境に放り込まれる前に俺にはこの長期休暇中に、まだやり残したことがあるのではないか?
そのことについて自問自答し、長きに渡る激しい葛藤の末実行することに決める。
そう……
有栖にセクハラしよう。
……もし世界のどこかに俺の思考を読み取れるエスパーがいたとしたら、たぶん今ごろノータイムで警察に通報しかけているだろうけど、お願いだから一旦待ってね。人間何事もまずは話し合いが大事だよ、うん。
それじゃあ順を追って説明しようか、何故俺がそんな言い逃れの余地の無い変態行為を実行しようと決めたのかを。
まず誤解の無いよう弁明しておくが、何も俺が有栖に対して劣情を抑えられなくなったとかではない。断じてない。俺がそんな脆弱な精神の持ち主なら、夏休み中ひたすら有栖に抱き枕にされ続けて我慢できる筈も無い。あくまで俺は草食だもん。
しかしだ諸君、たとえ草食だとしても所謂性に対して全くの無関心というわけではない。不能でもない。
そりゃ俺だってごく普通の多感な男子高校生だし、ときには男友達同士で猥談に興じたりしたいときもあるさ、人間だもの。しかし残念ながらリスクを考慮すれば、そんなことを気軽にできる筈も無い。例えばそうだな……俺が橋本と[ピー]とか[ピー]とかの話で大盛り上がりしたとして、口の軽いことに定評のある橋本がそのことをポロっと有栖に漏らしたら……地獄の幕開けである。
有栖が激怒して俺が物凄く酷い目に遭う分ならまだいい。俺どちらかと言えばM寄りだからまだ許容範囲だ。
しかし、だよ?仮に……もし仮に、1億分の1くらいの確率で、自分以外の女性に欲情したことに対して有栖が悲しみのあまり泣き出したりしたら、もう取り返しがつかないよね。マスミン辺りは生ゴミを見る目になるだろうし、クラスでのヒエラルキーも最下位に転落……何よりも俺自身が俺を決して許せなくなるだろうね。俺は好きになった女の子を傷つけて泣かすような男に成り下がりたくはないし……ともかく、その手の[ピー]を[ピー]に用いるのはあらゆるリスクの面から避けるべきだ。
では男子高校生の溢れ出る[ピー]を如何にして鎮めるか……そりゃもう有栖でなんとかするしかないじゃないか、背に腹は代えられまい。
うんうん、わかるよわかってるよ?180㎝近い俺があの純度100%の幼児体型に欲情することが、世間的に見て限りなくアウトに近いアウトなことくらいわかりきってるよ?絵面もヤバイって自覚してるよ?どこからともなく「ロリコン乙」って嘲笑も聞こえてくるし……。
まあ確かに客観的に考えれば、俺にロリコンの気があるのはもはや否定できないかもしれない。はいはい認める認めますよ。でも仕方ないじゃないか。
有栖は可愛い。
よほどのひねくれ者でない限り、ほぼ全ての人が同意してくれるだろう。
有栖は賢い。
よほどのひねくれ者か桁外れの天才でない限り、ほぼ全ての人が同意してくれるだろう。
有栖は性格悪い。
よほどの聖人君子でない限り、やはりほぼ全ての人が同意してくれるだろう。
有栖は幼児体型。
間違いなく全ての人が同意してくれる。
そして……有栖はエロいのだ。
これについては多分意見が分かれると思うが、血の繋がった家族を除けば一番彼女と深く接してきた俺にとって、疑う余地の無い事実だ。普段はそうでもないが何かの拍子にネジが外れたとき、何か凄くエロくなると最近わかった。思考回路もエロいし有栖本人もエロい。あんなエロテロリストと同棲なんかしていたらおっぱい星人でも多少は揺れるぞ。まるで動かないとしたらそいつは確実に生粋の男色だ、間違いない(断言)。つまり俺は元々ロリコンの気があるから有栖が好きになったのではなく、有栖と深く関わったからそういう嗜好になったのである。
閑話休題、それでは具体的に俺が何をしようというのか?押し倒して[ピー]して[ピー]するのか?……否だ。というか論外だ。まず大前提として有栖にセクハラはしたいけど、あの子を傷つけたくはないし。それについ先日そういうのは正式に付き合ってからだと偉そうにお説教したばかりだというのに、その直後に俺がそんな過ちを犯したら確実にブチ殺される。本気で怒った有栖ちゃんはマジで怖いのだ。
ならばどうするのか。相手を傷つけないように行うセクハラ……一休さんでも投げ出しかねないような無理難題に対し、我が灰色の脳細胞を馬車馬のように酷使した末に出した答え、それは……
有栖が寝ているうちに、こっそり浴衣に着替えさせちゃおう作戦。
はいストップ。まずはとにかく俺の話を聞いて欲しい。きっとこの作戦を聞いた男性諸君は必ず疑問を抱くだろう……衣装のチョイスがおかしいだろと。
まずこの作戦を実行すればセクハラ認定を受けるのは間違いない。だって無許可で脱がすんだからな、一時的に有栖ほぼすっぽんぽんになっちゃうからな。だがこの程度のセクハラならこれまでの経験から、有栖の心に深い傷を残すことはないと断言できる。……いやまあ勝手に剥いたら流石にボロクソに怒られるだろうけど、そこはまあ致し方ない。
しかし着替えさせる衣服に対して、ケチをつけたい人は多くいるだろう。だって浴衣って別にエロくないし。目の保養にはなるけどもよほどの玄人でなければ、浴衣姿に欲情するのは至難の技だ。あられもなくはだけさせたりすれば話は別なのだが、それだと浴衣である必要性が薄れてしまう。それ服なら何でもいいじゃんってなる。季節的にはドンピシャな格好だが、それなら水着で良いじゃないかと多くの人が考えるだろう。
……だが甘い!その判断はザッハトルテより甘いと言わざるを得ない!
浴衣だけならば確かにエロくはない。だが思い返して欲しい……この作戦を実行すれば、その過程で必然的にほぼ生まれたままの姿の有栖を目にすることになる。あとは優れた記憶力と豊かな創造力を複合させれば、可愛いらしい浴衣姿とそれを取っ払った格好のギャップから、十二分のエロスを醸し出すことができるだろう。逆にほとんど差の無い水着ではそれほど大したギャップは生じない。つまりこっそり着替えさせるというシチュエーションにおいては、浴衣は水着をも上回るポテンシャルを秘めているということである。
それに水着だとアレだ、下着まで脱がさないといけなくなるだろうが。草食系たる俺にそこまでの度胸は無い。
「……それで?何故このような愚行を犯したのか、何か弁明があるなら聞きましょう」
「有栖の浴衣姿が見たかったからです」
正座をさせられた状態で犬畜生を見る目をした有栖に正直にそう述べたら、側頭部を杖でぶん殴られた。……おのれワシントン、役に立たない教訓を残しやがって。
「はぁ、貴方という人は……着て欲しいなら素直に頼んでください。貴方に頼まれたら私は断らないとわかっているでしょう?」
「夏休みも終わることだし、せっかくだから凄くアホなことをやりたくなった。作戦実行中のバレるかバレないかのスリルは最高でした」
またぶん殴られた。流石にめっちゃ痛い。
「まったく……いいですか桐葉、今回貴方のしたことは歴とした性犯罪ですよ?学校側に包み隠さず報告すれば退学は確実。下手すれば警察沙汰なので、ポイントをいくら持ってようが問答無用でしょうね」
「多分そうだろうな。……まあやっちゃったもんは仕方ないっしょ」
有栖がこの件を学校側に訴えるつもりなら止めやしない。彼女には俺を糾弾する権利がある。
「……予想はしてましたがその態度からしてやはり、貴方を私のもとに縛りつける脅迫材料にはならないようですね」
「まあね。一度した約束を破るくらいなら、社会的に死んだ方がマシだよ」
「…………はぁああぁぁあああ」
溜め息をつかれた。それはもう深い、深い溜め息だった。「こいつマジでどうしようもねぇアホだな……」って副音声が聞こえてきそうなくらいの。桐葉君泣いちゃう。
「まあいいでしょう……私が提示する2つの条件を呑むというのでしたら、今回の件は不問に致しましょう」
「マジで?やったぁ、有栖ちゃん大好き!」
「調子に乗らないでください、死にたいのですか?」
「生きていたいです」
微笑と共に有栖から溢れ出した怒りのオーラに、危険を感じとった俺はおとなしくしておくことにした。今の有栖に対して悪ふざけ=死だ。
「1つ目はもう金輪際二度と、退学になりかねないようなバカなことはしないと約束してください。私の心臓によくないです」
「マジか、由々しき自体だそりゃ。了解、本条桐葉の名に誓うぜ」
「2つ目は……
以前橋本君も着たあのメイド服を、今ここで着てください」
………………ゑ?
「あの有栖、いや有栖様?冗談だよね?冗談だと言ってお願いだから」
「いやですね桐葉、私がそんなくだらない冗談など言う筈ないじゃないですか」
「いやだってさ有栖、あのメイド服お前にピッタリじゃん。180㎝で割と着痩せする俺があんなの着たりしたら、それはもう橋本以上におぞましい絵面に-」
「だから罰になるんじゃないですか♪」
有栖はにこやかに笑みを浮かべてはいるが、目はまったく笑っていない。どうやら想定以上に彼女の怒りを買ってしまったらしい。正直凄く嫌だが仕方が無い、それで有栖の機嫌が直るなら……ってちょっとちょっと?
「なんで俺の服脱がそうとすんの?」
「貴方にされたことをそっくりそのままやり返すだけですが?」
「いやいやいや、俺はお前が寝てる間に全部終えてたから受ける精神的ダメージは決して等価じゃ-」
「うるさいです、往生しなさい」
「ちょ、おま……」
有栖の体のことを考えると力づくで振り払うわけにもいかず、結局ろくに抵抗できず追い剥ぎに遭った。そして有栖が自分の部屋に取りに帰る間パン一で待たされ、メイド服に着替える様をじっくり観察された挙げ句にダース単位で写真を撮られた……わかってはいたけどこの子、真性のサディストだ。
「あー酷い目にあった。一時のノリに任せ過ぎるのもよくないね、うん」
ようやく許しを貰って帰宅し、今日の俺の奇行についてそう結論付ける。今から考えると我ながらトチ狂ったことをしたものだ。もしかして暑さで脳が沸いちゃってたかもね。
……しかし意図しない収穫もあったな。俺にとっては決して歓迎するものではなかったけど。
俺が抱える欠陥は未だに、まるで改善の兆しすらないと今回はっきりした。このままでは遅かれ早かれ……
有栖は俺を凌駕し、どうあがいても追いつけなくなるだろう。
ちなみに桐葉君がこんなアホなことを仕出かした本当の経緯は……
夏だし有栖の浴衣姿が見たい→頼んだら普通に着てくれるだろうけど、それだと少しつまらない→よし、無断で着替えさせるか→でもそれだとセクハラに該当するよな……→……まあいいか!せっかくだからそっち方面に全力で振り切ろう!なんだったら有栖に生殺与奪の権を握られるくらいの勢いで!
こんな感じですね。つまり前半の長々とした言い訳は全部適当に脚色したでたらめです。
次回からの5巻では桐葉君がそれはもう八面六臂の活躍をするので、メアリー・スーにならないよう今の内に凄くアホなことをしてもらいました。